ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#211「若人と老人」

 

 

「人界を守る理由がどこにある?」

 

 リュディガーは続け様に言い放った。

 

「カルメンタリス教の影響力は全世界に及んでいる。貴様が白嶺の魔女という最恐の禁忌を宿す以上、どの超大陸に行っても安息の地など無い」

「……」

「貴様も分かっているはずだ。〈目録〉に記載された大魔の忌み名。貴様がたとえ背負うと決めたのだとしても、有象無象はその決意に理解など示さない。そこへ至る過程になど興味を持たない。ただ手前勝手に罪を語り、ただ一滴の悪だけを過大に問題視し、裁きをと狂ったように叫ぶだけだ」

 

 実際にその現場を見てきた当事者として、リュディガーはいっそ諭すような口調にすらなっていた。

 

「狭苦しい生き方に不満は無いか? 魔女の遺児。貴様は私の暴言に怒りを見せたな? ならば()()()()()()は当然あるのだろう? 誰にも理解されない。誰にも打ち明けられない。本当の自分を永遠に押し殺して、隠れ潜みながら生きていく? そんな人生、耐えられないはずだ。怒りを覚えて当然なのだ」

 

 老いた魔術師は雄弁だった。

 真理を語るがゆえに、賢者のような説得力もあった。

 不満がないか。

 怒りを抱えたコトがないか。

 そう問われれば、たしかに否とは首を振れない。

 

「……ああ。アンタの言うとおりだよ」

 

 古代圏の峡谷に初めて足を踏み入れた際、ゼノギアにも訊かれた。

 

 ──それほどの力、日頃から隠しているのはさぞ窮屈なのでしょうね。

 ──別に、もう慣れてますよ。

 ──でも、慣れないコトもあるでしょう?

 

 あの時、俺は「けれど、それは仕方がない」と肩を竦めて受け流した。

 だって、自分がマイノリティーなのは理解している。

 世界から魔物の力が忌避されているのも、歴史や過去の記録を思えば、仕方がないと受け入れるしかない。

 

(でも、慣れないコトもある)

 

 狭苦しいという思い。

 息苦しいというもどかしさ。

 誰かが白嶺の魔女への恐怖や恨みを口にする度に、グッと気持ちを堪えなきゃいけない。

 

(俺はベアトリクスが好きだ。ケイティナが好きだ)

 

 だけど、その想いを真に理解してくれる人物はもういない。

 魔女を愛している。

 死霊を愛している。

 この気持ちを素直に告白すれば、待っているのは異常者の烙印だけだ。

 心に降り積もる〝ふざけんなよ〟という想い。

 チロチロと燻る怒りの火種。

 無いと言えば、もちろん嘘になるさ。

 フェリシアやゼノギア、カプリなどの一定の理解者が得られた今でも、その鬱屈は消えない。

 

(だけど──) 

 

 世界に守る価値など無い?

 助ける価値など無い?

 俺はそんな、極端なコトまでは思わない。

 世界の温かさも美しさも、ヴォレアスの空の下で識った。

 

(というか、今の話を聞かされて気がついた)

 

 まさに、蒙が啓かれたみたいな気分である。

 こんな単純なコトに、どうして今まで気がつかなかったのだろう?

 森羅斬伐を肩に担ぎ直す。

 

「アンタの言うとおり、俺は怒りを抱えているし鬱屈とした不満も溜め込んでる」

「なら──」

「でも、それってさ。結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってだけの話なんだよな」

「──何だと?」

 

 リュディガーが眉根を寄せる。

 

「その言い草、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()聞こえたが……?」

「ああ。俺が作る」

 

 ハッ──と、ゼノギアが大きく息を飲み込んだ。

 一方で、リュディガーの顔は衝撃を飲み込み、徐々に険しくなる。

 

「禁忌の重さを識る者の言葉とは思えんな」

「そうか? けど、アンタの不満だって要はそういうコトだろ?」

 

 半魔の子どもが平穏に生きられる世界が欲しかった。

 妻と義理の両親が、幸せに生きていける居場所が欲しかった。

 

「でも、世界を見渡した時、アンタはそんな場所が何処にも無いと気づいちまったから、極端なやり方に走ったんだ」

「……だから、貴様が代わりに居場所を作ると? ハッ、笑わせるなたわけ。森羅斬伐を継承した程度で思い上がったか? カルメンタリス教ある限り、私にも貴様にも安息の地など無いッ」

「無いなら作ればいいんだよ。今ある世界を壊す必要なんか無い。なあ、知ってるか? 〈渾天儀世界〉は広大なんだぜ?」

「……ッ、一から切り拓いて、理想郷でも作るつもりか? 国でも作る気か!? 断言してやる! 誰も貴様を信じない!」

「かもしれないな。それでも、俺が勝手に始める分には誰にも文句を言われる筋合いは無いさ。一から切り拓いていくってのは、そういうもんだろ」

 

 誰も挑まず誰も戦わず。

 そういう真っ暗闇の場所で、ひとり黙々と斧を振るう。

 俺は、そういうのだけは得意なんだ。

 自信を持って頷くと、リュディガーは絶句した。

 絶句して、灰色だった感情に大きな火が点った顔つきになった。

 

「仮に貴様の大言壮語が……現実になったとして」

「ああ」

「貴様が作る新たな居場所には、どんなモノたちが集う?」

「決まってる。今ある世界で居場所を与えられていないモノ。半魔、生成り、人でありながら人ならざる境界線に立つヤツら。あるいはその逆。人外でも異形でも怪異でも、歩み寄りの余地があって共に生きていけるなら、俺は受け入れる」

「……世界がそれを、禁忌だと見なした場合は?」

「愚問だろ、それ」

 

 大切な物を守るため、戦いが必要になるなら体を張る。

 俺たちはこの世界で、そういう役割を果たすために生きている。

 

「取り零しはどうする? 貴様ひとりだけで、どれだけのモノを救えると?」

「別に、何でもかんでも一人でやるつもりはないけど……俺は旅人だからな。なるたけ色んなところに足を運んで、可能な限り色んなヤツに手を差し伸べるさ」

 

 んで、気が合ったら色んな歌をその誰かと一緒に聞く。

 美味しいものをたくさん食べて、楽しい経験をいっぱい積む。

 答えると、

 

「そうか……なら、貴様と私はやはり相容れないな」

 

 厳しい現実にとっくに打ちひしがれている男は、苦笑とも羨望とも言えない微笑で断絶を告げた。

 光弾が消える。

 魔術が解除される。

 宝石の煌めきが泡と散って、老人は両腕をダラりと下げた。

 反抗の姿勢はもう無い。

 

 しかし──

 

「貴様の言は、未来ある若者の言葉だった。私はもう老いぼれだ。今さらやり直しを図るなど、体力が保たんし気力も湧かない。何より、これまで私が轢殺してきた数多のモノに誓って、今さら止まるコトは出来ない」

 

 パチン、と。

 指を鳴らし、リュディガーは幻術の投影を停止した。

 俺たちはその瞬間、目を見開いて総毛立った。

 それまで何も無いと思っていた儀式場の隣に、山門異界の景観にはまったく似つかわしくない複雑な人工物が現れたからだ。

 

 人工物はまるで工場のようだった。

 

 その中止に、『炉』がある。

 

 ──ゴウゴウ、ゴウゴウ。

 

 火を吹いて加熱を行っているのは、驚くべきことにドラゴンだった。

 竜種ではなく龍種。

 混じり気の無い純龍が、首に鎖の輪を巻かれて明らかな隷属状態にある。

 龍炎が炉に吹き込まれる。

 なのに、ローブ姿の子どもたちは次から次に駆け込むように身を投げ出す。

 炉からは鉄が溶け出ていて、それはひとつの鋳型に流れ込んでいた。

 

「まさか……」

「オリジナルが手に入らなかった以上、別の手段で森羅斬伐を用意するのは当然のコト。私は一人ではない。必要とあらば、何百何千と替えの利く命を以って、複数のプランを同時実行する」

 

 古代圏で逃げ出したのは、森羅斬伐の鋳型と巨大彗星の欠片を入手できたため。

 黎明の民の墓を荒らせば、英雄現象は必ず出現すると分かっていた。

 だから獣神王の配下を一柱使い潰し、斬撃王の注意を敢えて引き付けた。

 すべては封印を解くために必要な『斧』を用意するため。

 

「本物の魔術師を相手にするのは初めてだったか? 貴様らがここに現れたその時すでに、私は術を起動していたとも。──ああ、そこのドラゴンなら気にしないでいい。見ての通りとっくに隷属している」

「どう、やって……!」

 

 ゼノギアがギリ、と歯軋りをした。

 魔術師は懐から、一冊の書物を取り出し淡々と答えた。

 

「『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』──ウェスタルシアから持ち続けている数少ない財産だが。これは紐解けば、ドラゴンを支配できる優れ物でな」

 

 終末の巨龍を復活させようというのに、よもや〝魔術師〟が何の準備も無しに計画を立てるとでも?

 記号は揃い、術式は完成した。

 リュディガーが俺を見やる。

 

「次からは問答無用で意識を奪え。でないと──」

 

 退廃の嵐、ルゥミオリアが復活する。

 

 

 

 




tips:古龍原語の書

 ドラゴン・バベル。
 禁忌の叡智。
 荒ぶる獣と絆を結び得る〝ことば〟が載っている。
 西方大陸の闇社会からリュディガーの元に渡った。

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