ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#022「トロール・ファミリー」

 

 

 正体の話からするのであれば。

 ヤツらの名は『霜の石巨人(フロスト・トロール)』と呼ばれるものだった。

 

 ──霜の石巨人。

 

 すなわちは、北方・寒冷地適応に特化した石巨人種の一種。

 トロールそれそのものは、〈渾天儀世界〉に広く分布し、通常は荒れ果てた平野や、岩肌の激しい山岳部などで、原始的な生活を営んでいるものが多い。

 

 体格は非常に大柄。

 

 且つ、とても筋骨隆々で、どの個体も地球の力士──それも横綱級──を、三回りから五回りは大きくしたような肉厚な体型に成長する。

 石のように硬い肌、というよりかは石そのものの皮膚。

 両生類のように遠く離れた黄色い目を持つのが共通の特徴とされていて、全体的なシルエットは楕円形。

 知能は驚くほど低いが、〝家族〟という最小単位での社会生活を営むことは可能らしい。

 

 生物学的な扱いによると、一応、ヤツらも人界・怪人道に分類され、広義の『人間』に当てはまるとされているが、世間一般は大抵の怪人類を『人かどうかも怪しい』として忌避・嫌悪し、トロールもまた往々にして迫害と討伐、駆除の対象となる。

 

 しかし、それもある意味では仕方がない。

 

 食人。

 略奪。

 誘拐。

 拷問。

 破壊。

 

 トロールの関与したと思われる悪辣な事件は、有史以来枚挙にいとまがなく、ヤツらは野蛮で、とても酷薄だ。

 そのため、世界各地でトロール被害に遭う人類は多く、トロールを根絶やしするべきだという被害者の団体もあり、一方で、人道的見地や倫理観の面から、他種族が他種族を絶滅することは絶対にあってはならないと主張する者とで対立も発生している。

 また、一部の博愛主義者や文化保護団体などもこの対立に絡んでいって、トロールを巡る社会問題は一向に解決の目処を見ないのだとか。

 

 ……ハ、ハハハ、ハハハハハ……まったく、なんというお笑い種だろう?

 

 当時の俺は、もちろん、そんな世界常識など何一つとして知らなかった。

 けれど、幼き日、実際に目の当たりにしたフロスト・トロールについて、これだけは確実に、あの時でも言えただろう。

 

 ──ヤツらはクソだ。見つけ次第即刻根絶やしにしてやれ。

 

 

(ある古びた手記より抜粋)

 

 

 

 


 

 

 

 

「おや? おやおやおや?」

「皆んな! 見てごらん!?」

「! ダークエルフだぁ!」

「ダークエルフの子どもだ!」

「オヤツを追いかけてたら、ダークエルフの子どもが見つかった!」

「痩せてるねぇ、小さいねぇ」

「でも、子どもだよ?」

「ああっ! とってもやわらかそうだ!」

「何にしようか?」

「ボクはシチューがいい!」

「シチュー!?」

「あったかいシチュー!?」

「子どもの血は真っ赤にグツグツで?」

「ダークエルフの肉は真っ黒にほろほろ!」

「最高だね!」

「決まりだ!」

「今夜は皆んなで」

「おいしいシチューを楽しもう!」

 

 探し求めていた目当ての獲物。

 それも、普段はめったに手に入らないダークエルフの子どもを見つけ、彼らは興奮も露わにヨダレを垂らした。

 誰も彼も、目覚めたばかりで空腹で仕方がないのだ。

 

 ──北方大陸(グランシャリオ)に棲息する霜の石巨人。

 

 通常、北方の動物というのは冬眠につくことで厳しい冬の寒さを耐え凌ぐ。

 しかし、フロスト・トロールは逆だ。

 彼らは他の三季節をこそ眠って過ごす。

 

 黒白の死世界(グランシャリオ)は極寒で、あまりに生命の熱に欠けていた。

 

 ゆえに、彼らの祖先は長い年月をかけて自分たちを〝冬の生き物〟へと変えていき、むしろ冬でなければ活動しにくい、という次元にまで種を改造させるに至った。

 

 陽の翳る冬。

 者皆眠りについた静寂の世界。

 

 ねぐらを暴き、巣穴を掘り返せば、食べ物はいとも容易く手に入る。

 少なくとも、フロスト・トロールの優れた嗅覚があれば、たとえどれほどの積雪、地中深くであっても、容易に獲物を見つけ出せた。

 

 適者生存の理。

 

 そういう意味では、およそフロスト・トロールほどに北方大陸に適応した生き物はいない。

 彼らは地獄の冬を、まるで楽園を謳歌するかのごとく闊歩するのだから。

 

 そして──彼らは間違いなく、冬を愉しんでいる。

 

 巣穴の中ですやすやと眠る動物たち。

 自らを仮死状態にまで追い込み、今一度春をと夢見るもの。

 フロスト・トロールは彼らを強引に眠りから覚まし、不意を打って命を奪う。

 

 食物連鎖は自然の摂理だが、そこに愉楽の色が混ざればどうか?

 

 弱きもの、小さきもの。

 反撃もせず、逃げることもせず。

 ただ無防備に命を晒すその状態を、バカなヤツらだ、これで隠れてるつもりか? とせせら笑って愉しんで殺す。

 ときにはわざと猶予を与え、現実を理解させてから無慈悲に殺す。

 

 ゆえに、この〝大家族〟も同じだった。

 

 ノタルスカの森に潜みし霜の石巨人。

 彼らは北方大陸に生きるフロスト・トロールの中でも、自分たちの棲家がとりわけ住みやすい環境であることを知っていた。

 山と川と湖と森と。

 恵まれた自然環境は、必然、多くの生命を招き寄せる。

 ときには哀れな旅人や、愚かな遭難者が迷い込むことだって……

 彼らはそうした、多くの獲物を仕留めては『食事』を愉しんできた。『狩り』のゲームを愉しんできた。

 

「さぁ、どう()()しようか?」

「追いかけっこはどうだい? 父さん!」

「さっきのイヌは死んじゃったみたいだしね!」

「おいおい、おいおい!」

「バカな子たちだねぇ!」

「あれはイヌじゃなくてリスだぞ?」

「え〜? イヌだよ!」

「リスはもっと小さいよ!」

「いいや。あれはリスだ」

「イヌはもっとうるさいからねぇ」

「あれはすばしっこかったし、とても大きいリスだったのさ」

「なるほど!」

「さすがは父さん!」

「じゃあ今度は、リスよりすばしっこいといいね!」

 

 ──グルンッ!!

 フロスト・トロールの大家族は、そこで一気に獲物を見た。

 彼らにとって、獲物は甚振ってから殺すのが日常だ。

 ダークエルフの匂いを追跡し、ノタルスカの山に登って見つけた巨大リス。

 食べられることに変わりはないから、つい当初の目的も忘れて棍棒遊びに耽ってしまった。

 しかし、今はこうして巨大リスも仕留めて、ダークエルフも見つけている。

 一石二鳥。

 まさに神様からの贈り物だ。

 今年の冬は最高だな、と彼らはニコニコ獲物ににじり寄る。

 

 ……実を言うと、彼らは今年、珍しく早起きだった。

 

 本格的な冬が来る前に目を覚ましてしまい、皆んなが不機嫌だった。

 だけど、どうして起きてしまったのかを考えた時、森の中に漂う〝祝福〟の気配に皆んなで納得した。

 

 ──神様からの贈り物。

 

 今年は神様が、プレゼントを寄越してくれた!

 

 トロールの世界観に限らず、〈渾天儀世界〉ではごくたまに神々の息吹が地上を通り過ぎる。

 息吹は祝福や加護となり、神に見初められたモノは常人とは異なる独特な存在感を放つのだ。

 そして、祝福を得た何者かの『命』を取り込むことで、祝福は移動し、今度は取り込んだ側へ何かしらの奇跡を与えると云われている。

 つまり、ノタルスカの森のフロスト・トロールたちはこう考えた。

 

「坊や? キミを食べれば、ワレワレは神様から、どんなキセキをもらえるかなぁ?」

 

 純粋な食事としても、貴重な食材としても、逃す気など欠片もない。

 彼らはドスンドスンと足音を立てながら、獲物へ近づいていった。

 

「?」

「あれ?」

「どうしたのかな」

「おーい」

 

 末の兄弟たちが不思議そうに首を傾げる。

 だが、逃げ出さない。

 ダークエルフの子どもは呆然と巨大リスの死体を見つめ、フロスト・トロールの存在に気がついていないかのようだった。

 これまで食べてきたニンゲンやその子どもは、フロスト・トロールたちを見るといつだって大声をあげて逃げ出そうとしたと言うのに。

 

「もしかして、諦めちゃった?」

「えー!」

「つまらないつまらない!」

「おい、オマエ! 逃げろ!」

「逃げたところを捕まえるのが楽しいんだ!」

「オイったら!」

 

 苛立ちの篭った棍棒が、ドォーン! と雪を捲り上げる。

 すると、舞い上がった雪の中、ようやくダークエルフの子どもがフロスト・トロールたちを見た。

 唇を強く引き結ぶ怒りの視線。

 おや。

 

「いい顔をするなぁ?」

「そうだね、アンタ」

「これは楽しみがいがある」

「? どういうこと? 父さん!」

 

 困惑した様子の子どもたちに、まぁ待てと片手をあげて制す。

 フロスト・トロールたちの家長は口角を歪ませ、あたりの様子を伺った。

 よくよく見れば、周囲にはどう見ても〝生活〟の痕跡が散らばり、鼻腔の奥には火を焚いたときに匂う煙臭さ。

 

「なるほどなるほど。なるほどなるほど?」

 

 歳を取り老獪さを身につけたトロールには、狡猾なる悪意が宿る。

 家長は棍棒を振り上げ、ドゴォン! と巨木を殴りつけた。

 その衝撃で、今度はバラバラと巨木の壁が崩れ落ちる。

 中には案の定、焚き火の形跡とたくさんの食糧が隠れていた。

 

「オヤツだ!!」

 

 末っ子たちが目ざとく見つけて駆け込んでいく。

 肉、魚、木の実の甘漬け?

 なんにせよ、自分たちの手にかかればものの数時間で平らげられる。

 

「クッククク!」

 

 夫の意図を察した妻がいやらしく肩を震わせた。

 

「なんてことだ。まさかこれは、キミが一人で集めたのかい?」

 

 大量のお肉と大量のお菓子。

 ひとりで準備するのは大変だったろう。

 子どもがたったひとり、冬を越すために頑張ったことが想像できる。

 長い準備とたくさんの努力。

 これだけのものを用意するには、いったいどれだけの手間暇をかければいいのか。

 辛かっただろう。

 さぞかし苦労したことだろう。

 

 

「ぜぇぇんぶッ、台無しにしちゃおうねぇッ!」

 

 

 ゲラゲラゲラゲラ。

 フロスト・トロールの家長は腹を抱えて笑った。

 

(……さぁ、泣け。泣け泣け泣け。泣いて喚け!)

 

 この手の表情(カオ)をする獲物は、一度屈辱に身を捩らせてから、徹底的にいたぶるのが何より楽しいのだから!

 

 やがて、一家の頭目が大口を開けて笑うのに合わせ、妻と子、皆が愉快に声を揃えた。

 

 ──ダークエルフの子どもが、ダッ! と背を向ける。

 

 楽しい食事の、始まり始まり。

 

 

 

 





tips:霜の石巨人

 フロスト・トロール。
 人界・怪人道に分類される寒冷地適応へ特化したトロール。
 寿命は通常のトロールと同じでおよそ三百年前後。
 フロスト・トロールは肌の表面が霜のような体組織に覆われている。
 野蛮かつ酷薄で卑怯にして卑劣。
 自分たちより強いものには決して立ち向かわないが、弱いものにはどこまでも残酷に振る舞う。
 ノタルスカの森の大家族は、かつて森に先住していた熊の親子を殺めてその巣穴を奪った。
 彼らは自分より小さい動物はすべて獲物と見なす。

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