ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
エイル高原に着き、二日目の夕刻だった。
なだらかだった
城塞都市を出発してから五日というコトもあって、俺とコアラ氏はあれから、多少打ち解けるコトに成功していた。
「いやはや、にしても今日は驚きでした。
まさかメラン殿が、
「たまたまです。運が良かっただけですよ」
「ご謙遜を! 私はこの目で、しかと目撃させていただきましたよ!?」
野営の準備をしながら、コアラ氏は興奮も冷めやらぬという様子で捲し立てる。
「
「……まぁ、
「
中年の薬師は、一時的とはいえ命の危機に陥ったためか、すでに一時間も前のことなのに、未だにドパドパと脳内麻薬を分泌している。
もしかすると、少しだけ躁のケがあるのかもしれない。やや喧しい。
だが、結局なんだかんだで、しっかり護衛役の仕事を果たすコトになったので、
あまり喜んでいい話ではないが、結果的にコアラ氏の俺への信頼は、ググンと上がった様子である。
(それにしても、まさか
エイル高原に、いつの間に棲みついたのだろう?
〈渾天儀世界〉では稀に、本物の『怪物』が出現する。
だが、俺も
怪物──異界生物。
書物によっては、神話生物とも伝説生物とも呼ばれる特異な生命体。
動物でありながら、尋常道、森羅道、天地道のいずれの分類にも当てはまらず、奇矯な外見と不思議な特徴を持つコトで知られている。
前世の地球とほぼほぼ同一のイメージで、図体はおよそ五メートルの巨体。
肉食性の猛獣が、二種類ほど合体してバカでかくなったと思ってもらえれば、どのくらい厄介かが伝わるだろう。
もっとも、その程度であれば、取り立てて騒ぎ立てるほどの脅威ではない。
尋常道の動物のなかにも、同程度の威容を誇る猛獣はいる。
では、何が彼らと怪物とを分ける境界線なのだろうか?
(死体の有無)
自問自答し、嘆息する。
この世界の怪物は基本的に、死ぬと霞のように消える。
ごく稀に、
というのも、怪物──異界生物は、その呼び名の通り、本来は異なる〈
魔物や精霊と同じで、大別的にはこの世の生き物ではない。
ただし、注意しなければならないが、怪物は魔物や精霊と違って、
(……このあたり、いろいろややこしくて、俺もしっかり捉えきれてるワケじゃないんだが)
怪物というのは、どうも第一級の〈領域〉──いわゆる、各神話に語られる天上国や地底下界、いとあやしき妖精郷、闇夜鴉の幽冥界、黄金楽土といったような、絶大的な別宇宙論。
すなわちは、神話の世界、伝説の世界。
もはや一種の、異世界として確立された、
なので、
要はそれだけ、確固とした存在力を有した場所から誕生している。
そのため、こちらの世界でどんなに頑張って息の根を止めたとしても、その瞬間に魂? だかがあるべき場所へ戻ろうとし、結果的に死体が消失。
まるで最初から、いなかったみたいに消えていなくなってしまうようだ。
なんて迷惑なのだろう。
(ひとを襲いさえしなければ、こっちだって殺す必要はなかったのに)
首を振り、「やれやれ」と零す。
しかしながら、
単なる好奇心でしかないが、初日に聞きそびれた疑問を、投げかけてみてもいいかもしれなかった。
「コアラさん。話は変わるのですが」
「はい?」
「コアラさんは、どうしてエイルに行きたいんですか?」
「えっ?」
「わざわざ自由民の俺なんかを雇って、年輪騎士の手が空くのを待たずに、出発を急いだ理由。
話したくなければ話さなくても構わないのですが、実は初日から気になっていまして」
「ああ……」
訊ねると、コアラ氏は後ろ手に頭を掻き、「そういえば、メラン殿には言ってませんでしたか」と返した。
「いえ、別に話せない事情などではないのですがね」
「やはり、薬師としての仕事で?」
「ハハハ。そうではありません」
やや視線を落とし、ゆっくりと腰を下ろしながら。
「エイルはたしかに、天然の薬草が多く生っています。
ですが、この時期に特別、採取を急ぎたいほどのものはどこにも」
リンデンとエイルは、あまり植生が変わらない。
エイルで採れるものは、リンデンでも採れる。
俺も素人ながら、自家製で軟膏を作ったりするので、「たしかに」と頷いた。
では何のためか?
「エイルに行くのは、単に墓参りのためです。
メラン殿は、ご存じですか? エイルには町外れに、小さいながらも霊園があるのです」
「霊園? あ、では、ご家族の……すみません」
立ち入ったコトを聞いてしまった。
思わず頭を下げ謝る。
が、
「いえいえ、私の家族ではないんです」
「……え?」
「あそこは無縁墓地。いわゆる、リンデンとエイルで亡くなった、身寄りの無い人たちのために開放されている場所でして」
焚き火に手を翳しながら、どこかを見つめる。
「長いこと
「……なるほど」
「年に一回。本当は今年も、冬が来る前に行くつもりだったんですけれども、今年はどうも都合がつかずに」
おかげで、すっかり遅れてしまった。
コアラ氏は「なので明日はまず、彼らに謝らないといけません」なんて苦笑を漏らす。
興味本位で聞いてしまったが、まさかそんな理由だったとは……
「コアラさん」
「ん?」
「じゃあ明日は、俺もお墓参りに付き合っていいですか?」
「え? メラン殿も?」
「コアラさんのお話を聞いて、そうしたくなったんです。ダメ、でしょうか?」
「まさか」
そこで、薬師の男はニッコリと微笑んだ。
「
「?」
「実は最初から、メラン殿にはついて来てもらうつもりだったんです」
ほら、と。
コアラ氏は急にそこだけ小声になり、
「大丈夫だとは思うのですが、万が一、彼らに化けて出られでもしたら……」
私はきっと、泡を吹いて気絶してしまいます。
「えぇ?」
「あ! いま私を情けないヤツだと思いましたね!? 笑い事じゃないんですよ! ホントに怖いんですから!」
「う、う〜ん」
「頼むから、一緒に来てくださいね!? そのための護衛でもありますから!」
「マジかぁ……」
なんとも反応に困る捕捉だった。
薬師コアラ。
一瞬、たしかに尊敬に値する立派な大人物に窺えたのに、やはり微妙に残念な部分が隠しきれない。
(人間臭くて、まあ、俺は嫌いじゃないが……)
トライミッドじゃ、アンデッド対策として火葬が基本だろ?
墓石も、秘宝匠じゃないと切り出しちゃいけない。
たしか、そういう法律だって、聞いてるんだけど……
(コアラさんは、本当に怖がりだよなぁ)
けど、それが本来は普通なのかもしれない。