ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
ゼノギアの幼馴染。
そう。ゼノギアの幼馴染。
なんとあのゼノギアには、幼馴染がいたのである。
しかも女の。
元婚約者の!
貴族の御令嬢で美人の!
……いやぁ、最初に聞いたときはマジかと思いましたね?
さすがの俺も「オイオイオイオイ、コイツ嘘だろ?」って。
幼馴染で婚約者で美人なお嬢様が身近にいたのに、なーに聖職者とかやっちゃってんの?
え、待って。バカなの? 死ぬの? って。
あのアホ丸眼鏡、人畜無害なツラしておいて
少年時代は生意気にも、甘酸っぱくてストロベリーな青春とか満喫しちゃってたんだ。へ〜? そうなんだ。へー!
と。
男友達へのからかい半分。
割とマジで信じられない気持ち半分。
それらを総合して最終的に俺の胸の内に過ぎったのは、シンプルに「コイツ、ムカつくなぁ」って感想だったのだけれども。
その点に関しては、かなり前にイジり倒したので、今はどうでもいい(あんまツッツキすぎると、カプリあたりが俺にも狙いを定めて来そうだったので、良い塩梅で切り上げた)。
彼女の名前は、テレジア。
テレジア・トライ・トロイメライ。
トライミッド連合王国のれっきとした大貴族の一員であり。
本人は
特に、万病を癒す神話上の聖薬や、不具や欠損さえ治す神薬、死者すら蘇生する禁忌薬などの〝失われた薬〟の分野に精通しているようで。
さすがに神話のアーティファクトを物質化するほどの実績は無いみたいだけど、すでにレシピが判明している極めて高価な霊薬の類なら、どれも一級の腕前で作成可能なのをこの目でも確認している。
外見は緑がかった黒のロングストレートヘアに、キツめのツリ目。
だからかは分からないが、人は彼女を『レイヴングリーン・テレジア』と呼ぶ。
……実際に呼ばれているところを見たコトはないが、本人が言っていたのだから間違いない。
俺は彼女が好きだった。彼女にはあまり好かれていないが。
愛とか恋とか、そういう意味ではなくて。
人間として、なんというか良いキャラクターをしている感じかな?
ゼノギアとの絡みも含めて、一言で形容するならテレジアは〝おもしろお姉さん〟なのだ。
なお、フェリシアと同じでエルダースの卒業生だが、在籍時期は微妙に被っていたらしいものの。
錬金術と魔法では通う校舎区画も違ったらしく、残念ながら二人に一切面識は無かった。
テレジアはララヤレルンでは、主に教会から少し離れた
ララヤの中央にララヤ・シュロスがあって、そこに繋がる大通りから左に曲がったところにゼノギアの教会。
どうせなら隣か真向かいの建物を根城にすれば良かったのに、何らかの感情を拗らせているのか特別に思うところでもあるのか。
そこから反対側に真っ直ぐ行った端で、テレジアは自身の
ララヤレルンで起こる怪我や病気は、テレジアの元ですべて治されるのである。
テレジアの元には、彼女の他にも優秀な錬金術師のスタッフがいるし、尋常の医療知識に基づくプロの薬師や治療師もいる。
俺も素人なりにそこそこ民間療法には明るいつもりでいたけれど、彼女たちの腕には比べるべくもない。
一流のアルケミストと一流のヒーラー。
連合王国でもまず引く手数多な人材だろうに、何故これほどの才能がララヤレルンに集まったのか?
答えはもちろん、ゼノギアと五人のホムビヨンに由来している。
リュディガー・シモンから保護した培養混血児。
銀髪銀瞳銀爪、有角無表情系の例の五つ子ちゃんたちは、ゼノギアの要望もあって一流の錬金術師による調律が必要だった。
当初、トライミッド連合王国はゼノギアの生家、要するにチェーザレ家のツテを使ってその辺りの人材を用立てる予定だったそうだ。
が、そこにチェーザレ家と昔から懇意にしているトロイメライ家(テレジア)が、耳を大きくして話を聞きつけた。
「あら。ゼノが帰って来てるのね」
「そう。錬金術師が必要なの」
「ちょうどここに、たまたま暇を持て余している才色兼備なアルケミストがいるわよ」
「ああ、昔のコトは気にしなくていいわ」
「婚約破棄なんて、ええ、ぜんぜん気にしていないから」
「まぁ私は? 今でも哀れな独身なのだけれど」
「もうとっくに、
「問題は無いわ」
「たしかに、神様に婚約者を奪われた腹いせに、一時は海外へ留学という名目で世を儚みもしたけれど」
「大丈夫。今はぜんぜん気にしてないの」
「自分でも驚いているのよ? でも、きっと、たぶん理性と知性のおかげね?」
「エルダースで磨き上げた理知の光が、私に自信を与えてくれたのよ」
「ゼノは私を捨てたけど」
「私は遠い異国の地で、一人寂しく気がついたわ」
「これはチャンスだって」
「そう。私を捨てた男に、女神様なんかよりも私の方が、ずっと良い女だったって見返してやるチャンス」
「敵は手強いと思ったけれど、だからこそ燃えたわよね」
「勝負をしているの」
「錬金術師になった私なら、いったいどれだけの人を救えると思う?」
「私の方が、女神様よりよっぽど現実的だとは思わない?」
「──ねえ。ところでだけど、ララヤレルンには私が行ってあげましょうか」
「理由は分からないけど、何故かまだオファーが無くて」
「きっと行き違いよね?」
ゼノギア、激詰めの巻。
素直に打ち明ける。
もうめちゃくちゃ──面白かったッ!
ゼノギアのアンポンタンもそれに便乗して、「結婚式の際には私が司式をやりましょう」とか吐かしやがる。
あれのせいで、少しのあいだだけど十ヶ月前くらい、フェリシアと少々気まずい感じになっちまった。
復讐は蜜より甘いぜ。
俺は群青卿として、是非ともよろしくお願いしますとテレジアに声をかけたね。
でも、いざ実際にララヤレルンでテレジアを迎えたら、彼女はゼノギアとは不自然な距離の取り方をしたんだよな。
教会の場所から離れたところに住処を決めたのが良い例だ。
俺は首を傾げて、ゼノギアは幼馴染の不審な振る舞いに恐れ戦き、
「先輩もゼノギア神父も、本当に分からないんですか?」
「テレジア殿は神父殿に、時間をかけてでも自分の元へ足繁く通って欲しいのですよ」
「けど、それはそれとして押し掛けちゃった罪悪感もあって……要するに乙女心なんです!」
フェリシアとカプリが語る乙女心とやらの妙を聞かされ、なるほどと納得した。
俺はまぁ、それだけで済んだが。
ゼノギアの方はと言えば、元婚約者の幼馴染からの猛アプローチに、情けないくらい動揺していた。
ゼノギアは神父である。
カルメンタリス教の教義には色んな宗派があるようなので、一概には言えないものの。
ゼノギア本人の過去や性格も思えば、あの優男が伴侶を持ちたいと考えているかは察するに余りある。
持ちたい持ちたくないの二局ではなく、持つべきではないの一極的な考え方をしていそうではあるが。
しかしそれはそれとして、ゼノギアが幼馴染に罪悪感を覚えているのは明白だ。
若かった頃は信仰に目覚めて勢いで突き進めたのだろうが、いろいろ経験して三十路手前となった今では、価値観も変わっているだろう。
周囲へ向ける心の余裕も段違いのはずだ。
長年ゼノギアの胸を悩ませていた問題も、すでに片がついている。
第三者の目から見ても、明らかに未だゼノギアに好意を寄せているテレジアに。
ゼノギアが取るべき選択肢は、余人にとやかく言われるまでもなく、ゼノギア自身が一番分かっているだろう。
どう転んでいくかは、もちろん他人の口から断言はできないけど。
今のところ、ゼノギアはホムビヨンの世話のため、週の八割くらいはテレジアの元に通っているし。
そのうちきっと、なるようにしかなるまい。
ただし。
俺に言えるのは、まず間違いなく夫婦の力関係はテレジアの勝利に落ち着くってところか!
ゼノギアは絶対に尻に敷かれる。
ネチネチ、チクチク、婚約破棄した件で刺され続けるだろうからな。
「自分の結婚式の場合は、神父さんは司式をどうやるんだ?」
「メラン殿下ぁ……!」
復讐は蜜より甘いぜ。
いま思い出しても笑える。
──と、余談はそこまでにして。
今日の昼には、テレジアも呼んで話を聞いてもらわなければ。
(ゼノギアの目を焼いちまった件で、テレジアにはちょっと敵視されてたりもするんだけど……)
テレジア延いては物流に強いトロイメライ家との交易契約。
ララヤレルンの経済を潤すに当たって、彼女との話し合いは必要不可欠である。
異界の門扉を正面入口前に開けて、ドアノッカーを鳴らす。
「どうぞ。開いてるわ」
まだ朝早いのに、さすが女史は一日の仕事を始めるのが早い。
樫製のドアを開けて中に入ると、やはり凛とした様子でテレジアがカウンターにいた。
他にも何人かのスタッフが奥の方にいるようだが、まだ始業したばかりで受付対応できるほどの準備は整っていないようだ。
群青卿!? と、ひっくり返ったような声が聞こえてくる。
「おはようございます。珍しいですね。メラン殿下」
「おはようございます。テレジア女史。忙しいとは思うんだけど、ちょっと時間いいですか?」
「まさか怪我でも? いいえ、そんなはずはないですわね。貴方みたいなビックリトンデモ人間に限って」
「ビックリトンデモ人間」
テレジアが俺をそこはかとなく嫌っているのは、俺が秘紋のおかげで怪我知らずな体質なせいもあるかもしれない。
仮にも領主に失礼な口の利き方をする
杞憂なので安心して欲しい。
「今日の昼だけど、シュロスに来られるか?」
「お食事の誘いかしら」
「ゼノギアも呼んでる」
「行くわ」
「話が早くて助かるけど、一応、もう少しだけ頭出しはしておくな?」
どんだけゼノギア大好きなんだこのひと。
「明後日の朝から、俺は少しララヤレルンを留守にする」
「──なるほど? 決定事項って理解で良いかしら」
「良い。だから、今の内にいつもの資材を渡しておこうと思ってな」
異界の門扉を小さく開けて、ララヤ・シュロスの備蓄庫へ繋げる。
奥のスタッフがゾッと青ざめるが、テレジアはさすがに慣れた顔つきだ。
「相変わらず便利ね」
「トロイメライ家としてはさぞ羨ましいだろ」
「父が泣いてるわ。手紙でも、早く群青卿に会わせてくれってうるさくて」
「悪いな。運送業者になる予定は無いんだ」
言いながら、中から取り出すのは何本もの硝子瓶が収められた運送用の木箱だ。
硝子瓶にはどれも透明な液体が入っていて、コルクによって栓がされている。
「数はザッと十本。
「!」
「錬金術師であるテレジア女史には言うまでもないだろうけど、扱いにはくれぐれも気をつけてくれ?」
「わ、分かってるわ。希釈も、絶対に私だけでやるもの」
「そうしてくれ。んで、これで霊薬を作ったら後はいつも通り売ってくれ」
この世にないものを物質化させるのが錬金術の原義。
では正真正銘、本物の神話。
〈
(つっても、純度100%は真っ赤な嘘で、向こうの方であらかじめメチャクチャ薄めて貰ってるけどな)
じゃないと、涙水が触れた物が片っ端から緑化していく。
それでも、人間社会では霊薬化に成功すれば、薬一個で国家予算並の値段がつくのだから、ララヤレルンの発展を望む俺が
「他にも、
「こ、こんなに……? 願ってもない話だけれど、どうやら短期間のお出かけってワケではないみたいね……」
「そこはまだ分からない。終わってみれば、
「詳細はお昼に?」
「ああ」
「……ふぅ。承知いたしましたわ。
テレジアが深々と貴人の礼を取った。
なんだか最近、群青卿と呼ばれる度に非常識って意味が見え隠れする気がするんだが、今さらだよな。
「じゃ、昼に」
次はいよいよ三人目。
刻印騎士団〈炎の隊〉隊長、フェリシアの師匠に会いに行かないと。
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tips:ララヤレルンの主財源
トライミッド連合王国のトロイメライ家を卸先にして、手っ取り早くお金を稼いでいる。
稼いだお金は食糧輸入などに使われている。
当初、連合王国からの復興援助はララヤのみの予定だったが、他の都市部も将来計画に追加された。
有償でも問題が無くなったからだ。