ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
十六番、十番の謎は解明された。
古代圏の王、闇人の正体。
神代圏ではなく古代圏と呼ばれる由縁。
薔薇男爵の観劇によって、四つ残っていた謎のうち二つが解き明かされた。
「さて。皆様の疑問もあとは二つばかり!」
「次は九番……古代圏が菌界である理由ですが、これもまた黎明の民の偉業ですね……」
「偉業?」
「ええ! 彼らは終末の巨龍と戦ったのですぞ? しからば当の巨龍が、古代圏にブレスを吐かない理由がありましょうや?」
「終末の龍咆哮……それにより古代圏は、〝風化〟する手前まで追い込まれたのです」
「──なんだって?」
風化。
それはつまり、岩などが悠久の時の中で風に吹かれ続け、スポンジのようにスカスカの状態になったり、ヒビだらけになったりするアレか?
「ふむ? 古代圏の遺跡や環境に、しかしそのような様子は見受けられませなんだが?」
「はい。どれも菌類に覆われて……」
カプリの怪訝に、フェリシアが追従するように頷きかけて、ハッとした。
ユリシスと薔薇男爵が頷く。
「聡明なお嬢さん。その通りです」
「古代圏は今もなお形を保っています……それは菌界が持つ極めて強い生命力と繁殖力を利用し、終末を相殺したためです」
「……なんか、どんどん非常識な事実が明らかになっていくな」
「ゆえ最初に述べました! 荒唐無稽であると!」
「ですが、もちろんカラクリはあります。英雄様は人としての自我を保っていた時、最後に古代圏の〈龍穴〉に細工を施したのです……」
複数の霊脈が結びつき、結合点となった箇所では星の存在力──
結晶化(物質化)している時点で極めて希少な純粋魔力資源で、外界では超超貴重なもの。
〈龍穴〉というのは、言わば油田的な性質も持ったパワースポットを指す。
そして、古代圏は
「英雄様はたしか、因子操作……? などとおっしゃっていましたね」
「菌界の生物を改造し、終末にすら抗えるほどの異常な生命力と繁殖力を備えさせ、後はエサを与えたのです! まさに生命の冒涜!」
「とはいえ……そのおかげで古代圏は形を保ちました……あそこの遺跡には菌糸が蔓延っていましたね……?」
「俄かには信じがたいですけど……」
「浸食道の植物を、人為的に作り出したみたいな話か……?」
「……生態系の破壊とかは、大丈夫なのですかな?」
「元にしたキノコは、神代でのみ生きられる種のようですから……」
たとえ古代圏の外に胞子が舞っても、根付く心配はない。
ユリシスはご心配なく、と楚々と笑んだ。
(……なるほど)
引き攣る頬を抑えられない。
それくらい、つくづく常識外れな話だ。
古代圏が菌界に覆われているのは、巨龍の攻撃に抵抗するため、神代の菌類を異常成長させたためだったようだが。
(まあ、峡谷の底に
ロスト・テクノロジーが遺伝子操作などの域に到達していても、不思議はないのかもしれない。
何しろ、神代の王国だったワケだ。
一部の技術力が神域に到達していても、納得するしかないだろう。
九番の謎も解明された。
「……ハァ。じゃあ後は、七番だけど」
「太古の盟約とは、どういうものなのですかな?」
「盟約ってコトは、やっぱり他の〈
「……お察しの通りです」
「太古の盟約! それは吾輩ら精霊圏と獣神圏との間で結ばれた和平協定!」
「やっぱりか」
古代圏がもはや、狂える王を戴き言葉を交わす者がいない以上。
巨龍圏は最初から論外であり、
「さっきの観劇で、過去に〈領域合戦〉とかいう争いをしてたみたいだったけど」
「ええ! あれから獣神圏とは、長らく非戦の取り決めを結んでおります!」
「互いの〈領域〉を侵犯せず、拡大を目論まずに停滞を保つなら……」
「巨龍封じの協力に免じて、不干渉を約束するという内容です!」
「ん? 巨龍封じの協力?」
観劇では、巨龍は斬撃王の手で封じられたと謳っていたが。
精霊圏も獣神圏も、実は巨龍の封印に何らかの形で協力していたってコトか?
「いやまぁ、アンタらが古代圏に手を貸してたとしても不思議はないけど、獣神圏まで?」
「ハッハッハッ! 意外ではないのです! ヤツらは自称自然霊! 自分たちを食い荒らす獣の傍若無人には、いつだって怒り心頭ですからな!」
「英雄様が終末の巨龍の世界を斬り裂いた際に、どうやって淡いの異界までドラゴン・オブ・ドラゴンを追い込んだと思われますか……?」
「え? それはその……自然に吸い込まれていったとかなんじゃ……」
「残念不正解!」
フェリシアが薔薇男爵にビシと指を指される。
「冷静に考えていただきたいですが、巨龍の重さ、マジ半端ないですからな! 封印してなお! 影がこちらに残るほどに!」
「世界に伸し掛かる超質量……物理的にも概念的にも、あれを幽世に落とすには複数の〈領域〉による押し合いが必要でした」
「ヨキ様の一撃で致命傷を負い、ようやく精霊圏と獣神圏、二つの〈
「そうか……格が対等な場合……」
〈領域〉は純粋な力勝負になる。
古代圏、精霊圏、獣神圏VS巨龍圏。
三つの世界との法則の押し合いに負けて、ドラゴン・オブ・ドラゴンは淡いの異界に追い落とされた。
なんてスケールなんだ。
「クソ、ガチで神話の戦いじゃないか……」
「怪獣バトル」
カプリはもう感情が追いつかないのか、無表情になって楽器を爪弾いていた。
俺とフェリシアは引き攣った苦笑いで顔を見合わせる。
「太古の盟約か……じゃあ、アンタらは今でも獣神圏と停戦状態なんだな」
「そういえば、昨日お話を伺った時にも、〈領域〉を出られないのは獣神圏も同じだっておっしゃってましたね」
「ええ……
そこで、ユリシスが声音に硬質さを含ませた。
美女の眼差しが鋭く細まり、愁眉が強まる。
「ですが、かつての盟約も、じきに破られるかもしれません……」
「獣神圏に潜むリュディガー・シモン! あの老魔術師は、
「「「……!?」」」
巨龍復活を目論むリュディガーを、巨龍封印に協力したはずの獣神圏が庇護する。
それは、太古の盟約が破られる可能性を大いに示すものだと。
薔薇の異形が「ああっ、なんたる! なんたる!」と嘆いた。
長きに亘った停戦非戦。
裏切りの脈動は、残念だがすでに始まっている。
精霊女王の深い目が、俺を真っ直ぐに見つめた。
「皆様の疑問、わたくしどもへの不信……できる限りの誠実さは見せたつもりです……」
「あ、ああ」
「では、改めてお願い申し上げますね……?」
六千年前の英雄譚、斬撃王ヨキと黎明の民の献身を無為にしないため。
リュディガー・シモン。
「一刻も早く、この地から取り除いてはいただけませんか……?」
「協力は惜しみませぬ! 盟約が破られたその時には、吾輩らも大いに戦いましょう!」
「でも、できればそうなる前にと……わたくしはどうしても願ってしまうのです」
英雄様の功績を穢したくないから。
ユリシスの言葉は、口にされずとも俺たちに伝わった。
(この水精はたぶん……)
いや、それを思うのは差し出がましい。
六千年分の想いなど、当時を知らない者が勝手に推し量るようなものじゃない。
なので答えは端的に。
「分かったよ」
「……ふふ。ありがとう、ございます……」
互いの立場を弁え、目的のみに専心する。
二日目の最厄地は、そうして夜を深めて。
人と人ならざるモノとが、確かに心の歩み寄りを見せて終わるのだった。
「では、今日はもうお疲れでしょう! 敵も休みなくは動けない! ささ、フルーツはいかがですかな?」
「わぁ」
「北方ご出身の皆様のために、冬橘などもご用意いたしますぞ!」
「……ひょっとして植物であれば、何でも生み出せるので?」
「さぁて、どうでしょうか!? まぁ薔薇が一番得意ではありますが!」
「綺麗な食べ物をありがとうございます、薔薇男爵さん」
「──フ。なんのなんの!」
「食糧が無料で、しかも無制限で手に入る……」
薔薇男爵、菜食主義者にとっては理想の精霊かもしれなかった。
「美味しいお水もありますよ……?」
ユリシスが負けじと(?)飲み水をくれた。
ゼノギアがいないのが残念だった。