ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#168「精霊と妖精」

 

 

 精霊とは何か?

 妖精とは何か?

 

 〈渾天儀世界〉において、人ならざる外れのモノ。

 人外、異形、怪異。

 すなわち化け物の類いは無数に近く存在しているが、精霊と妖精は魔物と同じくらい人界で有名だ。

 

 魔物が〈第八円環帯(ハーディーンス・リングベルト)〉から舞い降りた、〝とつくに〟の存在であるならば。

 精霊と妖精は〈第四円環帯(ドリュタニィ・リングベルト)〉から舞い降りた、〝とつくに〟そのもの。

 

 ある魔法使いは精霊と妖精を指して、〝彼らは星の大魔法だ〟と云ったし。

 ある魔術師は精霊と妖精を、〝存在そのものが独立した大魔術式に等しい〟と恐れ慄いた。

 

 そうだな。『魔法使いと魔術師』に載っていた一節を引用しよう。

 

 〝──何故なら、彼らは世界なのだ!〟

 

 世界を構築する五大元素。

 地、水、火、風、空。

 あるいは木、火、土、金、水。

 いずれにしても、ファイブ・エレメントと呼ばれる概念がある。

 

 この世は偉大な五つの元素によって構成されていて、万物はそれによって形作られているという考え。

 

 人も虫も鳥獣も草木も。

 この世に存在する事物はすべて、五大元素がなければ存在できず。

 であれば、元素とはすなわち世界。

 

 そして、世界には心が偏在していた。

 

 集合的無意識だ。

 星の霊脈に降り積もる数多の残留思念。

 地に還り、水に溶け、火に塵となり、風に舞い、空に沁みる。

 そういった〝無数の精神〟には、似たような想念同士で寄り集まる性質があり。

 

 〈第四円環帯(ドリュタニィ・リングベルト)〉ではある日、それらが五大の元素を核としてカタチを得るようになった。

 

 難しい話ではない。

 誰にだって、心の原風景はあるだろう?

 

 大地という言葉を聞いても、荒野に生きていたモノと沃野を生きていたモノでは心象景色が違う。

 海を泳ぐ魚が、淡水の河川の住み心地をどうやって知るだろうか?

 火山地帯で暮らしたモノと、火など生涯で竈門の中でしか見たことがないモノ。

 嵐や竜巻が頻繁に起こる地域では、風神に祈りを捧げるモノがいる一方で、天神に祈りを捧げるモノがいるように。

 

 心のありようは千差万別。

 

 ゆえに、似たような性質を持つものが、自ずと同じ場所に流れて密集していくのは必然。

 否、同じ場所に生きていたモノが、同じような心象を構築するのは必然で。

 相性のいい心の雫。

 無数に折り重なった精神の結晶が、長い時間をかけて鉱石のように凝結し、やがてひとつの元素のもとに霊となったものこそ精霊──精神霊の正体。

 

 ()()()()()()

 

 誕生の経緯は魔法と魔術に似ている。

 だからこそ、精霊は星が使った大魔法であり、独立した大魔術式。

 奇跡が自我を得て二つ足で歩き出したのと同義であり、〈領域(レルム)〉が無ければ生まれ得ない存在のため、魔物とは似て非なる化け物と分類される。

 なお、精霊と妖精の違いだが……

 

(精霊は五大元素を受け皿にした森羅万象の精神だけど、妖精は()()()()()()()()()()凝結した存在)

 

 妖気の精。

 したがって妖精。

 精霊と違って妖精の伝説や逸話に、残酷で冷酷、やたらと悲惨な話が多いのは要はそういう所以である。

 愉快で無邪気で親切で、けれども、それと同じくらい純粋に恐ろしい存在。

 

 ……さて。

 

 俺たちは今、そんな彼らの世界にいた。

 

「ダークエルフ! ダークエルフ!」

「まっくろっけっけのダークエルフ!」

「数奇な運命かわいそう! 別ればかりの悲しい人生!」

「でもでもでもでも? でもでもでもでも?」

「呪いはいっぱい祝福いっぱい!」

「ようやくできた秘密を知る仲間! やったやった、やったった!」

「これで今度はゼッタイ寂しくないよね!」

「そんなのあるワケないかもだけど!」

 

 ケタケタケタケタ!

 ケタケタケタケタ!

 子どもの声で騒がれる。

 翅を生やした妖精たちは、実物を目にすると噂以上に強烈だった。

 愛くるしい表情と無邪気なはずの外見。

 しかし、そこから繰り出されるのは猛毒の言の葉。

 大きさはせいぜい、ニンゲンの膝ほどの背丈しか無いのに、声はとても大きい。

 

 蟻翅のムリアンノーム。

 蜉蝣翅のイフェメラジー。

 蛍翅のルシオランドラ。

 蜻蛉翅のシルファネフ。

 

 辛うじて種類を見分けられたのは四種の妖精だけ。

 それ以外は数が多かったのと、好き勝手に飛び回る落ち着きの無さから判別をやめた。

 絡まれたのは俺が最初だった。

 しかし、妖精たちの好奇心は猫よりも早く移り変わるのか。

 今度はゼノギアの周りを取り囲み始める。

 

「神父! 神父!」

「どっちつかずのハンパ者!」

「夕闇ふらふら黄昏ふらふら!」

「頑張って戻ってきたのに救えたのは自分だけ?」

「それでもまだまだニンゲン贔屓の女神サマを愛してる?」

「だけどザンネン! 女神サマは振り向かない!」

「フラレちゃったね、かわいそうなヒト!」

「ヒト? ヒトかなぁ?」

「違うかも! だからやっぱり今回もムリだね!」

「さっさと諦めちゃえよ!」

 

 ケタケタケタケタ!

 ケタケタケタケタ!

 

「タハハ……いやはや、これはまたずいぶん手厳しい」

「大丈夫ですか、ゼノギア神父? 言ってる意味はよく分かりませんけど、これってかなり失礼ですよね?」

「ありがとうございます、フェリシアさん。ですが、私なら気にしてはいませんよ」

「いいえ。こういうのはちゃんと叱っておかないとダメです。……こらッ!」

「「「「わあッ! お姉ちゃんが怒ったぞ!」」」」

 

 フェリシアの一喝に、妖精たちが余計に嬉しそうな顔をして興奮した。

 

「ニンゲンの女の子! カワイイ女の子!」

「非力なニンゲン! カワイイだけ!」

「どうして騎士なんかやってるの?」

「村のみんなは止めなかったの?」

「ああそっか! 止めてくれるカゾクもトモダチもいなかったんだ!」

「カワイソウでカワイイ! カワイソウでカワイイ!」

「早く思い出さないと死んじゃうね?」

 

 ケタケタケタケタ!

 ケタケタケタケタ!

 妖精たちはピーチクパーチクと捲し立てる。

 フェリシアはムッ! と頬を膨らませ肩を怒らせたが、さすがに多勢に無勢だった。

 そんななか、カプリが耳ざとく気がつく。

 

「ふむ。一見は悪し様に揶揄っているように思えますが、相手によって何か思わせぶりなコトを口にしていますな?」

「唄うたいはやっぱり気がついた!」

「吟遊詩人はだーいすき! ねえ、ボクらの詩を歌ってよ!」

「オモシロイ話を聞きたいな!」

「オモシロクなかったら石炭を投げるよ!」

「ヘタクソだったら罰ゲーム!」

「真っ赤っかの罰ゲーム!」

 

 カプリが妖精に歌の披露をせがまれ始めたその時。

 

「失せるがいい妖精ども! 我らが女王のお客人に、貴様らの食指を伸ばすのは言語道断と知れ!」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……チェッ」

 

 薔薇男爵が怒鳴った。

 それにより、虫翅の小人たちは一斉に黙りこくって、俺たちから離れる。

 広場にはそれで、ようやく落ち着いた静けさが戻って来た。

 

 環状列石(クロムレック)に囲まれた『精霊女王の庭城』である。

 

 庭城とは言うが、壁や屋根などは存在しない。

 あるのは神聖な気配を湛える清澄な泉。

 泉を包囲した岩の広場で、環状列石(クロムレック)は真ん中の泉を守るように広場を見下ろしている。

 強いて言えば、城っぽさがあるのはこの環状列石(クロムレック)だけだろう。

 薔薇男爵に案内されて此処へやって来た俺たちは、先刻の宣言通り〝もてなし〟を受けている最中(さなか)だった。

 

 ニンゲンの腕ほどもある巨大なマメ。

 

 恐らくはモダマの近縁種と思われるエンドウマメと、これまたバスケットボールくらいのフルーツが供されている。

 名前はたしか、パラミツと言ったか。

 薔薇男爵は手品のように特大サイズの食材を手元から生み出しては、次々にこちらに提供していた。

 

「栄養は豊富ですぞ! ささ、ささ!」

 

 今度はバナナが手渡された。

 

「……あ、ありがとう」

「いただきます……」

「あ、美味しい……」

「むぅ……甘露ですなぁ……」

 

 精霊からの歓迎に、一同戸惑いを隠せない。

 しかしながら、薔薇男爵は妖精に絡まれていた俺たちを助け、さらにはこうして食事の面倒まで見始めている。

 俺たちに危害を加えるつもりが無いというのは、案外事実なのかもしれない。

 モグモグゴクンとバナナを飲み込む。

 

(美味すぎじゃね……?)

 

 薔薇男爵、恐るべき精霊だった。

 と、俺が密かに戦慄していると……

 

「ではそのまま、今しばらくおくつろぎください。皆様が一息つけられれば、女王もじきにご気分よくお目覚めになられるでしょう」

「……ってことは、今は寝て?」

「はい。女王はダウナーなのです!」

 

 女王はダウナー。

 パワーワードに吹かなかったのは、冗談なのか判断がつかなかったからだ。

 薔薇男爵の堂々とした物言いに、俺と同じく三人も困惑したのだろう。

 曖昧なリアクションで互いの顔を見合わせる。

 

(招待の理由と、リュディガーの行方について)

 

 説明は『精霊女王』からされると告げられ、大人しく待っているが。

 肝心の女王は人を呼びつけておいて、眠っているらしいと分かれば当然だ。

 

(いや、薔薇男爵ほどの高位にある精霊が、ハッキリ女王と仰いでいる存在だからな)

 

 タダモノではないのだろう。

 精霊は精霊という時点で、異界の主であるコトを意味する。

 雨垂れの御簾を越えたとき、ガツンと本能に伝わったのは此処が第一級の〈領域(レルム)〉である直観だった。

 なら、答えは最初から考えなくても決まっている。

 

「──ご馳走様。貴重な糧をありがとう」

「とっても美味しかったです、薔薇男爵さん」

「なんのなんの! 肉の殻持つ人間の定め! 食う寝る殺すは皆様のサガ! 理解はしております。ええ、理解は!」

「……ところどころで、ズレた反応が返ってきますな」

「ひょっとして、人間がお嫌いなのでは?」

「死生観の違い!」

 

 ゼノギアとカプリの疑問に、薔薇男爵はズバッと答えた。

 死生観の違い。

 精霊と人間では、そりゃああるだろう。

 もしかすると、今のは植物の仲間と思われる薔薇男爵にとって、同胞の命に感謝を贈られたようなものか?

 

(だとしたら、俺たちが怪人類にニンゲンを差し出して、美味かったと褒められるような……)

 

 軽率に告げた感謝は、悍ましい言葉だったかもしれない。

 吐いた唾は飲み込めないので、遅ればせながら後悔するが謝るのも違う気がする。

 俺は気まずく黙るしかなかった。

 

 そこに、

 

 ──ちゃぷん。

 

「おお……女王……!」

 

 泉から頃合いを見計らっていたかのごとく、水が溢れ出した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 





tips:妖精

 虫翅の小人。
 妖物妖霊の精神から漏れ出る妖気が凝結してカタチを得る。
 イタズラ好きの愉快犯。
 楽しいものが大好きでタイクツなものが大嫌い。
 邪気は無いがそれゆえに残酷。
 彼らに魅入られた者は、妖精と同じ眼を得るか別の贈り物をされると云う。

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