ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
その夜。
昼の会食も終わって、午後は想定していた通り忙しない時間を過ごした。
ララヤ・シュロスでの寝室で、俺はようやく息をつく暇を与えられ、豪華な椅子にドッと腰掛ける。
あの後、ギルベルトからはドラゴンが何処に降り立つのかを確認され。
ドラゴンが降り立っても問題無さそうなのは、ララヤと隣の都市部の狭間にある平原か。
もしくはアイステール湖になるんじゃないかと話し合った。
アイステール湖の場合は氷が割れないコトを祈るしかないが。
もっともその見極めは、向こうの使者やドラゴン自身も行うだろう。
ウェスタルシア王国の王妃を歓待する準備などまったく余裕がありませんとも相談されたが、来てすぐに飛び立つ予定だから心配するなと語っておいた。
クリスからは案の定護衛の仕事について相談され、当面のあいだはカプリを護衛してくれと話をつけた。
群青卿の書類仕事の大半は、ほとんど吟遊詩人がこなしている。
それを考えれば、むしろカプリこそ群青卿みたいなものだし。
カプリを守ってもらうのが良い選択だと思った。
ギルベルトにも同じく、カプリの世話をしてもらうよう言いつけてある。
当のカプリ自身も、
「ワタクシも歌のため、メラン殿の遠征には遮二無二ついていきたいところですが……さすがに今回は我慢いたしましょう。なに、領主代理も悪くはない。どうか護剣士殿に、是非よろしくとお伝えください」
と、詩人魂なのか。
かなり無謀な気持ちを垣間見せながらも、冷静な判断で自重を選択していた。
今回は事前に目的地を把握していて、こちらの意思で最厄地に向かう。
白毛と緑衣の吟遊詩人は「後で必ず取材させてください」としつこかったものの、とても快く留守番を請け負ってくれた。
ゼノギアやテレジア、他の居残り組とも円滑にコミュニケーションを重ねていて、アンデッド・マイコノイドの使い方も積極的に実演してくれている。
あの調子なら、俺も何の心配もなくララヤレルンを離れられそうだ。
通常の死霊たちにも、何か異常を察知したら即座に連絡しろとは命じてある。
けれど、仲間の声を聞いて安否を確認できるのとできないのとじゃ、こっちも精神衛生的に段違いだからな。
「明日は一日、出発前の準備と訪問者の応対で使うとして……」
他にやっておくべき最善が残っていないか。
一個一個、頭の中で再確認していく。
すると、寝室のドアが不意に慎ましやかにノックされた。
「……先輩。まだ起きていますか?」
「フェリシア? ああ、起きてる。入っていいぞ」
ドア越しに声をかけられたので、返事をしながら後輩を迎え入れる。
夜も深まって来た頃合い。
そういえばフェリシアとは午後、あまり大した時間を取れなかった。
「どうした? 騎士団の仕事で、やっぱり何か急ぎの用事でもあったか?」
考えられるとしたら、魔物絡みではないものの、アールヴァル妖精山脈の妖精問題だろうか?
あの山脈には昔から大妖が棲まうと云われているそうで。
吹雪のなかで巨人に追いかけられたとか、何か得体の知れない大きな獣の影と一緒に、この世のものとも思えない唸り声を聞いたとか。
そういった民間伝承が残されている。
どの伝承も細かく内容を追っていくとバラバラで、十中八九は妖精のイタズラだと思うのだが。
雪深い山奥には何が潜んでいてもおかしくない。
刻印騎士団ララヤレルン支部が警戒を働かせておくのは、当然のプロ意識だった。
「……フェリシア?」
「……」
しかし、我らが愛すべき白騎士の乙女。
ララヤレルン支部の副支部長は、何やらムッとした顔で腕組みすると黙り込み始めた。
仕事関係の相談に来たワケでは無さそうだ。
「もしかして、また愚痴か? ベロニカが酒飲みながら
「……違います」
「──ふん。じゃあ、どうしたんだ?」
訊ねると、少女は拗ねた顔になって俺を睨んだ。
「シア」
「え?」
「二人っきりの時は、シアって呼んでくれる約束ですよ」
「…………シア。どうしたんだ?」
「もー! 先輩のばかばかばか!」
両手を上げて降参のポーズをしたら、シアが胸の中に飛び込んで来てポカポカ胸板を叩いて来た。
「どうして勝手にひとりで行くって決めちゃったんですか!? 私だって一緒が良かったのに!」
「そうは言ってもなぁ」
ララヤレルンを完全にガラ空きにするワケにもいかなかった。
シアが頼りにならないから連れていかないとかではなくて、むしろその逆だから置いていきたかったのだ。
それはシアも、分かってくれているのだろう。
「あんな風に言われたら、見送ってあげるしか無いじゃないですか!」
「悪かったって」
「どうせ先輩は私なんか好きじゃないんです! そうですよね!? だって、どれだけ放ったらかしにするつもりなんですか!?」
「すぐ帰って来るよ」
「どーだか! あんな連絡手段まで用意してたクセに!」
理路整然と責められている。
許して欲しいが、こうなってしまったシアはこちらの反論を理屈で潰しにかかってくるので、取り得る手段はひとつだけだ。
「シア。悪かったって」
「ぁ……」
抱き締めて、謝る。
そうするとシアは、ゆっくり怒りを沈静化させていき、
「……ズルいです。先輩は」
「だから、悪かったって言ってるだろ?」
「何が具体的に悪いのか、ちゃんと分かってるんですか?」
「寂しい思いをさせちまうから、悪いと思ってる」
「……ムゥ」
正解を引いたのだろう。
シアは不満げにいじけながらも、両腕を回して来た。
こうしていると互いの体温がハッキリ伝わるし、まつ毛の長さまでキチンと分かる。
不思議だ。
俺もシアも、互いに普通の人間ではないのに。
抱き締め合った際に心に去来するのは、こんなにも守りたいと思える不確かな感触だけなんて。
「……」
「……じゃあ、分かってますよね?」
シアが上目遣いで、両目を潤ませる。
寂しい思いをさせてしまう。
その償いを、俺は今から求められているのだと悟った。
だが何も、寂しいと思っているのはシアだけじゃない。
「いいのか? お互いの熱と匂いが、しばらく消えないくらい激しくなるかもしれない」
「……望むところです」
夜。
俺は寝室のドアに鍵をかけると、燭台の明かりを消した。
「ぁ、また……ズルい」
「明るいと恥ずかしがるクセに」
「だって……」
言いながら寝台に移動し、俺は自分ひとりだけ変わらぬ視界を、そこから朝まで堪能した。
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tips:死界の王の加護
加護を授けたエンディア無き後も、
この加護を授かった者は暗視能力を得て、死者の世界との接続を容易にする。
本来視えてはいけないモノも視えるようになり、〝見える=そこに在る〟という理屈から死者を現世に浮かび上がらせてしまう。
夜は暗く冷たい死の世界なれば。