ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
黒龍イリスの飛行は、とんでもない速度で俺たちを上空に連れて行った。
気圧の変化によって、耳に違和感が走る。
急いで耳抜きをして環境の変化に慣れようとするが、吹き付ける風が体当たりするようにカラダを押し流そうとするので、ロープにしがみつく力をまったく緩められない。
鉄製の器具で命綱こそ固定されているが、気を抜けば意識を持っていかれる。
事前にガブリエラ王妃からゴーグルは渡されているため、目は守られている。
しかし、ダークエルフの俺ですら割と本気でロープを握り締めなきゃマズイ状態だ。
ニンゲンであるベロニカや他のヤツは、どれだけしんどい思いをしているだろうか。
鞍の有無など関係ない。
ドラゴンの背中ってのは、マジで体力的に堪える!
俺もベロニカも、なるべく風の抵抗を受けないようにピッタリと龍の鱗にうつ伏せになった。
動物園の悪臭を、さらに濃縮したかのような匂いが半端ない。
「クソッ、タバコが吸えん……!」
「諦めろヘビースモーカー!」
刻印騎士団の白色マントが、バタバタとはためく。
声を張り上げないと会話もままならない。
聴覚に優れる俺は多少マシだが、ベロニカは「あ!? 何か言ったか!」と上手く聞き取れなかった様子だ。
仕方がないので「何でもない!」と首を振る。
(それにしても、このドラゴン……!)
死霊の数が多い。
なるべく浮かび上がらせないように視線を逸らしているが、真っ黒に焼けこげた炭の塊みたいな霊がワラワラ群がっている。
人間霊に限らず、動物霊、怪物霊、種類も豊富で。
俺の目には彼らの輪郭から、火の粉すら舞って見えた。
だがどの怨念も、まるでドラゴンの霊威に敵わない。
きっと悪寒さえ、感じてはいないだろう。
最強種は凡百の死霊の呪いなど、歯牙にもかけない生命力で満ち満ちている。
「もう少ししたら、北海から西海に入りますわ!」
「そうしたら風も落ち着きますか!」
「多少!」
ドラゴンライダーはさすがだ。
ガブリエラ王妃は俺たちより余裕がある。
いや、それを言うなら先に乗っていた二人も同じか。
ガブリエラ王妃には及ばないが、護剣士のケントももうひとりも、つい今しがた空の旅を始めた俺とベロニカより〝ドラゴンの背中での過ごし方〟を知っていそうだった。
「ってか、もう西の海に入るのかよ……!」
「ほんっと速いわよね。やっほー。元気?」
独り言のつもりで呟いた驚愕に、湿り気の増した海風と一緒に思わぬ相槌が右横から入る。
顔を向けると、そこにはエルフの女がいた。
声量は完全に抑えられている。
エルフかダークエルフでなければ、決して聞こえなかっただろう。
女は止せばいいのに、わざわざロープを手繰って俺の近くまでやって来て、ウィンクまでして挨拶して来る。
アイナノーア・エリン。
トライミッド連合王国のエルフ王家、エリン家のプリンセスである。
今現在はロア。
つまり、ニンゲンが代表王を務める時代のため、このお姫様は王族の生まれであるのに、魔物退治を仕事にするほどお転婆として知られている。
しかし、そんなお転婆が許されるくらいの実力があるのも事実だった。
アイナノーアの傍には、どういう理屈かひとりでに浮遊し追従している一本の
──そう。聖槍トライデント。
トライミッド連合王国が、エルノス人の結束に譬えて建国の象徴にも据えた三又の槍。
古代の秘宝匠が鍛えた至高の聖具。
日輪剣と同様、コイツは正式解放すれば
アイナノーアはトライデントの担い手なのだ。
「群青卿! おーい、群青卿! 聖剣! 日輪剣! 僕強いので! 絶対お役に立つので! 場所あとで! 教えて! ください! ね!」
「あの子、うるさいわね」
ベロニカの向こう側、左の方からBotみたいな声がする。
上空に上がる最中でも、ケントはずっと俺に話しかけ続けていた。
アイナノーアが「聞こえないフリされてるの、気づいてないのかしら?」と不思議そうな顔になる。
俺も同じ気持ちだ。
だいたい聖剣ばかりに拘っているが、ここには聖槍がある。
(もうちょっとこう、トライデントに関心の目を向けてもいいんじゃないか?)
護剣士ってのは剣以外には興味を示さないのか、ケントはアイナノーアの槍には無関心である。
だが俺は、アイナノーアが近寄ってくると一気に死霊や亡者の念が散っていくため、イヤでもアイナノーアに意識を割いてしまう。
支配下にない個体でも、死霊であれば完全に制御できるようになったからだ。
なのでむしろ、付近に聖具があるとちょっとだけ困る。
大した用事ではないのに、それなりに格の高い死霊を召喚しなきゃいけなくなったりするから。
同じ理由で、ララヤレルンにも秘宝匠組合は入れていない。
イリスに群がる死霊たちも、「アァァァァ……」って感じで空の彼方に落っこちて行く。おい。ちょっと可哀想だろう。
「アイナノーア姫殿下。相変わらずご健勝のようで何よりです」
「って
「ハハ、ウケる」
「何それー! せっかくこの私が認めてあげてるのに! あ、見て!
ぷんすかぷんすか。
アイナノーアは外見はめちゃくちゃお淑やかな前髪パッツンお姫様なのに、見ての通り内面はとっても軽い。
フランクでライトアップで、すぐ別のコトに意識が進んでいく。
ゴーイングマイウェイでポジティブシンキングの塊みたいな女だ。
初めて会った時も、いきなり空からララヤ・シュロスに降って来て。
──貴方が群青卿ね! 私と勝負しましょ!
と、いきなり聖槍で突っ込んで来たので、森羅斬伐ではたき落とした。
以来、「この私が墜とされた……!?」「やるわね!」「また来るわ!」という……
(こっちの話を聞かずに、忘れた頃に絡んで来る……)
何が楽しいのだろう?
分からないが、ゼノギアから「彼女は私の命の恩人です」とも話を聞いているし、陽の気が強いだけで悪いヤツではないのだと思う。
でも、陽キャってたまにナチュラルに自己中なヤツっているよな?
ケントも一見爽やかそうで良いヤツそうなんだけど、人の気持ちには無頓着っていうか、あまり他人への気遣いが出来ないっていうか。
俺が聞こえないフリをしたり、何回も話題を逸らしたりしているのに、〝自分が何百回でもぶつかっていけば、いつかは必ず!〟みたいなノリで日輪剣の場所を聞いて来るし。
盗まれた過去があるなら、そりゃ持ち主に返すのが筋だとは分かっているんだが。
一応、アレクサンドロの墓標代わりだし。
もう折れちゃって、とっくに聖剣としての機能は無いし。
想い出を壊したくないって気持ちがあって、言葉を濁し続けてしまう。
あと、なんていうか自分の宝物に他人が「それ俺のな!」って無遠慮に触れて来る感覚っていうの?
自己中なクラスメートに自分の筆記用具を勝手に使われるみたいな、そこはかとない不快感。
(つーか、何で俺が在り処を知ってるって分かってるんだ?)
日輪剣の行方を追ってたらなら、それはアレクサンドロの行方を追ってたって意味だ。
ってコトは、アレクサンドロがどんなヤツで、何処に向かってから消息不明になったかを長い時間をかけて調べ上げたってコトだろうか?
だとしたら、俺の噂はリンデンから広がってるだろうし、絡まれるのも致し方ない必然なのかもしれない……
(人生、何が原因でどんなヤツと縁が出来るか、分からないもんだなぁ)
因果である。
そう思う今日この頃。
「──って、もう
「アレ! アレよ! 見える?」
ララヤからドラゴンの背にしがみついて、まだ一時間そこらの感覚だが。
アイナノーアの視線を辿ると、たしかに
西から吹く〈ドラゴンの翼風〉によって、向かい風もあるだろうに。
黒飛龍の両翼は、まさに雄飛という表現がピッタリ似合う羽ばたきで、前へ前へ進んでいく。
(……となると、あそこら辺が)
西方と北方の狭間にある〈
鉄諸島、鸚鵡貝諸島、海上都市国家クラルケン、さらに奥の西端には──
(まだ見えないけど、きっと
世界って広い。
「西海に入りましたわ! 陸に着いたら! 一度イリスに食事をさせますので! もう少ししたらゆっくりできますわよ!」
「分かりました!」
そうこうしていると、ガブリエラ王妃からも合図があった。
空の旅なんてどんなトラブルが待ち構えてるか分からんから緊張していたが、ドラゴンの威光のおかげでまったくトラブルらしいトラブルは無さそうだ。
このまま何事も無く、スムーズに目的地まで行けるのを願うぜ。
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tips:群青卿の西征パーティメンバー
群青卿、メランズール・ラズワルド・アダマス。
火傷顔、ベロニカ・レッドフィールド。
白雷聖姫、アイナノーア・エリン。
英雄剣、ケント・トバルカイン。
以上の四名を、ウェスタルシア王国の黄金妃ガブリエラ・ベルセリオンが彼の地まで導く。