ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#212「退廃の嵐・ルゥミオリア」

 

 

 種明かしをすれば、リュディガーの計画は単純だった。

 終末の巨龍は淡いの異界に閉じ込められている。

 しかし、その影は現世に残った。

 壮麗大地(テラ・メエリタ)の東部、嵐ヶ丘の湖。

 湖面に映る龍の巨影こそ、ドラゴン・オブ・ドラゴンの存在証明。

 

 退廃の嵐、ルゥミオリアは今も彼の地で留まっている。

 

 ならば、魔術師はただ出口(切っ掛け)さえ用意してあげれば問題なかった。

 オリジナルの森羅斬伐を用意し、世界を斬り裂く斬撃を魔術的に再現するか。

 あるいは森羅斬伐のレプリカを鍛造し、その過程を以って局所的な時間回帰を為すか。

 六千年前の伝説をなぞり、ホムビヨンの生贄を捧げて斧を用立て、壮麗大地(テラ・メエリタ)全土に〝伝説〟を蘇らせる。

 

「すなわち──ここに森羅斬伐が新たに造られたのならば、封印されるべき終末の巨龍もまた地上に再臨していなければならない」

「……そのためにっ、我が子を模したホムビヨンを殺したと!? 貴様がカルメンタリス教を呪ったのは、子どもたちを愛していたからではなかったのかっ!」

「黙れ小僧! 私の子どもたちは死んだ! 妻とともに二度と返らない! ホムビヨンを作ったのは忘れぬためだ! あの日の喪失を、あの日の絶望を、決して忘れぬために戒めとして作った!」

 

 似ているだけの人形に、愛情など持たない。

 道具はただ道具として使うだけ。

 ゼノギアの絶叫に、灰色の男は強く睨み返す。

 それは魔術師としての矜持。復讐者としての信条。

 者皆轢殺する怨一文字。

 老人は一番最初に、自分自身の心を殺して行動を開始していた。

 大罪人リュディガー・シモンとは、アンチ・カルメンタリストの化身だった。

 

「カルメンタリス教に呪いあれ。人類文明の守護者に災いを。女神の恩寵に縋り聖域とやらをご大層に崇め奉る人間どもには、思い知らせてくれる」

 

 この世は醜い。

 この世は薄汚い。

 いっそ無くなってしまった方が綺麗だと。

 呪詛を吐いて男は腰を下ろす。

 ゼノギアはふらつきながらも立ち上がり、大弓に矢を番えた。

 リュディガーは然れど、狼狽えるコトなく微動だにしない。

 

「殺したければ殺せ。私の目的は叶った。もはや何をしたところで、巨龍は止まらない」

「……ッ」

 

 空は塞がった。

 嵐が始まる。

 風は勢いを増して雲は厚みを増し、天地にヒビを入れるような雷光が奔る。

 湖の真上には超巨大積乱雲(スーパーセル)が生まれ、次第にそれは数を増やして壮麗大地(テラ・メエリタ)を覆い始めた。

 大地を捲り上げる旋風(つむじかぜ)

 逆廻る竜巻は超々巨大積乱雲(ハイパーセル)へと至り、雲の隙間から彼のモノの威容を覗かせる。

 

 鈍白の天帝。

 

 体長はあまりに巨きすぎるために計測不能。

 というか、嵐雲と半ば一体化しており、全身を()()()()と考えるコト自体がそもそもの間違い。

 世界最強の獣、ドラゴン。

 星の最強種を諌めるため、上古の時代に君臨した古龍の神。

 翼は一対、しかして天災。

 四つある前肢は稲妻を掴み、青白の絶滅光を地上に落とした。

 樹海が燃える。

 雹が木々を打ち壊す。

 スケールが違いすぎて、生存を諦めたくなった。

 核兵器が落ちる光景を見ているようだ。

 頭部から後ろに伸びる二本のツノは、まさに大冠の証。

 頸元に残る一条の亀裂はあれど、巨龍は健在すぎるほどに健在で、

 

「約束された滅びって謳われるのも納得だな……だけど」

「……」

 

 ぴくり、とリュディガーが目蓋を震わせ俺を見る。

 その顔は、やはり気がついている。

 魔術師は己が術式に絶対の自信を持ち、あたかも泰然自若を装っているが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ったな」

「……貴様にできると?」

「森羅斬伐は継承した。先代にできたんだ。後を継いだ俺が出来なくてどうするよ」

「ならば、やってみせろ。六千年前、英雄はたった一人で終末を退けたワケではない。精霊の女王、獣神の王、二つの高次存在の後押しがあったから封印は叶ったのだ」

 

 エンディアはすでに、俺自身の手で倒されている。

 だから、

 

「退廃の嵐を止められるモノはいない。ルゥミオリアはじきに、この地表すべてを風化させる。術式に盛り込んだ古龍原語(ドラゴン・バベル)の〝ことば〟は一つだけだ」

 

 “レアドラリス”

 

「意味は咆哮、破壊、憤怒、炎。巨龍の激情を受け止める覚悟はあるか? メランズール・ラズワルド・アダマス」

「……敗北者は黙って見てろ。結果はすぐに分かる」

 

 鼻を鳴らし、「違いない」と頷き、老いた男はそれきり黙り込んだ。

 ゼノギアはまだ矢を番えながら、わなわなと震えている。

 放っておいても、リュディガーはもう逃げ出さないだろう。

 ゼノギアの方にも、もう矢を撃ち放つだけの腕力は残っていない。

 

(無理をしたツケだな)

 

 傍から見ていても、明らかに照準が定まっていない。

 憔悴している神父に、そっと話しかける。

 

「ゼノギア神父。俺は今から、龍退治をしてきます」

「……っ」

「リュディガーは見張っておいてください。一応、捕まえるのが旅の目的でしたから」

「私を……信じるのですか?」

「だって、頼りにしていいって言ってくれたじゃないですか」

「ハハハハハハッ!」

 

 瞬間、矢が手から零れ落ちる。

 大弓が地面に転がる。

 神父は涙を溢し、困ったような声を漏らして顔を覆った。

 表情は見えないが、きっといつものゼノギアだった。

 これならもう、大丈夫だろう。

 

 ──さて。

 

「それじゃあ、いっちょ世界を救うとするか……」

 

 異界の門扉を開け、古代圏に移動する。

 その直後、

 

 

「 捲 土 重 来 ッ ! 怨 敵 よ 待 ち か ね た ぞ ! 」

「な、エンディア……!?」

 

 

 翼を折られた死界の王が、再び夜を広げて鴉ヶ山から羽ばたいた。

 獣神の王、闇夜鴉の幽冥界。

 黒鴉の死神は、たとえ霊格を損傷し手負いに至ろうとも、六千年の後悔を晴らすべく戦意に猛る。

 青色の眼に映るのは、もはや退廃の嵐だけ。

 神が何のために人間と契約を結び庇護を約束したのか。

 すべて、すべてすべてすべて、今この瞬間に到達するため。

 失った誇りを取り戻し、胸を張って叫ぶため。

 

「 吾 は 夜 、 夜 は 吾 ! 」

 

 世界の半分を支配し、生あるモノすべてが行き着く終焉の空。

 終末の巨龍だと?

 約束された滅びだと?

 獣神王エンディアの名の前で、よくぞ称した傲岸不遜!

 星を纏い、死の飛翔となって流星群を動かしながら、大鴉は古代圏をも通過し巨龍圏へと真っ直ぐに突っ込んだ。

 

 嵐に夜が食い込む。

 

 龍が鳥を睨む。

 

 超々巨大積乱雲(ハイパーセル)の鎧。

 澎湃暴風圏。

 嘴は触れた先から脆く崩れ、翼は雷に焼かれ炎が全身に回る。

 まるで生前の死因。

 太陽に焼かれた時と同じようにエンディアは燃え盛り、冷たい雹が容赦なくカラダを打ち据えた。

 

 ──然れど!

 

「 星 降 る 夜 に 、 退 廃 な ど あ る も の か ッ ! 」

 

 龍の身を守る嵐の鱗。

 超々巨大積乱雲(ハイパーセル)を貫くため、エンディアは死力を尽くして鳴叫する。

 その背には、一際輝く巨星があった。

 

 “死出(しで)(とり)冥王星(めいおうぼし)

 

 マイナス230度以下。

 夜は暗くて冷たい死の世界。

 六千年の時の中で、エンディアは新たに権能を得ていた。

 北方からの信仰。

 およそ死というモノへの忌避。

 今やそれは、凍てつく惑星となってエンディアのもの!

 

 自らが司る神話世界そのものを、星と化してぶつける〈領域合戦〉の裏技。

 

 勝算など無いと嘯きながら、冬の鳥は何より野心を隠し機を窺っていた。

 氷惑星の衝突により、嵐の鱗が擦り減る。

 退廃の風が冥王星を風化させるよりも早く、死出の旅路が巨龍に迫る。

 

「 そ う だ !  吾 が 世 界 に 呑 ま れ よ !  龍 よ ッ ! 」

 

 夜の勝利を謳え。

 敗北の屈辱を捩じ伏せろ。

 その雄姿に、あるいは誰もが獣神王の偉業を予期したに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

「──Luo()luo()……louuu(ルゥゥゥ)……!!」

 

 

 

 

 

 La()──と。

 

 そのブレス()が、氷惑星ごと夜を滅ぼすまで。

 砕け散る夜の羽。

 嵐に挑んだ反骨の王。

 

 神は死んだ。

 

 〈領域〉ごと塵となった。

 夜はほどけ、一枚の羽だけが空を舞い、ルゥミオリアの歌が始まる。

 

 




tips:退廃の嵐

 終末の巨龍、ルゥミオリア。
 司る終末災害は『嵐』
 超々巨大積乱雲(ハイパーセル)と半ば一体化したカラダを持ち、文字通りの天災。
 鈍白の天帝とも呼ばれ、青白い稲光を操る。
 前肢は古龍の共通点で四本あり、翼は視界に入り切らない。
 ルゥミオリアの嵐は『風化』の災い。
 大地は根こそぎ捲り上がり、澎湃暴風圏が過ぎ去った後には塵しか残らないと云われる。

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