ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#234「怪物岬」

 

 

 海岸沿いに近づくと、ガブリエラ王妃の言っていた通り、黒龍は速度を緩めた。

 新幹線から準急運行の電車くらいの速さになり、空の旅が始まって初めて快適と呼べる時間が訪れる。

 とはいえ、手はすっかりかじかみ、必死にしがみついていたから全身の痺れも凄い。

 思っていた以上に、これはなかなかハードな体験である。

 

「まだ目的地には着いていないだろう。どうして速度を緩めたんだ?」

「聞こえてなかったのか? 一度陸で、食事休憩を挟むんだよ」

「我々の?」

「ドラゴンのだけど、まぁ俺たちの休憩でもあるな」

 

 だいたい三〜四時間ほどは経過しただろうか。

 朝からずっと飛びっぱなしで、もう海を越えてしまった。

 恐らくこの中では、最も体力がある俺でも疲労を感じている。

 ベロニカの表情は変わらないが、内心では素直に喜んでいるに違いない。

 

「イリス。ご飯の時間にしましょうね」

「CuRuRuRuRuRu」

 

 ガブリエラ王妃が声をかけると、ドラゴンもたぶん嬉しそうな声で応答を返している。

 にわかには信じられない光景だ。

 しかし、本当に絆を結んでいるのだろう。

 海岸に着地すると、俺たちは全員とも地面の感触に感謝した。

 

「あは! まだフワフワしてる!」

「フワフワ?」

「やっと地面に降りられたけど、心は空を飛んでる感じ?」

「アイナノーア様は空に慣れているのでは?」

「ええ。でもちょっと違う感覚!」

 

 長身長躯長髪。

 エルフのプリンセスは「うっひゃー!」と足踏みを繰り返しては、「うーん!」と伸びをする。

 それを横目に、肩を竦めたベロニカは早速タバコに火をつけ、懐から酒瓶を取り出していた。

 冷えた体をアルコールの力で温めるつもりだ。

 どうせ中身は龍火酒(ドラゴンウィスキー)だろうし。

 

「またもう少ししたら、空ですよ?」

「だから何だ小僧」

「小僧!? し、失礼ですね貴方は!」

「ガキが大人から楽しみを奪おうとするもんじゃない」

 

 ケントからの忠告も鼻で笑い、ベロニカはゴクゴク酒をやり始めた。

 普通なら心配する一気飲み。

 しかしベロニカは、肝臓が常人のうん十倍も強いので、酒瓶一本くらいじゃほろ酔いにもならない酒豪である。

 

 俺もギルベルトに用意してもらった携帯食(白貂鼠(カリュオネス)のサンドイッチ)を取り出し、水筒から柘榴生姜(グラナベリス)のホットドリンクを飲む。

 

 保温性がイマイチなので、もうだいぶヌルくなってしまっているが。

 服の内側で体温と一緒だったので、まだ優しい温かみを感じられた。

 

「あー! なんかひとりだけ良いもの食べてる!」

「アイナノーア姫殿下も食べますか?」

「アイナでいいわ。くるしゅうない」

 

 つまり寄越せと。

 仕方がないので二つ目を差し出す。

 せっかちなお姫様のコトだ。

 恐らくエリンからララヤに来る際、お付きの者たちは絶対に弁当を用意していたはず。

 なのに手ぶらなのは、初めてのドラゴン旅に気を取られ、周りの声を聞かなかったのだろう。

 

 聖槍は自動追従くさいし、マジで身につけている物だけが荷物っぽい。

 

 対照的に、少年護剣士は一番荷物が多そうだ。

 腰に佩いてる双剣然り、きちんと自分の携帯食(肉の干物のようだ)も用意しているし、肩掛けの背嚢も背負っている。

 言い換えれば、きちんと旅の準備をして来た旅慣れした者の装い。

 

 まだ十四歳なのに、アイナノーアとは差しかなかった。

 

(……ちなみにアイナノーアの年齢は、二百二十八歳)

 

 このなかで最も年寄りなのだが、精神年齢は最も低いと思われる。

 今も俺から渡されたサンドイッチを頬張り、「まぁまぁね!」などと言っているし。

 無礼というより、子どもみたいに正直すぎる性格である。

 そんな風に眺めていると、

 

「まったく。とんでもない女性たちですね」

「ん?」

「北方の女性は慎ましさに欠けるというか。分を弁えないというか。群青卿もさぞや大変でしょう」

「……んん?」

「旅のあいだ、男は僕たちだけです。いざとなれば、僕らが彼女たちを守らなければならないのに……やれやれ」

 

 ケントが物凄いコトを言いながら話しかけて来た。

 ヤバいな。ひっさしぶりにこんな男尊女卑的ムーブを見たぞ?

 さりげなく北方ディスも入ってるし。

 小声だから平気だと思ってるかもしれないが、アイナノーアの耳がピクリと動いている。

 余計なコトは言わない方が良さそうだぞ、ケント・トバルカイン。

 ここはちょっと、軽く釘を刺しておくか。

 

「俺からすれば、オマエも含めて守る必要がありそうなんだがな」

「え?」

「でもま、ウチの女性陣と同格って触れ込みだし、ウェスタルシアの護剣士の実力、期待はしてるよ」

「えっ、ええ! もちろんです!」

 

 失言に気づいたか否か。

 そこは分からなかったが、相手はまだガキ。

 軽く背中を叩いて、「ガハハ」と笑って誤魔化しておく。

 

 西方大陸(ゾディアス)の空は明るい。

 

 どうやら天気は偶然にも曇天のようだが、東から差し込む太陽の光が見るからに北方とは違った。

 天使の梯子(エンジェルラダー)に照らされる海面が、キラキラと反射する。

 海岸沿いの黒岩で欠伸をしていたドラゴンが、騎手に頬を撫でられ空へ飛び立った。

 突風に煽られ、しばし踏ん張る。

 

「イリスには自力で食事をして来てもらいますわ。しばらくしたら戻って来るでしょう」

「しばらくとは、どのくらいで?」

「空腹具合にもよりますけれど、そうですわね……一時間くらいかしら」

「このあたりには、ドラゴンが腹を満たせるような獲物が?」

「北方からのお客様に向けて説明いたしますと、それはもう()()()()

 

 金髪の王妃は目をグルリとさせて、いかにもウンザリした声音で言った。

 

「このあたりは『怪物岬』と呼ばれていて、怪物の巣穴がいたるところにありますの」

「そんなところに降ろしたのか」

 

 ベロニカが敬語も忘れてツッコミを入れた。

 アイナノーアもキョロキョロ首を回す。

 たしかに、よくよく目を凝らしてみれば、周囲の岩場は物陰も多くて営巣には良さそうな環境をしている。

 問題は、どんな怪物がいるかだが。

 

「ご安心を。何が出てきても僕が退治してご覧に入れますよ」

「わー頼もしいー」

 

 棒読みで返事。

 やはり先ほどのケントの発言を、しっかり聞いていたのだろう。

 アイナノーアは珍しく皮肉げだ。

 ケントがやや気分を害した顔つきになる。

 

「で、何が出るんだ?」

「『青銅怪鳥』ステュムパリデス、『蟻獅子』ミルメコレオ、『蛇牛』オピオタウロスなどですわ」

「などと来たか」

 

 ベロニカが酷薄な笑みを浮かべて、肩を揺らした。

 いま挙げられた三つの名前は、いずれも神話世界の怪物として有名である。

 グリフィンやセイレーンと同じく、何処(いずこ)かより迷い込んだ非常識な生き物たち。

 

 ステュムパリデスは体が青銅で出来た鳥で、大きさは人間と同じくらい。

 普段は青銅の像に擬態してジッとしているが、人間が近くに寄って来るとたちまち金切り声をあげて襲って来る。

 鋭利な羽を飛ばして遠距離から攻撃してきたり、どう見ても無機物なのに生き物だという不可思議生命だ。

 

 ミルメコレオは上半身がライオンで下半身が蟻。

 蟻のように地下に巣穴を掘って、獲物を群れで襲う。

 猛獣の恐ろしさと、虫の奇怪な悍ましさを併せ持った極めて獰猛な異形である。

 

 オピオタウロスも似たようなもので、こちらは上半身が牡牛で下半身が蛇。

 体の前半が草食獣だからと言って油断は禁物。

 下半身は大蛇のそれで、一度獲物に巻き付けば、人間など簡単に絞め殺される。

 食うためではなく、殺すために襲いかかってくる残酷性を秘めている。

 

「──と、噂をすれば何とやらか」

「いるな」

 

 ギチリ、ギチリ。

 歯を鳴らす音。

 岩場の物陰から、出てきたのはミルメコレオの群れ。

 ドラゴンがいなくなった途端、新鮮な肉の匂いにつられて巣穴から出てきたらしい。

 数はざっと、二十くらいか。

 大した脅威じゃないが、

 

「どうする? 誰が片付ける?」

「僕がやりますよ。構いませんよね? ガブリエラ王妃」

「結構ですわ。この程度の露払い、自己紹介がてらやってしまいなさいな」

「承知──では、参ります」

「お手並み拝見ね?」

 

 ケント・トバルカインが、俺たちに見守られながら双剣を抜き放った。

 

 

 

────────────

tips:怪物岬

 

 怪物がたくさんいる岬。

 西方大陸(ゾディアス)は四方の超大陸のなかで、最も冒険譚が多い。

 その所以は、人界を脅かす怪物の豊富さにも由来している。

 神々は去りしども、神話世界へ繋がる門扉は去らじ──

 

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