ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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第3部 鼓翼編
#221「ララヤレルン」


 

 

 凍てつく真冬に、大地は鉄のごとく。

 吹く風までも呻きをあげる極寒の地。

 水面は硬い石のごとく。

 降る雪は我先にと気を急くように地面に衝突し、そのさらに上から、また新たな雪が待てぬとばかりに覆い重なっていく。

 雪が、雪上の雪の、そのまた雪上に。

 木枯らし吼え猛る北限。

 

 ──渾天儀暦6028年12月5日 北方大陸(グランシャリオ) ララヤレルン。

 

 またの名を、旧ララヤレルン大公国。

 現在では単にララヤレルンと、あるいはララヤとも略して呼ばれる亡国の跡地。

 

 北方大陸(グランシャリオ)においては、いつ地図上から名を消されるか。

 

 かつてはそんな、吹けば飛ぶような一群小国家に過ぎず。

 実際、ほんの数年前には、哀れにも災害や飢饉の不運に見舞われて。

 君主も民も、生きていた日の熱は冷たく掻き消されて。

 寒々しくも無常に、歴史の狭間に埋もれていく。

 そんな運命(さだめ)を迎えた不憫な地。

 事情を知る数少ない者からは、物悲しさと共に大いに憐れみを送られていた。

 

 が、今は違う。

 

 朝。夜明け。

 曇天の薄明。

 東から昇る太陽の輝きが、分厚い雲を隔ててララヤレルンをうっすら照らしゆく。

 周囲を山脈に囲まれているため、その〝訪れ〟は舐めるように夜闇を(こそ)ぎ落としていき、その様は山の稜線から衣替えのように伝わっていく。

 

 ゆっくり、ゆっくり。

 

 やがて風が落ち着けば、ささやかな朝日のきらめきを受けて、あちこちから白銀の光が散乱する。

 眩しくて、同時にとても美しい貴重なダイアモンドアワー。

 西の森では早速、白貂鼠(カリュオネス)の群れが美味しい木の実を探し始め。

 東の尖った兜山では、雪岩雷鳥(スノウロック)が欠伸と一緒に翼を広げ。

 切り立つ断崖で眠りについていた岳羚羊(ガクカモシカ)は、ブルリと震えつつも優れたバランス感覚で転落の心配は無く。

 中央の湖に目を向ければ、斑点槍鱒(パイクトラウト)巨大野牛魚(バイソンピラルク)などを獲るため、働き者な漁師たちが気合を入れて船を出し始めている。

 

 生きるものが今日もまた、始まったばかりの厳しい冬を乗り越えるため、精魂たくましく活動を開始するのだ。

 

 それは、旧ララヤレルン大公国の遺した八つの都市部でも変わらない。

 

 ……いや、残念ながら八つは言い過ぎた。

 

 ララヤレルンは小国とはいえ、国であるからにはおおよそ、リンデン十個分の国土を持つ。

 正確にはリンデン十個分の()()と表現するべきだが。

 その内、すでに都市化され、開拓済みであるのは実にリンデン八個分の面積。

 

 約一年前まで、一万人規模の人口を擁したトライミッド連合王国が誇る辺境の大都市。

 

 それが、延べ八つもあると考えれば、まぁ、どれだけの広さがあるかは自ずと伝わるだろう。

 

 けれども、大公国は滅亡した。

 災害と飢饉によって、ララヤレルンに暮らしていた人々は哀れにも命を奪われてしまった。

 結果、この土地に残されているのはリンデン八つに相当するゴーストシティの群れ。

 

 家々は荒れ、廃墟は崩れ。

 人のいなくなった人界など、人界に非ず。

 

 現在でもひとつの都市部を除いては、どれも生者なき物悲しい都市のままだった。

 復興は驚異的な労働力の動員によって、どこも見事に進んでいるが。

 肝心の住むモノがいないのであれば、人口はどうにもならない。

 

 よって、七つの都市部で活動を開始するのは、今日もまた復興に勤しむ凍えるアンデット。

 

 主人の命に従って、それぞれ万単位の死霊が蠢いて。

 文字通りゴーストシティにふさわしい景観を作り上げ。

 

 対照的に、ララヤレルンで最も大きな中枢の都市──ララヤでは。

 未だ数少ない生きた居住者たちが、人間らしい気配と共に一日を開始する。

 

 都市の街並みは、エルノス人国家に特有の幾何学的な構造が目立つフラクタル建築。

 

 およそ十一ヶ月前。

 かつてのララヤレルン大公が居城に据えていた立派な城館を基点にし、この街は最初の復興開始地となった。

 他ならぬ北方大陸(グランシャリオ)の五大。

 トライミッド連合王国の後援を得て、ララヤレルンは新たな始まりの一歩を踏み出している。

 

 掲げられているのは、群青色の旗。

 はためいているのは、漆黒の両刃斧の紋章。

 

 北方大陸(グランシャリオ)の人界に、突如として現れた謎の人物。

 今やララヤレルンは、『群青卿』の所領であると示すため。

 

 大国が一個人を相手に、対等な同盟国以上の待遇で礼を尽くした結果。

 

 現在、ララヤには一千人ほどの人足が派遣され、そのすべてが群青卿の名の下で働いていると云う。

 多くはララヤレルンと、トライミッド連合王国とを繋ぐ()の敷設のため。

 ララヤレルンと連合王国の双方向から、工事に従事する職人たちだが。

 その他にも、群青卿の身辺を警護する護衛であったり。

 必要なインフラを順次、拡張・構築していくに足る人員が、各方面から集められている。

 

 ゆえ、連合王国の上流社会では必然、噂が広がった。

 

 群青卿とは何者なのか?

 

 これだけの厚遇。

 尋常ならざる礼の取り方。

 ただものでないのは誰の目にも明白で、少しでも機知に富む者なら、素性に探りを入れるのは当たり前の情報収集。

 社交界でも話の種は広がって、この十一ヶ月ほどで群青卿の噂は十歳の子どもにまで広がる始末となった。

 

 ──群青卿の正体は、さる国の王族である。

 ──いやいや、群青卿は市井の英雄である。

 ──なんでも青い眼をしているらしい。

 ──トロールよりもデカイ大男だとか。

 ──魔法に優れる女との話も聞いたぞ?

 ──彼のグラディウス翁にも比肩する女?

 ──故国を追放されたダークエルフだそうだ。

 ──魔物との混ざり者って話もある……

 ──すっごく強くて、すっごくおっかないんだって!

 

 何にせよ、どの噂も所詮は噂。

 百聞は一見にしかず。

 実際に群青卿本人に出会わなければ、()()()()()()()()など誰にも分からない。

 

 当代の王が腰を抜かしただとか、あの宰相さえもが頭が上がらないとか。

 

 そんな曰くがいくら広がっていこうとも、当の『群青卿』本人はララヤレルンで何処吹く風。

 今日も朝一番から、日課の薪割りなどをして剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)に汗を流している。

 

 ──カッ!

 ──バキリッ!

 ──カッ!

 ──バキリッ!

 

 ともすれば悍馬の蹄にも似た音を立てながら。

 ララヤの城館、大木の断裂が空に響いて。

 百回ほど、それが連続する。

 

 新たなるララヤレルンの、新たな日常。

 

 ──此処は、四方を雪深い山脈に囲まれ、中心に長大な湖を擁する北方大陸(グランシャリオ)でも有数の景勝地。

 

 天然の要害に守られ、外からの交通は未だ不便なれども。

 つましくも麗らかに、住む者には安全な暮らしを約束する陸の孤島にして楽園。

 

 少なくとも、霜の石巨人(フロスト・トロール)などの卑劣な怪人類や、愚かなるならず者の類いは綺麗に排斥され、アレらもまた近寄らない。

 

 水死者の手(ウォーター・ハンド)などの魔物、水棲馬(ケルピー)などの怪物はゼロではないが。

 群青卿やその仲間の武威、刻印騎士団ララヤレルン支部、頼りになる戦力には事欠かず。

 

 ある事実にさえ納得できるのであれば、移住を希望する人間は決して少なくないはずの新天地である。

 

 ……さて。

 

 そんなララヤレルンでは今朝、珍しくも薪割りの音が途中で止まった。

 この十一ヶ月、毎朝百回は必ず薪割りの音が連続していたというのに。

 今朝は五十と三回。

 まだまだ半分は回数(ノルマ)が残っているというあたりで、不意にピタリ。

 

 音の主が群青卿であると知っている者たちは、揃って「はて?」と首を傾げた。

 

 彼が日課の薪割りを中断するなんて、これは何かあったのだろうか?

 

 異変は予兆を伝える。

 

 そして、彼と近しい間柄の者たちが疑問の答えを得るのは、それから日がちょうど中天に差し掛かった頃合いだった。

 

 

 

────────────

tips:ララヤレルン

 

 旧大公国。

 現在は群青卿、メランズール・ラズワルド・アダマスの所領。

 八つの大都市圏と、その周辺の広域自然地帯を指して「ララヤレルン」ないし「ララヤ」と呼ばれる。

 東西南北を山脈に囲まれていて、とりわけ目立つのは北西の妖精山脈と北北東に位置する尖り兜山。

 西南には白貂鼠(カリュオネス)の森と、中央には凍えた尻尾のような形をしたアイステール湖がある。

 天然の要害に守られ、かつては栄えた小国だったが、今現在は1000人ほど(仮)の人口しかない。

 新たな領主の御旗は、群青色の布地に漆黒の両刃斧の紋章となっている。

 

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