ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

197 / 344
#197「VERSUS」

 

 

 つくづく儘ならない。

 戦闘が始まって即座にリュディガーの胸に去来したのは、もう何度目かも分からない不条理への鬱屈だった。

 

「“柘榴石(ガーネット)”、"極光蝶翅石(ラブラドライト)"、"緑橄欖石(ペリドット)"、"雷管石(フルグライト)"」

「無駄だ」

「チッ」

 

 光弾が弾かれる。

 輝ける宝石たちが、その神秘をことごとく(くしけず)られていく。

 

 赤い柘榴石(ガーネット)は着弾と同時に爆裂を。

 青い極光蝶翅石(ラブラドライト)には流星の速度を。

 淡い緑橄欖石(ペリドット)には火山噴火の起点を。

 白い雷管石(フルグライト)には落雷の通路を。

 

 それぞれ四千年を超える神秘を、文字通り惜しみなく散財し費やしていくが、白嶺の魔女の伝説はまったく堪えた様子が無い。

 さすがに全てを無効化されるほどの雲散霧消は起きていないが、接近と同時に光弾は大きく神秘を減じ、期待している威力はまったく出せていなかった。

 

(六千年物は残り三つしかない。五千年物はすでに獣神圏で使い切った。残りは対英雄現象用に温存する必要がある。が──)

 

 まさか、東方大陸(フォルマルハウト)壮麗大地(テラ・メエリタ)まで来て、白嶺の魔女なぞに出会すとは。

 リュディガーの周りには、どんどん死霊が集まって来ていて寒さが増していく。

 常春の大地に冬の怖気?

 捕まれば強制凍死だと?

 

(まったく、これだから大魔というのは嫌なのだ……)

 

 世界は残酷であり、現実は非情であり、人生は不都合の連続。

 リュディガーは鬱々として溜め息を吐きそうになるのをグッと堪え、魔術を行使する。

 詠唱によるワンアクションだけでは、もはや捌き切れない。

 手掌によるボディアクションを交え、久方ぶりに〝らしい〟魔術を起動する。

 

「魔術式『綺羅星雲(きらぼしぐも)』──」

「! 宝石の数が、増した?」

「数の勝負が得意なのは貴様だけではない」

 

 服の裾や袖口から、大量の宝石を零す。

 溢れ出た宝石は河の流れのようにリュディガーの周りを氾濫し、二秒とかからず宝石の雲霞となる。

 魔術式『綺羅星雲(きらぼしぐも)』は、宝石の煌めきを乱反射させ光の数だけ石を増やす弾丸増量の魔術。

 実質的に、無限に光弾を量産する大魔術だ。

 リュディガーの主力魔術であり、押し寄せる死霊の波をこれで押し留める。

 だが、

 

「"魔女の鉄槌(マレウス・マレフィカルム)"」

「チィッ……」

 

 魔法。

 魔女の魔法。

 千を超える死霊だけが敵の脅威ではない。

 ダークエルフが何ゆえ魔女化などという変異を来たしているのか、その理由はリュディガーの洞察力を以ってしても分からないが、魔女本体に通用しない光弾をいくら増量したところで、時間稼ぎにしかならないのは当然だった。

 

 不可視の壁が衝撃となって老体を襲い、護身用の身代わり術式が懐の藁人形を五体破裂させる。

 

 千年物の神秘が一度に五つ。

 

「まったく──つくづく儘ならんな」

「……攻撃の妨害? 自動で発動する防御魔術か?」

「覚えておくがいい若造。実戦派の魔術師は、身を守る術を用意していなければ戦場になど立たん」

「ずいぶん戦い慣れてるんだな」

「知らんのか? およそ戦争ほど、金稼ぎのいい仕事はない」

 

 答えると、魔女の霊威(ころも)を纏った正体不明は明らかに不快な雰囲気を醸し出した。

 なんて若くて青い。

 長寿種族の年齢を推し量るのは難しいが、この様子では恐らくまだまだ世界を知らないのだろう。

 生きていくのに人を殺して金を稼ぐなど、〈渾天儀世界〉ではどこにでもある当然の職業選択。

 さてはよほど、正しく愛され育ったのか。

 

「ああ、そうか。貴様の正体にアタリがついたぞ」

「なに?」

「魔女の遺児。白嶺の魔女はすでに消滅したか?」

「ッ!」

「フン。どうやら当たりのようだな。この世に同じ名の大魔は二つといない。であれば、貴様の存在は世界から一つの禁忌が消え去った事実を指し示す。どうやったのかは皆目見当もつかないが、ニンゲン代表として敢えて言ってやろう。()()()()()()()()

「────」

 

 パキリ、バキッ。

 殺意が氷を張り、ピラミッド最上層が完全な寒獄となった。

 挑発は成功したが、ドラゴンの逆鱗に触れるとはまさにこういうコトである。

 精神攻撃は基本とはいえ、さて、ここからどうやって勝ちの目を拾っていくか──

 

(対魔法使い戦の極意はひとつ……)

 

 呪文を使わせない。

 魔法使いは呪文を少し唱えただけで、簡単に超常現象を起こす。

 魔術師が時に半生を懸けて準備する大儀式レベルの奇跡を、魔法使いは己が心象、己が死生観を以ってただ一言で匹敵し、あまつさえ上回る。

 

 魔術師になった時点で、魔法使いへの嫉妬と劣等感は約束された物。

 

 対魔物戦闘になれば、そこにさらに発生年数を考慮した神秘を用意しなくてはならず。

 魔術師は魔法使いと違って、奇跡を起こすのに様々なハードルを越えなければならない。

 ゆえにリュディガーは、速度に優る魔術を特に研鑽して来た。

 

(舌打ち一つ。まばたき一つ。呼吸一つ。指鳴らし一つ)

 

 だがそれらワンアクションでは、目の前の敵に届かない。

 魔女はとりわけ、高次元の魔法を編むモノ。

 奥の手はもちろん秘めているが、ここでその切り札を切るのは意味が薄い。

 長い時間をかけて集めた潤沢な資源が、安い酒場のエールを飲み干すほどの時間で溶けていくのは辛いものだ。

 

(何とか出し抜き、斧だけを掠め取る機は無いものか……)

 

 リュディガーが綺羅星雲を、さらに広間に押し流した瞬間だった。

 

「──は?」

 

 森羅斬伐の刃が、目と鼻の先に迫った。

 宝石の雲霞に斬撃が割って入り、その隙間を黒衣が縫ったのだ。

 直観的な死に、思わず身を硬直させた直後。

 斧の刃は寸前で止まり。

 代わりに左から、鋭い回し蹴りが叩き込まれる。

 身代わりが三体破裂した。

 衝撃波により壁まで吹き飛ばされる。

 

「……ッッッ、今のは殺すつもりだったな?」

「まさか。オマエの捕縛が目的だぞ」

「森羅斬伐を振るっておいて、よく言う……」

 

 追っ手の目的が、こちらの身柄の確保であるという前提をもとに油断が生じていた。

 白嶺の魔女という予想外の禁忌に、つい思考が対魔法使い戦闘に傾いていた。

 敵は魔物ではなく、今を生きている人間なのだと認識を改める。

 だが、魔女の力に英雄の武器?

 

「断言してやるが、貴様は人界で必ず禁忌に指定されるぞ」

「なんだその脅しは。人の神経逆撫でておいて、今度は心配してくれるのか?」

「たわけ。これはただの客観的事実だ」

 

 応答しながら、リュディガーは悟った。

 これは拘泥していると、本当に殺される可能性がある。

 

「若造、名は何という?」

「メランズール・ラズワルド・アダマス」

「ハッ! まさか本当に征伐者の末裔か!」

「いいかげん諦めたか?」

「悪いな。歳を取ると、ニンゲンは頑固になるのだ」

「じゃあ、やっぱり半殺しくらいは覚悟しろよ」

 

 逆鱗に触れたコトで、若者は怒髪天を突いている。

 つけ入る隙はここしかあるまい。

 リュディガーは精神攻撃を仕掛けるため、再び口を開き──

 

「██████████████ッッッ!!!!」

「っ、ゼノギア神父!?」

「──また貴様か」

 

 その必要が無くなったため、生成りを狙って一気に光弾を斉射した。

 使える人質、囮があるのなら、今はそちらを利用して危機を脱する。

 森羅斬伐を奪うのは無理だと判断した。

 

「くッ! 弾幕……!」

 

 案の定、若者は仲間を守るために光弾の対処に当たり、生成りは魔女の死霊に囲まれ身動きを封じられる。

 リュディガーは先ほど開いた広間の壁に走り、一度目の時と同様、ピラミッドを緊急脱出した。

 外壁を走り、身を滑らすように跳躍する。

 何事も肉体が資本。

 老いてはいても、リュディガーの肉体は現役の騎士にも劣らない。

 

(とはいえ、そう何度も繰り返したいアクロバットではないが)

 

 主目的であったオリジナルの森羅斬伐は入手不可だったものの、第二目的の達成は念話によってつい先ほど確認済みである。

 後は合図を出すだけ。

 

「──望みの物は手に入れた! さあ、さっさと私を助けろ()()()()()!」

 

 鴉の鳴叫が、壮麗大地(テラ・メエリタ)に響く。

 

 

 

 




tips:魔術式『綺羅星雲』

 きらぼしぐも。
 リュディガー・シモンの主力魔術。
 年代物の宝石を弾丸とし、それぞれの曰くにちなんだ神秘を発現させる光の雨あられ。
 宝石の雲霞とも。灰色の異称を背負っている割に、得意なのは非常にカラフルでビビッドな魔術式。
 宝石の煌めきを乱反射させ、万華鏡のように石を複製している。
 最低限の元手さえあれば、ほぼ無尽蔵に光弾を量産する。
 非常に金食い虫であり、リュディガーが金策に耽る理由の大部分を占める。
 その分、威力と速度は折り紙付きであり、宝石の年数と蓄えた神秘によっては大魔にも通用する。

【評価】
【感想】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。