ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#227「刻印騎士団ララヤレルン支部長」

 

 

「“(イグニス)”ッ!」

 

 槍のように鋭い火炎流だった。

 ベロニカの魔法は正確な狙いで俺の胴体へ迫り、勢いよく外へ弾き出した。

 重みの無い炎で何かを押し出す。

 つまりそれは、尋常の炎ではなく内側から膨らみ破裂するような、爆発的な威力を秘めた〝魔法〟だった。

 

「……酒場で火気は厳禁だろ」

「笑わせる。今ので髪の一本も焦げ付いていないバケモノが、常識を語るな」

「アンタの火より、俺の冬の方が強かった。それだけだろ?」

 

 熱を奪う〈大雪原〉の寒さ。

 凍てつく〝飢餓〟の“(ヒエムス)”で、炎を掻き消すと。

 ベロニカは咥えていたタバコを地面に吐き捨て、グリグリと踵で踏んだ。

 

 酒場の店主はホッとした顔つきをしながらも、ぶっ壊された店の出入口に「べ、弁償してくだせぇよ……!」と小声ながらも叫び。

 

 ベロニカはその声に、懐から金貨を数枚、背中の方へ放り投げた。

 気前がいいが、自分で壊した落とし前だ。

 

「不要な出費だった」

「そうでもないね。新進気鋭の群青卿から直接喧嘩を買ったにしちゃ、むしろ安いくらいだろう」

「ハッ、こっちが喧嘩を売った?」

「失せろと言ったのに失せなかった。充分だ」

「キレすぎだろ」

 

 気がつけば俺とベロニカはすっかり魔法戦の状態に入っており、マトモな会話はかなり難しくなっていた。

 しかし、不思議なコトにベロニカは、戦闘になれば逆に冷静になるタイプなのか。

 次に唱えた呪文の語気は、一転して落ち着いていた。

 

「“銀朱の火(ヴァーミス)”」

 

 俺の全身が、文字通り銀朱色の火に呑み込まれた。

 人が燃やされる光景に、酒場の主人が悲鳴をあげる。

 不幸中の幸いは、場所が郊外であるために人通りが少なかったコトだろう。

 夜が明けたばかりの早朝では、通りには野良犬くらいしかいなかった。

 

 それを少しでも気にしていたかは分からないものの。

 

 ベロニカの魔法は俺だけを対象に極狭い範囲に限られ、最初の“(イグニス)”より少々、()()()()()炎を生み出したみたいだった。

 

 間違いなく、そういう意図を込めて呪文を唱えていた。

 

「で?」

「チッ」

 

 もちろん、俺には何の痛痒も与えなかったが。

 多少しぶとさが増したところで、餓死の概念が乗った冬の寒さは熱を許さない。

 火そのものからも、必要な酸素などを奪って飢えさせる。

 

 魔法使い同士の戦闘は、相手の使う呪文がどんな効果を宿しているかの読み合いになるが。

 圧倒的な格の違いの前では、小細工なんか無意味でしかない。

 

 では、彼我の実力差(それ)が分かればどうするか?

 

 歴戦の魔法使いなら、一点集中に賭けてくる。

 刻印騎士団なら、それこそ刻印魔法を行使して来るだろう。

 だが、

 

「フン。印具は使わん。さすがにそれをすれば、ここら一帯がタダでは済まんからな」

「へぇ。じゃあ、結果は変わらないな」

「さて、どうだか」

 

 ベロニカにも理性はあった。

 そう思って安堵しかけた俺だったが、

 

「おい。攻撃して来い」

「は?」

「オマエも“(イグニス)”を使うんだろう? 鉄鎖流狼と戦った時のと同じヤツを、この私にもやってみせろ」

 

 ベロニカに理性は無かった。

 火傷顔(フライフェイス)は挑発的に歪み、こちらの傷痕に爪を立てるように嘲笑い。

 

「私なら、勝てただろうな」

「──いいぞ。やってやる」

 

 結果、両者の間に横たわる空気は完全に逆転した。

 ベロニカの方は冷たく、俺の方は熱く。

 そして──

 

 

「「“(イグニス)”」」

 

 

 双方ともに同時。

 唱えられたのも同じ呪文。

 しかして、込められた祈りは明らかに異なる呪いの言霊。

 

 こちらは当然、アレクサンドロ・シルヴァンの万象灼き焦がす恩讐の陽炎。

 あの男の生き様を、アイツが握っていた日輪剣を模した大剣状のカタチで解き放つ。

 かつてこの身を貫き、脊髄を掻き鳴らした痛苦も添えて。

 鉄鎖流狼の(カラダ)を余裕で灼き切り、何本も灼き落とした魔法である。

 

 たかだかニンゲンの、それも刻印魔法ですらない魔法で、どうにか出来る代物だとは思わなかった。

 

 なのに、

 

「は?」

「火龍のブレスだ。昔、戦場を地獄に変えられてね」

「……」

 

 ベロニカの魔法は、互角だった。

 荒ぶる獣(ドラゴン)の咆哮?

 脳裏に過ぎるのは、壮麗大地(テラ・メエリタ)で対峙した終末の巨龍。

 退廃の嵐、ルゥミオリア。

 アレと同族の息吹を、如何に下位互換だろうとはいえ人の魔法で創り出すなんて。

 感情的に不可能だと切り捨てたくなったが、現実は認めなければならなかった。

 

 ──メラ、メラ。

 

 燻るような苛立ちが、眉間に皺を刻みつけた。

 ともあれ、その直後だった。

 俺とベロニカとの間の炎が存在力を失って消える寸前。

 

「そこまでーーーーーーッ!!」

「チッ」

 

 空から、フェリシアが急降下して来た。

 着地と同時に折り畳まれる翼。

 解除される神人形態。

 愛すべき後輩が、完全に俺たちの真ん中に立ち上がってストップを叫んだ。

 

「師匠も先輩も、そこまでです! なんで戦ってるんですか! 火消しを呼ばれますよ!」

「……悪い」

「チッ」

「師匠! 舌打ちしない!」

 

 怒る少女の正論に、俺は冷静さを取り戻して短く謝った。

 一方でベロニカは、完全に戦闘の空気が消沈してしまったのを残念がっているのか。

 あるいは弟子の叱声にウンザリしているのか。

 わずかに斜を向いて小さく舌打ちをしていた。

 

 フェリシアがその態度に、大きな声で言った。

 

「師匠。隊員の皆さんが残念なコトになって、今はまだ大変な時期なのは分かります。でも、良い歳した大人なんですから利かん坊はやめてください!」

「…………オマエは私の母さんか」

 

 舌打ちの代わりに新しくタバコを咥えて、ベロニカはヤニでもなきゃやってられないとばかりに、モクモクやり出す。

 先ほどまでの剣呑な眼光は何処へやら。

 弟子の前ではずいぶん態度が異なるようだった。

 

 もっとも、それはこちらも同じで。

 

「隊の皆さんが、残念なコトに? それって──」

「あ、先輩……そうなんです。〈炎の隊〉は先日、師匠を残して……」

 

 ベロニカ・レッドフィールドが酷く不機嫌だった理由が判明した。

 仲間を亡くしたばかりだったのなら、それはたしかに魔物など見たくも無いだろう。

 特に死霊は、不愉快でたまらないはずだ。

 

「……悪かったな」

「ハッ! 謝るなよ群青卿。オマエが謝ったからと言って、こっちは謝りたくなどないんだ」

「師匠! コラ!」

「ええい、うるさい」

 

 ベロニカはそこで、タバコだけではダメだと。

 酒を飲みたくなったのだろう。

 酒場の奥へ再び入っていき、「えええッ!?」と云う主人の悲痛な声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさい、先輩」

「いや、フェリシアが謝るコトじゃないだろう」

「でも、弟子ですから。師匠も悪い人じゃないんですけど、不器用な人で……」

 

 不器用の一言で括るには、かなり気性が荒い人柄みたいだったが。

 フェリシアに頭を下げられては、俺も溜飲を下げる。

 

「あの人がフェリシアをどう考えてるのか、その辺を聞こうとしただけだったんだけどな」

「素直じゃないので、先輩には絶対に教えてくれませんよ。私にも酷いコトばっかり言うんですから」

 

 なのに、どうして慕ってるのか? と訊ねれば。

 

「決まってます。師匠が優しいからです」

「優しい?」

「師匠のコトですから、私を拾ったのは道具として使えそうだったからって言ったと思いますけど」

「いや、道具とまでは言ってなかったけど……」

「え、そうなんですか? 意外です」

 

 目を丸くするフェリシアに、「どんな師弟だ」と若干引きかけた。

 フェリシアは笑って、

 

「天涯孤独になった私を、一人でも生きていけるように育ててくれたのは師匠です。エルダースに通うための学費だって、払ってくれたのは師匠です」

「学費を?」

「はい。だから、師匠が私に刻印騎士を止めさせようとしたのも、理由はだいたい分かっているんです」

 

 フェリシアの正体を、ベロニカは知っていた。

 

「私、師匠に飛行魔法は禁じられていたんですけど、それって今思えば未熟だから、って理由じゃなくて」

 

 フェリシアの中の神性(ミナ)を、なるべく刺激しないように、活性化させないように慮っていたから。

 

「ほら、師匠ってちょっと人間以外に厳しいところがありますし、きっと私が人間じゃなくなってしまうのを可哀想に思ってくれてたんじゃないかな? って」

「……」

「リンデンでの件は口実に過ぎなくて、騎士に復帰するのにわざと北方大陸(グランシャリオ)を追い出すような条件を出したのも、可愛い弟子を安全な場所に逃がしてあげたい意図があったのかなーって」

 

 相変わらず、人好きのする雰囲気でフェリシアははにかむ。

 

「でも、結局こうして私は戻って来ちゃって。しかも神人として覚醒もしちゃって」

「ベロニカからしたら、望んだ結果にならなかった?」

「そうですね。だからたぶん、余計に先輩のコトが気に食わないんだと思います」

 

 〈炎の隊〉が全滅した事情を抜きにしても。

 

「私を悪い道に引き込んだ悪い男の人、って思っているかもしれません」

「疑わないんだな。師匠からの自分への想いを」

「はい。私、師匠が大好きですから!」

 

 敵わない。

 心からの降参を認めて、俺は頷いた。

 ベロニカの性質は理解したし、フェリシアに対する謎の振る舞いも、弟子の解釈に従うのなら納得できる。

 刻印騎士の徽章(資格)を一度取り上げたのには、フェリシアが神人として目覚めた後を想定して、騎士団内部での居場所を考慮したってのも有り得そうだ。

 

 クセのある人間ではあるけれど、決して悪い人間ではない。

 

 他ならぬフェリシアを信頼して、そう結論付けた。

 

 

 

 

 ──んで、時は現在に辿り着いて。

 

「刻印騎士団ララヤレルン支部長」

「あ? チッ……これはこれは領主様」

「何で支部所にいないんだよ」

「私がいつ、どこで、何をしていようと勝手だろ」

 

 ララヤの酒場で、いつかと同じように飲んだくれてるベロニカに嘆息を堪える。

 この歳嵩な女は、〈炎の隊〉が新たな人員を獲得するまで、ララヤレルンで支部長職に就くよう辞令が出た。

 

 例の酒場の主人が本部に苦情を入れて、他にもやらかしの余罪があったとかで、罰として大嫌いな群青卿の()に着くようお達しが出たって経緯(いきさつ)である。

 

 ザマァみろ。

 

「まぁいい。アンタにも声をかけときたかったんだ」

「あん?」

「今日の昼、シュロスに来てくれ」

「イヤだ」

「領主命令だ──って言いたいところだけど、連合王国のトップから手紙が来たんだ。直属の上司からの意向もある。無視はできないよな?」

「ふーーーん?」

 

 ふーーーん? て。

 

「何だよ」

「まぁ、いつかの反省なのかクソみたいな死霊を寄越さず、自分の足で苦労してやって来たみたいだ。こっちも足を運んでやるのに、やぶさかじゃぁないけどね」

 

 ベロニカは龍火酒(ドラゴンウィスキー)をゴクリ、ゴクリ、と(あお)ってから。

 

「私にも、手紙が来てるよ」

「なに?」

「話はだいたい、聞かなくても分かってるってコトさ」

 

 懐から一枚の手紙を取り出し、こちらへ投げた。

 封蝋の印も同じ。

 中身を検めると、

 

「……マジかよ」

「とりあえず、また昼に会おうじゃないか」

 

 フン、とつまらなげに鼻を鳴らすベロニカ。

 俺は想定外の展開に、つい舌打ちを我慢し切れなかった。

 

「チッ」

 

 連合王国のタヌキどもめ。

 

 

 

────────────

tips:刻印騎士団ララヤレルン支部

 

 支部長はベロニカ・レッドフィールド。

 副支部長はフェリシア・オウルロッド。

 ララヤレルンでは大抵の魔物は群青卿の死霊が処理に当たるため、かなり暇らしい。

 そのため、現支部長は時たま現れる水掻き鬼(アドゥー)に火を放ち、とろ火で炙っては残酷な暇潰しをしている。

 その度に副支部長に怒られている。

 

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