ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#152「幕間4 王都ロアの港にて」

 

 

 王都ロアは、トライミッド連合王国の南方。

 すなわち、北方大陸(グランシャリオ)においても、最も南の地である海岸沿岸部にあった。

 

 人口は三十五万人。

 

 ロアは〈中つ海〉に面するためか、『潮風と岩の見晴台』とも呼ばれていて、海岸は鋭く高い岩崖。

 剥き出しの大陸には、西から吹くという〈ドラゴンの翼風〉によって絶えず荒々しい波風が押し寄せ、玄々とした岩肌をさらに険しくせんと、豪快な音が鳴り響いている。

 

 雄大な眺望と、鼻を突く潮の香り。

 

 季節は冬ではあったが、ここでは雨が多いらしく、雪は溶かされ湿気が高い。

 しかし、普段は曇りがちの北方大陸(グランシャリオ)には珍しく、今日の天気はまさかの晴れだった。

 朝焼けのオレンジ色が、波間を踊る。

 空には海鳥が飛んでいて、地に降り立ち一休みしようとしたモノは、巨大なフナムシに食われている。

 

「キモォ……」

 

 呟きながら、目蓋をこする。

 トライミッド連合王国の現王、トーリー・ロア・トライミッド。

 それと、宰相ザディアとの謁見も終えて、翌日の朝。

 一足先に『三叉槍の入り江(トライデント・ハーバー)』……港まで足を運んでしまったものの、目の前にはすでに巨きなガレオン船。

 乗組員らしき男たちが、せっせと船出のための準備を始めている。

 

「……ガレオンじゃなくて、ガレーか?」

 

 櫂を漕ぐためと思しい複数の穴と、立派に伸びた帆柱(マスト)

 船大工でも何でもないので、もちろんまったく違う船の可能性もあったが。

 それでも辛うじて、「たぶんだけど、そのどっちかだろうなー」と直観しながら彼らの仕事風景を眺める。

 

 約束の時刻までは、まだしばらくのゆとりがあった。

 

 俺は欠伸を噛み殺しながら、手記を取り出しペンを動かす。

 メラネルガリアを出てからは、ほとんど日記を書く習慣も無くなっていた。

 だが昨夜、ロアの市場(マーケット)でセンスのいい手帳を見つけてしまった。

 これからの旅には、まったく不必要なものだったが、なんとなく欲しくなった。

 気づいた時には買ってしまっていたので、もったいないからこうして、久しぶりに日記を書く。

 

(そうだな……)

 

 書き出しは、やはり昨夜のコトからでいいか。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 トライミッド連合王国は、やはり俺に自国の戦力になって貰いたい様子だった。

 

 ──やあ、ボクはトーリー。見ての通り貧弱モヤシだけど、これでもこの国の王サマです。ウィヌから聞いたけど、キミ、グラディウスと同じくらい強いんだって? 富も名誉も地位も欲も、何でも叶えてあげるからウチに来ない? え? ダメ? そっか王族だもんねー。

 

 ──諦めるのが早いですぞ陛下! 英雄級の戦力など現代では絶えて久しいのですから、もっと粘り強く! 単騎で突進するしか能の無いグラディウス翁と違い、メランズール殿は大軍も保持しているとか! まずは相手が何に興味があるかを引き出すのです!

 

 トーリー・ロア・トライミッドは、だいぶ変わった王様だった。

 天然パーマの長い黒髪に、ガリガリの身体。

 科学者じみた白衣のような長衣を着ていて、左目にモノクル。

 言葉遣いは王侯貴族のそれではなく、まるで市井の民のようなフランクな気軽さで、対面してすぐに「コイツは他人に興味が無い男だ」と伝わった。

 

 ただ、それでも王としての責務は理解しているんだろう。

 

 トーリー王は宰相ザディアに言われるまでもなく、リンデンで俺が老グラディウスから聞かされていた通り、エル・ヌメノスの尼僧の墓所。

 連合王国が秘密裏に封印管理している『秘文字の奇蹟』について、魔術師リュディガー・シモンを生け捕りにすれば、兼ねてからの取り決め通り情報を開示すると約束した。

 

 ──鯨飲濁流が復活した以上、ボクの国もいずれ、彼の悪魔の脅威に立ち向かわないといけない。

 ──刻印騎士団を擁する我が国ですが、エリヌッナデルクを生き延びた闇の公子など、英雄に頼るしか勝ち目が思いつきませんからな。

 ──ってワケだから、ボクらとしてはキミが白嶺の魔女のチカラを持っていようが何だろうが、人界守護のために使える物は何でも使いたいんだよね。

 

 ゆえに、英雄級の戦力保持者とはなるべく良い関係性を築いておきたい。

 

 ──でもまさか、願いを叶える世界改変の大権よりも、遺体の方が重要って言われるとは、さすがに思ってもいなかったかな。

 ──しかしだからこそ、メランズール殿とはより友誼を結んでおきたいと思いましたぞ。己が願いを安易に叶えるのではなく、あくまでも運命は自らの手で掴み取らんとする高潔さ。まさに英雄好漢の証かと。

 ──禁忌指定されそうになったら、いつでもうちを頼ってくれていいよー。偽の身分とかザディアがすぐに用意してくれるから。

 

 と、全力で擦り寄られたのには少しだけ驚いた。

 だが、だったらわざわざ交換条件など出さず、無条件に尼僧の墓所を見せてくれてもいいんじゃないか? 

 そう口に出すと、彼らもやはり国のトップ。

 

 ──さすがに、多少の貢献はして貰わないと。

 ──メランズール殿が目的を果たした後、我らに背中を向けて「じゃ、さようならー!」なんて可能性もあります。

 ──信頼関係は、まずは互いを認め合うところから、始める必要があるよ。

 

 正論。

 ぐうの音も出ないほどの正論。

 ゆえに、俺も「言ってみただけです」と頷いて、予定通りリュディガー・シモンの捕縛任務を請け負うに至った。

 キャッスル・ロア。

 トライミッド連合王国の最中枢にて行われた会話である。

 

 けれど、ではそもそもリュディガー・シモンとは、どんな大罪人なのか?

 

 何をして罪を問われ、何をしたから東方大陸まで逃げているのか。

 ロアまで来る途中、ゼノギアから軽くあらまし自体は聞いていたものの、依頼主であるトーリー王の口から、直接経緯を語ってもらった。

 

 ──大罪人、リュディガー・シモン。

 ──灰色の魔術師。

 ──アレはカルメンタリス教の敵対者でね。

 ──カルメンタリス教の敵対者?

 ──人類に聖域をもたらす女神の信奉者を、ことごとく憎悪している狂人だよ。

 

 曰く、元は西方大陸の商人だったが、ある日を境にカルメンタリス教施設を次々に襲撃。

 

 ──放火、爆破、水没、破壊。

 ──名のある聖堂や教会だけでなく、高名な秘宝匠が手がけた建築物や、古代遺跡さえも標的にしては、文明を無に帰さんと欲している男です。

 ──西方大陸じゃ悪逆の限りを尽くし終わったのか、つい最近、北方大陸にやって来たらしくてね。

 ──グラディウス翁のおかげで何とか撃退できましたが、あの男は放置しておくだけで人界に甚大な被害をもたらしかねません。

 

 だから捕まえて、裁きを与える必要がある。

 理由は納得した。

 けれど、ひとつだけ気になる点はあった。

 憤怒の英雄。

 刻印騎士団の団長。

 アムニブス・イラ・グラディウスが対処に当たって、それでも東方大陸に逃げられてしまった。

 つまり、リュディガー・シモンなる魔術師は、英雄に並び立てずとも準英雄級。

 あるいは、それに近しい能力の持ち主なのではないか?

 

 ──この件、もしかして試金石のつもりで?

 ──とんでもない。我らはただ純然に、人の世の安寧を望んでいるだけ。

 ──灰色の魔術師の生け捕り。成した暁には、報酬は必ず支払うと約束するよ。

 

 要するに、俺の能力と性質を確認する目的もあるらしい。

 生け捕りと指定しているのは、本当に英雄並の強さを持っているなら、それくらいは余裕だろう? ってなニュアンスである。

 

 見届け人もとい保証人には、もちろんゼノギアが挙げられた。

 

 彼はどうやら、宰相ザディアの息子だったらしく、カルメンタリス教の神父でもあるため、リュディガー・シモン捕縛の任務には最初から同行する想定で話が進んでいたようだ。

 

 そして……刻印騎士団からは、何故かフェリシア・オウルロッド。

 

 ──え、わ、私もですか?

 

 彼女は本来、王都ロアに戻れば騎士団の本部から、次なる任務地へ派遣命令が下されるはずだった。

 しかし、本部に戻ったフェリシアは先の鉄鎖流狼との戦闘について、師にあたる人物からめちゃくちゃ責め立てられてしまったらしい。

 使うなと言われていた飛行魔法を使った判断ミス。

 明らかな経験不足による失態。

 一人前の資格無しと徽章まで剥奪され、再度騎士見習いとしてやり直すコトを命じられたと聞いている。

 

 ──ちょうどいい。東方大陸から生きて帰って来られたなら。

 ──! そ、その時は! 私をもう一度、仲間と認めてくれますか!?

 ──ああ。オマエが望むなら、認めてやるよ。

 ──……なら、やります。私は、刻印騎士です!

 

 と。

 背景としては、ザッとそんなイザコザがあったとか無かったとか。

 詳しくは聞いてないので、フェリシアが実際はどんな想いで東方大陸行きを決めたのか。

 失意に沈んで、自暴自棄になってはいないか。

 そのあたりは、今朝、この港で会ってみるまで分からないだろう。

 

 師にあたる人物が、逆に何を考えてフェリシアほど優秀な人材を遊ばせておくのか。

 

 理由は分からないが、どうあれ俺にはどうするコトも出来ない話だ。

 俺にとっては、頼りになる仲間が増えただけである。

 ゼノギアと二人、野郎だけの長旅よりも、可憐な花がひとつでもあった方が気分も華やぐし。

 拒む理由は見つからなかった。

 

 だから──

 

 

 

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 ──

 

 

 

「あれ? ずいぶんと早いですね、先輩!」

「おはよう。ちょっと早くに目が覚めちってな」

「おはようございます。メランズール殿下は、初めての船旅でしたか。さては緊張していますか?」

「かもしれません」

「わ、私も少し緊張してます!」

「タハハ! 参りましたね。実は私もなんです」

 

 フェリシア、ゼノギア、二人の到着。

 俺たちは笑い合いながら、そうしてついに東方大陸を目指すための船旅に向かうのだった。

 

 

 





tips:〈ドラゴンの翼風〉

 西方大陸から東方大陸に向けて吹く風。
 北方大陸の海岸では特に強風になり、ドラゴンの羽ばたきのように一定の波がある。
 トライミッド連合王国の王都ロアでは、この風を利用し、大型の帆船による東方へ向けた航海事業が行われているようだ。
 現王トーリーは設計王の異名も持ち、昨今は特に造船産業を支援しているらしい。

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