ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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第2部 成長編
#153「中つ海」


 

 

 〈中つ海〉──

 それは〈渾天儀世界〉において、最も大きな海洋。

 世界地図を見た者なら、誰もがその遠大さを知るだろう。

 

 陸に閉ざされた内海? 否否。

 

 侮ってはいけない。

 四方の超大陸によって、東西南北を囲まれていようとも。

 〈中つ海〉の広大さは、いずれの超大陸にも勝るものと知るがいい。

 とりわけ、西方大陸南部から東方大陸北部にかけての海里と言ったら、まさに星を航るがごとし。

 

 一説には、〈中つ海〉は巨大彗星衝突によって出来た、文字通り世界最大規模の、陥没地(クレーター)に水が溜まったモノだとも云う。

 

 西方大陸と北方大陸の狭間にある〈三つ海(スリー・シー)〉、南方大陸中央部の〈湧き海〉。

 世界には他にも、名だたる海が知られているが、〈中つ海〉に比べればどれも水溜まり同然。

 そもそも〈中つ海〉という名称からして、他の海とは格を異にしている。

 

 ──世界神の中つ星。

 

 八つの〈廻天円環帯(リングスフィアベルト)〉の真ん中。

 基礎にして偉大な核たる〈中枢渾天球(エルノス・センタースフィア)〉は、誰もが知る通り〈渾天儀世界〉の中心だ。

 宙にて廻る八つの平行世界や、ほか様々な異界をも支えている星。

 

 そんな場所で、他の何をも差し置き最奥に位置しているモノこそ、他ならぬ〈中つ海〉なのである。

 

 大海、蒼海、溟海、遠海、神海、霊海、龍海。

 エトセトラエトセトラ。

 四方の超大陸に囲まれているから、この海を形容する言葉はそれこそ全世界に存在している。

 しかし、その全容を把握しているモノは、恐らくどの超大陸にもいないだろう。

 

 〈中つ海〉はあまりに広く、またあまりに深すぎた。

 

 人界とは隔絶した異境。

 陸地でさえ人類は未だ未踏の領域を残すのに、船なくば航るコトも叶わぬ海境で、いったいどれほどの人跡を刻めるものか。

 

 天気が悪くなれば、波は荒々しくうねる。

 風は嵐を呼び、人間の造りし船など、有史以来幾隻が水底の藻屑と成り果てたものか。

 単純な自然現象、気象現象にさえ船乗りは立ち向かわなくてはならない。

 

 なのに、〈中つ海〉には恐るべき脅威がおびただしい数、あった。

 

 陸の生命とは掛け離れた姿かたち。

 魚、あるいは貝、あるいは海底を這いずる奇々怪々。

 恐らくは太古の昔より、一切の変化を起こしていないと思われる珍妙な生き物たち。

 アンモナイト、サカバンバスピス、モササウルス、メガロドン、ハルキゲニア、ダンクルオステウス、リヴィアタンほか。

 種類は豊富すぎるほどに豊富。

 動物界尋常道。

 けれど、尋常の生き物だからといって、油断していい〝モンスター〟がいないワケではない。

 海には地上と同じか、それ以上に怪物も同然の生き物が存在している。

 

 そして、海が昔から母なる大自然であるならば、当然、そこには森羅道の動物たち。

 

 死後に自然霊へ転生する獣。

 獣神──環境神がいるのも物の道理。

 海面を駆ける津波の化身、波の飛沫たる波獅子や。

 珊瑚の牙、菟葵(イソギンチャク)の毛皮を持つ礁海象。

 目に見えぬ海流、潮の一方通行となった海蛇。

 森羅の元に還りしモノどもは、海が備える天然の雄大さや残酷さをより強調し、ときに埒外の自然風景をも作った。

 

 神話世界からの客人(まれびと)、怪物たちも忘れてはいけない。

 

 人肉を求め、岩礁から妖しい歌声を響かす二股尾の人魚、セイレーン。

 入り組んだ入江や、座礁の起こりやすい海峡に潜む渦潮蟹、カリュブディス。

 深海より現れ、多くの魚群と共に幾隻もの船を沈めて来た伝説、謎多きクラーケン。

 海面から湯煙を上げ、熱湯と蒸気で人を襲う島鯨竜、ハーヴグーヴァ。

 神話世界の住人は、殺すと霞のように消えるクセして、我が物顔で〈中つ海〉に独自の生態系を作り上げている。

 

 加えて、異界の門扉を開けて訪れる、恐るべき魔物ども……

 

 深海の悪霊、人面たる魚影、溺死者を食らった海棲生物の成れの果て『醜悪魚人(グロテスク・フィッシュ)

 純粋たる海妖にして第八の原棲魔、真紅の一つ目、毒垂らす避け舌、皮膚無き邪悪人馬『ナックラヴィ』

 死んだ船の怨念、彷徨える嵐の海域、幽霊船(ゴーストシップ)の大魔『沈没せざる藻屑』

 黄金に魅入られし髑髏の海賊たち、大魔の動骸骨(スケルトン)『呪われし金貨』

 魔物については、多くを語る必要も無い。

 陸だろうと海だろうと、魔物は何処でだって死と呪いを振り撒く。

 

 ──ゆえに、〈中つ海〉を往くモノたちよ。

 

 巨いなる龍海を行き、命知らずの航海を成さんと欲するモノよ。

 汝らはそれだけで勇敢である。

 帆を掲げ、舵を切ったならば、勇気の詩を歌え。

 我らは海底より響く不吉の音を識る者。

 死んだ者、生きる者、皆すべて船乗りの誇りを忘れるな。

 星航りの名誉は不滅である!

 

 ヨー、ホー!

 ヨー、ホー!

 ヨー、ホー!

 

「我らはこれより、遥か東、東方大陸(フォルマルハウト)への大航海を始めるッッッ!!!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」

 

 それは船出の朝の、大演説であった。

 

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 で、三日後の今日。

 

「えろえろえろえろえろえろ」

「めっちゃ船酔いしてる」

 

 戦慄の海上だった。

 渾天儀暦6027年14月15日。

 トライミッド連合王国は王都ロアを出発し、そろそろ船旅への緊張感もだいぶ薄れて来た頃。

 西からの〈ドラゴンの翼風〉に押され、俺たちが乗っている『巨人艦トーリー号』は、順調に航路を進んでいる様子だった。

 

 巨人艦。

 

 その名の通り、これは巨人が乗る艦船である。

 船の名前こそは、トライミッド連合王国の国王、トーリー・ロア・トライミッドから貰っているようだが、船長は巨人で乗組員も大半が巨人や半巨人。

 乗る前はガレオン船やガレー船かな? と見受けたものだったが、どうやらこの世界では巨人が乗る船=タイタン船と呼ぶそうだ。

 船の構造や前進の仕組みよりも、全体の規模感と誰が乗るかで艦級が決まるっぽかった。

 

(まさかトライミッドに、巨人がいるとはなぁ……)

 

 同じ〈第五円環帯(ティタテスカ)〉種族なだけに、最初に知った時はかなり驚かされた。

 てっきり、巨人たちは自分たちの国……巨いなる荘厳銀嶺、ティタノモンゴットで、かつてのメラネルガリア同様、鎖国体質を基本にしていると思っていた。

 だが、実態は見ての通りで、国を出るのも国に残るのも、ティタノモンゴットはかなり自由にやっているらしい。

 トーリー号の船長や乗組員は、もう二十年は前から連合王国で雇われているそうだ。

 

 ドスンドスンドスン。

 ドッシドッシドッシ。

 

(デケェ〜)

 

 ダークエルフも人間のなかじゃ、かなりデカイ方である。

 しかし、やはりさすがに巨人には敵わない。

 身長は恐らく、最低でも5メートルからだろう。

 どうやら全員、性別は男のようだが、サイズ感が桁違いだった。

 筋肉と筋肉と筋肉と筋肉と筋肉。

 間近で接すると、あまりのマッスルに噎せ返しそうになる。

 幸い、トーリー号は巨人が乗るコトを前提にして造られているためか、広さは尋常ではなく、乗員皆んなギュウギュウ詰めの寿司詰め状態なんて事態にはなっていない。

 そればかりか、かなりの余裕がある。

 

(まるで豪華客船(タイタニック)ばりに)

 

 おかげで、俺や他の()()たちは、海上を移動しているはずなのに、一つの町にいるような感覚さえあった。

 船側に張り付き、巨大なオールを漕ぎ続けているクルー。

 強風を孕んで膨らむ帆柱(マスト)の帆。

 豪快な波飛沫と、グングン進んでいく船速が無ければ、きっと本当に海上である事実を忘れてしまっただろう。

 客室にいても暇なため、外の空気を吸おうと思ってデッキに出てきたが、

 

「ゼノギア神父」

「お、おや、これはメラン殿下……」

「大丈夫ですか?」

「すみません、お見苦しいところをお見せして……えろえろえろえろ」

 

 金髪丸メガネの優男は、めっちゃ船酔いしていた。

 これだけのデカさの船で、揺れもそんなに酷くはないのに、三半規管が敏感なのかもしれない。

 何処からか入手したのか、胸には銀色のバケツを抱えていて、床にへたりこんでいる。

 顔は青白く、見るからに不調だった。

 通りすがりの他の乗客たちが、うげっ、って顔をしてゼノギアの周りだけ空間を作っている。

 仕方がないので、介抱のため近づくが……

 

「客室に戻った方が、いいんじゃないですか?」

「部屋の中にいると、空気が篭っていて……」

「あぁ……つまり自分のゲロの匂いのせいで、さらに気分が悪くなると」

「ふ、ふ、ふ……たすけて?」

 

 ゲロがこびりついた口元で、ゼノギアは上目遣いをしながら俺へ縋り着いた。

 

 離せ汚い。

 

 思わずそう返さなかっただけ、俺は人間的にかなり出来ているのではなかろうか?

 とはいえ、船酔いに効く薬など持っていないし、どうしたものだろう。

 内心ドン引きしながらゼノギアの対処を判じかねていると、そこでちょうど、タイミング良くフェリシアがやって来てくれた。

 

「あっ、先輩! ゼノギア神父も。お二人とも何してる……って、見れば分かりますね」

「えろえろえろえろえろえろ」

「フェリシア。これ、どうすればいいと思う?」

「うわぁ……とりあえず、船医さんに診てもらいましょう。カルメンタリス教の神父だと言えば、きっと無料で診てもらえますよ」

「なるほど。それは妙案だな」

 

 というワケで、俺はゼノギアの肩を支えると、全自動ゲロ製造マシーンになった聖職者を、船医室まで連れて行くコトにした。

 トーリー号に乗っているのは、巨人だけじゃない。

 エルノス人の乗客への対応のため、同人種の船員もいる。

 ゼノギアの容態は、すまないが彼らに頼んで診てもらうしかない。

 

(幸先がいいのやら、悪いのやら……)

 

 グロッキー神父にお願いだから途中で吐かないでくれよ? と祈りを添えつつ、デッキから船室へ戻る。

 心配になったのか、フェリシアも後ろからついてきてくれた。

 初日と二日目までは、船の仕事の邪魔になるとかで、俺たちは自分の客室に閉じこもっているしかなかった。

 三日目になって、「ああ、ようやく外の空気が吸える」と出てきたのに、まさか開幕ゲロとは恐れ入る。

 

(でも、今のところは大した障害物(トラブル)も無さそうだったし、そこは安心した)

 

 出航前はかなり脅しの効いた演説を耳にしてしまったので、それなりの覚悟を決めて船には乗ったものだ。

 だが、遠目から見た船長の顔つきも、乗組員たちの声も、差し迫った危険は特段感じさせない。

 

(たぶん、アレは出航前のお決まりの儀式みたいなものだったのかもしれないな)

 

 もっとも、船旅は始まったばかり。

 トーリー号はすでに遠く陸から離れた沖合を航行中。

 東方大陸までの針路は、果たしてどれほどの長さとなるか。

 普通に考えれば、如何な巨人艦とて北方大陸横断に等しい距離を進むんだ。

 船足を鑑みても、一年、いや二年はかかる気がする。

 だって、俺はヴォレアスから大雪原まで、セドリックと一緒に四年かけた記憶がある。もちろん、アレは徒歩だったけれども。

 

「なあ、フェリシア」

「? なんですか先輩?」

「東方大陸までの道のりだけど、どのくらいで着くって言ってたっけ?」

「えーと、たしか()()()です」

 

 ありえない。

 そう、ありえないほど短い。

 すなわち、この巨人艦は必ず何処かで物理法則を無視した航路を往く。

 さて、いったいどんな〝異常識〟が待ち構えているやら、今から少しワクワクしている俺だった。

 

 

 

 

 





tips:巨人艦トーリー号

 トライミッド連合王国の現王、トーリー・ロア・トライミッドの名を冠する艦船。
 通常、船舶の名前に国の名前や王族の名前をつけるのは、沈没した際に大層縁起が悪いため避けるのが当たり前とされる。
 しかし、変わり者の王は自身の入魂を証明するため、周囲の反対を押し切って命名した。
 ──ボクの船が沈むワケがない。

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