ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#232「空の旅はじまり」

 

 

「空を見ろ! ドラゴンだ!」

 

 当日の朝、ララヤレルンでは大きな騒ぎが起こった。

 事前に触れ書きを出し、関係各所に連絡は回していたものの。

 実際に現実を目の当たりにするまで、実感なんか湧かないって感覚は俺にも理解できる。

 

 ドラゴン──世界最強の獣。

 

 ウェスタルシア王国が誇る黒龍イリスは、とても美しくて恐ろしいカイブツだった。

 アールヴァル妖精山脈の雲間から現れ、曇天の薄明に一点の黒鋲を穿つ接近。

 最初は小さく、しかし瞬く間に大きくなるシルエットは、ララヤ上空に到達する際にはシュロスを容易く覆う()を地上に落とした。

 

 恐慌(パニック)が広がって、ララヤレルンを混乱が満たしても何も不思議は無い。

 

 しかし、そこはこの十一ヶ月。

 群青卿のお膝元で少しは異常識に慣れ親しんだ者たち。

 どよめきは避けられなかったが、よく恐怖心を堪え切った。

 

 それどころか、中には今度はいったい何が起こるのだろう? と。

 

 逆に恐れ知らずな。

 好奇心に駆られて、おっかなびっくり上空を見上げる者までいるようだった。

 一方で、

 

「なんてドラゴン臭……」

「まだ空なのに、ここまで匂ってくるとは……」

「ですが……なかなか降りて来ませんね?」

「降りる場所を決めかねてるのか?」

 

 この世の食物連鎖の頂点。

 天地(あめつち)に君臨する最強種であるにもかかわらず。

 雄大なる黒龍は何かを躊躇うように旋回を続け、すぐには下降して来なかった。

 

 出迎えのため平原で待機していた俺たちは、どうしたんだ? と不審に思いつつも、

 

「クリス。狼煙を」

「ハ!」

 

 目印となる狼煙を増やして、ここだよ、と合図を送る。

 アイステール湖を着陸場にするより、やっぱりちゃんとした地面の上の方が安心できるという理由で、昨日ギルベルトから狼煙のアイデアをもらったのだ。

 

 夜が明ける前から狼煙は焚いていたが、相手方が気づかない可能性も考慮して追加の狼煙も準備はしていた。

 

 幸い、そんな俺たちの準備は無駄にはならなかったようだ。

 黒龍は徐々に平原に近づいて、最後にもう三周だけ旋回をすると、ようやく地面に巨体を降ろした。

 

 ド シ ン !

 

「少なくとも、ウチの城館よりはデカいな」

 

 希少な朝日の光を浴びて、虹色に輝く黒の鱗。

 美龍と評されるのも納得のフォルム。

 背中には三つの人影があって、一人がスルスルと地面に降りた。

 どうやら降下用に、ロープを括り付けているようだ。

 金髪の女性が、実に軽やかに着地する。

 

「旦那様」

「ああ」

 

 見たところ、人工的な()()()は無い。

 漆黒の飛龍の背中には、乗降のためのロープ網とひとつの()

 座席はひとつだけで、残りの人間は体をロープで縛って、死ぬ気でしがみつくスタイルらしい。

 

 同情の視線が俺とベロニカに集中を開始するが、致し方ない。

 

 ドラゴンは気高い生き物だ。

 

 人間が背中に乗れる時点で夢物語。

 気球や飛行機のように便利な道具扱いをしていい存在じゃない。

 ギルベルトが熱い飲み物をコップに注ぎ、待機姿勢になる。

 本格的な歓待、心尽くしの歓迎は無理でも、せめて一口くらいは熱い飲み物で空の旅を労わなければ。

 ララヤレルンの領主は気が利かないと不興を買ってしまう。

 そういう配慮である。

 

「ご機嫌よう。貴方が群青卿かしら?」

 

 西方訛りの明朗なエルノス語だった。

 歳の頃は二十の半ばくらいか。

 俺よりも少し歳下くらいに見える。

 もっとも、外見年齢は種族差異によって違うから、向こうからしたら俺は十代のガキに見えているだろう。

 長い金髪の毛先を縦ロールにしている美人だ。

 事前に聞いていたウェスタルシア流の礼をして、頭を下げる。

 

「はじめまして、王妃。私がメランズール・ラズワルド・アダマスです」

「ガブリエラ・ベルセリアですわ。降りるのに時間がかかってごめんあそばせ」

「いえ。我々の狼煙が分かりにくかったのでしょう。申し訳ありません」

「謝る必要はありませんわ。イリスが貴方を警戒してしまっただけですから」

「……なるほど?」

 

 道理で最初から、射貫くような視線がブッ刺さっているワケである。

 終末の巨龍に比べれば、さすがにおっかなさは見劣りするが。

 混じり気のない本物のドラゴンから警戒心を抱かれるなんて、俺にも少しは箔ってヤツがついてきたのかもしれない。

 

「北の空はキツかったでしょう。お茶を一杯いかがですか?」

「あら。それでは一口だけ。時間ももったいないですし、尿意を催す危険もありますから」

 

 ギルベルトがお茶を差し出しながら、一瞬「いまのは聞き違いか?」という顔になった。

 他にも同じ反応で戸惑いの気配が滲んでくる。

 しかし、当の王妃本人はまったく気に留めた様子も無しで。

 

「美味しい。群青卿の心遣いに感謝しますわ。皆様と別れの挨拶は済んでまして?」

「え、ええ」

「それでは行きましょう。そちらの貴方がもう一人ですわね? あら、出身は帝国? いえ、自己紹介は空で構いませんわ。皆様も、不調法でごめんあそばせ!」

 

 言うだけ言って、クルリと振り返り。

 ガブリエラ王妃はドラゴンに戻っていく。

 

「思っていたより、マイペースな人みたいだな」

「……急いでるだけだろう。ウェスタルシアの黄金妃と云えば、淑女で有名なはずだ」

 

 さしものベロニカも呆気に取られたのか。

 やや困惑した足取りで()()の背中を追っていく。

 俺も行かなければならない。

 

「んじゃ、行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ、旦那様」

「メラン殿下、ご武運を!」

「なるべく早く帰って来て下さいね先輩!」

「土産話に期待しております」

 

 それぞれの声に森羅斬伐を担ぎ直して返事とし、黒龍のもとへ向かう。

 

 ──そして、一生に一度でもあれば奇跡と呼ばれる〝空の旅〟が始まった。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 ところで、今回の旅だが。

 

 ウェスタルシア王国側が、どうしてこちら側の要求に応じてくれたのか?

 わざわざ国防の最大戦力とも云えるドラゴンを遣わして、どうして海外の人間を空輸してくれる気になったのか?

 

 その動機についても、前提として触れておかなければならないだろう。

 

 如何にトライミッド連合王国がウェスタルシア王国と同じエルノス人国家で、対等な国力を持った大国だったとしても。

 自国とは何の関係もない見ず知らずの英雄のために、どうして国境を跨ぐ許可を与える必要があるのか?

 それどころか、どうしてドラゴンまで飛ばして迎えに出なきゃならないのか?

 

 普通に考えれば、何の国益にもならないし道理も義理も無い。

 

 が、思い出しておくべき事実がある。

 

 壮麗大地(テラ・メエリタ)で拾った禁忌の叡智。

 荒ぶる獣と絆を結び得る〝ことば〟が載った古の書物『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』

 

 約十一ヶ月前、ウェスタルシア王国はトライミッド連合王国にそれの()()を求めて来た。

 

 大罪人リュディガー・シモンの手元に渡る前は、元はウェスタルシア王国にあった物だから、所有権はウチにあるという論法で。

 〈目録〉に記載された禁忌であるからには、それを求めるのも所有するのも問題視される行動だ。

 だが、声を上げたのは他ならぬウェスタルシア王国。

 

 黒龍イリスを擁する彼らは、明らかに『古龍原語(ドラゴン・バベル)』を役立てる腹積もりで要求を口にしていた。

 

 〈目録〉曰く、『古龍原語(ドラゴン・バベル)』を用いれば人とドラゴンは緊密な関係を築けてしまう。

 しかし、それをドラゴンたちの王、古龍は許さない。

 天地道の覇権に懸け、必ずや〝龍の赫怒(ドラゴン・ラース)〟──複数の龍種による一斉ブレス──を招くと語っている。

 

 想像するまでもなく、人間の作った国なんか簡単に滅ぼされるだろう。

 

 けれども。

 ウェスタルシア王国が黒龍イリスと共にあって既に十年? と経つが、怒れる古龍は一向に現れず。

 古龍自体の目撃例が、そもそも世界規模で絶えて久しい。

 

 よって、ウェスタルシア王国は一度は失った『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』を再び手中に取り戻し、決して邪心には囚われず正しく扱うコトを国民の前で誓いもしたようだ。

 

 聖剣王の宣誓。

 

 これがもし他の国の王であったなら、反発や批判はまさしく喧々諤々の嵐だったに違いない。

 聖剣を抜いた聖王聖君。

 ベルーガ・ベルセリオンが明君であったのも幸いして、ウェスタルシアでは驚くほど国内の治安が安定しているとも聞く。

 

「べつに不思議ではありませんでしたわ。国民の感情としては、自分たちの暮らしている場所がドラゴンに守られていると分かっているんですもの」

 

 自分たちが信じる正しき王様の下であれば、禁忌を破ったって怖くない。

 そんな安心感が強いのかもしれない。

 俺からすれば、平和ボケとも油断とも取れる危険な兆候だとは思うが、たしかに気持ちは分かる。

 

 聖剣と龍。

 

 二つの威光が轟き響き渡る王国では、自分たちを選ばれし国の民だと思ってしまっても不思議は無い。

 

 でも、どうして今になって『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』を取り戻そうと思ったのか?

 逆に言えば、現状のままでも充分に強国なのに、何故それ以上の力を欲するのか?

 

 答えは、奇しくも俺たちの目的地にあった。

 

「最初はロスランカリーヴァ──失礼、ウェスタルシアにある神話世界と繋がる異界の門扉が、また新しく発見されたのかと思っていましたわ」

 

 神話世界と繋がる異界の門扉が、今でも現存しているというウェスタルシア王国特有の事情にもまず驚くが。

 ガブリエラ王妃は「違いましたの」と深刻な眼差しで首を振った。

 

「アレは最初に国境付近の森に現れ、続いて田舎の地方領主の村を呑み込みましたわ」

 

 ()()()()

 カルメンタリス教の女神に呪われた最厄地は、その霧に入ってしまったものを綺麗に呑み込み、二度と帰さない異界だ。

 霧の中がどうなっているかは分からない。

 

 ただし、神出鬼没。

 

 まるでそういう自然現象かのように、不意にこちら側へ現れては一定期間そのあたりを滞留し。

 遅々とした速度で移動する。

 風や気温、湿度や乾燥などの気候条件にはまるで左右されず、いつ消えるかも正確なタイミングは分からない。

 

「ハッキリ言って、クソ迷惑な人攫い災害なのでしてよ」

 

 分かっているのは、銀色の霧が現れたのなら即座に逃げなければならないコト。

 もし自分の立っている周辺で霧が現れ始めたら、諦めて異界に囚われるしかないコト。

 なにせ霧が消えた後に残されるのは、一切が消滅した更地だけ。

 

「ベルセ──ベルーガ陛下は、これを大変憂慮し、イリスの龍炎で排除できないかと検討なさったのです」

古龍原語(ドラゴン・バベル)があれば、それが可能だと?」

「ええ。イリスは純血の黒飛龍で、細かい事情は機密なので明かせませんけれど、イリスの主人ともども勝算はあると判断しましたから」

 

 だから、ウェスタルシア王国は自国防衛のため純粋に禁忌の叡智を欲した。

 邪な動機ではない。

 

 なるほど。

 

 そういう話であれば、たしかに書物を譲り渡しても問題は無いように考えられる。

 

 どっちにしろ俺が、連合王国が、『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』を所持していても要らぬ荷物でしかないのだ。

 

 厄介な荷物を引き取ってくれる相手がいるのなら、どうぞどうぞと渡してしまって構わなかった。

 だが、どうせならこちら側も要望を通したい。

 

「お望みの書物は後日、群青卿からじきじきにそちらにお渡ししましょう。ただその代わり、幾つかのお願いを聞いてはいただけませんか?」

「──と、おっしゃいますと?」

「銀色の霧を攻撃するのは待っていただきたいのです。何を隠そう、群青卿はその霧の内側に用事がございまして」

「………………は? 正気でして?」

「ついでに、足もご用意いただけると大変助かります」

「────そう」

 

 トライミッド連合王国は今回、ウェスタルシア王国を助ける形になる。

 禁忌を引き取ってもらうのだから、トライミッドにとっても損ではない話。

 恩着せがましく交換条件をつけるのは、如何にも不興を買いかねない無礼な態度だったかもしれない。

 

 いや。

 

 現在進行形で国土を危険に晒されているウェスタルシア王国に、今しばらくその状態を維持して欲しいと頼んでいるワケだから、不興を通り越して怒りを買ってもおかしくなかった。

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴国も銀色の霧に対し、根本的な原因も分からないまま、ただ臭いものに蓋をする対処を取るだけでは今後も物煩いの種を残すはずです。もしかしたら、あの霧は我々が知らないだけで何か理由があって出没場所を決めているのかもしれませんし」

「……」

「群青卿はあらゆる異界、あらゆる〈領域〉に対する天敵と言っても過言ではありませんよ」

 

 異界の調査。

 あるいは、異界の破壊。

 それを代わりに完全に引き受ける。

 だから待って欲しい。

 

「そんな言葉を信じられる関係値が、我が国とそちらの間にありまして?」

「貴国の密使を無事に解放する。まずはそれだけでも、信頼を寄せる切っ掛けにしてはいただけないでしょうか?」

 

 そもそもオマエたち、どうやって『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』がトライミッド連合王国にあると分かった。

 

「オホホホホホホ」

「ふふふふふふふ」

 

 国家間の交渉は、このようにして合意の運びを得たのである。

 トーリー王もザディア宰相も、ただのモヤシとチビヒゲオヤジではない。

 海千山千の狐狸だ。

 

 やる時はやるんだなと。

 

 俺の前ではスッテンコロリン腰を抜かしてばかりな印象なので、ちょっと感心した前日譚だった。

 それはさておき。

 

 黒龍イリスの騎手(ライダー)、ガブリエラ・ベルセリオン王妃。

 その後ろに俺とベロニカ。

 

 しがみつく空の旅には、もう二人。

 

 一人はベロニカと同じく、連合王国からの準英雄。

 もう一人はウェスタルシア王国からの付き添い人で、同じく準英雄級だと云う人間。

 

(トライミッドに『古龍原語(ドラゴン・バベル)の書』があるのを嗅ぎつけた(くだん)の密使にして……)

 

 カプリが『護剣士』と呼んだ少年がいる。

 コイツがまた、俺にはちょっと厄介というか面倒なヤツなんだよな……

 

「お久しぶりです! 群青卿!」

「あ、ああ、久しぶり!」

「またお会いできて光栄です! 今回の旅ではッ、絶対にお力になってみせます!」

「そ、そうか! 気持ちは嬉しいよ!」

「はいッ! なのでどうかッ、旅が終わったら()()()()()()()()!」

「──え? 悪い聞こえない! 風が凄くて!」

()()()()ぉぉぉぉぉぉ!」

「あー! あー! ダメだ! 全然聞こえなくなっちまったわ!」

 

 護剣士、ケント・トバルカイン。

 少年はアレクサンドロの聖剣を回収したがっていた。

 

「僕の使命は! 一族からの使命は! 盗まれた聖剣を! あるべきところに戻すコト! だからどうか──!」

 

 コレだ。

 出会った時から変わらない。

 聖剣、もう折れてるよ? とは言いにくい空気である。

 ヴォレアスじゃ墓標代わりに使ってるし……

 

(ってかアレクサンドロのヤツ、盗んで使ってたのかよ……!)

 

 聖剣の担い手になれる資格って、泥棒とかの犯罪履歴は関係ないらしい。

 ……いやはや。

 

(どうしようね、まったく……)

 

 

 

────────────

tips:護剣士

 

 聖剣魔剣霊剣神剣。

 担い手不在で世界各地に散逸してしまった特別な剣を、悪しきモノの手に渡らぬよう回収・管理する役目を負った者たち。

 西方大陸(ゾディアス)ではウェスタルシア王国の聖剣王と非常に懇意にしており、事実上の家臣になっている。

 古代では独立組織で、特定の国家には属していなかった。

 

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