ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
森。
そして気がつくと、俺は完全に森にいた。
何処から何処を見渡してみても、森である。
紅葉に染まった秋の森。
「これは……いや、ここは……」
意識に不明は無い。
銀色の霧に包み込まれた瞬間。
つまり、つい今しがた。
たった一秒ほど前から、俺の意識は俺の自意識を信じる限りにおいて連続したままだ。
「だけど、霧がない」
銀色の霧は掻き消え、代わりに現れたのは黄昏色に縁取られた見知らぬ森。
まるで異界の門扉を潜り抜けた時みたいだ。
服装や所持品を確認するが、自分自身にこれといった異常は無く。
ただ周囲の状況だけが、不自然に変化している。
「……要するに、無事に
異界の最厄地。
謎多き霧の向こう側。
女神カルメンタに呪われた場所。
試しに適当な死霊を召喚してみる。
「──?」
「何でもない。喚んだだけだ」
何ですか? との質問には悪いなと返答して送還。
とりあえず、
一応、この森が何らかの上位存在に支配された〈
「あ、いや」
即断は早計か。
この森に上位存在がいるかいないかは今のところ分からないが、ここは当面、判断を保留しておこう。
いないと断定するより、いると仮定しておいた方が安全だ。
少なくとも〝超危険!〟って感じはしないので、当面は安全な場所だと信じたいが。
「……アイツらは無事なのか?」
周りに人はいない。
ベロニカ、アイナノーア、ケント。
三人の姿は確認できない。
恐らく、俺と同じで何らかの異界法則に囚われたのだ。
あの霧に触れた瞬間に、自由落下によって起こるはずだった
「じゃなきゃ、俺自身の肉体はともかく服まで無事なはずがないからな」
気がついたら森の中でひとり立っていた。
とりあえず、現状から把握できる事実はコレだけ。
三人とも無事だと良いけれど。
アイナノーアとケントが少し心配だ。
ベロニカには直前でクッション用の死霊を送った。
(結果的に、要らない世話を焼いちまった形になるけど……)
たったいま、その反応が消失した。
正しくは、
何処にいるかは知らないが、少なくともベロニカは元気でやっているようだ。
そう。腹立たしいくらいに元気に。
「ったく」
普通、ここは合流のため、どんなに気に食わなくても我慢する場面だと思うんだが。
神に呪われた地、異界の最厄地であろうとも、ベロニカ・レッドフィールドに理性的な判断を下させるには足りないってか?
ケントよりベロニカの方が、俺を暗殺したがってそうだぜ。
「でもまぁ、時間は十日間しか無いからな」
周囲に人気が無いので、気にせず独り言を続ける。
続けるついでに、足元に死霊の小山を出して森の背丈を超えてみる。
ぐらぐらぐらぐら。
すると、
「やっぱりな」
樹冠の上から見渡す光景は、案の定だった。
ここは
銀色の霧も外側から見れば、充分に大きくて凄まじかったが……
「内側はもっと、広さが半端ないと来た」
森は思っていたより広くはない。
しかし、森の隣にあるモノがとんでもない。
三人とはぐれてしまったのは、考えようによっては不幸中の幸いだったかもしれない。
「──女神に呪われた
〈目録〉に記されし名は『エル・セーレン』
絶望異常成長混沌文明圏、エル・セーレン。
またの名を、
「古代四大が一、アークデン・メガロポリスの成れの果て」
ここは実質、かつて渾天儀世界に在った超大国と同規模の
どうやら俺は、その外縁付近に〝落っこちて〟しまったようだ。
死霊を使ったローラー作戦をするにしても、尼僧の墓所を探すにあたって、人手はなるべく分散した方が良いだろう。
それに、ベロニカもアイナノーアもケントも、三人ともクセがあって協調性に欠けている。
トーリー王とザディア宰相には悪いと思うが、こうなっては即席のフォーマンセルより単独行動の方がありがたいかもだ。
ベロニカ、アイナノーアは
けれど、トライミッド連合王国は彼女たちのスペックばかりに注目してしまって、肝心の人間性部分を見落としている。
アイナノーアはともかくとしても、ベロニカなんか完全に俺と相性最悪だ。
一方で、ケントの目的は公的なものと私的なものとで二つに分けられる。
公的な役割として、ケントは俺たち
俺たちが
そして、私的な目的というのは、もちろん護剣士としての役目である。
ケントは
俺が口を噤む理由には察しがついていない様子だが、いずれは聞き出せると信じて猪突猛進。
──僕が信頼を勝ち取れば、群青卿はきっと答えてくれる!
そんな感じで意気を燃やしている。
たしかに、見ず知らずのガキにアレクサンドロの剣をくれてやるのは気分が進まない。
そういう気持ちが完全に無いとは言い切れないにしても。
何だろう。ケントの勢いとかかな? ちょっとモニョる。
ので。
「どっちにしろ、俺と同じ
三人とも、仮にも大国から〝準英雄級〟と太鼓判を押されて選ばれているのだ。
あの吸血鬼との戦いも視野に入れて。
それぞれ成長を見込まれている人材でもある以上、俺がここで何でもかんでも面倒を見てやる必要は無い。
死霊の小山を送還して着地。
「──んじゃ、やるか」
魔術式起動。
闇人化完了。
解号は、
「“
生存報告と居場所報告。
及び、三人に安心を与えてやるための開幕一斬。
世界破壊の英雄奥義が、秋の森の空を一条に斬り裂く!
結果、
「──硬いけど、加減の割に開いたな」
エル・セーレンの空は割れた。
外側に銀色の霧っぽいものも隙間から見えた。
だったら問題ない。
「たとえどんだけ広くても、これだけ目立てば何処からでも分かっただろ」
本気でやれば脱出は余裕だ。
三人にもそれが伝わったはず。
三人以外の誰かや、何かにも伝わっただろうが関係ない。
俺はここにいる。
来るなら来い。
俺も行こう。
話はただそれだけなんだからな。
森羅斬伐をグルンと回し、首の骨を鳴らす。
──直後だった。
「……ん?」
森の中が突然、
先ほどまで立っていた場所とは違う。
地面も、木立も、同じ森という環境なのは変わらないが、急に別の場所に変わったのだ。
見間違いや勘違いじゃない。
サバイバーだったプライドに懸けて断言できる。
しかも何より、
「──シャァァ……」
「ゴブリン、か……?」
薄緑色の皮膚。
小さな背。
黄色い目と乱杭歯。
長くて太い鷲鼻に尖った顎。
髪は生えずハゲ頭で、眉毛も無い。
体毛がまったく無い特徴は、世界で一番有名な怪人種族の名を指し示す。
しかし、醜く奇怪な容貌だからといって、舐めてはいけない。
服も着ているし装備も大したものだ。
鹿の角を模して作ったのだろう金属の冠。
手には剣身が三つ又に別れた奇妙なショートソード──いいや、フォークソードを握り締め。
「シャルシュゥアッ!」
ゴブリンは襲い掛かってきた。
小さな背丈を利用した低い位置からの刺突。
地面を舐めるように、限界まで身を滑らせたそれは悪手にも見えるが速度が早い。
尋常の戦士が相手であれば、咄嗟に判断が遅れて刺されていたかもしれない。
「なるほどな」
「シュアッ!?」
ゴブリンの足を、死霊に掴ませて転倒させる。
つまるところ、これは森からの攻撃だ。
今しがたの英雄奥義で、俺は脅威と判断されたらしい。
「典型的な異界だな。帰らずの森、惑わしの森、行きては戻れぬ恐ろしの森」
ゴブリンの首を踏みつけて息の根を止めると、景色がまたしても変わった。
今度はキメラが現れる。
獅子と山羊と蛇のオーソドックスなタイプだ。
「こっちを殺せるまで、さては延々とシャッフルし続けるつもりだな?」
「GAAAAA──ッ!?」
巨人の死霊を出して、絞め殺させる。
すると、次は獣神が現れた。
全身が黄色い葉っぱで出来た銀杏穴熊だ。
サイズはキメラより小さくなったが、危険度はこちらの方がバカにならない。
目と目が合う。
還元法が始まる。
ああ──それはマジでやめて欲しい。
「“
間に巨大な氷の堅壁を召喚し、環境神の権能を防御した。
神格は幸い、うちの亀の方が上だったみたいだ。
そのまま壁には向こう側へ倒れてもらい、銀杏穴熊を押し潰す。
サイズは小さくても、元は亜大陸、浮遊島に値する質量だ。
秋の森は一溜りもなく半壊した。
しかし、シャッフルは尚も続いた。
「マジかよ」
次に現れたのは竜種。
翼と後ろ脚無き蛇、リンドブルムだった。
際限とか無いのか?
このまま行ったら、さすがにヤバい……?
「すんなりとは行かせてくれそうにないな、エル・セーレン!」
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tips:エル・セーレン
異界の最厄地。
渾天儀暦6028年時点で世界宗教の座にあるカルメンタリス教(拝光教)の主神、女神カルメンタから呪われたとされている場所。
かつての超大国アークデン・メガロポリスの成れの果てとも云われ、世界から排斥されたモノの終着点とも噂される。
呪われたから排斥されたのか。
排斥のために呪われたのか。
由縁を識るモノは、銀色の霧に包み込まれた。