ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#140「刻印騎士の矛と盾」

 

 

 刻印騎士団にとって、刻印魔法とは矛である。

 魔物という圧倒的強者に抗するため、人類が見つけた反撃の切り札。

 

 想念(オモイ)を累ねて願望(ネガイ)を研ぎ澄まし、千の呪句(ノロイ)で悪魔を討ち果たす。

 

 費やされる時間と魔力。

 人間ひとりの生涯から捻出される、総てのエネルギーに懸けて。

 刻印魔法は人と魔の隔絶を埋め、両者の間に横たわる大きな壁をも破壊可能にした。

 さながらそれは、銃火器の開発にも似ていて。

 刻印魔法とは、魔物への対抗手段。

 とりわけ圧倒的強者への反撃に向けて、練磨される最強の矛。

 

 では、最強の盾の話はどうか?

 

 刻印騎士団が魔物にも有効な攻撃手段として、刻印魔法という武器を獲得したのはすでに語った。

 しかし、刻印魔法たったひとつ。

 それだけで、人と魔のパワーバランスが、互角になり得るはずはどこにも無い。

 なぜならば、魔物は異界の存在。

 境界を分けるあちら側の居住者。

 

 水死者の手(ウォーターハンド)に捕まって、水の中に引き込まれれば?

 森林歩き(フォレストウォーカー)に触れられて、夜の森に閉じ込められれば?

 

 気づいた時には自分もあちら側。

 彷徨い惑う哀れな魂。

 魔物の中には存在そのものが、一種の小世界となっているようなモノもいる。

 噂、言い伝え、御伽噺、伝説。

 単なる害獣や猛獣を、相手にしているワケじゃない。

 魔物とは生き物ではなく、法則や現象が、呪いというカタチで擬人化されたようなモノ。

 下手をすれば、〈領域〉に招かれたその時点で、首を吊る未来だって無いワケじゃない。

 吊るされた男(ハングドマン)の悪霊が大魔になれば、そんな世界を強制するコトだってあるだろう──ゆえに。

 

「なるほど。それが、『魔法陣』か。小癪だな……」

 

 鉄鎖流狼が冷たくルカを睨みつけ、ドシン、ドシン、と横向きに歩きながら鎖を引き摺る。

 

(魔法陣。そう、魔法陣)

 

 円形の水晶光。

 イメージそのものは、典型的な魔法円とそう変わらない。

 ただ、少し特徴的なのは、水晶製の杖がザッと二桁、ぐるりと戦場に降り立ち回転しているコト。

 どの杖の頭からも、薄青色の光が発せられていて、点と点が線で結ばれ、幻想的なサークルを二重に形成している。

 展開しているのは、ルカ。

 刻印騎士団リンデン支部の長であり、彼女を中心として、いま、俺を含めた四人の人間は、鉄鎖流狼の大魔法から何の影響も受けずに済んでいた。

 

「……たしか、刻印魔法の応用だったか?」

「意外ですね。知っていますか」

「詳しくは知らねェ……だが、オマエたちは刻印騎士団なんだろう?」

 

 なら、使うのはいつだって刻印魔法ばかりだ。

 

「バカの一つ覚えみたいに、オマエたちは昔から、それしか能がねぇ」

 

 クックックッ、と。

 狂える人狼は侮辱も露に頬を歪ませた。

 それどころか、片手で指を額に当て、わざとらしくトントン叩いてみせる。

 

「幼稚な挑発ですね。ですが、正確には少々違います」

「アン?」

「これは刻印魔法の応用ではない。強いて言えば、転用である」

「細けぇ違いに意味があんのかよ?」

「オマエたちには無いだろうさ」

 

 だが、と。

 長年リンデンを守り続けてきた二名の刻印騎士は、そこでルカを隠すように外套を靡かせ、人狼の目がスっと細くなる。

 

 魔法陣。

 

 それは、刻印の〝逆流現象〟に端を発する人類魔法史の転換点。

 刻印を行った器物、印具のオーバーヒート事件が切っ掛けで、強すぎる想い、強すぎる記憶。

 刻印者の影響を深く受けた魔法道具が、所有者の意思とは関係なく、独りでに魔法の効果を発動した偶然のプロセスから発見された一種のシンギュラリティ。

 

(ルカの場合は、水晶光錫(クリスタルム・ルーメンエスト) ……)

 

 水晶が持つ霊的な浄化作用を、光にして結び合わせ、円陣内で乱反射させる杖。

 対魔物特攻。

 霊的本質に直接攻撃を行う洗練された刻印魔法だったが、それを敢えて正式なルートを辿って励起・解放させるのではなく。

 

(例えるならホースの穴に栓をして、そのまま蛇口をひねるみたいに)

 

 水道の水をパンパンに流し込んだ状態を延々続け、決壊・氾濫・暴走状態を促す荒技。

 これを刻印魔法で行った場合、印具に刻まれた魔法は正しい意図の元に発動されたワケではないから、本来の意図とは異なる超常現象を外部に発現。

 

 具体的に言うと、(ラミナ) の呪文を刻んだナイフで刻印解放を行った際。

 もともとは〝切りつける〟という行為をして、はじめて〝切断力の増加〟という結果が確認可能だったのに比べて、刻印の逆流現象。

 敢えてのノーコントロール。

 

 そうした場合、ナイフを中心に突然、何の兆候もなく『刃』の暴風が吹き荒れ、効果範囲のものがスパスパと切断される。

 

 カッターナイフの刃だけが、紙吹雪みたいに舞ってるスノードームを想像して貰えれば、たぶん分かりやすい。

 

 魔法陣とは言うなれば、刻印を外部に蔓延させる結界の展開。

 

(そして、魔物の〈領域〉から人間が身を守るため、改良、フレーム化された技術)

 

 ただ刻印を逆流させるだけでは、銃の暴発も同然。

 魔力循環の理屈と同じで、無色の魔力を使った『陣』をあらかじめ構築しておき、そこに魔力を流させるコトで、魔法陣は大魔の影響力すら跳ね除ける。

 

(まさに、最強の盾だ)

 

 使い方次第では、自身の魔法の強化をも行える。

 ……ただし、問題がひとつ、あるとすると。

 

「──見事な陣だ。しかし、それゆえに疑問だなァ」

 

 鉄鎖流狼がニヤリと下劣な笑みを浮かべて、足を止める。

 

「コレだけ大したモンを発明しながら、オマエたちは今ひとつ、頭が回らないらしい」

 

 大魔と人間では、魔法の持続性にどれだけ差があるか。

 

「オレは一週間でも、一ヶ月でも、一年でもここで魔法を使い続けられる。なあ、その間、オマエたちはいつまで耐えられるよ?」

「なに。そう長い時間は必要あるまい」

「ああ。我らはそのために、支部長殿に守りを託した」

「──ハ、ギャハッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ほざけ人間!!」

 

 人と魔の大闘争、第二幕開演。

 鉄鎖流狼は自身の鎖を、背中から束にして老騎士ふたりへ射出した。

 けれども。

 

「舐めすぎだ」

「ええ」

 

 ルカの後ろから、戦闘の交錯を観察しつつ、〝それはもう脅威じゃない〟と胸の中で呟く。

 数分前に灼き切られたのを、もう忘れてしまったのか。

 刻印魔法を使わない俺ですら、対処可能だったというのに。

 本職であるロータスさんとアルマンドさんが、その攻撃を見切っていないはずがない。

 だからほら──

 

「……我らは魔法使い。人でありながら人とは違うモノ」

「然れど、決して人であるコトを見失わず」

「人を捨てるのは、憎き化け物どもと真向かう時だけ」

「命を焚べよ」

「魂を燃やせ」

「憎悪も怨嗟も等しく祈り」

「この身に刻んだ鋼の誓いを胸にし、いざ」

 

 ──刻印解放。

 

「「励起せよ、千の呪句(ノロイ)」」

 

 剣刃(ラミナスパタ)

 弩砲(バッリストラ)

 

「!?」

 

 ガキィィィィィィィィィィィィィィッ!!

 火花散らし。

 ロータスさんの鋭利な剣が、アルマンドさんの豪快な弩が、鉄鎖流狼の両腕を、射出された鎖ごと切り裂き/撃ち砕いた。

 

「なんッ……だと!?」

 

 驚きには値しない。

 城塞都市リンデン、双璧の白騎士。

 刻印魔法が時間に比例して強力になるならば、老いた刻印騎士はこのくらい容易にする。

 八年前も、俺はかなり苦労した。

 

(……それに)

 

 アッシュブルーのロンググラデーション。

 銀の縁のメガネ美人。

 刻印騎士団が誇る憤怒の英雄その養子。

 仮にも娘を派遣している土地に、精鋭が配置されていないはずはなく。

 恐らくだが、刻印騎士団の中でも上位の実力者が、此処には赴任している──きっと。

 

(古代の刻印騎士と比べても)

 

 遜色は無いほどに。

 

 

 





tips:魔法陣

 魔法による結界陣。
 最初期は刻印魔法が必須だったが、現代では普及が進み、刻印魔法が使えずともフレーム技術──無色の魔力の操作方法さえ学べば修得可能。
 ただし、出力はやはり落ちる。
 設置型の陣であるため、展開時は中にいないと効果が無い。

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