ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
時に皆さんは、終末って何だと思いますか?
世界の滅びって、見たコトがあるでしょうか?
六千年前、今では巨龍圏となった湖の丘陵地帯。
あそこは元々、精霊圏の〈領域〉でした。
ですが、終末の巨龍が流れ込んで来たコトで、精霊圏は半刻と経たずに二分の一もの版図を奪われたのです。
滅びは、災いでした。嵐の災禍でした。
天は割れ、地は捲り上がるほどに風に撒き上げられ、雨粒はもはや樹海を穿つ雹の砲丸。
木々は倒れた端から空に舞い、樹齢万を超える大木が瞬く間に死に絶えていく文字通りの天変地異。
青白い光が、間断なく隙間なく。
天を埋めつくす雷雲より幾条も降り立ち、一面の緑を劫火で焼き払っては、風雨によって火事が消し荒ぶ地獄の澎湃暴風圏。
ごうごう、ごうごう。
ぼうぼう、ぼうぼう。
精霊も獣神も、あまりに隔絶した力の差に一瞬で敗北を悟りました。
特に我々は、強大な〈
しかし、ヨキは違いました。黎明の民たちは違いました。
「荒ぶる獣を諌めし上古の君臨者よ。この星を最もはじめに征服した覇者の天帝よ。
世界は滅びるのか? 終末は約束されたか? 壊れた星の歪んだ律を、汝は破綻と見なしたか?
だとしても、全ての地表を巻き込んで、強引な再起を図るには未だ早いッ!!」
──民たちよ、斧を持て。
その一言で、矮小で貧弱な取るに足りないはずの人間たちが、戦意を奮い立たせたのです。
「我らもはや、ありえざる神代の徒輩」
「栄えある王国の御名は忘却の彼方に失せり」
「誰も知らず何も残らず」
「いずれは〝無かったもの〟として消え去るが定めなり」
然れど。
「然れど!」
「我ら未だ、明日の輝きを識る〝生命〟なり!」
「見果てぬ森の暗黒の先に、黎明の朝日を
「名を失い、記憶を失い、けれども忘れざる暁の光!」
「たとえ死するとも! 席を譲った先達の末裔として汝を否定しよう!」
──生まれたばかりの〝
壊れていて歪んでいて、間違った道を進んでいたとしても。
今を生きる生命は、頑張りながらより良い方角を目指して船を漕いでいる。
過ちはあるだろう。
時には目を覆いたくなる惨事さえ起こすだろう。
それでも、人は正しさと善を求めて生き続ける。
その努力を、最初から無駄だからと台無しにはしないで欲しい。
ヨキは言いました。
黎明の民は言いました。
他ならぬ自分たちこそ、世界から理不尽にも見捨てられた当事者だったにもかかわらず。
神代が終わり、古代が始まったなら、今ある世界を大切に守るべきだと。
嘆く権利はありました。怒る権利はありました。恨む権利も、呪う権利すらも彼らにはありました。
けれど、彼らはどこまでも気持ちのいいモノたちでした。
正史からの
彼らはただ、〝後に続いていくモノたち〟を守るために、その命を賭したのです。
神代圏ではなく古代圏。
名の由来は、ここにあるのでした。
顔も知らず、名も知らぬ誰か。
それでも、黎明の時代を識る彼らにとって、誰かのために協力して一緒に明日を切り拓いていくのは、当然の生き方だったのです。
代表はやはり、ヨキでした。
王である彼は最も強かったがために、選ばれました。
何に選ばれたのかって?
決まっています。
彼らが如何に誇り高く尊い生命だったからといって、星の最強種であり龍種の神である巨龍に挑むのです。
並の作戦、尋常の武器では、とても敵いっこなどありませんでした。
だから、彼らは巨龍に対抗できる
鋳型はもちろん
斧は人類にとって、この世で一番最初に〝斬撃〟の概念を与えた至宝と云われます。
剣でも槍でも鎌でも鉈でもなく、他のどんな武器よりも先に斬撃を可能にしたのは斧だからです。
未開の闇を切り拓き、森の暗黒に挑んだ黎明の民が、斧を最も信頼するのは必然の帰結でした。
しかし、素材が普通の鉱物や金属では話になりません。
巨龍のカラダに傷をつけるなら、それ相応の
そんな素材、どこにあるでしょう?
黎明の民は、実は密かに隠し持っていました。
巨大彗星の欠片。
八つの〈
〈崩落の轟〉の原因であり、神代を終わらせた世界破壊の箒星。
その隕鉄を、彼らは国の中枢に保存していました。
いえ、正確には放置していたと云うべきでしょうか。
何しろ、巨大彗星の欠片はあまりに大きく、動かすにはあまりに深いところまでピラミッドの底に突き刺さっていましたから。
彼らはそれを、自分たちの世界を終わらせた元凶だと一目で直観しながらも、どうしようもなかったので長らく「邪魔だなぁ」程度に思っていたのです。
ですが、有効的な利用法が見つかったのなら、使わない手はありませんでした。
「巨龍の鱗にすら刃を立てる。これを鋳型に流し込み斧として鍛えれば、有史以来、最強の武器ができあがるだろう。その代わり──」
臣民すべての命が、炉に焼べられなければならない。
巨大彗星の隕鉄を溶かすには、王国の民が全員、燃料になるしか手段がなかったのです。
──明日の朝日を見せたかった。
そう言って、我が子を抱いて身を投げた親がいました。
──名前を思い出したかった。
そう言って、愛する連れ合いと泣きながら炎に沈む夫婦がいました。
──世界をお救いください。
そう言って、王に後を託した戦士たちがいました。
王は誓いました。
すでに現象化が始まっていた不自由なカラダで、しかし魂に刻み込みました。
「我が名は斬撃王ヨキ……世界を救う英雄である」
やがて、己が愛した臣民すべてを代償にして鍛造された斧が、王の手に握られました。
銘は──『
いくら伐り倒そうとも決して見果てぬ森。
厳しすぎる自然が、たとえどれだけ人の世界を呑み込もうとも。
黎明の民が信じた明日の輝きは、闇を切り裂く先に必ず待つ。
森羅とはすなわち、濃闇の代名詞。
斬伐とはすなわち、濃闇に挑む原始の攻勢。
人の営みの究極は此処にあり。
闇を斬り裂く斬撃の化身となって、古代圏の王は終末の巨龍と相対しました。
その結果、巨龍は〈
終末は斯くして、人知れず封じられたのです。
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──
「──と、いうわけで」
「『六千年前の真実』は、以上になります……」
「できれば惜しみない拍手などを頂戴してもよろしいですかな!?」
観劇が終わり、薔薇男爵のもとにパチパチという拍手が与えられる。
精霊も妖精も、どうやら古代圏を今でも愛しているようだ。
人間が嫌いだと公言していた白詰草の君でさえ、感動した様子で手を鳴らしている。
だが、それも無理もない。
「っ、ぐす……先輩……!」
「──素晴らしい演目でした。吟遊詩人であるワタクシが、こうまで胸を打たれるとは……」
「……」
フェリシアが涙ぐみ、カプリが静かに感じ入っているように、古代圏の真実は今を生きるモノにとって、心動かさずにはいられない物語だった。
斬撃王ヨキ。古代圏の王。
闇人の正体は、まさに偉大な英雄という他にない。
同じ斧使いという共通点もあって、俺もまた胸にクる熱さを感じている。
しかし、確認は必要だ。
「……薔薇男爵」
「はいほい何でしょう!?」
「斬撃王ヨキの英雄としての能力は、つまり、〝世界を斬り裂く斬撃〟ってコトでいいか……?」
「大・正・解! ただし補足もいたしますが、ヨキ様の英雄奥義は『森羅斬伐』に付随したものです!」
「あの黒塗りの斧か」
巨大彗星の欠片を素材にし、古代圏の臣民すべてを燃料に焚べて鍛え上げられた世界で唯一の武器。
有する記号は終末にも引けを取らない性質だろう。
二体の死霊がどうして斬られただけで消滅したのか、今となっては理由が分かる。
「ヨキの斧で斬られたモノは、この世から消えるんだな」
「世界を破壊した巨大彗星の隕鉄! 森羅を斬り伐るは黎明の民の生業!」
「英雄様の『森羅斬伐』には、人の世界を拓くのに障害となるモノすべてに対して、〝世界破壊〟の概念を叩き込む力があります……」
「とんでもない英雄様だ」
〈
これが事実であるなら、理屈の上ではどんな〝第一級〟さえもヨキの前では首を垂れるしかない。
(斬撃王ヨキの正体は、全〈
世界の理ではなく、世界そのものを相手にするルール違反。
逃げたのは正解だったと改めて実感する。
大魔術師であるリュディガーも、そりゃ脇目を振らずに逃げるだろう。
「でも、あの姿の理由は? 英雄現象っていうのは、皆ああいう姿になるのか?」
「いえ、そういうワケではありません……」
「悲しいかな……今現在のヨキ様は、およそ六千年に亘って長らく闇と対峙し続けたがゆえに、闇そのものと同化してしまったのです!」
「……どういうコトだ?」
「きっと、魔術と同じ理屈です」
自身の肩を抱きながら、フェリシアが震えを堪えるように言った。
精霊たちも否定を返さない。
となると、
「森羅斬伐を背負い巨龍すらも封じ、英雄として現象化した斬撃王ヨキは、〝闇を切り裂く黎明の民の生き残り〟……」
「そして彼の御方は、今なお
闇の中で闇を斬り裂く英雄は、言い換えれば絶えず闇と共に在り続ける闇そのものだ。
何という皮肉。そして因果だろうか。
きっと情報体に変質などしていなければ、英雄は今も変わらず正しき英雄だっただろうに、六千年の月日がヨキを闇人に変えてしまった。
どこまでも非業な英雄だった。
「斧である森羅斬伐も、元々はあのように黒色の武器ではありませんでした……」
「ヨキ様の変質と共に、彼の武器もまた変質していったのです!」
「なるほどな……」
世界を救った一振りの斧。
黎明を信じた開闢の刃が、今では暗黒に染まっているなんて。
持ち主と一緒で、どこまでも皮肉的な現実だった。