ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
付き合ってられない。
だから付き合わない。
森のシャッフル異界法則に際限が無いかもしれないと気づいた俺は、リンドブルムの相手はせずに空への脱出を試みた。
やり方はさっきと同じだ。
地面から大量の死霊を召喚して、小山状の足場を作って森の背丈を越える。
これを連続して跳躍を続ければ、『森』の範囲からは出られるだろう。
そう思って空へ跳んでみた。
が、最初の高見が許されたのは、脅威として見なされていなかったかららしい。
森羅斬伐を一度振るった後では、森は俺を積極的に殺そうとしていた。
死霊の小山を作れば、それと比例して森の背丈も伸びたのだ。
物理法則が完全に捩じ伏せられている。
「面倒だな──」
仕方がないので、大口を開けて追ってくるリンドブルムから逃げながら、森の奥へ走る。
もちろん、森羅斬伐をもう一度振るえば、この程度の〈小領域〉は労せず破壊できる。
脱出も簡単だ。
(けどそれって、この程度の異界にも森羅斬伐を使わなきゃいけないみたいで──)
情けない。
斬撃王ヨキにも胸を張れないムーブメントだ。
だから、最短で最速で、正面から異界法則を打倒する。
(まず、この手の異界は、森そのものが異界のヌシであるパターンが多い)
黄昏色の光の中。
木々の合間を縫って、強く腐葉土を踏みつける。
次第にその光景が、
俺は判断を下した。
「──そうか。奥には来て欲しくないか」
「GYAAAAAAAAAA──!」
竜蛇の顎が背後で歯を噛み鳴らす。
リンデンにいた頃の俺だったら、それなりに恐ろしいと感じて冷や汗を流しただろう。
しかし、ルゥミオリアを識った今では、蝿ほどの煩わしさしか感じない。
この森のヌシは、間違いなく森そのものだ。
森に入った者を惑わせる。
それは妖精や精霊、魔物、人ならざるモノが犯人であるパターンも往々にして多いが。
それらが居る場合は、意外にも穏便に異界から出られたりもする。
というのも、ヌシ側もヌシ側で訪問者の格を見定めており、相手が格上だと分かれば、自分から手出ししたりはしないからだ。
例えば、そうだな。
リンデンの銀冬菩提樹と丸酸塊の森に、たまたまユリシスがやって来たとしよう。
意思があってマトモな存続本能を持つヤツなら、絶対にそんな馬鹿はやらない。
逆説的に言えば、マトモな存続本能を持たない機械的な存在。
怪異。
ルールだけが生きていて、ルールだけが正体であるパターン。
つまり、この世には〝帰らずの森、惑わしの森、行きては戻れぬ恐ろしの森というのがある〟──そんな概念・人々の思い込みが信仰となって生まれ落ちた異界こそ、
「オマエの正体だ」
種別としてはアレと同じ。
恐らく、最初に出てきたゴブリン、続くキメラ、銀杏穴熊、リンドブルム。
これらも本物ではなくて、限りなく実物に近い紛い物だろう。
ちょっと残念。
しかし最初に空から見渡した時、広さは確認済みだ。
「この規模の森で、こんな生態系はありえないんだわ」
ゆえに話は簡単。
「
“
森というフィールドを、丸ごと対象にした人為的な森林火災。
我ながら無法な手段だとは思うが、森が無くなれば怪異はルールを発動できなくなる。
ループするならちょうどいい。自分自身で延焼を広げるがいい。
そうして炎が広がった後では、奥に──
「……ああ。立派な木だ」
黄昏色から赤色へ。
この森を異界たらしめる、初めの切っ掛けとなったであろう大木があった。
しかしそれは、俺が燃やすまでもなく既に死んでいた。
妖木である。
渾天儀世界では、今や絶滅の渦中にある蠢く樹木。
その古老が、恐らく自らの養分を周囲に分け与えたコトで、大昔に小さな森を作ったのだろう。
だが、それは中心におどろおどろしい妖木の死骸を遺し、結果的に人間からの恐怖などを集めた。
(どうしてエル・セーレンにこんな異界があるのかは分からないけど……)
森は異界化し、踏み入った者を閉じ込めては襲うように変わってしまったのだ。
銀杏に似た匂いが消え、灰の匂いだけが辺りに充満する。
「リンドブルムも消えたな」
最後に同情心が湧き上がってしまったが、後悔は無い。
魔法の火炎は意図した通りに森だけを燃やした。
気を取り直して、妖木の死骸に背中を向ける。
止まっている暇は無い。
エル・セーレンの探索は、これからが本番なのだから。
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──
メランが『森』を脱した頃。
ベロニカもひとつの異界を脱していた。
「……フン」
鼻を鳴らす
その周囲には未だ頬を炙る火の粉と煤煙が漂い、よりリアルな〝火災〟の残火が燻っている。
簡単に消えたりはしない。
何故なら、炎による破壊の跡とはその予後にも深い傷痕を残すモノだから。
ベロニカの火炎はメランの魔法に比べても、決して生々しさで劣らない代物だった。
つい先ほどまで、ベロニカは『十字路』にいたのだ。
最初、気がついたら霜骨(霜の立ったスケルトン)の山にいて。
衝動的に目につくアンデッドを片っ端から燃やした。
燃やした後で、「ああ、これはあの男の」と気遣いに思い至った。
だが、やってしまったものは仕方がない。
燃やさなければ、いろいろ便利に使えたのかもしれないが。
自分自身の精神衛生上、燃やしてしまった方が良かっただろうと結論づけて、すぐに舌打ちした。
──あの男、よくも不愉快な真似を。
スキットルから
そして、ふと周りが『十字路』である事実に気がついた。
十字路の異界。
魔に逢いやすく、アチラ側の存在がコチラ側に潜む際に、えてして選びがちな境界線上型の異界。
一度入ってしまうと、謎の声に呼び止められたり。
振り返ってしまうと、無数の手のひらに捕まってアチラ側に引き摺り込まれてしまったり。
あるいは、馬車で通り過ぎようとすると、事故死者の霊なんかが相乗りを求めて付き纏ってきたりする。
刻印騎士団は魔物退治の専門家である。
ベロニカは直観的に異界の正体を見破り、自身は一歩も動かないまま『十字路』そのものを破壊したのだ。
境界線が原因なら、境界線自体を無くしてしまえば良い。
奇しくもメランより先んじて、似たような判断を下したワケである。
結果、案の定、十字路に潜んでいたと思しき魔物どもが苦痛の叫びを上げたが、ベロニカからすれば子守唄のようなもの。
愉悦に口角を歪め、「元いた場所に、さっさと帰れ」と嘲笑った。
途中、遠方の空がいきなりザクリと裂け、群青色の亀裂が走ったのを見上げながら。
──この規模の〈大領域〉を一撃で壊せるのか。
「やはりバケモノだな」
と。
自身も英雄に準ずるチカラの断片を垣間見せつつ、十字路が消えていくのを退屈げに見送ったのである。
小規模の焦土が出来上がるまで、少し時間は要してしまったが。
ベロニカは一歩も動かず、異界の最厄地『エル・セーレン』の最初の試練を打倒したと言って問題なかった。
が、
「フン」
再度、鼻を鳴らす。
その理由は、ベロニカがようやく初めての一歩を踏み出した瞬間。
突如、景色が一変したためだ。
「──合流は無理だな」
判断は即座に。
ベロニカの目前には、今度は十字路に代わって
異界の中の異界。
エル・セーレンが古代アークデン・メガロポリスの成れの果てだと云われているのは、ベロニカも知っている。
アークデン・メガロポリスがその昔、錬金術と商業で西の大文明を築き上げたのも、歴史を学んでいれば常識だ。
何より、ベロニカは
だから、
世界の暦がまだ四方大国暦と呼ばれていた時代。
古代600年頃。
「〝ある国では強欲に取り憑かれた商業団が、古き神性を目覚めさせて黄金の呪いを受けた〟」
ある国とは、アークデン・メガロポリスである。
そして、今現在ベロニカの眼前に広がっているのは、呪いによって黄金化した巨帯都市の欠片。
巨帯を成した構成都市のひとつで、後の世に戒めを込めて『
「いつの間にか世界から消え、今では架空の作り話だったとも語られる伝説の都が……」
まさか、エル・セーレンに呑まれていたというのか。
気がつけば都市の路上には、ドロドロに溶けた黄金──動いているので黄金スライムとでも名付ける──がベロニカを囲うように近寄って来ている。
黄金スライムの体積は増え続け、見る見るうちに氾濫した川くらいにはなりそうだった。
「金は好きだがな……触れられたら私もオマエたちの仲間か?」
分かりやすい脱出の糸口は無い。
カルメンタリス教の女神の呪いとはまた別の呪いだろうが、神性起因の異界である。
そこはかとない魔性は感じるが、魔物ではなく邪神の類か。
「チッ」
ベロニカは直観した。
この最厄地、エル・セーレンには。
大小さまざまな異界が、折り重なるように犇き合っている!
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tips:エル・セーレンの異界
①森:
シャッフルの発生条件は、森に潜む脅威を斃すコト。
しかし最終的には、絶対に勝てない脅威が現れ入り込んだ者を殺す。
例えば、入り込んでしまった者が森に〝巨龍がいても不思議はない〟と思っていれば、やがては終末の巨龍さえもが現れる。
②十字路:
一歩でも動けば、十字路に潜む魔物が一斉に現れ同時にルールを発動する。
何かひとつにでも引っかかってしまえばおしまいで、何にも引っ掛からないのは絶対に無理。
クソトラップ。