ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#224「獣神信仰の雪豹人」

 

 

 ララヤレルンで暮らす雪豹人(エンシア)たちは、主に西南の森かアールヴァル妖精山脈の麓を好んで点々としている。

 

 十二月を迎え、本格的な冬が始まる今日この頃。

 

 外での野宿など決して楽ではないはずだが、昔ながらの部族の生き方。

 自然と共に寄り添う原始的な日々を、雪豹人(エンシア)は尊んでいるんだろう。

 

 何体かの死霊を送って居場所を探ると、今日はアールヴァルの方でキャンプしていたコトが分かった。

 やはりノタルスカ出身なだけあって、雪山での歩き方を彼らは心得ている。

 しんしんと音の消えゆく銀世界で、俺が異界の門扉を開けて少し歩くと、幾人かの出迎えが現れた。

 

「これは北神様。ようこそおいでくださいました」

「巫女頭はいるか?」

「もちろんでございます。どうぞこちらへ」

 

 新雪の上だというのに、足音ひとつ立てない。

 ノタルスカヤマネコともども、しなやかな身のこなしで進んでいく。

 キャンプ地へ入ると、すでにニコ・ノタルスカとニック・ノタルスカが膝を着いて俺を待っていた。

 例の霊視能力で、こちらの訪問を察知していたに違いない。

 毎度驚かされるが、いつものコトだった。

 

「おはよう、二人とも」

「おはようございます。いと貴き御方」

「北神様。今朝はどういったご用件でしょうか?」

「──その前に、俺の小間使いを返してくれるか?」

 

 嘆息混じりに告げると、アイスブルーの目が四つ、揃ってわずかに弓なりになる。

 ニコが袖で口元を隠して、「ふふっ」と笑った。

 

「これは失礼いたしました。てっきり、野良のあやかしかと思いまして」

「よく言う。いいかげん見飽きた頃じゃないのか?」

「とんでもございません」

「御身の下僕は、いかなる冬の寒気とも異なる底冷えをもたらしますれば」

「寝覚めに見かけるアンデッドなど、ついつい()()で縛ってしまいます」

 

 兄妹で代わる代わるに喋って、「しかしてお許しを」と頭を下げられる。

 

 ニコ・ノタルスカは巫術──要するに魔術の使い手だ。

 

 獣神を信仰するノタルスカ部族の巫女は、土に──いや、自然に還らないアンデッドなどを宗教的に嫌っていて、昔から死霊系の魔物に対して特攻的な術式を育んで来たらしい。

 おかげで、俺が不用意に死霊を近づけると、いつも必ず巫術による拘束をかけてくる。

 

 霊体状態で不可視化させていても、霊視能力でバッチリ捕捉して。

 

(家猫なんかがよく、虚空を見つめてボーっとしているのは、実はお化けが見えてるからだ……なんて話を聞いたけど)

 

 ニコには本当にそんな能力があるワケだ。

 とはいえ、このあたりの死霊が誰の下僕なのか。

 ニコもそのあたりは承知している。

 

 だから、これは恐らくささやかなる抗議活動だろう。

 

 壮麗大地(テラ・メエリタ)以来、俺も我ながらすっかり開き直った自覚があるが、死霊術って普通に忌避されるものだしな。

 ま、ララヤレルンで暮らすなら慣れてくれって話で、自重するつもりはとっくに無いんだけども。

 

 拘束されていた死霊が、「グエーひどい目に遭ったンゴ」的な感じで戻ってくる。

 

 小間使いと表現した通り、霊格は低い。

 それでも、その気になれば俺はいつでも力づくで取り返せたワケだが、わざわざそんなふうにして力の差を見せつける必要は一切無かった。

 

 霊視能力があるニコには初対面の時に連続気絶されている。

 

 今も表面上は余裕のある様子を取り繕っているが、兄のニックと一緒に尻尾がガチガチだ。

 

 怯えさせているようで、逆にこっちが申し訳ない。

 

 できればニックとは、今度一緒に狩りの腕を競ってみたりしたいのだが。

 弓と斧、どちらが上か。

 誘ったらパワハラみたいになるので、グッと堪えるしかないのが辛いぜ。

 

 何にしても、部族の代表としてこうして平静を維持している点。

 仮にもベアトリクスの死霊に、拘束をかけられる力量。

 双方を称賛して、俺もここでは穏便な姿勢を心がけないとな。

 

 せっかくの正式居住者一号が、俺への恐怖心で夜逃げしたとかなったら悲しすぎる。

 

「んじゃ、単刀直入で悪いんだけど、用件から入っていいか?」

「はい。何でしょうか?」

「今日の昼に、シュロスに来て欲しい」

「シュロス……」

「北神様のお館でございますね?」

「ああ。詳しくは昼に話すけど、明後日から少しのあいだ」

 

 俺はララヤレルンを留守にする。

 

「! 北神様が、ご不在に?」

「つっても、心配はしないでいい。必要なだけの安全策は残していくつもりだ」

「で、ですが北神様がいなければ、またぞろサーベリアンどもなどが戻ってくるのでは……」

「いや、今もララヤ以外の都市部とか境界線あたりにウジャウジャ死霊を置いてるから、その心配は無いだろ」

 

 街の防衛に当たってもらっている連合王国からの兵士もいるし、何より頼りになる俺の仲間たちまで全員不在になるワケじゃない。

 

「けど、オマエたちには不安だよな?」

「それは……はい」

「我々は亜人ですし、御身の下僕たちも得意ではありませんから……」

「そこでだ。俺が不在のあいだ、ララヤレルンには泰山雪崩(ドゥーべ)夜天銀月(アリオト)黒王悍馬(ミザール)あたりを置いていこうと思う」

「「──え!」」

 

 言った途端。

 ニコとニックだけでなく、キャンプにいた雪豹人(エンシア)たちが全員色めき立った。

 

「何なら、今からオマエたちには預けておく」

「「え! え!?」」

 

 第一冬至:泰山雪崩の獣神・顎の貪狼

 第五冬至:夜天銀月の獣神・星霜の夜梟

 第六冬至:白闇冠雪の獣神・黒王悍馬

 

 それぞれ〝仔の形態〟で、召喚する。

 

 仔犬。

 仔梟。

 仔馬。

 

「ぶはッ! 可愛い! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「おおぉおぉぉ! おおぉおぉぉ! おおぉおぉぉ!」

 

 ニコが鼻血を出して平伏した。

 ニックと他の面々も、神の登場に狂喜に近いどよめきで興奮している。

 

 どうでもいいが、ちょっと引く。

 

「あー、狂喜乱舞しそうなところ悪いんだが、俺が留守のあいだコイツらにはララヤレルンを巡回してもらうから、とりあえず交代制で一柱ずつだからな?」

「「Hoooo!」」

 

 ラッパーかよ。

 ノタルスカヤマネコがビックリしてるぞ。

 呆れて半眼になると、ニコがそこでさすがに居住まいを正した。

 

「……し、失礼を。取り乱しました」

「ああ。本当にな」

「えっと、それでお昼にシュロスでしたか?」

「日が空のてっぺんに来たあたりで頼む」

「そ、それくらいは分かります!」

「大丈夫か? 冬の日は短いからな。何なら門扉も開けておくけど」

「──む。ご心配なく」

「我ら雪豹人(エンシア)、足の速さは馬にも劣りませぬ!」

 

 ニックがキリッ、とカッコいいことを言うが、直前のオタクみたいな雄叫びを知る俺は愛想笑いも難しかった。

 

「ならいいけど。それじゃ、昼になったらシュロスでな」

「承知いたしました。必ず行きます。超行きます。是が非でも行きます」

 

 七つの冬至(セプタ・ユトラ)の獣神の力がすごい。

 喜んでるみたいだから目論見通りではあるのだが。

 

(なんだろう。なんかこう、微妙に釈然としないよな)

 

 べつに北神様北神様って崇められて、いい気になってたワケじゃないと思うんだけど。

 本体よりもパーツに人気があるっていうか……いや、やっぱ俺、少しはいい気になってたかもか?

 雪豹人(エンシア)たちから多少アイドルみたいな扱いをされてる七獣神に、ちょっとだけ嫉妬してる?

 

(ちくしょう)

 

 これもきっと、ヌコ太と仲良くなれなかった未練のせいに違いない。

 おのれ霜の石巨人(フロスト・トロール)、殺してやるぞ。

 

 冗談はさておいて。

 

 一組目の声かけは済んだ。

 次は二組目、ゼノギアの幼馴染のところへ向かおう。

 

 

 

────────────

tips:巫術

 

 ノタルスカ山脈にルーツを持つ雪豹人は、物心つく前から獣神を信仰する。

 自然のなかで暮らし、自然の息吹に包まれ、やがて自然に還る。

 原始的な狩猟生活は不便ではあっても、彼らは祖霊への感謝を忘れず伝統ある暮らしに誇りを持っているのだ。

 巫術とは言ってしまえば魔術であるが、獣神信仰を基盤にした彼らの扱う術は素朴ながらも根強い効果を発揮する。

 自然との調和・自然の摂理の強制といった理念をもとに、魔除けなどもこなれたもの。

 白嶺の魔女の死霊術に、一時的ながらもちょっとした横槍すら入れられる。

 

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