ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#199「流星群・死の飛翔」

 

 

 そして、古代圏への侵攻はまだ終わっていなかった。

 自然霊と土地神。

 同じ獣神でも、環境神の位には一歩も二歩も格が届かないモノ。

 けれど、外の世界では〝ヤマノヌシ〟と呼ばれるのに値する幾柱もの神々。

 

 岩のカラダの猪神は、菌界の毒素をものともせずに台地に突進し。

 水のカラダの蟹神は、清澄な沢水を泡のように吐いては峡谷に踏み入り。

 樹のカラダの猿神は、菌糸人類(マイコノイド)豹頭猿(ジャガーマン)を生きたまま樹木へ変えつつあった。

 

 火星を地球環境化するコトを、テラ・フォーミングと云うが。

 獣神に環境を作り変えられるコトは、ならば何と表現するべきなのか。

 

 ピラミッドの足元には、次第にエルクマンが集まり始めていた。

 斬撃王ヨキを信仰し、六千年の時を経ようと、今もなお救世の英雄に感謝を忘れない鹿人たち。

 彼らはピラミッドの前で膝を着き、彼らにしか分からない言語で祈りを捧げ始める。

 その後ろを、さらに渓蛇神や山羊神などが襲おうとする。

 

 黙って見ているコトは、できそうになかった。

 

「"北辰星極・冬司る七獣神(アルクティカ・セプタユトラ)"」

「先輩──!?」

「悪い、フェリシア。これはあんまり俺たちの目的とは関係ないかもしれないけど、先人の遺したモノは守るべきだと思う」

 

 七つの大都市を同時に滅ぼせる北方の旧き神。

 獣神が相手なら、こちらも獣神を出す。

 たとえ誰も覚えていなくても、住む者がいなくなった朽ちゆく遺跡であっても。

 偉大な先達が大切にしていた場所を、こんな風に打ち壊される謂れは無い。

 

 英雄現象は沈黙していた。

 

 山崩れの荒熊を討ち倒した後、斬撃王はすぐに王の間に戻ってくるかと思っていたが、どういうワケか姿を消したまま沈黙している。

 しかし、ジッと見られている感覚はあった。

 英雄は俺の行いを見ていて、

 

(なら、躊躇う理由はどこにも無いよな)

 

 俺たちは命を賭して戦い合う関係だが、斬撃王ヨキも俺の方にも、怨みや憎しみや敵意や呪いは無い。

 

 むしろ、俺は心からの尊敬と感謝を抱いている。

 

 偉大な先達には、後悔をさせたくない。

 席なんか譲らなきゃ良かったと、ガッカリさせたら向こう一年は情けなさで沈んでしまう。

 幸い、魔女化している俺には今の状況に対抗できる手段があった。

 場所が古代圏なコトも幸いしている。

 ヨキは俺に、一度として魔女化の抑圧を行なっていないからだ。

 

 空を飛び続ける大鴉の存在感には、注意を引かれるものの──

 

「何もして来ないなら、今は先にこっちを片付ける」

 

 ピラミッドの外には、すでに七つの影が氷雪とともに顕現していた。

 喚び出したこの神々は、霊格が高すぎるあまり他の死霊と同様には扱えず、ベアトリクスをして専用の呪文を用意しなければ従えられなかった冬至の化身。

 北方大陸(グランシャリオ)の長すぎる冬。

 そこでは苛烈にして冷酷な冬の姿が、七つあるのだと。

 

「常春の大陸に示してやれ」

 

 命令は即座に、北の絶景を伴い遂行され始めた。

 

 岩の猪神は"泰山雪崩(ドゥーべ)"に呑まれ、

 水の沢蟹神は"雪渓氷瀑(メラク)"に覆われ、

 樹の猿神は"樹霜木華(フェクダ)"に貫かれ、

 渓の蛇神は"氷床棚氷(メグレズ)"に潰され、

 山の羊神は"白闇冠雪(ミザール)"に攫われる。

 

 格が異なるとはこういう意味(コト)

 物の数秒間で、古代圏を襲った獣神圏勢力は総て凍りついた。

 精霊圏に援護を回す余裕さえある。

 

「……すごい。白嶺の魔女は、ユトラさえ支配下に置いていたんですね」

 

 ピラミッドの屋上で、フェリシアが白い息を吐いた。

 大魔の力、禁忌の脅威。

 劣化し、弱体化し、それでもなお人間には恐怖しか与えない魔力。

 壮麗大地(テラ・メエリタ)だからこそ何の自重も無しに力を使っているが、少女の目にはこれでもまだ、変わらない敬愛が残されているだろうか?

 骨面の内側から、フェリシアの反応を見ていると、

 

「先輩って北方大陸王(キング・セプテントリア)の直系の子孫で、さらには七つの冬至(セプタ・ユトラ)の支配者ってコトですよね?」

「ん──まぁ、そうなるな」

「じゃあ、超大陸征服とか目指しちゃいます?」

 

 私、参謀役に立候補しちゃおっかな? あはは、なんちゃって。

 フェリシアは冗談めかして笑った。

 俺がそんなコトはしないと、完全に信じている顔だった。

 

「……ったく。勘弁してくれ。刻印騎士団にも絶対阻まれるだろ、それ」

「ですね! でも、団長と先輩の真剣勝負は見てみたいかもです」

「それこそ勘弁してくれよ……」

 

 憤怒の英雄となんか、絶対戦いたくない。

 ルカやロータスさん、それにフェリシアとも絶対に御免被る。

 少女の信頼に応えるためにも、ああ、絶対に。

 胸の奥に広がった暖かなものを隠すように、俺は顔を背けた。

 

 その瞬間、()()()()()()()()()()()()

 

「────はぁ!?」

 

 あまりに意味の分からない突然の出来事。

 壮麗大地(テラ・メエリタ)に来てからは正直そんなコトの連続ばかりだが、今度はいったい何だと空を見上げる。

 すると、吸い込まれているのは七獣神だけではなかった。

 他の死霊。

 ピラミッドに残していた千体以上の霊が、まるで不出来な滑稽劇かのように総じて空へ吸い上げられていく。

 

 吸い込んでいるのは、当然のように鴉だった。

 

 鴉は翼を広げ、その輪郭が空に溶けるほどに翼を天蓋に変えていた。

 天蓋は宙となり、可惜夜(あたらよ)の名に相応しい夜を下ろし、満天はすなわち魂の星だった。

 吸い上げられたモノは皆、鴉の夜にて星に変わったのだ。

 

(……奪われた……!?)

 

 死霊も七獣神も、支配関係の繋がりは消えていない。

 然れど、もう一度こちらから召喚を試みても、まったく手応えがない。

 奪われた。

 いや、封じられた。

 死と冬の女王であるベアトリクスの支配力を、鴉は完全に押さえ付けている!

 そして、驚愕する地上に向けて、天高き声が鳴叫した。

 

「 吾 が 名 は エ ン デ ィ ア 」

 

 ()()()

 その眼は青く、鏡のように青く。

 初めて注がれる見知った眼差しに、まさか、と膝を落としかけた。

 鴉神は堂々と謳った。

 

「 () () () () () () 」

 

 吾が楔の要石よ。

 邪魔立ては許さぬ。

 吾が夜にて死の大河に棹さすは、吾ひとりの特権。

 北の夜は静かで澄み美しいが、吾に並ばんとする不遜は度し難し。

 

「あっ、そんな──!」

 

 フェリシアが口元を覆い、目を背けかけた。

 遥か上空にて、"夜天銀月(アリオト)"が鴉の足で引き裂かれたからだ。

 同じ空に二つと夜は要らない。

 エンディアは王の覇気で語っていた。

 

「 夜 は 吾 、 吾 は 夜 」

 

 古代圏には今宵、砕け散ってもらおうぞ。

 吸い上げた()を翼の内側に浮かべ、獣神王が大きく羽ばたく。

 その飛空に合わせて、星々もまたエンディアと一定の距離を保ち、見えない糸で繋がった満天が滑空とともに地上に迫った。

 

 ──流星群・死の飛翔。

 

 手にした斧を、振りかぶる余裕さえ無い。

 仮に英雄奥義を継承済みであったとしても、斬撃の範囲外から()()だけで、肉体は蒸発する。

 ゆえに回避する術は無く、俺たちは古代圏もろともに死ぬしかないかと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズ、ザザ、と。

 

「呑█れるな」

 

 その背中()が、俺たちの前に浮かび上がるまでは。

 

 

 




tips:流星群・死の飛翔

 獣神王エンディアの権能。
 昼知らぬ小さき鳥は、夜に還り夜そのものとなり、やがて死界の王となった。
 闇夜鴉の幽冥界。
 第一級の神話世界に相当し、エンディアの夜では死者は星となる。
 その星を、飛翔とともに敵へぶつける攻撃。
 だが、あくまでも動いているのはエンディアであり、星はエンディアに付随しているだけのため、着弾したとしてもエンディアが飛び上がれば星も共に飛び上がる。
 それが満天である時点で、死は免れない。
 
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