ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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今日(2/6)は20:20にも更新してます



#222「群青卿の朝」

 

 

 壮麗大地(テラ・メエリタ)での冒険から約十一ヶ月が経った。

 それはつまり、俺がリンデンを発った日からおおよそ一年(渾天儀世界では十八ヶ月間)もの月日が流れたコトを意味する。

 

 この十一ヶ月、いろいろと変化の多い時間を過ごさせてもらったが、なんだかんだ言って北方大陸(グランシャリオ)の空気は気分が落ち着く。

 

 ララヤレルンで迎えた新生活も、慣れるのにそう苦労は無かった。

 

 トライミッド連合王国は、いっそ気の毒に思えるほどに気を遣ってくれている。

 相変わらず、群青卿っていう小っ恥ずかしい呼ばれ方にはムズムズして仕方がないけれど。

 

 大公国の君主。

 

 すなわち、ララヤレルン大公なんて呼ばれ方をされてしまえば、俺がまるで一国家の君主になってしまったみたいだし(メラネルガリアで貴族籍は返還している)。

 かつてララヤレルンで、本当に大公国民として生きていた人たちにも申し訳ない。

 

 だから、所詮はただの渾名に過ぎない群青卿って肩書き。

 

 カプリなんかは「メラン殿は実質、大公相当の地位を得たのですから、今後は正式に大公を名乗っても良いと思いますが」なんて言ってくるけれど。

 俺としては、それじゃメラネルガリアにも義理が通らないんで、間違っても大公とは呼んでくれるな、って主張を続けるつもりだ。

 

 群青卿、メランズール・ラズワルド・アダマス。

 

 人前に出るにはだいぶキザっぽくて居た堪れないが、それが今現在の俺。

 

 しかし、そんな俺の個人的なこだわりというか信条というか。

 

 〝ララヤレルンはもらったけど、べつに新しい大公になったワケじゃないし〟

 〝俺自身も、いまさら王侯貴族の立場に戻りたいワケじゃないんだけどな……〟

 

 なんて気持ちは、ぶっちゃけ今後の人間社会で()()でしかなかったらしく。

 仮にも小国規模の土地を所領しているのに、群青卿が平民では社会に混乱を招く。

 書面上でのやり取り、正式な式典などでの扱い、そのほか諸々の便宜的な部分の都合上、結局は貴族扱いをされる方向で落ち着いてしまった。

 

 フェリシアとゼノギアには、「もともと高貴な生まれなのに、何がそんなにモニョモニョする理由なのかサッパリ分かりません」とも言われたが。

 

 まぁ、俺もこのへんは自分の意識改革が必要なんだろう。

 

 地位も権力も、べつにあって困るものじゃない。

 俺の理想を叶えるには、どちらともあった方がいいのは分かっている。

 一度は捨てた高貴な生き方ってヤツとも、俺なりに再びきちんと向き合っていくしかない。

 

 ララヤレルンを見ていると、特にそう思う。

 

 最初、ここに来る前までは、俺はてっきりひとっこひとりいない荒れ果てた土地があるものだと想像していた。

 連合王国から貸し出された案内人や人足と一緒に、とりあえず最初は除雪作業や材木の運び出し、瓦礫の撤去から始めていくんだろうな、と。

 どのくらい時間がかかるか分からないけれど、人手が足りなければ死霊を動員すれば問題ない。

 そんなふうな会話もしながら、仲間たちと一緒に足を運んだワケだ。

 

 その想定はもちろん間違いじゃなかった。

 

 けど、最初の最初でちょっとしたトラブル。

 連合王国が把握していない(疑惑)間に、ララヤレルンには少数の移民と怪人どもが入り込んでいて。

 剣歯虎的な特徴を持ったサーベリアンのならず者や、死体漁りをしていた雪狒々(イエルティ)なんかを、手っ取り早く死霊術で追い払う必要があって。

 湖には懐かしの水掻き鬼(アドゥー)が集落を作り上げていて、ゼノギアとフェリシアがそれを一匹残らず根絶したりするイベントも挟んだ。

 

 ──おいおい連合王国のヤロウ、俺たちだから良かったものの、普通だったらかなり時間を取られたぞ?

 

 てな騒動(いざこざ)もあったんで、なんだか幸先悪いなぁ、なんてネガティブな印象から入っちまったんだな。

 

 だけど、その後にララヤレルンに残ったものは、どれも普通に〝()いもの〟ばかりだった。

 

 山と森、湖。

 

 ララヤレルンはリンデンに比べたら北東に位置するけれど、メラネルガリアよりかは遥かに南方で。

 北方大陸(グランシャリオ)全体を俯瞰して見れば、やはり南部に位置する。

 そのため、ここには豊かなロケーションと、それに相応しい恵まれた生命の脈動があった。

 

 凍土に適応した大妖が棲まうと云う北西の、アールヴァル妖精山脈。

 切り立つ崖と峻険な岩肌が目立つも、物珍しい形をした北北東の尖り兜山。

 西南には森の獣神がいるらしく、なんとあの高級食材、白貂鼠(カリュオネス)の名を冠する森があり。

 中央には何と言っても長大な湖。アールヴァルからララヤレルンを両断するように南東の方角へ伸びる、凍りついた尻尾みたいな形をしたアイステール湖がある。

 

 どれも非常に美しい自然だ。

 

 同じ景勝地でも、リンデンの姉妹都市であるエイルより上だと思った。

 それくらい、ララヤレルンの絶景は素晴らしい。

 小さいときに極寒サバイバルをしていたから、俺が特に自然好きだって色眼鏡もあるんだろうけど。

 

 ララヤレルンの国土は、都市部だけでなく周辺の広域自然地帯を含む。

 

 暇があれば、時折りキャンプやブッシュクラフトを楽しんでもいいと思った。

 壮大な自然を目の当たりにすると、心のどこかでワクワクしてしまう。

 なんで、ちょっとだけ浮き足だった俺に、フェリシアが微笑ましそうな顔をしていたのが少しだけ照れ臭かったが。

 

 キャンプやブッシュクラフト云々はともかく。

 

 ララヤレルンが資源に恵まれているのは、実際、素直に喜ばしい事実だ。

 今はまだ本当の住人が少ないけれど、これから次第に移住者が増えていく未来を想像すれば。

 ララヤレルンはなるべく、誰しもに住みやすい場所であった方がいい。

 

 もちろん、北方大陸(グランシャリオ)なので生活の糧には限りがあるだろうが、ララヤレルンは本当に恵まれている。

 

 特に森の獣神は、怒らせさえしなければ普段は自動的に森林保護活動をしてくれる有り難い存在だ。

 白貂鼠(カリュオネス)の異常な多さからして、恐らく正体は白貂鼠(カリュオネス)なのだろうが。

 森の神がいてくれるコトで、人間側はある程度、気楽に森の恵を享受できる。春か夏になったら、薔薇男爵を招待してもいいだろうし。

 数は少なそうだが、オオツノシカもいるそうだ。

 

 アールヴァル妖精山脈や尖り兜山ふくめて、狩人にはまさに絶好の環境だろう。

 

 俺たちがララヤレルンに来た後でも、逃げずに残り続けた唯一の種族に、まつろわぬ民である雪豹人(エンシア)の少数部族がいるんだが。

 素朴な狩猟民族である彼らは、祖霊を祀りながら獣神信仰と共に生きている。

 

 もともとは別の場所で暮らしていたらしいが、そこでは白竜(ホワイト・ドレイク)の暴食によって獲物が減少し、生活がままならなくなってしまったそうで。

 

 ララヤレルンには純粋に生きるため、移り住んで来たらしい。

 

 が、雪豹人(エンシア)たちはサーベリアンや雪狒々(イエルティ)との生存競争で、劣勢に追い込まれていたようだ。

 理由は数の差と、単純な種族能力。

 雪豹人(エンシア)は言ってしまえば、ユキヒョウの特徴を持った獣人で。

 女はニンゲンにケモ耳とケモ尻尾がある見た目、男は肩から上がまるまるユキヒョウという外見をしている。

 

 雪豹人(エンシア)たちもニンゲンに比べれば、身体能力はかなり優れているようだ。

 

 だが、サーベリアンも雪狒々(イエルティ)も、古代セプテントリア王国では歴戦の古強者に数えられた種族。

 戦闘に長けた能力の持ち主たちで、女子供もいた雪豹人(エンシア)たちは敗色濃厚だった。

 

 そこに、先ほども軽く触れたが俺たちがやって来て。

 

 サーベリアンと雪狒々(イエルティ)は白嶺の魔女の死霊群に恐れをなして立ち去り、一方で、雪豹人(エンシア)たちは残った。

 普通、雪豹人(エンシア)たちも逃げ出すのが妥当な反応だと思ったが。

 

 部族の代表だという巫女頭が、どうも霊視能力を持っているようで。

 

 俺が七つの冬至(セプタ・ユトラ)の獣神とほとんど同一存在だと見抜かれ、以来、よく分からんが崇拝に近い敬意で忠誠を誓われてしまった。

 正確にはベアトリクスの死霊術で従えているだけなので、純粋な獣神信仰からしたら邪教も邪教だと思うのだが。

 

 そのへんは雪豹人(エンシア)たちにとって、特に問題ではないらしい。

 

 秘紋曰く、俺がベアトリクスの隠し名──呪文のオリジンを獲得したため、死霊術にも変化・昇華が起きているとのこと。

 これまでより術の精度や効果が上昇していて、そのおかげで獣神たちの霊威も向上している。

 

 霊視能力ってのが具体的にどんな代物なのかは分からないけれど、雪豹人(エンシア)の巫女頭にはそのあたりの神格みたいなものが視えているのかもしれなかった。

 

 たしかに、あれから俺は魔女化をしなくともベアトリクスの呪文を使えるようになっているし。

 ユトラの七神を、小型化召喚するなどの細かい応用も出来るようになった。

 

 依然〝死の定義〟は出来ていないんだが、死霊術全般がかなりパワーアップしたのだけは間違いない。

 

 いずれにしても、雪豹人(エンシア)たちの部族名が『ノタルスカ』だと聞いた時点で、俺に彼らを拒む理由は欠片も無かったけどな。

 

 先祖はノタルスカの出身で、雪豹人(エンシア)たちは美獣ノタルスカヤマネコを何匹か飼っていた。

 人に飼われているからか、記憶にある姿よりいくらか小柄化している様子ではあったが。

 それでも充分にヌコ太を思い出した俺は、大いにノスタルジーに駆られて彼らの居住を受け入れたワケである。

 べつに悪いヤツらでもなさそうだったし。

 

 とまぁ、そんなこんなで。

 

 ララヤレルンで正式に暮らしているのは、俺と仲間たちと、今はまだ雪豹人(エンシア)だけである。

 

 連合王国から派遣された人足や、各種インフラ関係でいろいろ人材もザッと1000人くらいいるのだが。

 彼らは正式にララヤレルンの住民になったワケじゃなく、大半は各々の仕事が落ち着けば国に帰っていく者たち。

 

 最終的に残るのは、国交やら外交やらに必要な最小限のメンツだけになって、たぶん100人くらいになるんじゃないだろうか?

 

 明らかにキャパが余りまくっている。

 

 しかも、ぶっちゃけ要人警護とか治安維持とかの題目で送られた騎士とか兵士とかも、死霊術があれば……

 

 ま、まぁ! 何も人口だけがすべてじゃない!

 

 人が少ないってことは、今はまだそれだけ金もかからないってことだ。

 俺がララヤレルンに住まわせたいのも、世界的にはかなりマイノリティーな連中だと思うし。

 こういうのは焦ってどうにかなるもんじゃない。焦る必要もない。

 

 むしろ、ララヤレルンの住民が少ないことは、大局的に見れば善いことですらある。

 

 のけもの邪魔者いらない子。

 俺らみたいな爪弾きモノが、ハナから生まれない世界。

 理想で物を言えば、そっちの方が確実に素晴らしい世界である。

 

 理想と現実は違うので、そう遠からずして俺は〝類友〟を見つけるだろうが。

 

 そのときは頑張って、ララヤレルンに歓迎しよう。

 

 

 ──カッ!

 ──バキリッ!

 ──カッ!

 ──バキリッ!

 

 

 朝の時間は、いつも沈思黙考してしまう。 

 

「……フッ!」

 

 薪割り用の木柄斧を振るって、大木を薪に割断。

 我ながら、早朝にかなりご近所迷惑かもしれないとは思いつつ。

 今のところ特に誰にも苦言を呈されないので、すっかり日課になってしまった。

 

 ララヤレルンの首都ララヤ。

 

 領主の城館『ララヤ・シュロス』は、中庭にそこそこの広さがある。

 俺がこうして自由に斧を振るっても、家屋や建屋を打ち壊す心配がない。

 その程度には動きやすい場所だ。

 

 でも、そろそろ邪魔が入る時間かな?

 

 斧を振り下ろしながら、ピクリと耳を動かし足音を察知。

 バタバタと慌てた感じで城館から走ってくるのは、ひとりの青年だ。

 

 振り返らずとも分かる。

 

 ブラウンに近い金髪を真ん中分けにした黄土色の軽装騎士。

 左目に頬にまでかかる長い傷跡があるのに、童顔のせいでイマイチ迫力に欠けるで有名な二十一歳好青年。

 トライミッド連合王国から俺へ、要人警護役として送られたニンゲンくん。

 

「──様! メラン様! こ、困ります! またこのように勝手におひとりで……!」

「おはよう、クリス。今朝は昨日より十秒早かったな」

「メラン様!」

 

 クリスは実に困った顔付きで、抗議の声を上げる。

 黄土色の騎士、クリス・クレイコート。

 こいつには正直、悪いとは思うのだが。

 

「いつも言ってるけど、宮殿とかどっかの屋敷とかならともかく、ララヤでまでベッタリくっつき回る必要は無いんだぞ」

「そ、そうは申されましても……」

「人前に出るときは、それなりに格好つけなきゃダメってんで、護衛の話も受け入れたけどさ」

 

 クリスくん、俺より普通に弱いのである。

 先祖にドワーフの血を引いていて、普通のニンゲンより筋密度や骨密度が異常らしく。

 まだ若いのに、騎士系の超人戦技を何個も使えるとも聞いているが。

 

 俺の方が強い。

 

 というか、俺より強い人間なんて、たぶん憤怒の英雄級にでもならなきゃいない。

 ので、

 

「うぐっ! で、ですが、私にもこなすべきお役目がございますので……!」

「真面目だなー、すごく真面目だー」

 

 護衛の立場からしても、自分より強い相手の護衛とか、モチベーションを保つのに凄く苦労しそうなものだが。

 クリスくんは真面目な性格らしく、ララヤレルンでもしっかり自分の役目をこなそうとしていた。

 

「けど、その割に朝は弱いままだー」

「なっ、ち、違います! 私のロウソク目覚ましだけ、なぜかいつも調子が悪くて……!」

「うんうん」

 

 そりゃ毎回、俺が死霊を使ってクリスのロウソク目覚まし時計を事前に止めているからな。

 クリスが起きれないのは仕方がない。

 朝に弱いのは事実みたいだけど、そんなヤツにララヤでまで無理して早起きしてもらうのも忍びないのだ。

 

 ロウソク製の目覚まし時計は、安価だけど精度が残念ってのもある。

 

 クリスもクリスで、何回か買い替えたりしているようだけど。

 自力で早起きできるようになるまでは、今しばらく、朝はゆったりした時間を過ごして欲しいものだった。

 

 五十一、五十二。

 

 話しながらも薪割りを続けていると、「って、そうじゃなくて!」クリスがおもむろに話題を転換した。

 

「メラン様、これを!」

「ん?」

 

 五十三。

 いったんそこで、クリスから差し出された物を見る。

 俺が毎朝百回の斧振りをしているのはクリスも承知しているので、それを途中で止めるのは何か理由があってのコトだ。

 

 クリスは手紙を握っていた。

 

「本国──いえ、連合王国から報せです」

「封蝋の印は」

「もちろん〝エルノスの結束:聖なる三叉槍〟です」

 

 トーリー・ロア・トライミッドからの直筆。

 手紙を受け取り、パキッと封蝋を割って中身を検める。

 すると、

 

「…………ようやくか」

 

 中にはエルノス語の流麗な筆記体。

 内容はこの十一ヶ月間、俺が首を長くして待ち侘びた連絡が、もったいつけた挨拶と共に記されていた。

 

 

 

────────────

tips:雪豹人

 

 エンシア。

 人界・亜人道に分類されるユキヒョウの特徴を持った獣人。

 古くはノタルスカにルーツを持った。

 男性女性ともに白い体毛に黒い斑模様がある。

 女性はケモ耳とケモ尻尾(太くて長い)を持ち、男性は肩から上がまるまるユキヒョウの頭部となっている。

 祖霊を祀り獣神を信仰し、狩猟を生活基盤に据えた部族系種族。

 優れた狩人は飼い慣らしたノタルスカヤマネコを、家族に等しいパートナーとする風習がある。

 ララヤレルンに移り住んだ部族の長、巫女頭の名はニコ・ノタルスカ。

 兄の名はニックと云う。

 

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