ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

132 / 344
#132「鷲獅子退治の後で」

 

 

 エイル高原に着き、二日目の夕刻だった。

 なだらかだった白い丘(ホワイト・モット)を抜けて、勾配のキツイ山道を登り終わり、明日にはいよいよ高原都市エイル。

 城塞都市を出発してから五日というコトもあって、俺とコアラ氏はあれから、多少打ち解けるコトに成功していた。

 

「いやはや、にしても今日は驚きでした。

 まさかメラン殿が、鷲獅子(グリフィン)をも討ち倒せる勇者だったとは!」

「たまたまです。運が良かっただけですよ」

「ご謙遜を! 私はこの目で、しかと目撃させていただきましたよ!?」

 

 野営の準備をしながら、コアラ氏は興奮も冷めやらぬという様子で捲し立てる。

 

鷲獅子(グリフィン)と云えば、何を置いてもまずはその獰猛性! 古代英雄の歌では、いつだって強敵として唄われる怪物です! メラン殿はそれを、まさに英雄譚がごとく討ち取られた!」

「……まぁ、(コイツ)が運よく、ちょうど鷲獅子(グリフィン)の頸に入ってくれましたからね」

()()()素晴らしい! 私などあの力強い羽ばたきに煽られて、あわや崖から落とされるところでしたのに、メラン殿は少しも臆せず見事に刃を叩き込んだ!」

 

 中年の薬師は、一時的とはいえ命の危機に陥ったためか、すでに一時間も前のことなのに、未だにドパドパと脳内麻薬を分泌している。

 もしかすると、少しだけ躁のケがあるのかもしれない。やや喧しい。

 

 だが、結局なんだかんだで、しっかり護衛役の仕事を果たすコトになったので、鷲獅子(グリフィン)の登場はプラスマイナスで言うと、ぎりプラスでもあっただろうか。

 あまり喜んでいい話ではないが、結果的にコアラ氏の俺への信頼は、ググンと上がった様子である。

 

(それにしても、まさか鷲獅子(グリフィン)とはなぁ……)

 

 エイル高原に、いつの間に棲みついたのだろう?

 〈渾天儀世界〉では稀に、本物の『怪物』が出現する。

 だが、俺も鷲獅子(グリフィン)と遭遇するのは、今日が初めてだった。

 

 怪物──異界生物。

 

 書物によっては、神話生物とも伝説生物とも呼ばれる特異な生命体。

 動物でありながら、尋常道、森羅道、天地道のいずれの分類にも当てはまらず、奇矯な外見と不思議な特徴を持つコトで知られている。

 鷲獅子(グリフィン)の場合は、鷲の頭部と獅子の体、猛禽の飛翼。

 前世の地球とほぼほぼ同一のイメージで、図体はおよそ五メートルの巨体。

 肉食性の猛獣が、二種類ほど合体してバカでかくなったと思ってもらえれば、どのくらい厄介かが伝わるだろう。

 もっとも、その程度であれば、取り立てて騒ぎ立てるほどの脅威ではない。

 

 巨角王冠篦鹿(ギガンティスエルク)太古洞穴熊(ティタノアルクトドゥス)大蹄大野牛(ジャイアントバイソン)

 

 尋常道の動物のなかにも、同程度の威容を誇る猛獣はいる。

 では、何が彼らと怪物とを分ける境界線なのだろうか?

 

(死体の有無)

 

 自問自答し、嘆息する。

 この世界の怪物は基本的に、死ぬと霞のように消える。

 ごく稀に、()()を遺すコトはあるらしいが、大抵は息の根を止めた瞬間、うっすらと透けて、幻だったかのように消えていなくなる。

 

 というのも、怪物──異界生物は、その呼び名の通り、本来は異なる〈(ムンドゥス)〉の住人。

 

 魔物や精霊と同じで、大別的にはこの世の生き物ではない。

 ただし、注意しなければならないが、怪物は魔物や精霊と違って、()()()()()()

 

(……このあたり、いろいろややこしくて、俺もしっかり捉えきれてるワケじゃないんだが)

 

 怪物というのは、どうも第一級の〈領域〉──いわゆる、各神話に語られる天上国や地底下界、いとあやしき妖精郷、闇夜鴉の幽冥界、黄金楽土といったような、絶大的な別宇宙論。

 

 すなわちは、神話の世界、伝説の世界。

 

 もはや一種の、異世界として確立された、()()()から迷い込んでいるだけ。

 なので、()()()()()()()()()()()()()

 要はそれだけ、確固とした存在力を有した場所から誕生している。

 

 そのため、こちらの世界でどんなに頑張って息の根を止めたとしても、その瞬間に魂? だかがあるべき場所へ戻ろうとし、結果的に死体が消失。

 

 まるで最初から、いなかったみたいに消えていなくなってしまうようだ。

 なんて迷惑なのだろう。

 

(ひとを襲いさえしなければ、こっちだって殺す必要はなかったのに)

 

 首を振り、「やれやれ」と零す。

 しかしながら、鷲獅子(グリフィン)退治のおかげで、コアラ氏の雰囲気はいい。

 単なる好奇心でしかないが、初日に聞きそびれた疑問を、投げかけてみてもいいかもしれなかった。

 

「コアラさん。話は変わるのですが」

「はい?」

「コアラさんは、どうしてエイルに行きたいんですか?」

「えっ?」

「わざわざ自由民の俺なんかを雇って、年輪騎士の手が空くのを待たずに、出発を急いだ理由。

 話したくなければ話さなくても構わないのですが、実は初日から気になっていまして」

「ああ……」

 

 訊ねると、コアラ氏は後ろ手に頭を掻き、「そういえば、メラン殿には言ってませんでしたか」と返した。

 

「いえ、別に話せない事情などではないのですがね」

「やはり、薬師としての仕事で?」

「ハハハ。そうではありません」

 

 やや視線を落とし、ゆっくりと腰を下ろしながら。

 

「エイルはたしかに、天然の薬草が多く生っています。

 ですが、この時期に特別、採取を急ぎたいほどのものはどこにも」

 

 リンデンとエイルは、あまり植生が変わらない。

 エイルで採れるものは、リンデンでも採れる。

 俺も素人ながら、自家製で軟膏を作ったりするので、「たしかに」と頷いた。

 では何のためか?

 

「エイルに行くのは、単に墓参りのためです。

 メラン殿は、ご存じですか? エイルには町外れに、小さいながらも霊園があるのです」

「霊園? あ、では、ご家族の……すみません」

 

 立ち入ったコトを聞いてしまった。

 思わず頭を下げ謝る。

 が、

 

「いえいえ、私の家族ではないんです」

「……え?」

「あそこは無縁墓地。いわゆる、リンデンとエイルで亡くなった、身寄りの無い人たちのために開放されている場所でして」

 

 焚き火に手を翳しながら、どこかを見つめる。

 

「長いこと治療薬院(ケヒト)で、薬師なんかをやっていると、そういった患者さんの、最後の友人などになってしまうんですよね」

「……なるほど」

「年に一回。本当は今年も、冬が来る前に行くつもりだったんですけれども、今年はどうも都合がつかずに」

 

 おかげで、すっかり遅れてしまった。

 コアラ氏は「なので明日はまず、彼らに謝らないといけません」なんて苦笑を漏らす。

 興味本位で聞いてしまったが、まさかそんな理由だったとは……

 

「コアラさん」

「ん?」

「じゃあ明日は、俺もお墓参りに付き合っていいですか?」

「え? メラン殿も?」

「コアラさんのお話を聞いて、そうしたくなったんです。ダメ、でしょうか?」

「まさか」

 

 そこで、薬師の男はニッコリと微笑んだ。

 

鷲獅子(グリフィン)を退治するほどの猛き勇者が客人となれば、彼らもきっと喜びます。それに」

「?」

「実は最初から、メラン殿にはついて来てもらうつもりだったんです」

 

 ほら、と。

 コアラ氏は急にそこだけ小声になり、

 

「大丈夫だとは思うのですが、万が一、彼らに化けて出られでもしたら……」

 

 私はきっと、泡を吹いて気絶してしまいます。

 

「えぇ?」

「あ! いま私を情けないヤツだと思いましたね!? 笑い事じゃないんですよ! ホントに怖いんですから!」

「う、う〜ん」

「頼むから、一緒に来てくださいね!? そのための護衛でもありますから!」

「マジかぁ……」

 

 なんとも反応に困る捕捉だった。

 薬師コアラ。

 一瞬、たしかに尊敬に値する立派な大人物に窺えたのに、やはり微妙に残念な部分が隠しきれない。

 

(人間臭くて、まあ、俺は嫌いじゃないが……)

 

 トライミッドじゃ、アンデッド対策として火葬が基本だろ?

 墓石も、秘宝匠じゃないと切り出しちゃいけない。

 たしか、そういう法律だって、聞いてるんだけど……

 

(コアラさんは、本当に怖がりだよなぁ)

 

 けど、それが本来は普通なのかもしれない。

 

 





tips:怪物

 神話生物。または伝説生物。
 稀に各地に現れては人里に被害をもたらす。
 神代の時代では地上にたくさんいた。
 地球上の架空生物となぜか同名であり、似た姿を持っているコトが多い。

【評価】
【感想】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。