ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#209「雨と宝石」

 

 

 エンディアが神気を炸裂させている。

 鴉ヶ山の裏側、山頂から少し降りた先にあるホムビヨンの生産ライン。

 そこに隣接する形で、終末の巨龍復活のための儀式場は着々と準備を整えていた。

 が、

 

「死神め……」

 

 獣神王の神気によって、ホムビヨンの何人かがバタバタと倒れる。

 リュディガーは手早く結界を構築した。

 巨龍を復活させるのはエンディアにとっても大願のはずだが、高次存在はいちいち人間の努力になど気を払わない。

 おかげで、獣神圏に来てからというもの度々こういった〝面倒〟を強いられていた。

 

 パチン、と指を鳴らし気付けのための魔術を使う。

 

「「っ──」」

「起きたのなら働け。さっさと役割を果たすがいい」

 

 命令を下すと、ホムビヨンは急いで元の仕事に戻った。

 唯唯諾諾。

 余計な思考や疑問は挟まず。

 従順で無口なところが、被造物の優れた性質である。

 

(とはいえ……)

 

 エンディアが荒ぶり始めたというコトは、邪魔者がやって来たに違いない。

 精霊圏の女王か、はたまた魔女のダークエルフか。

 

「この様子だと、後者だろうがな……」

 

 巨龍復活を阻むため、死に物狂いで神にも挑まんとする無名の英雄。

 森羅斬伐は継承されたと考えるべきかもしれない。

 

「ハァァ……」

 

 まさに、なんたる理不尽。

 リュディガーは無言のまま合図を送り、儀式の進行を早めさせた。

 すでに大半の準備は整い、後は二〜三の工程を挟むだけで術式の必須要素は揃う。

 しかし、急がなければ全てをご破算にされる可能性も、決して無視できない。

 その証拠に、

 

「──また貴様か」

「████……」

 

 生成りの神父が、実に呆れるほどのしつこさで再び姿を現している。

 人避けも魔除けも、結界は両方とも張っていたはずなのだが。

 生成りは中途半端な存在ゆえに結界を無視したのか。

 あるいは執念。

 ただその二文字だけで、リュディガーの居場所を嗅ぎ付けたのか。

 何にせよ、肝心な儀式の準備中にこうも邪魔が次々に訪れては、鬱陶しすぎてたまらない。

 

「いいだろう。殺してやる」

 

 リュディガーは人獣に向き直った。

 ゼノギア・チェーザレ。

 トライミッド連合王国宰相の息子。

 カルメンタリス教に惑わされた愚かな青年。

 クインティンで起きた事件は知っている。

 面倒な因縁だが、このあたりで清算しておくのも悪くはなかった。

 

「にしても、人間と人形の区別もつかないとはな。わざわざ魔物に堕ちるほどのコトだったのか?」

「██████──ッ!!」

「莫迦が。何度繰り返せば分かる」

 

 挑発ひとつで愚鈍な正面攻撃。

 リュディガーは光弾で迎え撃ち、ゼノギアを打ち飛ばした。

 しかし、生成りは思いのほかしぶとい。

 三百から五百年ほどの宝石を使用したが、どういう理屈かまたしても致命傷には至らなかった。

 

 チ、と漏れる舌打ち。

 

 リュディガーとゼノギアの戦いはこれで三回目だが、二回目の戦いで目撃した〝謎の防御力〟が、今回も神父を救っている。

 神秘の桁に不足は無い。

 ならばこれは、恐らくは魔物としての固有能力。

 魔術師は注意深く人獣の姿を観察した。

 すると、微かにだが輪郭が()()()()()()箇所があった。

 

「霧──いや、霞か?」

 

 ゼノギアのカラダは、ところどころが雨霞(あまがすみ)になっている。

 レイニー・ヘイズ・ジェヴォーダン。

 なるほど。

 

「まるで、吸血鬼のような変身能力だな」

「██████ッッ!!」

 

 言った直後、生成りは完全に雨霞に溶けた。

 空が曇り雨が降り始め、周囲の視界が瞬く間に悪化していく。

 

「エンディアのそばで、よくやる──!」

 

 異界法則の展開。

 魔物としての年数()は大したコトがないが、城塞都市クインティンの人口を一夜にして三割も減らした驟雨の獣。

 小規模ながらも〈領域〉を保有し、都市伝説レベルの強度は備えているらしい。

 持続時間は短いと見たが、人間死ぬ時はアッサリ死ぬ。

 敵の殺意は本物だ。

 リュディガーは完全に異界に閉じ込められた。

 どことなく都市のような影がチラつくのは、ここが獣にとって狩場であるがゆえか。

 

 ──ヒュンッ!

 

「っ」

 

 矢が飛来する。

 驟雨に呑まれた雨霞の帳。

 姿なき大弓使いが、矢を射ち始めた。

 身代わり用の術式は補充済み。

 当たったとしても即死は無い。

 が、

 

(首、心臓、鳩尾、頭蓋……)

 

 狙いはいずれも急所。

 試しにダイアモンドによる防御壁を作って身を囲むも、大矢の貫通力は尋常のそれではなかった。

 金剛石の盾は打ち砕かれ、しかもそれが銀の軌跡を描いて追尾(ホーミング)を開始する。

 強まる雨足に紛れて落ちてくる怒涛の矢。

 単純な数とスピードの問題で、リュディガーの身代わり魔術は著しく消耗を強いられる。

 

 藁人形は一個あたり一千年の神秘。

 

 一撃で一千年は削られないが、しかし敵の攻撃は百、二百、三百と一秒ごとに増えていく。

 このままいけば、空から落ちる雨粒のすべてが敵の矢になる恐れもあった。

 しかも、

 

「チィ……ッ」

 

 身を捩らせ、身体強化をかけながら疾走するリュディガーは目視で確認する。

 矢のなかに、明らかに『呪物』が混ざり始めた。

 

黒小人(ドヴェルグ)樹木子(ジュボッコ)悪霊(フィーンド)怪巨人(グレンデル)──まだあるか!)

 

 魔物を素材にした呪いの品。

 錬金術の負の側面。

 魔物の思念が練り込まれた鏃は生者への呪詛を撒き散らし、着弾と同時に魔法が弾ける。

 

 托卵、寄生、発狂、腐乱。

 

 霊的汚染どころの話ではない。

 単純な治療法では決して癒せず、唯一の対抗策はカルメンタリス教の聖具に頼るコト。

 すべて躱すが、

 

「……クソ」

 

 リュディガーにとって、()()は何より我慢ならない嫌がらせだった。

 虫唾が走る。

 何も感じなくなった虚ろな心に、ただひとつ残されているのはカルメンタリス教への恨みだけ。

 アンチ・カルメンタリスト。

 大罪人として、断じて聖具になど頼るものか。

 

「綺羅星雲──!」

 

 手掌による操作で、光弾の密度が膨れ上がる。

 魔弾の雨に対抗し、宝石の雲霞が雨霞を押し除ける。

 獣は哭いた。

 殺意と痛苦と憎悪に塗れて矢を番え。

 雨がその瞬間、本当に無数の矢となって空より迫る。

 

 呪文が聞こえた。

 

 “雨霞に哭け魔弾の射手(プルウィア・ネブラ・ザミエル)

 

 当たらないという結果は許容されない。

 必ず当てるという殺意の具現。

 光弾だけでは防ぎようがない。

 宝石よりも雨粒のほうが小さいし数も多い。

 挙げ句、射ち放たれているのはいずれも必殺を期した呪具。

 

(ゼノギア・チェーザレ……)

 

 抱えていた闇は、それほどに深かったかとリュディガーは避けるのを諦めた。

 そして、

 

「──よもや、これを使う羽目になるとはな」

 

 魔術式『綺羅神殿・冥王富者の金権(ディスパテル・バイデンタル)』起動。

 雨は止み、異界は塗り潰される。

 周囲は綺羅と輝く地下神殿に変わった。

 リュディガーを中心として、種々様々な宝石が玉座の間を作り上げる。

 美しい宮殿であり、冥王富者を祀る神殿。

 

「██……!?」

「異界法則を手繰るのが、人外だけの専売特許とでも思ったか? 一つの魔術を極めれば、人間はここにまで到達できる」

 

 老魔術師の手元には、今や二又に別れた槍がひとつあった。

 魔術式『綺羅神殿・冥王富者の金権(ディスパテル・バイデンタル)』とは、神権との接続。

 地下の宝の管理者であり冥府の統治者である古の神の権能を魔術により再来させ、リュディガーが最も得意としている技を神域に至る規模で強化する大結界。

 二又に別れた槍は、熊手のようにも鶴嘴のようにも見える。

 したがって、

 

「さらばだ。冥土の土産には事欠くまい。宝石のマグマに呑まれて沈め」

「────!」

 

 槍の穂先を向けられたが最後、ゼノギアは敗北するしかなかった。

 驟雨は綺羅星を穿てず、雨霞は大地の底に引き摺り込まれ……

 

 

 

 




tips:魔術式『綺羅神殿・冥王富者の金権』

 ディスパテル・バイデンタル。
 古今東西、冥府の神は往々にして地下の宝の管理者とも目される。
 土葬が主流の地域では地下とは特に死者の国であり、宝石は冥王の財産だと考えられた。
 リュディガーは長年の努力によって自らを『冥王』として照応させ、冥王がいる場には神殿がなければおかしいという理屈から、大結界を構築。
 結果的に主力技である『綺羅星雲』の威力を底上げしている。

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