ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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第2部 幕間
#151「幕間3 生成りの神父」


 

 

 ロアまでの道は長い。

 道が長いならば、移動するだけの時間も長い。

 馬車の窓から見える景色なども、一刻もすれば変わり映えしなくなる。

 数日が経つと、俺たちはいいかげん腹を割った話を互いに求めた。

 

「ゼノギア神父」

「はい。なんですか? メランズール殿下」

「ぶっちゃけて答えて欲しいんですけど、リンデンで一番最初に俺を監視してたのって……ひょっとしなくとも、貴方じゃないですか?」

「ああっ、その件。そうですね。ご推察の通り、私です」

「えええっ!?」

 

 フェリシアの驚く声が、車内で最も大きかった。

 少女は半ば飛び上がり、朗らかな笑顔の金髪優男を見る。

 カルメンタリス教の神父だと云う男は、出発前から変わらず、常に愛想良くニコニコしていて真意がうかがえない。

 けれど、俺は自分の瞳に映る奇妙な違和感から、ゼノギアをただのニンゲンだとは思えなくなっていた。

 

 馬車内は、後部座席に俺とフェリシア。

 御者台と背中合わせの席に、ゼノギアの位置取り。

 

 所持品であるという大弓を、窮屈そうに膝の上で寝かしつけながら、丸メガネの聖職者は自分ひとりで二人分の席を占有しているコトを申し訳ないと思っているのか。出来る限り身体を端に寄せ、少しでもスペースを空けようとしていた。

 

(どうせなら、楽にしてりゃいいのに)

 

 きっと、気遣いがちな性分なのだろう。

 ゼノギアという男が見た目の通りに、柔和で温和で、少し頼りなさげな性格をしているコトは、馬車に乗り始めてすぐに分かった。

 

(最初は他国の王族である俺に対して、無礼があってはいけないとか……)

 

 そういう理由で、無駄に緊張しているだけかとも考えたのだが、この男はフェリシアにも同様の態度で接している。

 というか、御者、宿屋、通りすがりの旅人、会う者ほとんどの人間に対して、物腰が柔らかい。

 分け隔てないと評すれば、たしかに聖職者らしい〝らしさ〟なのかもしれなかったが、俺としてはちょっと「うわ嘘くさ!」と感じるレベルで人当たりが良い。

 所持品だという、あまりに物々しい大弓の件もある。

 さすがにこの違和感を、黙ったまま見過ごしておくのは、好奇心が許してくれなかった。

 

「……俺もほぼ忘れかけていましたけど」

「はい」

「思えばエイルからリンデンに戻った時、ウィンター伯はたしかに言ったんですよ」

 

 ──申し訳ないが、貴公がリンデンに戻ってきてから、実はずっとある者に監視を頼んでいた。

 

「その男は、曰く〝信頼ができる男〟」

「あ、私も覚えてます! たしか、名前と姿を明かすコトはできないけど、先輩と同じで確実に人狼じゃないって……」

「そう。ウィンター伯は明らかに情報を伏せながらも、あの時、間違いなく〝もうひとり〟の存在を語っていました」

「アハハ……まあ、私のコトですね。それ」

 

 ゼノギアは後頭部を抑えながら、参ったな〜、って顔で如何にもな苦笑いをする。

 隠し立てもせず、アッサリ白状。

 だからこそ気になる。

 

「なんで、今はもう素性を隠さないんですか?」

「う〜ん……というか、隠そうとしても意味、無いですよね? メランズール殿下には、きっと私の正体が、視えているのでしょう?」

「……たしかに、視えているといえば視えていますが」

「……ふむ? おや、もしや、殿下は私のような者を視るのは初めてでしたか?」

「? 先輩、どういうコトです?」

 

 フェリシアが僅かに緊張した面持ちで、懐に手を差し込む。

 話題が俺の目に触れているから、もしや目の前の神父は死霊──魔物なのか? と思い至ったのだろう。

 だが違う。

 それはさすがに違う。

 

(俺もそうだけど、フェリシアだって分かるはずだ)

 

 目の前に魔物がいて、数日間も共に旅をしていたなら、その気配に気がつかないはずはない。

 リンデンが蹂躙された直後で、そこまでのマヌケを晒すようなら、俺もフェリシアも救いようが無さすぎる。

 そして、

 

「──ゼノギア神父」

「はい」

「俺の目には、貴方は死者として映っていません」

「ですが、生者としても映ってはいない。そうなのではありませんか?」

「……ええ。存在が二重です。ブレている、と言ってもいい」

「! まさか!」

 

 フェリシアがハッとして、口元を抑えた。

 その瞬間、ゼノギアの苦笑はさらに深まり、丸メガネが白く反射する。

 

「お恥ずかしい限りです。私は、神に仕える信徒でありながら、人の道から片足を踏み外した愚か者。それでいて、今なお救いの光を求めて人界にしがみつく、どっちつかずの半端者なのですよ」

 

 すなわち──『生成り』

 

「じゃあゼノギアさんは、人から転じた魔物──ではなくてっ!」

「はい。その過程とでも呼ぶべきモノ。生きながらに魔物へ転じかけている。あるいは、転じ損ねている。ただそれだけの、至って奇妙なニンゲンそのものなのです」

 

 ツラツラと、神父は驚くべき事実を告白した。

 

「なので、リンデン伯が私を人狼の容疑から外したのは、簡単な理由ですね。

 ほら、すでに魔物になりかけているモノが、別の魔物になるコトは、有り得ないでしょう?」

「い、いやまあ、理屈としてはそうかもですが」

「メランズール殿下に視ていただいて、こうして私の魂が純粋なニンゲンでないコトもハッキリしたワケですし、仮に人狼に狙われたとしても、成り代わられる可能性だけは無かったって断言できますよね……」

 

 いやー、事実とはいえ完全に非人間扱いで、参ってしまいますよ。タハハ!

 ゼノギアは世間話みたいにサラッと口にしているが、聞いている俺たちはイマイチ笑えなかった。

 

(……俺が言うのも何だけど、この馬車、フェリシア以外にマトモな人間がひとりもいないってコトじゃん!)

 

 生成り。

 極めて珍しい事例ではあるが、その存在自体は知っている。

 人が魔物に転じる際に、ごく稀にだが引き返すコトが出来た人間。

 引き返すコトは出来たけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 チェンジリング──妖精の取り替え児などが、よく引き合いに出される。

 

 妖精に攫われて妖精の世界で育った人間の子どもは、人間ではなく妖精になる。

 その逆もまた然り。

 境界とは、ゆえに棲むべき世界が違うからこそ〝境界〟で、一線が引かれた意味を、我々は深く考えなければいけない。

 『魔法使いと魔術師』に載っていた言葉だ。

 国や地域によっては、半魔と同じで魔物扱いだったりもする。

 フェリシアの横顔を見ると、案の定、どうリアクションしていいのか分からない様子だった。

 トライミッドじゃ生成りは人間のカテゴリだが、やっぱり人間の心理として、戸惑いは避けられない。

 

(もっとも、それを言うなら俺なんか、本当は完全にアウトなはずだけどな)

 

 リンデンでの八年間が、俺を俺として受け入れてもらえる土壌を作った。

 もちろん、これから向かうロアや東方大陸。

 見知らぬ土地に足を運べば、間違いなくあんな反応は返って来ない。

 非人間、と言ったか。

 

「ゼノギア神父。貴方、どうして生成りに?」

「え? あー、いや、それはそのぅ……」

「俺が白嶺の魔女(ベアトリクス)の力を手にした経緯は、どうせもう知っているんでしょう?」

「あ、はい。簡単にではありますが、月の瞳から……」

「なら、貴方の話も聞かせてくださいよ」

「ええ? それは……」

「イヤですか? まあ、だったら無理強いはしません。別に今じゃなくてもいいですし。どうせ道行きは長いですからね。そのうち、いつか気が向いたらくらいの感覚で気長に待ちます」

「──人が魔物に転じかけた話ですよ? そう面白いものではありませんが」

「俺の話だって、特に面白くはなかったはずですよ」

 

 言うと、ゼノギアは一瞬固まり、失言だと思ったのかすぐさま詫びた。

 

「……申し訳ありません。たしかに、おっしゃる通りだ」

 

 下げられた頭に、言葉は返さず、軽く肩を竦めるだけに留める。

 フェリシアはそんな俺たちを、神妙な面持ちで眺めていた。

 数奇な運命を背負った歳上の男がふたり。

 少女には少々、気まずい空気になってしまったかもしれない。

 

(ただ、ちょっとだけシンパシーとかも、感じられるようにはなったか……)

 

 まだ赤の他人ではあるものの、胸襟は少しずつ開いていければいい。

 生成りの神父ゼノギア。

 謎は多いが、なんとなく悪い男ではないと思った。

 

 

 

 

 

 





tips:生成り

 人から魔物へ転じなかったモノ。
 引き返し、されども帰る場所はもはや無し。
 二重存在者。
 その精神は、果たしてどちらに……?

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