ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#214「救世の結末」

 

 

 滅びの歌声が海をも掻き消す。

 第四法による強制緑化の大海嘯も、ルゥミオリアのドラゴンブレスには勝てなかった。

 超々巨大積乱雲(ハイパーセル)が厚みを取り戻す。

 獣神圏と精霊圏。

 二つの大領域から圧力をかけられて、それでもなお巨龍の威圧の方が上。

 ユリシスは眼前に迫った〝終末〟に、「ぁ」と小さく声を漏らすコトしかできなくて。

 

「────」

 

 それでも、愉しげに歌う世界最強。

 何もかもを壊そうとするルゥミオリアに怒りが溢れて、無様は晒さなかった。

 ユリシスが一秒でも長く退廃の嵐の注意を引けつければ、その隙に森羅斬伐の継承者が巨龍圏に辿り着ける。

 斬撃王が未来を託すに足りると認めた新たな英雄が、龍の頸に必ずや刃を立てる。

 エンディアは羽の一枚になるまで、退きはしなかった。

 ならばユリシスも、たとえ翅の一片になってでもここから動きはしない。

 最期に想うのはただひとつ。

 

(英雄様……わたくしは今もまだ、あなたに〝綺麗〟と言って貰えるでしょうか──?)

 

 目を瞑り、静かにその瞬間(とき)を待ちながら。

 ユリシスは己が恋を守るため、翅を広げた。

 最大限、身を盾にするつもりだった。

 

 が、

 

「…………?」

 

 想定していた痛みが来ない。

 龍の咆哮を正面から浴びて痛みが無いワケないのに、こうして戸惑いを覚える余裕があるほど終わりが与えられない。

 まさか、精霊たるこの身が人間のように走馬灯を見るワケもなく。

 ユリシスは「なぜ?」と改めて状況を確認した。

 すると、

 

事象地平線(イベント・ホライゾン)──」

 

 声を、聞いた。

 恋した男の人の声だった。

 

「──────そん、な」

 

 ユリシスは信じられなくて、涙が視界を滲ませる。

 現象と化したカラダで、斬撃王が古代圏から出てくるはずはない。

 なのに、英雄はただかつてと同じように、背中を向けて絶対の安心をユリシスに与えていた。

 

 ──退廃の嵐、ルゥミオリアの龍咆哮を。

 

 英雄が一身に引き受けている!

 

 闇に染まった背中。

 遺風残香(レリック)の継承も済み、情報体としては確実に弱体化している。

 然れど、男は乙女を守るため、いまその奥義()を高らかに叫んでいた。

 

「“闢くは濃闇( シボラ・ )──朝焼けに耀け忘れじの國(オブリビオン・サンライズ)”ッッ!!」

「英雄様……!」

 

 斬撃王が放つ究極の斬撃。

 何ものも辿り着けず、何ものも追い縋れぬ事象の地平線。

 世界すら斬り裂く〝一線〟は、世界に対して〝何者の物でもない〟という空白を作り出す。

 

 それは、言うなれば『無』の境界線。

 

 世界は斬り裂かれた断裂を修復しようとして、また、有ってはならない空白を埋めようとして、斬撃の主にごく僅かな間のみ所有権を認める。

 ゆえに、黎明を冀望する心象は数瞬のみ空漠に映し出され、斬撃王ヨキ、正史の輝きを識る王の王国。

 黎明の民が愛した黄金と翠の都市風景が、橙色に照らされ嵐を割断した。

 

「LAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──────ッッッッ!!!!」

 

 龍の神が悲鳴をあげる。

 六千年前、自らの逆鱗を斬り裂いた宿敵の攻撃。

 それが悠久の時を超えて、再び自身の前に現れたのだ。

 ルゥミオリアは絶叫し、死に物狂いで現世へしがみつかんとする。

 淡いの異界は混沌の渦潮だ。

 時間も空間も乱れに乱れた境界間の狭間では、終末の巨龍とて自由に身動きは取れない。

 

 ──またあんな場所に追い落とされてなるものか。

 

 六千年の怒りも込めて、世界は必ず滅ぼす。

 ルゥミオリアは 超々巨大積乱雲(ハイパーセル)を犠牲にし、どうにかヨキの一撃をやり過ごした。

 それ自体が半ば信じられない奇跡だったが、人間に成しうる超常が何時までも星の最強種に通じる方がおかしな話。

 さては弱ったかと、ルゥミオリアは勝利の可能性に歓喜しかけ──

 

「──事象地平線(イベント・ホライゾン)

 

 !?

 

 足元から囁かれた有り得べからざる解号に戦慄した。

 だが、忘れてはいけない。

 ルゥミオリアは六千年前、すでに斬撃王によって致命傷を受けている。

 逆鱗は斬り裂かれ、頸は両断の寸前にまでいき、辛うじて繋ぎ止めて傷の回復を図ったが、森羅斬伐の材料は八つの世界を打ち壊した巨大彗星の隕鉄。

 

 世界を滅ぼすモノでも、世界の内側に属するからには〝世界破壊〟の斬撃からは逃れられない。

 

 回復は所詮、表面上のもの。

 外面を取り繕っただけで、中身は依然として断ち切られかけている。

 かつての威容も見る影など無い。

 

 獣神王、エンディア。

 精霊女王、ディーネ=ユリシス。

 

 六千年以上昔であれば、この二者に同時に攻められたところで巨龍はブレスさえ必要としなかった。

 しかし今は、どちらに対してもドラゴンの代名詞を使用し、本気で反撃を行わざるを得ない。

 

 封印を解いた魔術師は、ルゥミオリアの勝利を疑わず必勝を確信し命令を下していたが、弱っているのは巨龍とて同じコト。

 

 であれば……

 

「“闢くは黎明穹(アウローラ)──夜明け前の群青(ブルーモーメント)”ッッ!!」

 

 !!

 

 正真正銘、本物の森羅斬伐。

 斬撃王が未来を託した究極の斬撃の後継。

 幾百億の夜を経ようとも、決して明日の夜明けを忘れない群青色の誓い。

 目の前の障害を打ち破り、暗黒の只中を藻掻きながらも突き進み、闇を斬り裂く新時代の英雄奥義。

 

 青色の黎明光に、退廃の嵐(極大の闇)が耐えられる道理は無しッ!!

 

 業火、轟雷、豪風、降雹。

 数多の厄災、風化の暴威となってダークエルフを襲うが。

 ガラ空きだった逆鱗。

 もともとあった亀裂の上から更に斬撃を被せれば、ルゥミオリアという名の〈領域〉にトドメは刺せる。

 逃げ場を求める大質量に、淡いの異界がザクリッ! と大口を開ける。

 

 巨龍は頸を断たれた。

 

 それでもなお、四つの前肢で現世にしがみついた。

 

「LUAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──────ッッッッ!!!!」

 

 獣であり神でもある巨龍は、祟り神に変生してでも目的を果たさんとし叫ぶ。

 頸が無くても咆哮が轟くのは、ルゥミオリアがまさに天災の一種だからだ。

 約束された滅び。

 世界にいずれ訪れる三つの終末災害が一つ。

 鈍白の天帝は、それでも未だ最強の座にあると。

 放っておけば、本当に這い戻って来そうな凄まじさ。

 あるいはそれは、獣神王を亡きモノにしたがゆえの確信に基づく執念かもしれなかった。

 たしかに、ユリシスだけではルゥミオリアを淡いの異界には追い落とせない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 今ここには、『黒王』がいる。

 

「夜陰に蝕まれる黄昏……幽玄透徹に空を塞ぐ黒……境界の瞳は()誰時(たれどき)を覗く──」

 

 !?

 

「門よ開け……扉よ開け……地とそこにあるもの、とこしえに輝ける天上の虚ろ……」

 

 最果ての大樹海。

 禁忌たる最厄地。

 人跡未踏の禁足地で、いったい誰が知っていようか?

 

「我が腕には(かんなぎ)あり……巫が紡ぎし神秘古言(ミュトス)の調べは、凱歌となって肉叢(ししむら)に刻まれたり……」

 

 獣神王にして死界の王。

 エンディアがこの世から去ったというコトは、ダークエルフの身には奪い取られていた死霊が戻っている。

 冬至の七神も、万に迫る死者も。

 

「碑文石の巨塔に架かる橋……天窮の交叉路に羽搏けレイライン……この身はすでに収穫の円錐なれば……」

 

 王権神授( ドミナンス )白嶺の魔女(ウェネーフィカ=ベアトリクス)

 秘文字の奇蹟によって、五千年の〈領域(レルム)〉は此処にあり。

 

「“白髏の夜、喪失の帳(レトゥス・アルバ)”──!」

 

 白嶺の魔女の大魔法。

 凍てつく凍死者を全て召喚する恐怖景色の具現。

 巨龍を淡いの異界に追い落とすのに、エンディアの代わりを努める力は備わっている。

 しかも、

 

物語れ星の詩文(ワンス・アポン・ア・タイム)── “白花謳う緑風の箱庭(トリフォリウム・ヴェントゥス・テラリオン)”」

 

 精霊圏から繰り出される精霊たちの後押し。

 白詰草の君を皮切りに、皆が協力をする。

 

物語れ星の詩文(ワンス・アポン・ア・タイム)──」

物語れ星の詩文(ワンス・アポン・ア・タイム)──」

物語れ星の詩文(ワンス・アポン・ア・タイム)──」

 

 小さくても滅びを拒絶する星の詩文。

 五大の元素は色彩(いろ)鮮やかに煌めきながら踊って、チカラある言葉、幾つもの〝物語〟が終幕を否定した。

 

 そして、ある男もまた決意を力に変える。

 

 男の世界はもう何年も雨続きだった。

 晴れるコトは二度と無い。

 友であるホムンクルスとの約束を守れなかった時点で、自分の罪は一生かけても許されない。

 ならば、せめて罪劫を断とうと。

 悪人の命を狩り続ける人生を選んで、雨に濡れ続けた。

 間違った魂の癒し方を求めた。

 

 けれど、

 

(ああ──空が明るい……)

 

 青く澄み渡っていく。

 ゼノギアのなかで降り続けていた雨は止んだ。

 亡き友の言葉が、ようやく胸の中に戻る。

 

「そうですね、ユーリ……私はこんな馬鹿な復讐(コト)を、やっている場合じゃありませんでした……」

 

 誰かを助ける。

 神父ならば、救われぬモノに救いの手を差し伸べるべきだった。

 かつてユーリが、それだけで生きる喜びがあったと教えてくれたように。

 悪あがきだったとしても、余人からまったく理解を得られなくとも、信じた行いに胸を張り続けるべきだった。

 

 ──ならば。

 

「……ああ、ユーリ……見ていてくれますか?」

 

 我が渾身。

 我が激奏。

 我が総算たるこの一射は、貴方がいたからこそ。

 雨の続いた長き日々。

 今この場で夜明け前の群青を後押しできるのは、かつて貴方が教え、貴方がくれた想い出があったから。

 

「“獣は哭く、驟雨の終わりに(プルウィア・レペンティーナ)”──ッ!!」

 

 生成りの神父もまた、雨上がりの魔法を唱える。

 非業の宿縁を掻き鳴らし。

 雷雲を穿つニンゲンの絶技。

 夜明けの曙光を雲間より覗かせる。

 

 退廃の嵐、ルゥミオリア。

 

 終末の巨龍はその瞬間、ズルりと幽世に引き摺り込まれた。

 

「LAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──────ッッッッ!!!!」

 

 今度は影すら、こちらには残さなかった。

 

 

 

 




tips:斬撃王ヨキの英雄奥義

 解号は「事象地平線(イベント・ホライゾン)
 回避不可。防御不可。対策不可。
 一度この技が使われると決まったなら、究極の斬撃を味わうしかない。
 あくまで斬撃が主だが、ヨキの場合、横薙ぎに森羅斬伐を振り抜き故郷の景色を蘇らせる。
 闢くは濃闇、朝焼けに耀け忘れじの國(シボラ・オブリビオン・サンライズ)
 まさに黎明を謳う民たちの王に相応しい望郷の心象風景。
 ごく僅かな間だからこそ、切なさは目蓋に焼き付く。

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