ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#155「深海の悪霊と明白な課題」

 

 

 まぁ、そんな祈りが神に通じるワケは無かった。

 三日経つと、巨人艦トーリー号は例の襲撃予想ポイントに到達し、巨人たちは乗客に自分たちの船室から決して出ないよう伝達した。

 

 太陽が水平線に沈み、オレンジ色の空がネイビーからダークブルーに染まる。

 

 醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)はその瞬間、まるでイワシの群れのように海面へ近づいて来た。

 

 バチャバチャバチャバチャッ。

 バチャバチャバチャバチャッ。

 バチャバチャバチャバチャッ。

 

 ヒトの形をした魚の大群が、トビウオやイルカを思わせる速さで宙へ跳ね上がり、船へぶつかるとビタビタ張り付きながら、船体をよじ登り始める。

 その数は明らかに異常だった。

 巨人たちの顔は覚悟を決めた物に変わり、これより始まるは夜を徹した戦い。

 非戦闘員は誰もがその予感に固唾を飲んだに違いない。

 

 だが、巨人艦トーリー号はカルメンタリス教の『聖具』で武装していた。

 

「あらかじめ来ると分かっていれば、対処は容易い! 野郎どもッ、()()を灯せぇぇぇッ!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」

 

 船長の号令のもと、彼らが持ち出したのは驚くべきコトに、まさかの焼夷兵器である。

 分かりやすく言うと、火炎放射器。

 巨人たちは事前に液状の焼夷剤を、管のカタチをした独特な砲に仕込んでいて、醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)が甲板に上がろうとすると、ポンプのように後ろからそれを押し出し、躊躇いなく炎を放射した。

 焼夷剤は海面の上でも燃え盛り、トーリー号は聖なる炎によって魔物どもへ対抗する。

 

 しかも、その炎は女神の加護が宿りし聖なる火炎。

 

 人類文明を守るための恩寵は、文明の産物たる人工物を決して傷つけず、放たれた火炎は船体に触れても、まったく燃え移る心配が無かった。

 序盤の戦況は、俺たちの有利で始まった。

 

「フッフッフッ、どうですお客さん? 我々の防備は大したモノでしょう!」

「ええ。たしかに!」

「すごいですね!」

 

 ニヤリと笑う船長の、太鼓のような低い声に大声で返す。

 赤毛の巨人は「ガッハッハッ!」と笑った。

 

「もっとも、焼夷剤には限りがありますからねぇ! いよいよマズくなって来たら、お二人にも頼らせていただきます!」

「もちろんです!」

「あの! 今から出なくて、ホントに大丈夫ですか!?」

「──おい野郎どもッ! 聞こえたかァ!? もっともっと、気合いを入れやがれぇっ!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」

 

 巨人たちの士気が倍増する。

 フェリシアは「そんなつもりじゃ!?」と叫んだが、船長はそんな少女に再度大口を開けて豪快に胸を叩いた。

 

「ご心配には及びません! このくらいなら、なぁにまだまだ! 我らは海の男ォッ! 命知らずの冒険野郎ォッ! さァ、櫂を漕げテメェらァッ!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアーーーー!!!!!!」」」

 

 戦いの最中であるにもかかわらず、オールを手に持つ巨人たちは一度として自分の持ち場を離れようとしない。

 すぐ横で醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)が猿叫のような威嚇音を発していても、仲間の火炎放射が必ず魔物を打ち落とすと信じているのか、不動の全速前進だった。

 慣性の法則により、ガクンッ! と体が揺らされ思わずたたらを踏む。

 

「スゲェ。この調子なら、本当に俺たちの出番は無いんじゃ──」

「ああん!?」

 

 錯覚しかけた直後。

 頭上から驚愕の声が発せられた。

 船長は眉間にシワを寄せると、突如としてブリッジの右側に走り始める。

 そして、勢いよく海面を覗き込むと、今度は反対の左側に向かって走っていき、同じように下を覗き込む。

 ぶつかりかけた乗組員が慌てて立ち止まった。

 

「船長! 危ねぇって!」

「──馬鹿野郎! 船底に潜り込まれてんぞ! テメェらァッ、本気を出しやがれェェッ!」

「「「!?」」」

 

 怒号と同時、俺たちの足元にも確かに違和感が伝わった。

 後ろから斜めに、船の進路を捻じ曲げようとする海の流れ。

 いや、醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)たちの集団妨害。

 深海の悪霊は、さながらシャチがアザラシを狩るがごとく、文字通りの波状攻撃を仕掛けて来ていた。

 僅かに歪んだ進路の先には……

 

「マズイな! 岩柱だ!」

 

 絶海に聳える黒々しい岩の柱。

 まだ遠いが、近づけばたぶん百メートルくらいの大きさだろう。

 恐るべきことに、敵はトーリー号をアレにぶつけ、強制的に難波させようとしているらしい。

 乗組員のオールを漕ぐ手が力強さを増し、火炎放射による反撃にも、さらに勢いが増していくが──

 

「船長!」

「ああ! 頼んまさぁッ!」

「許可が出た。行くぞフェリシア!」

「はい!」

 

 醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)どもの数はおびただしい。

 トーリー号はどんどん岩柱に近づいていく。

 俺たちは船尾へ走った。

 ザバンッ、ザバンッ!

 後ろから来る波の流れを元から断つためには、醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)たちの連続波状攻撃を止める必要がある。

 

 船尾楼甲板、その張り出し部。

 

 走った勢いで縁に立ち上がり、海面を見下ろすと、大群が作る波のうねりはまさにシャチの行う狩猟法そのものだった。

 横一面に整列した魚影が、背鰭を利用し波を盛り上げる。

 しかも、その速度と数がおかしい。

 間断無き整列攻撃。

 ギチギチ、ギチギチ、巨人艦が痛みに呻き軋みを上げる。

 然れど、

 

「「──“(イグニス)”」」

 

 俺たちは、魔法使い。

 呪文に込めし想念は、時に現実を凌駕し常識を破却する。

 俺が創り出したのは、もちろん俺が知る中で最強の(ほむら)

 たとえ大海が相手だろうとも、万象灼き焦がす復讐の陽炎は、剣となって水中の敵を穿つ。

 自重する理由は何処にも無い。

 空中に百本ほど()()し、三段撃ちの要領で射出した。

 

 沸騰と蒸発、水蒸気爆発。

 

 凄まじい轟音が、大量の飛沫と共に魔物をも爆散させる。

 一方で、フェリシアの創り出した炎。

 こちらは派手さは無かったが、直前に海上で燃ゆる聖火を見ていたためだろう。

 あるいは、(いさ)り火の知識でもあったか。

 海面に浮かんだ複数の煌めき。

 点在する水面の星々。

 小さく、丸く、けれどもたしかに魔物を誘き寄せ、後続の波のうねりに両側から綻びを生んでいく。

 

 醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)の攻撃は、完全に弱まった。

 

 トーリー号の進路もまた、それと合わせて元の航路へ戻っていく。

 

「岩の柱は……」

「わ、間一髪って感じですね!」

 

 通り過ぎ様にスレスレの対面。

 絶海に突き出た黒岩の尖塔は、振り返ると百メートルどころの騒ぎではなかった。

 目測なんてアテにはならないな。

 ともあれ、

 

「こんなギザギザの岩肌にぶつかってたら、とんでもない事態になってたな」

「避けれて良かったです」

「ああ。このあたりの醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)も、たぶん粗方は退治できただろ」

「先輩の“(イグニス)”ですから、当然ですね……」

「……ちょっと引いてないか?」

「え? まさか! 同じ魔法使いとして、ちょっと凹んでただけです!」

「凹んでたのかよ……別に凹む必要はないだろ。フェリシアの魔法だって、かなり賢かったと思うぞ」

「むぅ」

 

 むぅ、て。

 実際大した機転の利かせ方だったと賞賛しているのに、フェリシアはかなり不満そうにしている。

 だが、無いものねだりをされても困る。

 俺の魔法は俺の人生の投影。

 フェリシアに動物魔法があるように、その魔法使いがどんな呪文を得意としているかは、個々人の経験に依る。

 

「あんま気にするな。俺はだいぶ特殊だ」

「でも、私も先輩みたいに、これだ! っていう魔法を使えるようになりたいです」

「フェリシアは今のままでも、充分に頼り甲斐がある魔法使いだと思うけどな」

「うぅ、慰めにしか聞こえませんよ……」

 

 しくしく、しくしく。

 フェリシアは落ち込んだのか、半泣きになって項垂れた。

 しかし、あれだけの数の魔物を前にし、怯みもせずに立ち向かえたという事実だけでも、少女の成長はうかがえる。

 リンデンでの経験は、間違いなくフェリシアの心を強くしていた。

 魔法使いにとって、それがどれほどの価値を持つか。

 自覚はまだ無いらしい。

 

「まったく。フェリシアを見てると、俺ももっと強くならなきゃなって思えるよ」

「ええ!? そんなぁ!」

「そんなぁって……」

 

 フェリシアから見たら俺はとんでもなく強いのかもしれないが、上には上がいる。

 それもまた、リンデンでの経験。

 課題は明白だ。

 この世界にはベアトリクスよりも強い存在がいる。

 なら、俺も認識を改め、ベアトリクスの上を目指して進まなければならない。

 

(……鯨飲濁流)

 

 あの吸血鬼を、()せるくらいに強くなるために。

 そして、それは運命の共同体。

 彼女の遺体を探し、見つけるコトでも叶えられる。

 魔力喰らいの黒王秘紋。

 現状の俺は、魔女化の使い方しか分かっていない。

 自分の意思で、もしも他の存在を奪えるようになれば。

 俺はきっと、さらなる強さを手に入れられるだろう。

 

(もっとも、()()()()じゃダメな気もしているんだけどな……)

 

 与えられた力。

 単なる再現。

 それだけでは、リンデンでの敗北と同じように、格上には通用しない。

 ゆえに、根本的な解決策としては、俺が俺として強くなる必要があるはず。

 

(だけど)

 

 それって、どうすれば〝六千年〟に追いつけるのか。

 肩に担いだ斧の刃は、鉄鎖流狼にさえ届かなかったというのに。

 課題は明白だ。

 なのに、解決のための糸口がまだ、俺には見えていなかい。

 

「とりあえず、デッキに戻るか」

「……そうですね」

 

 夜を視通す青の瞳があろうとも、先行きは闇のなか。

 やがて、薄ぅく白みはじめた海の空に目蓋を狭めつつ、俺たちは翌日も、翌々日も醜悪魚人(グロテスクフィッシュ)を退治した。

 

「……にしても、なんでこんな魔物だらけの海域を進むんだ?」

「そりゃあ簡単です! 我々が目指す最初の寄港地に行くには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「「──はい?」」

「ガッハッハッ! 世にも珍しき〈大海のポータル〉!」

 

 魔物の通り路を、ショートカットに使うんですよ! と船長は語った。

 

 

 





tips:聖油の焼夷管

 巨人艦トーリー号に常備されている焼夷兵器。
 トライミッド連合王国の王都にて『聖油』の看板を掲げる秘宝匠が発明した。
 見た目と構造は竹で作った水鉄砲に近い。
 しかし、その大きさは巨人が扱うのを前提にしているため大砲並。
 焼夷剤は水面に浮かぶ性質を持ち、海魔への極めて有効な嫌がらせとなる。

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