ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#142「悪魔の理想郷」

 

 

 ──そして、リンデンは魔都に堕ちた。

 

 順を追って語っていくが、すべては避けようの無い必然だった。

 

 まずはじめに、森の獣神である小夜啼鳥(ナハティガル)

 鉄鎖流狼が打った手の中で、最も致命的で手の施しようが無かったのが、この神を暴走させたコト。

 

 森林歩き(フォレストウォーカー)の危険性と、伝染病がごとき厄介性について、リンデンに住む者は多くが知っていたが。

 

 獣神は不興を買いさえしなければ、大半の者にとって無害。

 恐ろしくはあっても、適切な距離感を保ち続けている限り、長いあいだ共存が可能だった。

 

 鉄鎖流狼の大魔法は、そんなリンデンと森林神との関係性を崩壊させ、銀冬菩提樹と丸酸塊の森に、リンデンを襲わせた。

 

 すなわち、森という環境を司る神の権能。

 

 〝還元法〟が発動され、瓦礫街から年輪街のおよそ半分。

 都市はその機能と住民を、ほぼ同時に損失し、自然への帰郷。

 森羅還元。

 分かりやすく言えば、人類文明の証たる建築物等は植物に覆われて、土塊に戻り。

 人間は生きたまま、森林歩き(フォレストウォーカー)に変えられてしまった。

 後者は特に悲惨である。

 錬金術の妙薬がなければ、燃やして灰にしても、完全には霊的汚染を除去できない。

 そんな魔物に変えられるコトを、いったい誰が望むというのか。

 したがって、鉄鎖流狼に森の獣神を手駒とされてしまった時点で、リンデンは八割がた、詰みの状況に陥っていた。

 

 もちろん、それを甘んじて受けいれる刻印騎士ではない。

 

 フェリシア・オウルロッドを筆頭に、彼、彼女らは大いに抵抗を行った。

 動物魔法を使った空からの大蹄大野牛(ジャイアントバイソン)投下。

 雌狼や夜梟による細かい各個遊撃。

 少女の奮戦は物量戦という観点で、実に頼り甲斐を発揮し、獣神の侵攻を遅滞させるコトに繋がっていたし。

 何より前線を俯瞰し、必要なタイミングで必要な動物(ユニット)を投入できたのが、素晴らしかった。

 

 獣神の不興を買い、氷川雁(アイゼル)の群れに襲われ、鳥衝突(バードストライク)を捌ききれなくなるまでは。

 

 飛行魔法など、所詮は付け焼き刃。

 生得的に空を飛ぶ鳥類を相手に、空中戦など不利でしかなかったのに。

 加えて、魔法陣を飛び出て、魔力循環だけで鉄鎖流狼の魔法に抗ったのもマズく。

 少女は集中力を乱され、本来の実力を充分に発揮する前に、戦場を脱落してしまった。

 

 経験不足による判断誤り。

 

 勇気と覚悟だけでは、現実は乗り越えられないコトを、フェリシアは身をもって誰より痛感させられたと云えよう。

 

 犠牲者は雪崩のように増えた。

 前線で身体を張っていた年輪衛兵は、特に壊滅的だった。

 衛兵長ハミングが森林歩き(フォレストウォーカー)に変えられた時、絶望はその速度を鳥の羽ばたきのように速め。

 死を告げる小夜啼鳥(ナハティガル)

 歌声を避けるため、自身の両耳を抉る者まで大勢現れる始末。

 

 剣刃、ロータス・スパーダ。

 

 駆けつけた一騎当千の無双騎士が、その戦場を引き継いだとしても、個人の武功ではどうにも覆せない数の差。

 彼が振るえる剣は一本きりで、如何に疾風迅雷の働きをしても、魍魎は斬り伏せた端から数を増やす。

 

 それでも、さすがは古強者だろう。

 

 水掻き鬼(アドゥー)などの怪人も含めて、ザコの大半はたったひとりで押し返した。

 裂帛の気合いと太刀風の化身。

 仲間の死体や多くの悲しみも経験しているから、彼は森林歩き(フォレストウォーカー)に変わったリンデン市民も、躊躇なく斬り伏せ無力化し、優先順位の決定に誤ちもなく。

 

 だから、足を引っ張ったのはひとえに、未だ助かる見込みの残っていた人間たち。

 

 鉄鎖流狼の大魔法に精神を蝕まれ、暴徒と化した()()の彼らに、ロータスは剣を振れず。

 しかして、彼らこそを守らなければ、人界の守護者たる刻印騎士の誓いは果たせず。

 以って、進退は此処に窮まり。

 

 ルカ・クリスタラーの起死回生。

 

 リンデンの四方に建設された聖火灯台を利用した『大魔法陣』の展開。

 通常の魔法陣を遠隔で聖火灯に連続展開し、水晶光を連結させるコトで、都市全域を退魔の波動で満たす大魔法陣構築。

 灯火のロゥ、リンデン伯。

 支部長として、都市(まち)の要人たちと長年連携を強めていた彼女だからこそ、有事の際の緊急手段として、飛び切りの奥義を隠し持ち。

 それによって、多数の人々の正気と理性を一時取り戻すも。

 

 鉄鎖流狼が苦痛の叫びを上げ、怒り狂ったのは当然で。

 

 悪心萌芽の影響力は弱まって、リンデンはたしかに瞬間的に戦況を建て直すコトに成功したが。

 後顧の憂いを断ち切るには、地竜ヴァイスはあまりにも絶望的だった。

 

 ドラゴンは最強である。

 

 天地(あめつち)の絶対君主。

 動物界の頂点。

 外敵は無く、荒ぶる獣の災いそのもの。

 悪心に目覚めた白蛾虎竜は、ただその暴威を以ってリンデンを蹂躙した。

 

 家々を壊し、塔を倒し、壁を崩し、城を潰し。

 

 アルマンド・バッリストラの弩砲を以ってしても、地竜の体躯には穴ひとつ空けられず。

 大魔法陣は一刻と経たず破壊され、人狼の圧力を一身に引き受けていたルカ・クリスタラーは、直後に行動不能。

 ダークエルフと弩の老騎士が、ふたりがかりで地竜討滅に向かったが、逆鱗は遠く、竜咆哮は遥か高みから丘を抉り。

 白い丘(ホワイト・モット)の希少種は、一夜と要さず城塞都市を陥落せしめた。

 

 長さおよそ五キロメートル。

 深さおよそ二十メートル。

 

 地割れと地崩れ。

 

 一条の亀裂が都市に入ったと云えば、その惨憺たる現状が想像もしやすかろう。

 しかし、これでもアルマンド・バッリストラの全身全霊。

 生涯を懸けた刻印の輝き。

 魔物の霊核を、数多と穿ち続けた弩砲の対抗が無ければ、被害はさらに甚大だったに違いない。

 負けてしまえば意味など無いが、リンデンはその命を賭した渾身のおかげで、辛うじてカタチを保ったと云える。

 

 悪しき魔物は、嘲笑い転げ回った。

 

「守ると誓ったものを、何ひとつ救えない。どんな気分だ? なァ、教えてくれよ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 地竜と獣神の脅威に、為す術もない人間の無様に。

 鉄鎖流狼は喜び笑い、ゲラゲラと腹を抱えて、ゆっくり〝作業〟を開始した。

 逃げ惑うリンデン市民を、ひとりひとり捕まえては生きたまま生皮を剥ぎ……

 地獄の歌のなかで、満月を浴びる。

 

 ゴロツキに刺し殺された無精髭の男がいた。

 中折帽を被った年寄りは、橋から身を投げた。

 ドワーフの鍛冶師は娘に頭を打たれ、患者を背負った治療薬院(ケヒト)の薬屋は、患者自身に首を掻き切られ。

 商店街の肉屋は数人の男と共に、魚屋へとなだれ込む姿が目撃され。

 

 胸糞悪い悪魔の理想郷。

 

 魔に堕ちた都の惨状を目に焼き付け、ひとりのダークエルフが後悔に沈む。

 

 彼は、すべてを己の失敗だと思った。

 何故なら、彼だけはその気になれば、鉄鎖流狼を完全にぶち殺せると、最初から分かっていたからだ。

 

 ──誰にも打ち明けられない禁忌のチカラ。

 

 自分にはその〝すべて〟が継承され、意のままに扱える。

 

 ただし、人目につくところで真実を明かせば、彼は今いる場所から、完全に居場所を失うだろう。

 閉鎖的だったメラネルガリアとは違う。

 リンデンは連合王国(トライミッド)の重要都市で、憤怒の英雄の出身地。

 大魔の情報は真っ先に国を越えて広げられ、〈目録〉は速やかにアップデートされてしまう。

 指名手配のようなモノだ。

 避けられるなら避けたかったし、実際、使わなくても大丈夫かもしれないと、心のどこかで楽観があった。

 いや、未練があったと言っていい。

 

 鉄鎖流狼は大魔にしては、弱そうに見えたのも原因のひとつ。

 

 幼い日に垣間見た〝この世の終わり〟には程遠く。

 生まれ故郷で相対した〝四千年(古代)の伝承〟とも見劣りして。

 本体はそこまで警戒すべきではなく、魔法さえどうにか対抗策を見つければ何とかなると。

 

 甘い期待があった。

 

 リンデンでの八年間は、想像していた以上に居心地が良かった。

 

 だから──

 

 

「……夜陰に蝕まれる黄昏」

 

 

 謝ってももう償い切れない。

 それでも、報いをと決断した。

 

 王権神授( ドミナンス )白嶺の魔女(ウェネーフィカ=ベアトリクス)──

 

 





tips:白蛾虎竜

 固有名、ヴァイス。
 リンデン近辺の丘陵および森林地帯に棲息する地竜。
 蚕蛾のような白い体毛と翼、黒い棘鱗、角、そして虎のような顔を持つ非常に獰猛な獣である。
 白蛾虎という希少動物がドラゴンに成った姿。
 全長は二十メートルを超える。
 その竜咆哮は災禍そのもの。

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