ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#207「フェリシア」

 

 

 精霊と獣神の激突。

 森羅道と麗容道の意地のぶつかり。

 時数分ほど遅れ、フェリシアもまた戦闘を開始していた。

 

 精霊圏南東・巨龍圏との端境。

 

 そこでは今まさに、千に迫ろうかと云う竜種の軍勢があった。

 ドシン、ドシン、バキリ、バキリ。

 踏み鳴らされる大地に、へし折られる森林。

 犯人はいずれも、純然たるドレイク。

 荒ぶる獣(ドラゴン)の下位種ではあるものの、地竜を上回るナチュラルボーン・デストロイヤー。

 壮麗大地(テラ・メエリタ)色彩竜(カラーズ)は三種に限られるのか、その鮮やかさは緑竜(グリーン)茶竜(ビスター)紫竜(ライラック)のみ。

 一番多いのは緑であり、次に多いのが茶色、三番目の紫は僅かにという順番だった。

 

 大きさはそれぞれ、十五メートルから三十メートル前後。

 

 翼こそ無いものの、どのドレイクも極めて精強に育っている。

 前線に出ていたエレメンタルやフェアリーは、毒霧や毒沼、毒炎のブレスによって被害を受け始め、ジワジワと後退しつつあった。

 ところどころで軍勢を押し返したり、部分的に戦況を有利に進めている場所もある。

 

 が、星の最強種との地力は如何ともし難い。

 

 精霊女王や薔薇男爵なら、たとえ単騎であっても問題は無かっただろうが、如何な精霊圏とはいえすべての臣下が〝ドラゴン〟に対抗できるワケではなかった。

 

 特に妖精は、精霊よりも非力であるのと〝単純なモンスターに弱い〟という弱点がある。

 

 第四世界の眷属は、多かれ少なかれ皆共通して似た性質を持っているのだが、童話や御伽噺において力関係が明確な存在とは、彼らは魂レベルで相性が悪い。

 いつの世も、凶暴で残酷な獣の暴虐に、小さく非力ないたずらもの(フェアリー)は逃げ惑うか餌食になるかの二択がお約束。

 千切れた翅が幾枚と舞い散り、頭から丸ごとパクリの勢いで咀嚼されてしまうモノもいた。

 

 人間に対して、時に冷酷な一面を覗かせる妖精たちだが、その姿は大半が翅の生えた小人。

 

 子ども特有の甲高い悲鳴。

 そんなものが、あちこちから(つんざ)くように叫ばれれば、聞いた者には同情心と義憤が込み上げて来る。

 

「────っ!」

 

 フェリシアはその空を、黒白の流線となって翔けていた。

 翔け抜けた流線は霧氷の軌跡を描き、霧氷に触れたドレイクは尋常ではない体温低下に見舞われる。

 

 生命の熱を急激に奪う白き風。

 

 ひやり、とした空気を感じたが最後。

 ドレイクは見る見るうちに肉体が壊死していき、黒く変色していった。

 変化はそれだけではない。

 黒く変色した色彩竜(カラーズ)は、次第にボロボロと肉体が崩れ、真っ黒い土になって絶命してしまう。

 

北方大陸(グランシャリオ)に伝わる『白き風』の伝説……!)

 

 常冬の超大陸では、あまりに類似した言い伝えが多いため、発祥元(オリジナル)は定かになっていない。

 地域によっては白き死、白の風とも云われ、複数の伝説がごちゃ混ぜになっている。

 最も有名なものに白嶺の魔女の恐怖譚があるが、『白き風』の伝説自体は魔女の発生よりも古くから存在している。

 

(たぶん、これはその内の傍流のひとつ……!)

 

 ひょっとしたら、源流という説も有り得るだろう。

 小一時間ほど前から、ジワジワと蘇りつつある記憶との符号も合わせて、フェリシアには権能(チカラ)の正体が何となく分かりかけていた。

 

 女神(ミナ)との会話は、まだ充分ではない。

 

 自分の内側に、もうひとりの自分がいるような感覚。

 耳のそばで自分にしか聞こえない声が、不意に言葉を届けてくるというのにも全然慣れない。

 だが、フェリシアの記憶が正しければ、女神(ミナ)は故郷で信仰されていた『智慧の女神』に間違いなかった。

 

 黒白の梟翼。猛禽の手足。

 

 女神は故郷では、〝凍てつく夜に生きる術を識るモノ〟──清らかな白雪の処女(おとめ)にして、厳かな黒土に僅かな糧を恵むモノ、と呼ばれていた。

 

 名前は誰も知らなかったが、村の誰もが森に智慧の女神が棲んでいると信じていて、梟のお守りは村の伝統工芸品になるほどだった。

 

 幼かったフェリシアは、まさか本当に女神が潜んでいるなどとは思ってもいなかったし、こうして融合している事実を理解しても、どこかで現実感が薄く感じられてしまって未だに信じられない気持ちで一杯である。

 

 だが、現実は受け入れなければならない。

 

(だって私、飛んでる……!)

 

 背中に生えた翼を使って、息を吸うように大気を掴んでは、樹海の中を何の不自由もなく翔け抜けてしまっている。

 並み居る木々の合間を、まさに猛禽の最高速(トップスピード)で縫っているにもかかわらず、カラダは軽く風は滑るように拘束を感じさせない。

 ドレイクの爪も牙も息も、フェリシアを捉えるコトは出来ない。

 リンデンでこれだけの〝飛行〟が出来たなら、小夜啼鳥(ナハティガル)の獣神にも引けは取らなかっただろう。

 あるいは、仮にも人の身で史上初となる飛行魔法を修得できたのは、どこかで女神(ミナ)の感覚が混ざっていたからかもしれない。

 

(──それほどの自由自在と縦横無尽……!)

 

 フェリシアはすでに五十近いドレイクを無力化するのに成功していた。

 通り過ぎた後方から、精霊の賛辞と妖精たちの調子のいい感謝が届けられる。

 それらを背中にし、フェリシアは驕るコトなく戦線を進み続けた。

 

 神性の覚醒はフェリシアに、これまでに無い特別な能力を与えている。

 

 今のフェリシアは、神の憑代であり融合者である己を自覚していた。

 神人。

 ニンゲンであるのと同時に、神でもあるという不思議な均衡──もっとも、女神(ミナ)は零落した神性らしく、神としての意味はほとんど失っているそうだが。

 だとしても、未だにこれだけの〝世界に対する影響力〟を保有している。

 フェリシアはそんな神霊(モノ)と一心同体だった。

 

 何故?

 

 欠けていた記憶はまだ完全ではないものの、大凡のところは補修されている。

 パニック状態には、もうならない。

 

(私は昔──命を落としかけた)

 

 故郷の村が滅びた日。

 フェリシアがまだ十歳にも満たなかった小さな頃。

 暦で数えれば、四十二年ほど前。

 

 村は()()()()()()()()

 

 ──『黄衣の女怪』

 

 くすんだ金色の古代衣装。

 西陽に似た赤い眼光。

 背は高く髪も長く、耳も長かった。

 エルフの女性。

 最初はそう勘違いし、頭部から豊髪に紛れて伸びた複数の触手。

 蛇女怪(メドゥーサ)にも似た異形の特徴から、すぐに人間ではないと分かった。

 

 魔物は村で異界の門扉を開けて現れると、村の仲間を次々に魔物に変えていった。

 

 ()()()()()、そういうチカラを発揮するようだった。

 

 当時のフェリシアには何が起きているか分からなかったが、それは〝デモゴルゴンの邪視〟と呼ばれる魔物の能力。

 黄衣の女怪は、その目で捉えた生き物をデモゴルゴンに変える魔物だった。

 

 デモゴルゴン。

 

 魔物のなかでも、特に凶暴で厄介だとされる〝名無し〟を指す総称である。

 この世界には数多くの魔物が存在するが、すべてに名前が与えられているワケじゃない。

 水死者の手(ウォーターハンド)森林歩き(フォレストウォーカー)などの有名で一般的な魔物には名が贈られているし、大魔の忌み名は言うまでもない。

 だが、中には分類不明、固有の変異、大魔ほどの脅威ではない、などの理由から『デモゴルゴン』の括りで大雑把にまとめられてしまう魔物もいる。

 

 フェリシアの村は、全部それに埋め尽くされた。

 

 複数のツノが全身から生えたモノ。

 多脚多頭の蜘蛛や蛞蝓を思わせるモノ。

 ヌルヌルテカテカとピンク色に光る臓物をさらけ出すモノ。

 

 幼いフェリシアは異変を察知した両親に間一髪で助けられ、森へ逃げるコトができた。

 

 しかし、それは絶望の逃走だった。

 大好きだった人たちが〝化け物〟に変えられていく地獄から、ワケも分からず必死に背中を向けるしかない絶望。

 お父さんが襲われ、お母さんがその輪に入り、耳を抑えて泣きながら走ったのを覚えている。

 

 なぜ森に逃げるよう指示されたのかは、分からなかった。

 

 子どもが森に入るのは危ないからと、普段、周囲の大人は口を揃えて注意を繰り返していた。

 大蹄大野牛(ジャイアントバイソン)や狼が出る森だ。

 フェリシアも言いつけは守っていたし、大人ですら大怪我を負って帰ってくるコトもある森に、自分ひとりだけで忍び込もうとは思わなかった。

 

 ただ、一度だけ。

 

(本当に一度だけ──)

 

 まだ森が、危ないところだとは全然認識できていなかった頃。

 フェリシアは森の奥深くで、誰かと出会ったような記憶があった。

 その〝誰か〟はフェリシアの手を引いて、森から村まで道案内をしてくれた気がする。

 

 冷たいけど優しい、綺麗な女のヒトの手。

 

(たぶん、あの時の彼女こそ……!)

 

 森に潜んでいた女神(ミナ)だったのだろう。

 デモゴルゴンに追われ窮地に陥ったフェリシアは、森から吹き荒れた吹雪と氷震によって助けられた。

 デモゴルゴンは黒土となって砕け散り、村を襲った黄衣の女怪も、気がつけばその姿を眩ませていた。

 

 ──なにか、ものすごく大きくて強いモノが、魔物を追い払ってくれたのだ。

 

 森に逃げるよう指示された理由も、そうなれば明白。

 両親を含め村の大人たちは、森に優しい神様がいるコトを知っていた。

 子どもを森に逃がせば、きっと助けてくれると信じたのだろう。

 

(……でも)

 

 怒る神の権能は、幼いフェリシアには耐えられない絶大さだった。

 魔物に襲われた精神的なショック。

 家族や友人がデモゴルゴンに変わってしまった衝撃。

 そこに森から爆発した神気を浴びて、幼い肉体は仮死状態に向かってしまった。

 

 端的に云えば、凍りついた。

 

 本来ならそこで、フェリシアも死んでいたはずだ。

 だけど、女神(ミナ)はフェリシアを救った。

 自らの存在力をフェリシアに溶け込ませるコトで、神からすれば取るに足りないはずのニンゲンを救ったのだ。

 

(否。それは否じゃフェリシア)

(ぁ、ミナ様……)

(取るに足りないなどと言うてくれるな。妾にとってそなたは──そなたたちは、かけがえのない宝)

 

 村を救えなかった罪滅ぼしになどならないが、預けられた信頼に応えるため、村のものが何より愛した娘を救うのは当然。

 女神は言う。

 死すべき運命(さだめ)のニンゲンと同化するコトは、神にとって零落(ダウングレード)以外の何物でもなかったはずなのに。

 

 三十三年もの時間をかけて、慎重に。

 

 ゆっくりフェリシアの凍結を解いて、以前のフェリシアが持っていた人間性には、何の傷も綻びも与えなかった。

 神にとって、それがどれだけ繊細な難行だったか今のフェリシアには分かる。

 

(たぶん、師匠は勘づいてたのかな……)

 

 フェリシアは人として目覚めた。

 森で眠っていたところを刻印騎士団に拾われて、魔法の才能を見出されてエルダースに通い。

 この九年、フェリシアは一度として神性を自覚したコトは無かったけれど。

 それは女神(ミナ)が与えてくれた温かな猶予期間(モラトリアム)

 

 そして、恐らくは師の黙認があったからこその幸福な無知期間(モラトリアム)だった。

 

(私が飛行魔法を使えたのも、飛行魔法を使うなって言われてたのも……)

 

 裡に眠っていた神性が理由。

 エルダースには謝らないといけない。

 史上初の飛行魔法使い。

 フェリシアは純粋なニンゲンじゃなかったので、功績も偉業も賞賛には値しない。

 

(だけど!)

 

 今のフェリシアを知っても、何の躊躇もなく正面から抱き締めてくれた男性(ひと)がいる。

 今のフェリシアはただそれだけで、何もかもが〝最高!〟に思えて仕方がない。

 自分でも分かっている。

 キスされただけで、あんなにも簡単に気持ちが落ち着いてしまうなんて、どう考えても初心な生娘丸出しだ。

 恥ずかしいし、必死に平気なフリをして平静を取り繕っているが、油断すると顔が熱くなる。

 

 ──こんな状態で戦闘なんて、不真面目だしまったくよくない。

 

(な、なのに……!)

 

 ニヤけかける頬を堪えつつ、フェリシアは百のドレイクを土に還す。

 土に杖を向け呪文を唱えれば、ドレイクの骸から生まれる漆黒の猛牛や雌狼の群れ。

 カラダは最高潮を記録していた。

 間違いなく、今が人生で一番うまく戦闘を行えている。

 

 〝凍てつく夜に生きる術を識るモノ〟──清らかな白雪の処女(おとめ)にして、厳かな黒土に僅かな糧を恵むモノ。

 

 女神(ミナ)の正体は恐らくだが、北方の大地母神。

 ひょっとすれば、世界が四つの超大陸に別れる以前に〝北方〟で崇められていた、非常に古くからある神性かもしれない。

 梟は昔から智慧の象徴とされているが、智慧にも種類はある。

 

 凍てつく夜に生きる術。

 

 北方の民は古来、夜間に木立を羽ばたく音なき猛禽の狩りを師として来た。

 であれば、この身はすでに天性の狩猟者(ハンター)

 黄金に光り輝く右の視界に、勝利を掴むための通り道がハッキリと視えている!

 

 動物魔法も相性がいい。

 

 黒土から産み出した魔力生命体は、フェリシアの魔力だけでなくドレイクの存在力を引き継ぎ大幅に強化されている。

 戦線は時が経つにつれて、フェリシアの独擅場に変わっていった。

 

「──いける! いける、けど!」

 

 計五百を駆逐した後、少女は上空に浮上し戦場を俯瞰した。

 すると、ドレイクはやはり更に精霊圏へ押し寄せて来ていた。

 

 援軍。

 

 数は追加で三百ほど。

 問題は無いが、そもそもこれだけの数が、いったいなぜ足並みを揃えて……?

 

「というか、荒ぶる獣(ドラゴン)に魔術は効かないはずなのに……」

 

 世界最強の概念鎧は、人間に操れる魔術を完全と言っていい域で無効化する。

 リュディガー・シモンは、どうやって竜種を操っているのか。

 この期に及んで、ドレイクの一斉突撃がリュディガーの仕業ではないとは思えない。

 フェリシアは黙考し知識を探った。

 そして気づいた。

 

「──まさか」

 

 西方大陸では有名な禁忌。

 大罪人はもしや、荒ぶる獣(ドラゴン)を使役可能にする禁断の叡智を手中にしている……?

 

「いや、でも……ありえるの……!?」

 

 当代のウェスタルシア王には、現にその叡智を以って黒龍に騎乗する近衛がいると云うが。

 まさか、リュディガーは同じものを──!?

 

「カプリさん!」

 

 フェリシアは風に向けて叫んだ。

 耳のいい吟遊詩人なら、確実に警告を先輩に届けてくれると信じて。

 

 

 

 




tips:デモゴルゴン

 名も無き魔物の総称。
 基本的にクリーチャーな外見。
 凶暴で厄介な性質のモノを指す。

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