ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#182「ピラミッド前にて邂逅」

 

 

 人獣(ゼノギア)が殺意に烟り、男へ鉤爪を振るう。

 攻撃は一切の躊躇いがなく、老人は中肉中背。

 しかも、やや細身。

 魔術師である以上、一瞬の肉薄は抗いようのない死線を意味し、悲惨な流血はもはや一寸先の未来。

 目まぐるしく変わる状況に混乱しながらも、俺たちは誰もがそう思った。

 

 だが。

 

「魔物。いや、生成りか──浅いな。どちらにせよくだらん」

「██ッ!?」

「この身に傷をつけたければ、せめて一千年を用意しろ」

 

 老人は防御すらしなかった。

 避けようとすらもしなかった。

 獣と化したゼノギアの右腕は、ギチギチと唸る暴力の衝撃を撒き散らしていたのに。

 魔術師のカラダに鉤爪が触れる寸前、それは〝何か〟に阻まれ届かなかった。

 不可視の壁が存在しているようだ。

 男は「フン」と鼻を鳴らすと、ゼノギアの体躯を上から下へ観察し、

 

「──ハッ! これは傑作! 神父の分際で第八に傾倒したか!」

 

 辛うじて名残を見せるカルメンタリス教の法衣に、ゼノギアの正体を瞬く間に看破した。

 そして、瞠目する俺たちの目前で、舌打ちを一つ。

 刹那

 

 カッ!!

 

「██████████████████████████████████████████████████…………ッッッッ!!!!」

 

 ()()()()()

 一条の稲妻がゼノギアの総身を貫いた。

 脳天から爪先まで、ビリビリと駆け抜ける雷電。

 まるで、雨が降っているならちょうどいいと、無造作なばかりのワンアクション。

 焼かれたゼノギアは白目を剥いて、膝を着く。

 

「まさか、舌打ちひとつだけで術式を……!?」

 

 エルダースを卒業しているフェリシアが、驚愕して叫んだ。

 魔術の成立理由は象徴と擬似因果律。

 望んだ超常現象を発動させるには、目的にそぐう代演(術式)が必要になる。

 そして通常、簡単なボディアクション──指を鳴らす、手を叩くなど──で発動可能な魔術は、極めて小規模の超常現象しか起こせない。

 

(というか……!)

 

 中規模から大規模。

 それ相応の奇跡を望む場合、魔術は手間暇かけて大掛かりに準備をした方が成功率も質も上がる。

 単純なボディアクションだけで叶えられる魔術は、単純な奇跡にのみ応じて使われる術式なのが常識で、

 

(雷を落とすとか、いろいろあり得ないだろ……!)

 

 魔術の成立理論を逸脱している。

 あるいは、この魔術師は落雷の〈古態元型像(アーキタイプ)〉でも掌握しているのか。

 魔術大国メラネルガリアでも見なかった、異常な魔術の御業に緊張を禁じ得ない。

 舌を鳴らすそれだけの動作で、天から雷を落とせるなら……

 

「呪文を唱えるより()()──魔法と魔術の速度の差さえ凌駕するのかよッ」

「……ダークエルフ。なるほど、ついに来たか」

「大罪人、リュディガー・シモン……!」

「私も大物になったものだ。わざわざ極東くんだりまで、追っ手を放たれるとはな」

 

 北方大陸(グランシャリオ)では口が滑ったな、と。

 もはや、リュディガー・シモンであるのが明白な老魔術師は、超然とした態度で俺たちと相対する。

 俺たちが大罪人捕縛のための追っ手であるコトは、どういうワケかすぐに悟ったようだ。

 しかし、状況の組み合わせには違和を覚えたのだろう。

 

「フン。察するにコレは、貴様らの知り合いか?」

「ッ、ゼノギア神父から離れなさい!」

「ゼノギア? ……ああ、連合王国の宰相の息子か。とすると、クインティン絡みの因縁だな。ハッ! なおさらくだらんではないか」

「……なに?」

「くだらなすぎて、相手をするのも馬鹿馬鹿しい。だが貴様らは、そうもいかない。違うか?」

「ずいぶん察しがいいんだな……」

「伊達に歳は食っておらん。その上で言わせてもらうが……悪いな。今は子どもの相手をしている暇はない──実際、かなり火急の時でな」

「「は?」」

 

 リュディガーが突然、背中を向けて走り始めた。

 あまりにもシームレスな全力疾走。

 予備動作や兆候の類いは一切なく、恐らくは数秒前から幻像を見せての仮初の会話。

 魔術の幻像が効果時間を失い、それによって突然、猛ダッシュしている最中の老魔術師の後ろ姿が俺たちの前に現れたのだろう。

 

 つまるところ、逃走だ。

 

 脇目も降らない一目散。

 思わず呆気に取られた俺たちは、慌ててリュディガーを追いかけようとして、

 

「██████████████████████████████████████████████████ッッッッ!!!!」

「グゥッ!?」

「先輩!」

 

 意識を取り戻したゼノギアによって、トンを超える横殴りの衝撃を受けた。

 フェリシアを庇い、咄嗟に斧を挟んで身を守ったものの、俺のカラダは都市遺跡の廃屋に向かって一直線に弾き飛ばされる。

 

 轟音──砕け散る瓦礫。

 

 都市は菌毒に侵され脆くなっていたのか。

 俺はそのままヒュージ・スライムの真上にまで落ちかけ、走ってきたカプリが間一髪、服を掴んで持ち上げてくれた。

 その隙を突いて、依然として魔物化した状態のゼノギアはリュディガーの後を追って消える。

 リュディガーもまた姿を隠した。

 

「やれやれ……神父殿、すっかりモンスターですな……」

「笑えないですよ、それ」

「先輩! 大丈夫ですか!?」

「肩が折れた。でも平気だ」

 

 秘紋は修復を開始する。

 鈍痛に顔を顰めたのは十数秒ほどで、深刻なのはむしろ斧の方だった。

 リンデンでの戦闘からこちら、かなり誤魔化し誤魔化しで使ってきたものの、今のでついに芯がイカれた感触がある。

 柄はまだ繋がっているが、肝心の刃の部分が頼りない。

 

「クソ、丸眼鏡め……」

「す、すいません、私のせいで……!」

「いや、フェリシアのせいじゃない。どうせ壮麗大地(テラ・メエリタ)だ。壊れるのは分かりきってた。それよりも──」

 

 走って逃げたリュディガー含め、魔物化して暴走状態のゼノギアについても、急いでどうにかしないといけない。

 生成りの魔物化は一時的なもの。

 人外魔境である壮麗大地(テラ・メエリタ)で、もしも正気を取り戻した時、たった一人だったら。

 ゼノギアは人跡未踏の大秘境で、生存率が限りなく絶望的なサバイバルを余儀なくされる。

 仮にリュディガーに追いつき、戦闘になったとしても。

 

「相手は舌打ちひとつで、天候すら操れる魔術師だぞ……」

「状況は大いに火急ですな」

「ゼノギア神父が心配です……優しい人なのに、どうしてあんな──」

 

 フェリシアのショックも無理はない。

 ゼノギアの変貌はそれほどにショッキングなものだ。

 普段の柔和で温和な雰囲気を知っていればいるほどに、ゼノギアが心の底に秘めていた闇の悍ましさがインパクトを残す。

 

(──それでも)

 

 獣の殺意では、先ほどの瞬殺劇が幾度となく繰り返されるだけだろう。

 リュディガーの命令で、どこかへ消えていった子どもたちも気になる。

 多勢に無勢。

 俺たちは何にしても、作戦を練ってから再度、大罪人捕縛のチャンスを作り出す必要がある。

 なのに、

 

「──メラン殿、神父殿や大罪人を追いかけたいところではありますが……気がついておりますな?」

「……ええ。気づかないワケがないでしょう」

「え、お二人ともなにを……?!」

 

 耳のいい俺とカプリは、フェリシアよりも先に気がつく。

 それは鳴動。

 それは振動。

 ピラミッドの頂上から、何かが空を飛んだ。

 

(違う──跳んだのか)

 

 影が迫る。

 物凄い速さで、俺たちの元へ着地する。

 信じられないコトに、そう──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(──地面が……!)

 

 震える。

 空が、叫ぶ。

 重力場があまりの存在規模(イデア・スケール)に悲鳴を上げていた。

 

 ()()()()()()()が、そこには立っていた。

 

 闇の化身。

 光すらも辿り着けない。

 まるで、いくら伐り倒そうとも果ての見えない森の『暗黒』を前にしたような。

 絶望的すぎるほどに密度が高いため、何もかもがそこに吸い込まれてしまい、目視ではハッキリ視認できない『異次元』を前にしたような。

 ブラックホールとしか表現する以外に、何と形容すればいいのか分からない『人』が降り立ったのである。

 

「「「──────」」」

 

 恐らく、()と分かったのは俺だけではないだろう。

 どうして直観できたのかは、ある()()を以って瞭然だった。

 

 闇は、闇のただなかに有って、別種の黒に染まる『斧』を担いでいたのだ。

 

「……………………………………ァァ」

「「「!?」」」

 

 闇が人声を発した。

 まずはその事実に息を呑み。

 リュディガー・シモンが、何ゆえに逃げ出したのか。

 大魔術師ともあろうものが、何を理由に火急の時と慌てていたのか。

 

(──アイツは、俺たちから逃げ出したかったんじゃない……)

 

 この〝闇人〟から、何としてでも逃げ果せたかったのだと、遅ればせながら理解した!

 

 ──秘文字による強制世界介入。

 

 すなわち、魔女化をしなければ全滅は免れない。

 鯨飲濁流と対峙した際にも感じた格上の威圧。

 だから、迷わず、詞を詠った。

 

 

 





tips:古代圏のピラミッド

 遥か遠き正史より流れ着きし国遺跡。
 古代圏は人類文明の痕跡を色濃く残す。
 であるならば、ピラミッドとは何のための建築物だったのか。
 地球における古代エジプトにおいて、それはファラオの眠る墳墓であり。古代アステカにおいて、それは神聖な儀式を執り行う神殿だったと研究されているが。
 何にせよ、ピラミッドとは一つの文明を代表する〝偉大なモノ〟の象徴と云えるだろう。

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