ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
怪物岬での休憩が終わり、それからまた二回ほど休憩を挟んだ。
最初の休憩では怪物たちに襲われる挨拶みたいなイベントがあったが、あれからは幸運にもこれと言ってバトル展開は無い。ゴブリンとも会えていない。
俺たちの空の旅は、晴れ渡った空と同じくらい穏やかに続いている。
食事をして適度な運動も挟んだ。
強ばっていた全身に血流が回って、体力もこまめに回復できている。
常秋の超大陸は気温も穏やかで、とても過ごしやすく。
黒龍イリスのスピードも、日が茜色に染まって来る頃合いには、再び準急運行電車くらいになって。
今は景色を楽しむ。
そんな余裕も密かに生まれていた。
ドラゴンの背中から眺める絶景。
もしもヒーリングミュージックをBGMに流せたなら、さぞやチルい時間を満喫できただろう(この頃になると強烈なドラゴン臭にも鼻が麻痺してしまっていた)。
だが、四度目の速度の低下は、もう休憩の知らせじゃない。
ウェスタルシア王国の王土、
空から見下ろすと、まさに〝ファンタジー世界の王国〟といった感じで。
白亜の巨大な城を中心に、
空を飛ぶ黒龍イリスの帰還に沸き立っているのか、歓声のようなざわめきが微かに風に紛れる。
「……なるほど」
「? 何が、なるほどなんですの?」
「あ、いえ、ちょっとした感傷に駆られただけです」
「感傷? 失礼ですが、ウェスタルシアに何か思い入れでも?」
ガブリエラ王妃が、不可解という顔で訊ねて来る。
なのにどうして、群青卿がウェスタルシア王国を見て感傷などに駆られるのか?
説明するのは少し気まずかった。
「もちろん、こうして貴国を訪ねるのは初めてです」
「では、なぜ?」
「口にするのは気まずいですが、
「? 連合王国の首都も結構な活気だったと思いますわよ? 群青卿の祖国も、きっとそうなのではなくて?」
「そう仰っていただけるのは嬉しく思います」
しかし、差はやはり歴然だ。
建築物、往来、密度の濃さ。
何より人々の熱気。
遥か地上の営みが、夕刻になるというのに空まで喧騒を感じさせる。
その昔、年老いた魔術師が鬱積と共に語っていた。
──
あの言葉には、様々な想いが積み重なっていたにしても。
雪烟る黒白の死世界に追われるしかなかった過去を、悔しく思っていた響きはあの時にも読み取れた。
たしかに、これだけの繁栄を〝異邦者〟というだけで奪われざるを得なかったのなら、古代初期のダークエルフは相当な屈辱を味わったコトだろう。
(
だから、
「忘れてください。すでに終わった話でした」
「はぁ」
釈然としない様子のガブリエラ王妃には悪かったが、話を打ち切る。
すると、ガブリエラ王妃も「いえ、時間もそろそろですものね」と気を取り直した。
お互い、ここで深く立ち入る仲でもない。
ガブリエラ王妃にダークエルフに対する差別的な雰囲気は見受けられないが、この女性の役割はあくまでも今回、案内人。
私人として接する以前に、公人としての立場がある。
適切な距離感を考慮し、
ドラゴンは王城の真上を通過し、辺境の方角、南へと向かっていく。
「では、もう残り
鞍の上で器用に体の向きを変え、ガブリエラ王妃が反対側、俺たちの方へ振り返る。
全員の視線が必然、この場で最も高貴な身分の女性へ集まった。
茜の斜陽を斜めに浴びて、ブロンドを真っ赤に燃やした黄金の妃。
聖剣王は伴侶に恵まれている。
「
皆様ももうお分かりだと思いますけれど、ここでは気候も土地も大半が穏やかで、四方の超大陸のなかでは最も住みやすい〝アタリ〟の地とも云われていますわ」
わたくしも生粋の西方大陸人として、それは事実だと感じています──特に
「ですから、セプテントリオンのお二方には心から尊敬の気持ちを抱きましてよ?」
その補足に、アイナノーアと二人、微苦笑が漏れるのは仕方がない。
(いや、微苦笑してるのは俺だけか)
アイナノーアは右横で「それほどでもあるわ!」とドヤ顔だった。
謙遜というのを知らないのだろうか。
(けどまぁ……)
俺たちは此処に比べれば、たしかに〝ハズレ〟を引いている。
ベロニカがカウントから外れたのは、
同じ理由で、ケントも除外されたな。
二人ともこれと言って、特に反応は無い。反論も異論も無いからだろう。
ガブリエラ王妃は、そんな俺たちの反応を確認しながら、
「ですが、住みやすく過ごしやすいというコトは、必ずしも生きやすいコトとは等号になり得ませんわね」
落ち着いた気候と環境。
それら
ヒトとそうでないモノとの物語が、たくさん紡ぎ出されては語られて来たと王妃は語る。
「
エトセトラエトセトラ。
人界は繁栄し、異界も溢れ、英雄や聖君が誕生し、賢者と愚者が踊って、悲喜劇に彩られ。
どこもかしこも坩堝のよう。
「それこそがかつて古代四大に数えられし西の超大国──『アークデン・メガロポリス』の滅び去った後に残った……いま、皆様がご覧になられている
「何が言いたい」
タバコの紫煙を吐き出して、ベロニカが率直に本題を促した。
ケントが「不敬ですよ!」と怒る。
が、
「構いませんわ」
「しかしガブリエラ王妃……」
「話がちょっと迂遠だったのは事実ですもの」
ごめんあそばせ、と謝罪を口にし。
ガブリエラ王妃が上品に微笑むその頃には、ウェスタルシア王国の王土はだいぶ後ろで完全に背景になっていた。
「今回のご招待、実を言うと我が国は『
「──と、おっしゃいますと?」
「鯨飲濁流復活は、超大陸の垣根など越えた人界共通の凶事。先ほど挙げた伝説のなかにも、彼の吸血鬼によって食い散らかされたとされるものが、幾つかありますわ」
「「「!」」」
つまり、これは共闘である。
白嶺の魔女の忌み名が轟き渡っているのと同じように、鯨飲濁流の忌み名も世界には轟いていて。
悪しき大魔の暴虐に抗うには、聖剣と龍の威光を誇るウェスタルシア王国でさえ、異国に協力を惜しまない判断を下した。
あの悪魔はそれほどに恐れられている。
「我が国はただでさえ、内に抱えた
神話世界ロスランカリーヴァは、噂では混沌と狂気に満ち溢れた〝滅亡後〟らしい。
そこでは神代の怪物や魔物、狂気に彷徨う英雄現象、罪深き流刑者などが暮らしているとか。
ウェスタルシア王国はそんな〈
「招かれざるお客様なんて、だから本当に望んではいませんのよ?」
「北で起きた厄介事は、北で片付いて欲しい。要はそう言いたいのか」
「明け透けに言えば」
それは素直な告白で、為政者の発言として考えるなら、かなり大胆だと評価を下さざるを得ない。
けれど、不思議とイヤな感じはしなかった。
きっとガブリエラ王妃が、眉尻を下げて申し訳なさそうにしていたからだろう。
この女性が負い目を感じる必要など、何処にも存在していないのに。
「っと」
黒龍イリスがそのとき、不意に一際強く羽ばたいた。
高度がググンッ! と上がっていく。
「目的地に着きましたわね」
「なに?」
「じゃあここが?」
「下はもう最厄地ですか」
大地を見下ろすと、たしかに遥か眼下に銀色の霧のようなものが見えた。
霧は濃く、空から俯瞰すると分厚い絨毯のようにも、あるいは何かそういう形の無い生き物のようにも思える。
というのも、よくよく目を凝らして見てみると、内側から〝動き〟があるのだ。
それは心臓の鼓動のような一定のリズムで、あちこちから浮き上がりかけては沈んでいく。
異様な雰囲気。不気味な印象。
「……ったく。中に何がいるのやら」
「ねえ。向こうを見て!」
「……ッ」
ベロニカの呆れた一言に、アイナノーアの声が続いた。
その視線の先には、霧の
クレーターである。
「ひどいな……」
ただのクレーターじゃない。
たとえるならそれは、アイスクリームだ。
アイスクリームをすくう道具、アイスクリームディッシャーを何個も使って、一度に子どもの落描きみたくグチャグチャと地面を削り刮いだ跡。
「銀色の霧のスピードはカタツムリよりも遅いですわ。でも、これが半年以上も続けば……」
災害。
しかも、向かう先は真っ直ぐ北になっている。
「貴国はよく、今回の申し出を引き受けてくれましたね……」
「ですから、待てるのはせいぜい一週間が限度なのでしてよ。一週間経てば、この災害は次の村に辿り着きますから」
「それでも、充分すぎる協力です」
「では、約束の物を」
禁忌の叡智『
「……確かに」
「中身を読めるんですか?」
「いいえ? わたくしが読めるのは、たった三つの〝ことば〟だけ」
でも、それが確認できたと。
ガブリエラ王妃は厳重に自身のベルトに本を括り付ける。
そして、
「一週間経てば、我が国はアレに攻撃を仕掛けますわ。たとえ皆様が、目的を達成できたかできなかったか、あるいは脱出できたかできなかったが一切不明だったとしても、禁忌の叡智を用いて確実にアレを排除するでしょう」
「貴国民であるケント・トバルカインの安否も、考慮はなさらないと?」
「僕の使命は日輪剣の回収です。それが叶わないのであれば、どのみちこの命など有って無きがようなもの」
「……本人からもこの通り、承諾は得ていますわ」
したがって、俺たちに許されたタイムリミットは十一日間。
猶予を持って臨むのなら、残り十日がミッションクリアのマスト条件になる。
外からの攻撃が中にどんな影響をもたらすのか。
入ってみないコトには想像もできないが、どうあれ話はまとまっていた。
「……で、話は分かったが。どうして地上に降りないんだ?」
「それなのですけれども」
タバコを咥えながら眉を顰めていたベロニカに、ガブリエラ王妃がニッコリ笑った。
意図の読めない不審な笑顔。
「皆様、ここで飛び降りていただけませんかしら?」
「「「は?」」」
「分かったわ!」
飛行能力のあるアイナノーアだけが元気に返事をしたが、他はそうもいかない。
しかし、「どういう意味ですか?」とガブリエラ王妃に訊ねる暇は与えられなかった。
黒龍イリスが突然、優美な首をグルン! と仰け反らたかと思うと、見事な後方宙返りを始めたからだ。
それと同時に、俺たちの体を固定していた命綱のロープがバチン! と切断される。
「「「は? ──は!?」」」
「ごめんあそばせ! でもわたくし、怖いのであの霧には絶対近づきたくないですわ! 近づいたら死! 絶対そうに決まってますもの!」
みんなみんな死ぬんですわ! いやぁぁぁぁぁぁッ!!
最後に顔を青ざめさせ、ウェスタルシアの王妃がドラゴンに跨りながら去っていくのを見送る。
まさか今までの冷静で威厳のある様子は、ずっと恐怖心を我慢したものだったのか?
自由落下の風圧が、投げ出された体にダイレクトにぶつかって来た。
体重+所持品(森羅斬伐)の重さで、俺がどんどん加速していく。
──ピカ! ゴロゴロゴロ……!
「イェイ!」
「ふざけた王妃だ……!」
「クッ……どうしますか!?」
このままじゃ三人、自由落下で死ぬかもしれない。
人体が破裂しても、俺はどうせ助かるが二人は即死する。
霧に触れた瞬間、願わくば異界法則が働いて何とかなるのを期待したいが……!
異界の門扉を開けようにも、逆さまの体勢で落とされたせいで空しか見えない。風のせいで顔の向きも変えられない。風つよッ!
「俺はいい! 二人を助けろ!」
聞こえているかどうか分からなかったが、せめてもの抵抗でアイナノーアに向かって叫ぶ。
すると白雷が、呼応するみたいに弾けた。
しかしアイナノーアの飛行は、フェリシアのように融通が効かない。
二度、三度と光が瞬き──
(クソ、ダメか……!)
最後に見えたのは、辛うじて蒼色のリボンが音を置き去りにする場面。
アイナノーアはベロニカに間に合わなかった。
だから、
「行け!」
死霊を送るしかなかった。
俺もそこで、銀色の霧に包み込まれる。
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tips:西方大陸
天高し秋麗の大地、ゾディアス。
東西南北の西、〈渾天儀世界〉に存在する四つの超大陸の内がひとつ。
気候と植生、自然環境については地球におけるヨーロッパをイメージすると良い。
実り多く者皆肥え、何処よりも繁栄と凋落を繰り返す。
ここで生活するものは、かつて古代四大で最も栄えたとされる巨帯都市、アークデン・メガロポリスの末裔がほとんどである。
人も人ならざるモノも、おしなべて。