ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#223「執事と近衛」

 

 

 待ち侘びた連絡がついに来た。

 俺は手紙の内容をもう一度確認して、自分の認識に問題ないことを確認した後。

 

「“(イグニス)”」

「あ」

 

 手紙を燃やし、さっそく準備に取り掛かった。

 トーリー王からのメッセージでは、()()までの猶予は今日を含めて二日ある。

 

 つまり、明後日までに。

 

 俺は今日と明日の内にアレコレと、やらなきゃならないコトをやんなきゃならない。

 

 薪割りに費やしていい時間は無かった。

 

 材木の管理人に木柄斧と薪の後片付けを任せ、クリスを連れ立って城館のなかに戻る。

 途端、男性使用人の筆頭である執事、ギルベルト・フォーミュラー(男っぷりがやたらめったらいいロン毛イケメン)が現れ、

 

「旦那様、お召し物を?」

「ああ、頼む」

「こちらへ」

 

 言葉短く、スピーディーに俺を着替えさせ始めた。

 この男もクリスと同じで連合王国から派遣された人間である。

 しかし、年齢はクリスよりも二つか三つ下で、それなのによっぽど大人びていた。

 普段から感情をうかがわせないとかくクールでアイロニカルな顔つきで、恐らく悪気は無いのだろうけど何となく不機嫌なオーラを感じる冷笑フェイスな青年である。

 

 種族はたしか、ニンフの血を引くニンゲンだったか。

 

 ニンフはエルフとサキュバスが交わった末に生まれた種族とされている。

 もしかすると、祖先の血のせいで男の色香に溢れすぎて、小さい時から要らぬ苦労でもしてきたのだろうか。

 しかめっ面は敢えて意図した仮面かもしれなかった。

 

 しかし、十代後半で執事の位にまで上り詰めている点からも分かるように、ギルベルトの能力は極めて高い。

 

 ララヤ・シュロスの家政機関は、ギルベルトの取り仕切りによって差配・円滑化されている。

 ダークエルフの俺にも初対面から物怖じせず──こう言っては悪いが──クリスと違って全身から非常にデキル男オーラが漂っている男だった。

 なんとなく、くん付けもしにくい。

 

「朝食はいかがいたしますか?」

 

 メラネルガリア時代に着ていた貴族服とも、何ら遜色ない衣装を着せて来ながらギルベルトが訊ねてくる。

 普段なら百回までやる薪割りを今朝は中断した。

 察しのいいこの男は、俺が朝食をキャンセルするかもしれないと素早く予測を立てたのだろう。

 

 やれやれ。

 

 昔は貴族ならぬ蛮族とまで評されていた俺が、今ではすっかりお屋敷のご主人様だ。

 

 が、

 

「朝食は要る。けど、急で申し訳ないんだけど、今朝の分とは別に、何か移動しながら食べられるものを用意して欲しい。明後日の朝に」

「──明後日。移動ですか。では馬車を?」

 

 ギルベルトの眉がピクリと動く。

 その視線は自分もついて行く必要があるかを気にしている。

 俺は首を振った。

 

「いや、その必要は無い」

「おひとりで?」

「ああ。当日、たぶん何人か一緒になるだろうけど、用意するのは俺の分だけでいいかな」

「必要なのは一食分でしょうか?」

「余裕があれば三食分」

「承知しました。手配しておきます」

「悪いな。それと、これも頼みたい。今日の昼にいつもの顔をシュロスに。揃えておいてくれるか?」

「皆様とご昼食で?」

「先に話を済ませてからにするけど。重大連絡だって伝えてくれ。二人にも参加してもらう」

「っ、わたくしどもも? ──いえ、承りました」

「ぼ、僕もですか。分かりました」

 

 ギルベルトとクリスが、驚きながらも頷く。

 良し。これで主要なメンツに話を通す準備はできた。

 あとは昼までに、優先して話を通しておくべき他の顔ぶれへ、直接声をかける必要があるな。

 

 仲間の面々は、正直、俺が直接会いに行かなくても、素直にシュロスまで足を運んでくれるだろうが。

 

(あの三人は、ちょっとクセがある)

 

 現状のララヤレルンで、俺が仲間の他に重要人物だと認識している三人。

 内二人というか二組はすんなり応じてくれるだろうが、一人だけめちゃくちゃ面倒くさい予感がしている。

 運が良ければ楽な方向に話が転がってくれるだろうが、最悪の場合は諦める必要もあるだろう。

 だからどうか、この予感が外れてくれればいいのだけれども。

 

 現実はなるようにしかならない。

 

 覚悟を決めて、息を吐いた。

 

「それで? 今朝の朝食は?」

白貂鼠(カリュオネス)のソテーに駄鳥(ドルモア)のタマゴポテトサラダでございます」

「美味そうだ」

 

 着替えが終わり、身だしなみを整えてララヤ・シュロスの廊下を歩く。

 働いている使用人はほとんど連合王国人だが、何人かのメイドは雪豹人(エンシア)の少女たちだ。

 若い世代には狩猟民族としての生き方だけでなく、他の道も模索させたいという巫女頭の意向である。

 

 それはべつに構わないのだが、彼女たちからは屋敷のご主人様というより、現人神に奉仕するみたいな態度を取られるので地味に困っている……今もすれ違いざま、床に膝を着いて拝礼されてしまっているし。

 

 何度言っても直らないので、ギルベルトもついには何も言わなくなってしまった。

 

「……」

 

 眉間にシワは寄っているから、内心ではまだまだ不満たっぷりな様子であるが。

 

 どうあれ、最初の一人はこの子たちの頭目にしておこう。

 

 ニコ・ノタルスカとニック・ノタルスカ兄妹。

 自然のなかで生きる狩人たちは、ジプシーのように日々キャンプしながら暮らしている。

 居場所の推測はおおよそのアタリはつくけども、見つけるのに一番時間がかかりそうだからな。

 

 先に死霊でも放っておくか。

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 主人の朝食が終わり、給仕の仕事が片付いた後。

 ギルベルトはメランが異界の門扉を開けて何処かへと出発していくのを、深くお辞儀をして見送った。

 すると、

 

「ああっ! また置いてかれた!」

「……」

 

 黄土色の騎士、クリス・クレイコート。

 ギルベルトと同じく、連合王国から群青卿に仕えるよう命じられた青年が、捨て犬のように哀れな声をあげた。

 

 クリスの仕事は群青卿の近衛である。

 

 しかし、当の群青卿は今しがたの一幕を見れば分かるように、尋常の御方ではない。

 職業戦士でもなければ超常に携わる専門家でもないギルベルトには、もちろん分からない部分も多いが。

 

 メランズール・ラズワルド・アダマス。

 

 黒金剛石の肌に、暗く冷たい青の瞳。

 ララヤレルンの新たな統治者にして、彼の憤怒の英雄とも同格とされるダークエルフが、常識の外にいる傑物なのは知っていた。

 人間でありながら魔物の能力を行使できる──異界の門扉による移動も、ララヤレルンに来てからはすっかり見慣れたものである。

 

 普通なら馬の用意や御者の手配などが必要になるだろうが、メランの場合は公的な用事を除くと、とても頻度が低いので仕事が減って楽でいい。

 

 反面、シュロス内で門扉を開かれると、せっかく温めておいた室内の空気が一気に下がってしまうので、辛い面もある。

 いずれ折を見て、なるべく控えていただけないかとお願い申し上げねばならない。

 

 それはともかく。

 

「クレイコート卿」

「うぅ……なんですか、フォーミュラーくん」

「もっとシャキッとしてください。そんな様子では、いつまで経っても旦那様からの扱いが変わらないままです」

「グッ」

 

 ギルベルトの苦言に、クリスが反論の余地を抱けず呻く。

 歳上であり、身分も騎士であるクリスの方が上だ。

 本来ならギルベルトも、目上の人間にこんなコトは言いたくない。

 

 生来の顔と声質のせいで、これまでギルベルトはうんざりするほど人間関係の不和を味わってきた。

 ギルベルトにはそんな気がなくても、少しでも角の立つ言葉を吐いてしまうと、それが最大限悪い方に受け取られ、転がるように険悪な関係が出来上がってしまうのだ。

 

 特に男同士だと、余計に拍車がかかる。

 

 同性ウケしない人間、それが自分なのだとギルベルトも理解していた。

 

 だが、群青卿に仕えている今現在、自分たちの目的を叶えるためにも、締めるところは締めていかなければならない。

 

「いいですか、クレイコート卿。俺も貴方も、ここでの仕事を失いたくない。そのはずですね?」

「うん」

「だったら、もっとシャキッとしてください」

「分かってるよ……だけど、フォーミュラーくんは執事だから良いけど、僕は騎士なんだ」

「それが?」

「僕はメラン様に必要とされてない」

「そんなコトは……」

 

 反射的に否定しようとして、ギルベルトは言葉を飲み込んだ。

 常日頃から、メランがクリスを置き去りにして動いているのは周知の事実だからだ。

 メラン当人が護衛を必要としていないのも理解できる。

 

 何せ、身近で目の当たりにして分かるあの()()()()()

 

 ギルベルトは先祖の血のせいで、うっすらとだが魅了(チャーム)効果のあるフェロモンが出ている。

 その血は本当に薄く、特殊な能力と呼べるほどの異能ではないし、自分でも制御できない無意識下で漏れ出る『色香』だ。

 

 これのせいで、ギルベルトは幼いときから厄介な人生を歩んできた。

 

 平民出なりに少しでも上を目指そうと、物心ついた時には靴磨きをして真面目に働いて来た。

 成長して町の代官の屋敷で下級使用人になって、誠意を込めて主人にも尽くして来た。

 けれど、同僚のハウスメイドや、ひどい時には御令嬢を誘惑したとか責められ。

 

 ギルベルトは〝ニンフの男娼〟と呼ばれて、何処へ行っても職を失った。

 

 ララヤレルンにやって来たのは、最後の職場で辛うじてギルベルトを気の毒に思ってくれた上司が、紹介状を書いてくれたからだ。

 だがその時は、もうオマエに連合王国内での働き口はない。

 要するに、体のいい追放のようなものだと受け取っていた。

 

 どうせ国外(ララヤレルン)に向かったところで、待っているのは同じ末路だ。

 群青卿? というのがどんな人物なのかは知らなかったが、小洒落た呼び名からして大方貴族の道楽か何かだろう。

 

 期待はせずに、半ばダメ元で募集に応募したのである。

 ララヤレルンに向かう道中では、わざわざこんな不便でストレスフルな旅をしてまで、自分は何をやっているんだと呆れ返りもした。

 

 ……けれど。

 

(最初に目にした、あの死霊術(ネクロマンス)ですべての話が一変した)

 

 群青卿は英雄だった。

 恐ろしい力を持った英雄。

 無数のアンデッドを従える姿に、尻込みしなかったと言えば当然嘘になる。

 

 それでも逃げなかった。

 

 逃げたところで行く場所など無かったからだ。

 ギルベルトは城館で初めてメランと対面したとき、圧倒的なまでの覇気(オーラ)に立っているのが厳しくなるほど気圧されてしまった。

 それは他の人間も同様で、単にカラダが大きいとか異種族とかの違いだけではなく。

 

 純粋に、〝存在感〟が常人と違ったのだ。

 

 ギルベルトたちが仮に羊の群れだとしたら、そこに一頭、ドラゴンが混ざり込んでいるような緊張感。

 その結果、端的に何が起こったかと言えば。

 

(旦那様の側では、誰もが旦那様に注意を引かれて俺など気にしない)

 

 ギルベルトは生まれて初めて、潤滑な人間関係を職場で構築できたのである。

 

 ララヤレルン最高!

 

 しかも、仕えるべき主人の人柄も、特にこれと言って問題があるワケでもない。

 むしろ、ギルベルトの能力を純粋に評価して、「俺が知ってる執事のなかで一番優秀だったヤツと近い動きをしてる」という御言葉で、二〜三日そこらで執事に抜擢されてしまった。

 

 ララヤレルン最高!

 

 それからというもの、ギルベルトの目的は如何にメランに気に入られ、どうやったらこのままララヤレルンで仕事ができるか?

 

 その一点に終始している。

 そして今のところ、ギルベルトは着実にポイントを稼げているはずだった。

 他の使用人(ライバル)にも、引けは取っていない自信がある。

 給金も連合王国に比べて割高だ。

 

 きっとギルベルトだけでなく他の何人かも、ララヤレルンへの正式移住権を狙っているだろう。

 

 そう目を光らせていたら、すぐそこに同類がいた。

 十一ヶ月も同じ職場で過ごしているから、だいたい事情も把握している。

 

 黄土色の騎士、クリス・クレイコート。

 

 孤児院育ちの元戦場漁り。

 ドワーフの血を引いているため、目の前の若者はニンゲンの見た目をしているが異常なパワーを持っている。

 赤ん坊の頃から大人以上の膂力を持っていたとかで、実の両親からは気味悪がられて捨てられ。

 孤児院に預けられるも、早々に放逐されて戦場で追い剥ぎになる。

 

 その後は幸運にも何処かの貴人に拾い上げられ、本人の意向もあって騎士に叙勲されたらしいが……

 

「クレイコート卿ほどの武功者でも、旦那様には及ばないのですか」

「まったく。足元にも」

 

 メキメキと成長し、超人戦技なる才能にも恵まれたクリスは、戦場漁りだった過去を問題視され仕えていた主から追放されてしまったと聞く。

 人柄に悪いところは見受けられないので、恐らくはクリスの栄達を妬んだ何者かによる(はかりごと)だろう。

 戦場漁りだった過去にしても、同情的な事情を知れば致し方なかったと情状酌量の余地は大いにあるはず。

 

 だというのに、それを差し置いてまで排斥したくなるほど、クリスの能力は高かったようだ。

 

 結構である。

 ギルベルトは職業戦士ではないのでイマイチ掴み切れていないものの、きっと優れた騎士なのだろうとクリスを認識していた。

 

 とはいえ、当人の戦闘能力が確かなものであっても、それだけだとララヤレルンでは不足である。

 近衛としての仕事には、それ以外にも必要なものがあった。

 

「とりあえず、また左遷されたくないのなら頑張ってください。朝も寝坊するのではなく」

「……寝坊じゃない。寝坊じゃないんだ。どうしてか、僕のロウソク目覚ましだけ調子がおかしくなるんだよ……」

「言い訳は結構。朝が無理なら、せめて日中をどうにかしてください」

 

 言外に、もっと気を張ってメランの側に控えているべきだと伝える。

 たとえ必要とされていなくても、何かの節に役立つ場面があるかもしれない。

 ギルベルトでは供を許されない場所でも、クリスなら許される場合の方が多いのだし。

 

「貴方のせいで連合王国人は信用に欠けるなどと思われたら、一生恨みますよ」

「でも、どうやったら? メラン様は僕より圧倒的に身体能力が上だし、移動力だってさっき見た通りなんだ」

 

 メランが気を遣ってクリスを側に置いてくれないと、物理的に追いつけない。

 クリスは「こんなの生まれて初めてなんだよ」と嘆く。

 先ほどの例で考えれば、クリスは狼だ。

 羊よりは強くても、ドラゴンに敵わないのは変わらない。

 

「……いっそ諦めて、メラン様が言う通り公的な場所でだけ護衛をすればいいのかな」

「ダメです。俺の予想が正しければ、旦那様はクレイコート卿を気に入っているはずです」

「ええ? 逆じゃない?」

「いいえ。その証拠に、クレイコート卿以外の護衛は拒否したじゃありませんか」

「うーん。そうだけど……」

「とにかく、めげずに真面目にお願いします」

 

 お互い、ララヤレルンでは望外の主君を得たと感じているのだから。

 ギルベルトの励ましに、クリスは「分かった。頑張るよ」とトホホホ頷いた。

 

 

 

────────────

tips:ララヤ・シュロス

 

 ララヤレルンの首都ララヤに聳え立つ領主の城館。

 元は城砦だったのを改築して、居住性を高めた屋敷造りになっている。

 群青卿の邸宅であり、内務などが執り行われる場所。

 が、政治的な仕事はもっぱら羊頭人(シーピリアン)の祐筆が担当しているらしい。

 家政機関には歳若くも優秀な執事がいて、雪豹人(エンシア)のメイドを含めた使用人が上級下級含めて二十人ほど働いている。

 一方で、ノウブル・ガードには一名の騎士だけが任命されているようだ。

 

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