ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#239「ブルー・グリーン・スモッグ」

 

 

「貴方、お礼も言えないの?」

「お礼? 僕がどうしてお礼を言わなくちゃならないんですか?」

「何ですって?」

 

 メランとベロニカが、それぞれ森と十字路の異界で、エル・セーレン第一の試練を攻略開始していた頃。

 所変わり、異様な雰囲気の都市風景。

 青緑色の街灯が灯り、大気汚染(スモッグ)に霞んだ見慣れぬ異国の街並み。

 ケントとアイナノーアは、幸運にも孤立を回避できていた。

 しかし、その幸運を早くも自分たちの手で捨て去りかねない不穏な雰囲気(ムード)であった。

 

 瓦礫になった煉瓦の壁から、ケントが顔をしかめて立ち上がる。

 

「もしかして、今しがたの墜落事故を、人命救助だと勘違いなされていますか?」

「何よ。ちゃんと助かったじゃない」

「僕だから助かったんです! 普通の人間だったら、受け身も取れずに頭を打って死んでいましたよ!」

「じゃあやっぱり、貴方は私にお礼を言うべきでしょ!」

「……はあ!?」

「空から落っこちて大変だったところを、誰が拾ってあげたと思ってるの!?」

 

 アイナノーアの言い分は、自由落下の速度を緩めたのは自分なのだから、受け身を取れたのも自分のおかげだ。

 そのような理屈だった。

 眉を怒らせ、両腕を組み、顔まで逸らした見事な〝プイッ!〟に、ケントは「なんて女性だ!」と頭を抱えそうになる。

 

「あの霧に触れた瞬間に、物理法則なんか全部ぶっ飛んでいきましたよ! 貴方が何もしなければ、僕らは普通に着地できてたはずです!」

 

 ケントの言い分は、むしろアイナノーアがとんでもないスピードで自分を掻っ攫ったがために、無駄なダメージを負ってしまった。

 頭についた瓦礫の破片を払い落とし、そのような理屈を訴える。

 落雷の速度で煉瓦にぶつかれば、普通は受け身など取れない。

 先ほどの墜落事故は、ケントが普通ではないから助かっただけだと。

 

 だが、アイナノーアは納得いかない。

 

「空から落下してた時、貴方、一番慌ててたじゃない! メランさんだって、貴方たちを助けろって命じたわ!」

 

 だからアイナノーアは助けようとしたのだ。

 空での移動は難しいのに、頑張ってケントを捕まえたのだ。

 

「それに、異界の法則がどんなものかなんて、入った後じゃなきゃ分からないでしょ!」

「入った後じゃなきゃ分からない!? いやいや! 入る際の独特な感覚で、重力加速度が死んだのは貴方も分かったはずだ!」

「重力加速度!? 何それ! そんなの分からないわよ!」

「バッ……勉強しろ!」

「なんて礼儀知らずなの!」

 

 二人の相性は終わっていた。

 薄々旅の途上で、そうじゃないかとはお互いに勘づいていたのだ。

 

 ケントは若年だが、若年でありながら天才の自覚があり。

 言ってしまえば、他人よりも自分の方が優れた人間だと考えている。

 

 これは、小さい頃から賞賛を浴びて育った弊害などもあるのだが、ほとんど無意識下での差別意識である。

 

(これだから女性は! 学も無ければ適切な現場判断もできやしない! さっきもふざけてイェイとか言ってたし……!)

 

 そこに加えて、女性は男性よりも身体能力に差があるため、男女で比べたらどうしてもという現実。

 本人は客観的事実をもとに話しているだけで、何の悪意も持っていないのが余計にタチが悪いが。

 だからこそそれがナチュラルな女性蔑視として周囲には伝わり、アイナノーアには不快感を与えていた。

 

 何せアイナノーアには、二百年以上トライミッド連合王国を陰ながら守ってきた自負がある。

 

 女と男で身体能力に差があるのはエルフも同じだが、だとしても十年ちょっとしか生きていないニンゲンの男の子に侮られるのは大層気分が悪い。

 怪物岬でステュムパリデスを退治したのはアイナノーアなのに、あの後「武器が優れているだけですね」などと吐かされたのには心底カチンと来た。

 

 重力加速度? とかいうのはちょっとよく分からないけど。

 

 助けたか助けられなかったかとかを語る以前に、まず助けようとしてもらえた事実に礼を述べるべきではないのか。

 ごちゃごちゃ文句を言って来て、ちっとも器が大きくない。

 

(少しはウチの英雄たちを見習ったらどうなの? 英雄剣って二つ名、まったく似合ってないわね!)

 

 と。

 二人はそれぞれ内心で、お互いを罵倒していた。

 周囲の状況把握に努めるより先に、喧嘩が始まりそうだった。

 けれど。

 

 ──ザ グ リ ッ !!

 

「「!」」

 

 空が斬り裂かれる。

 大気汚染(スモッグ)に霞む悪質な視界でも、群青色の光は確認できた。

 

 英雄奥義。

 

 ()英雄である自分たちとは違う。

 本物の英雄が為す奇跡の技。

 群青卿、メランズール・ラズワルド・アダマスが二人の意識を現実問題に引き戻した。

 裂かれた空は少し遠いところにあるようだが、

 

「──凄い。アレが群青卿の……」

「姫殿下」

「な、なに?」

「どうやら僕たちは、こんなところで言い争っている場合ではありませんでしたね」

「……む」

 

 歳下の子どもに矛を納められれば、アイナノーアも矛を納めざるを得ない。

 二人は冷静さを取り戻した。

 ケントがコホンと咳払いをして、

 

「僕たちは相性が悪いようです。けど、ここは最厄地ですね」

「ええ。とっても大変なところだわ」

「この場所もどんなところか分からない。はぐれてしまった二人と合流するためにも、ここは一緒に協力していきましょう」

「異存はないわ」

 

 よし、と頷き合って。

 二人は不満を飲み込み、「「それじゃあまずは──」」と同時に提案した。

 

「私が空から二人を探すわ!」

「周囲の探索をやっていきましょう」

 

 意見が割れた。

 

「「……」」 

 

 しばしの沈黙。

 ケントが頬をヒクつかせ、アイナノーアがこれ見よがしな溜め息を吐く。

 

「いや、あの。いま僕たち、協力していこうって話をしたばかりですよね?」

「ええ。二人と合流するためにね!」

「合流するために()、ですよ! 貴方が空を飛び始めたら、どっちもひとりになるじゃないですか! 協力の意味ホントに分かってるんですか!?」

「あら、ウェスタルシア人はひとりぼっちになるのが怖い!? それくらい我慢しなさいよねチビ!」

「チ──!? このッバカ女め!」

「な! バカって言ったほうがバカなんですぅ!」

「子どもですか貴方は……!」

 

 ぎゃあぎゃあわぁわぁ。

 結局は喧嘩が始まってしまった。

 二人はそれから、しばらくして背中を向け合い……

 

「「もうやってられない!」」

 

 手分けという名の、単独行動を開始してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──その様子を、大気汚染(スモッグ)の奥から覗いているモノたちがいる。

 

 青緑の街灯に照らされているせいで、大気汚染(スモッグ)の正体が銀色の霧だと気が付かない愚かな稀他人(まれびと)

 神に呪われた地の住人たちが、その稚気と未熟を嘲笑う。

 生命の脈動なき蒸気機械の群れが、ギチギチと歯車を回して涎のように油を垂らす。

 

 ここはエル・セーレンで、実のところ最も大きい異界の中。

 

 絶望異常成長混沌文明圏。

 その最たる所以を表す大領域。

 古代アークデン・メガロポリスで、間違った文明を育ててしまったと語られる唯一の都。

 カルメンタリス教の女神に呪われた地。

 

 ──すなわち、最厄地の中心!

 

 銀色の霧の発生元でもある事実を、若き天才と幼い正義はまだ知らなかった。

 

 

 

────────────

tips:青緑の街灯に照らされた謎の異国都市

 

 最厄地エル・セーレンの中心にある異界(大領域)。

 カルメンタリス教の女神に呪われた原因と思しき場所。

 大気汚染が激しく、常にスモッグで霞んでいる。

 

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