ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
刻印騎士団〈炎の隊〉隊長、そしてフェリシアの師匠、ベロニカ・レッドフィールド。
彼女と対面する時、人はいつも『血と硝煙とアルコール』の匂いを感じる。
刻印騎士団は人界の守護者を標榜する魔物退治の専門機関だ。
だが、その組織体系が具体的にどんな内情をしているか。
事細かに知っている者はあまりいない。
恐らくトライミッド連合王国で暮らしている大半の人々は、街に彼らの支部所があって、そこで働いている白騎士の姿が共通のイメージ像だろう。
王侯貴族に仕えている尋常の騎士とは別に、魔物の被害から民衆を守ってくれる独立的な魔法騎士。
一般人の認識としては、国から正式にお墨付きを得ている分、素性の怪しい自由民や傭兵に頼るよりも遥かに信頼できて頼り甲斐がある。
その程度の感覚で彼らを見ている者が多い。
純白の制服に身を包み魔法を使って人々を守る姿も、分かりやすく好感や人気を集めやすいからな。
ルカやフェリシアが、リンデンで半ば聖女かのように持て囃されていたのも、当人たちのルックスが良かったからというのも多分にあるが。
何と言っても刻印騎士団だから、ってな理由が一番上に来る。
つまり、トライミッド連合王国では刻印騎士団は、もうそれだけで無条件に皆から好かれる。
そんな立場にあると言っても過言ではない。
しかしながら。
刻印騎士団も職業戦士である。
体を張って戦場に立ち、時にはこの世のものとは思えない根源的な恐怖にすら、背を向けるワケにはいかない。
刻印魔法そのものが、脆弱な人間が脆弱なまま、自分よりも圧倒的に強大な存在に打ち勝つため発明された〝ジャイアントキリング〟の理念を
刻印騎士団のなかには、
その覚悟で自分の魔力をすべて、ひとつの純粋な
特に、栄光ある刻印騎士団の一員にありて。
それでも民衆から恐れや警戒の目を向けられてしまう。
それくらい根っからの武闘派であると知られているのが、他ならない〈炎の隊〉だ。
刻印騎士団には各地へ赴任させる支部勤めの騎士とは別に、騎士団長直下のもと自由に遊撃的な活動を許されている幾つかの部隊がある。
フェリシア曰く、隊の名前は隊長の特徴や魔法で決まり、だいたい部隊員も隊長と相性のいい人間で構成されるそうだ。
で、この〈炎の隊〉だが。
ベロニカ・レッドフィールドが元は西方大陸のザンティクルトって帝国の出身だとかで、かなり軍人気質が強いみたいだ。
しかも、軍規に厳格なタイプの軍人ではなくて、いわゆる〝素行に難あり〟とされるような厄介なタイプの。
酒場で酔っ払って暴力沙汰とか、自分たちの〝強さ〟を使って恐喝まがいの横暴を働くとか。
職業戦士ってのはタダでさえおっかない人種になりがちだっていうのに、〈炎の隊〉はまんまおっかない人間の集まりってコトになる。
んで、そんな隊のリーダーであるベロニカの人物評について。
俺も十一ヶ月前カプリから聞いたんだが、返ってきたのは一言「不良騎士」だった。
特に酒癖は歌になるほど悪いらしく、
いやいやそれって超絶大惨事になるでしょ、ってな噂がとにかく多い。
フェリシアの師匠であり、フェリシアが慕っている様子なところからも、俺は困惑した。
評判だけじゃ人物像が掴めない。
もともとフェリシアの師匠には、直接会ってみたいと考えていたのもあった。
憤怒の英雄アムニブス・イラ・グラディウスに問い合わせれば、ちょうどタイミングよくベロニカはロア(連合王国の現王都)にいるようだったし。
いっちょ話をしてみるかと、アポを取ろうとしたんだな。
まぁその時も、どっかをほっつき回っていて刻印騎士団の本部にいないだとか。
それなら自宅にいるかも? いやいないだとか。
どうも任務が終わってから何日も酒場をハシゴしてるみたいだ、なんて一幕を挟んで。
結局、俺が死霊を使って行方を探すしかなかった。
そんな一幕を挟まなきゃならなかった。
……今思うと、お互いの第一印象があそこまで『最悪』になったのは、きっとそのせいもあるんだろう。
ベロニカはロアの郊外にある酒場で、
それでも驚きだったのは、彼女がまったく前後不覚になっている様子でも無かったのと。
全身にこびり付いているのだろう血と硝煙の匂いが、負けず劣らず数メートル離れたところまで漂って来た点である。
歳は三十の後半から四十の前半くらいか。
疾うに
燃えるような赤髪と表現すれば、如何にも色鮮やかに聞こえてくるが。
実際は色褪せ、傷んだ赤色を思わせる橙の髪。
目もオレンジ色で、露出している肌の部分には何処も酷い火傷痕がある。
またの名を、
刻印騎士団の制服は白マントしか着用しておらず(それすらも煤けている)。
服装は故国のものを大事にしているのか、黒茶色の軍服みたいな格好をしていた。
口元にはタバコを咥え、片手には酒が並々注がれたグラスを零れるのも気にせずユラユラ。
落ちぶれた女将校。
如何にもそんな雰囲気で。
「──おやおや。
「俺の死霊は?」
「燃やしたよ。なにせ不愉快だったもんでね」
「……ベロニカ・レッドフィールド、で間違いないですよね? 気分を害したのなら謝ります。けど、アレは単に貴方を探すために仕方なく使ったんです」
「そうかい。そりゃ悪かった。まさか噂の群青卿が、ここまで察しが悪いとは思わなかったね。避けられてるとは思いもしなかったか?」
「……」
どうやらこの女は、かなり虫の居所が悪いらしい。
こちらの素性を把握していた様子からして、俺はこの時「無理もないか」と頷いた。
刻印騎士団の人間のなかには、そりゃいるだろう。
白嶺の魔女の力。
大魔の能力を持つ人間なんて、ハナから受け入れられないって考え方のヤツら。
だから、ベロニカ探しに使った死霊を消滅させられた事実には、こちらも軽く不満を呑み込んで。
酒が入っている事実も考慮し、あくまで俺の方だけでも理性的な対応をと心がけたのだ。
酒場の主人はオドオドと俺たちをチラ見しながら、恐らくずっとそうしていたのだろう哀れな様子で、グラス磨きを続けていた。
突然現れたダークエルフよりも、店に居座る不良騎士の方がおっかないって顔だった。
「避けられていたんですか。道理で時間がかかったワケです。ちなみに理由を教えてもらっても?」
「クソったれなアンデッド臭には鼻が曲がってたまらん。失せろ」
とりあえず、ここで敬語の限界が来た。
「分かった。分かったよ。アンタの性格は充分に。でも、強面自慢はそのへんで止めてくれ」
「ほぅ?」
「俺はただ、アンタの弟子の件で話を聞きたいだけだ」
「バカが。話すコトなんざ何も無い」
「それでこっちが、大人しく引き下がるワケないだろう」
食い下がる俺に、ベロニカもここでイライラした顔になった。
店内の気温がにわかに熱くなり、一方で俺のいる出入口では気温が下がる。
だがその程度の威圧で、俺がビビるはずがない。
「アンタ、弟子の正体を知ってたか?」
「チッ……だったら何だ」
「あの正体を知ってて、どういうつもりで弟子を刻印騎士に育てた」
「ハッ! 単に使えると思っただけだ」
「魔物退治にか」
「それ以外に何がある?」
「嘘だな。だとしたら、どうして一回、刻印騎士の
単に使える人材だと思って拾ったのなら、リンデンでの件を踏まえたあの判断は道理が通らない。
下手をしたらフェリシアは、
「アンタの行動は、貴重な宝物を放り捨てたようなものだった」
「……ハ。べつに。ただ要らなくなったと思っただけさ。リンデンでのつまらない失敗を聞かされて、やっぱり望み薄だったってね」
「それこそ嘘だろ。帰って来た弟子が騎士団への復帰を望んだら、アンタはそれを受け入れてる」
「約束は約束だったからだ。遠い東方くんだりまで旅をして来て、それでも自分の力量も弁えず騎士になりたいってんだから、もう勝手にしろってね。どこぞで野垂れ死ねばいい」
「本気で言ってるのか?」
冷酷な発言に、心が冷えていくのを自覚せずにはいられなかった。
そんな俺に、ベロニカは「はぁぁぁぁ」と鬱陶しそうに溜め息を吐いて。
「ったく、しつこいヤツだ。しっかし、愚かな娘だよ」
「なに?」
「何も自分から、バケモノに成り下がる道を選ぶコトはなかった。ああ、
「──」
その後の展開は、誓って言うが俺からじゃない。
向こうが先に、手を出して来た。
「“
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tips:龍火酒
ドラゴンウィスキー。
アルコール度数高めの蒸留酒。
飲むと自分が龍のようにブレスを吐いている気分になるほど、焼ける味わいが特徴的。
製造には半龍が携わっている。