ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
暗黒の御伽噺。
渾天儀世界には代表的な残酷童話がふたつある。
ひとつは、『白嶺の魔女』
言わずと知れたベアトリクスの物語であり、子どもを喪った母親たちの怨霊が我が子を求めて子どもを攫う恐怖譚。
魔女は攫った子どもに愛情を注いで育てようとするが、それ以外の存在はすべて悪魔と見なして殺してしまい、魔女の腕に抱かれた子どもも瘴気に耐えられず程なくして死んでしまう。
死んだ子どもを魔女は泣きながら食べ、二度と離れ離れにならないよう祈りながらも、慟哭は狂気を加速させまた新たな悲劇が生み出される。
渾天儀世界に広く知られた『白嶺の魔女』の物語は、概ねこのようなものだ。
その結末がどんな形だったか。
知っているのはごく限られた人間だけで、当事者である俺はもちろん言葉にできない想いを抱えている。
けれど、彼女たち母娘のコトを何も知らない人たちからしたら。
暗黒の御伽噺の『白』は、間違いなく残酷童話だし恐怖譚以外の何物でもない。
では、それと対を成す『黒』の方はどうか?
もうひとつの暗黒の御伽噺。
その題名は、『黒詩の魔女』
あらすじは〈目録〉にも記されている。
寂しがり屋の女の子。本が大好きな女の子。友だちが欲しい女の子。怖い大人が嫌いな女の子。いじめっ子が嫌いな女の子。
寂しそうで可哀想な子どもの前に、ふと現れる。いっしょに遊びましょう? お友だちになりましょう? 誘いに乗って手を取ったなら、クルクルクルクル無邪気に踊って楽しいひととき。
お絵描きもしよう。おままごともしよう。お菓子もいーっぱい。
だけど帰れない。お家がない。みんなみんなバイバイバイバイさようなら。
……子どもを攫う恐ろしい魔女。
それが暗黒の御伽噺の共通点であり、こちらは攫われた子どもがどうなってしまうのかが語られていない。
しかし、魔女は瘴気を漂わせる魔物だ。
攫われた子どもたちは『白』と同じで、遠からず死んでしまう──というのが、渾天儀世界での通説だった。
黒詩の魔女の発生背景が、白嶺の魔女ほど明らかになっていないのもあり。
ベアトリクスの恐怖譚に比べて、こちらは童話色が強い。
それでも、残酷な逸話には負けず劣らず事欠かない。
・子どもを取り返そうとした親が鍋で煮込まれ殺された。
・闇祓いの魔法使いが心の迷宮から帰って来られず廃人になった。
・一国の王が家畜に姿を変えられ、国民に振る舞われてしまった。
恐らく、黒詩の魔女はベアトリクスよりも〝童話の魔女〟としての側面が強いのだろう。
およそ魔女と聞いて想像し得る恐ろしい能力は、どんなに荒唐無稽なものでも持っているように思われた。
「ヴァシリーサチャンハ、コワイマジョダヨ!」
「ヤサシイマジョデモアルケドネ!」
「ルールニハキビシインダ!」
「ルールヲヤブッタラスグツカマッチャウ!」
夜明け。
朝になると、クロウタドリたちから重要な情報も聞き出せた。
「夜のあいだはダンマリだったのに、いきなり喋るんだなオマエたち」
「ダッテオニイサンモミタデショウ!?」
「ランプヘッドニツカマッタラタイヘンナンダヨ!」
「何が大変なんだ?」
「シラナイ! ケド、オッカナイ!」
「ツレテイカレタクナイ! ネー!」
ピーチクパーチク。
まさかこの言葉を、比喩じゃなくて本当に事実として感じる日が来るとは思わなかった。
だが、夜通し鳥籠の中で過ごした甲斐はあった。
クロウタドリたちは、黒詩の魔女に攫われた子どもたちだ。
数が多すぎて何人いるのかは分からない。
ただ、いま俺がいる鳥籠塔だけでも百羽(人)以上はいる。
今でこそ鳥に姿を変えられているけど、昨夜の一幕を見れば正体が人間なのは間違いない。
言動も幼く見受けられるし、中身は小さな子どもなのだろう。
「オマエたち、いつからここにいるんだ?」
「サァ? ワカンナイ!」
「トッテモナガクイルヨ!」
「そうか。じゃあ、覚えてる暦年を言ってくれるか?」
「レキネン?」
「ナァニィソレェ?」
「コヨミノコトダヨ!」
「エットネ、シホウタイコクレキナナヒャクニジュウイチネン!」
「……なるほど?」
しかも、子どもたちの中にはだいぶ歳を取っていない者もいる。
四方大国暦は古代の暦の呼び名だ。
721年が本当だとしたら、最低でも五千年以上昔の古代人がここにはいる。
クロウタドリに姿を変えられると、不老になるのかもしれない。浦島太郎どころの話じゃない。
鳥籠の街、ケージ・シティ。
「サラッと魔女の名前を聞いちゃった気がするけど、そのヴァシリーサちゃんってのは昨夜の真っ白い子で合ってるか?」
「ウン! アッテルヨ!」
「ヴァシリーサちゃんは、オマエたちを無理やり閉じ込めてるのかな?」
「ウウン! チガウヨ!」
「ルールハアルケド、ボクタチジユウダヨ!」
「……どういうコトだか、俺に教えてくれるか?」
クロウタドリたちと話を続ける。
「タシカニ、アタシタチミンナ、オウチニハカエレナイケド」
「ココデノクラシモナレタモノダヨ!」
「ソラモトベル! キモチイイ!」
たしかに、鳥籠塔の鉄格子はどれもクロウタドリたちのサイズとは合っていない。
隙間が大きすぎるし、鳥であればいつだって自由に空を飛んでいけるだろう。
魔女は子どもたちを無理やり閉じ込めているワケではないようだ。
クロウタドリの声色も、悲観的には感じない。
むしろどの子どもたちも、攫われたにしてはひどく明るい面持ちであるように感じる。鳥顔なので確信はないけど。
(問題はさっきから聞く、〝ルール〟ってのが何なのかだよな?)
クロウタドリたちは親切に教えてくれた。
クロウタドリじゃない誰かと会話するのが久しぶりすぎて嬉しいらしく、聞いたことには何でも答えてくれた。
ルールとは。
①クロウタドリは
②クロウタドリは夜になったら自分の止まり木で眠らなきゃいけない。
「たった二つ? それだけなのか?」
「ソウダヨ!」
「デモヤブッタラ、ベツノバショニツレテイカレルンダ!」
「モトノスガタデネ!」
「オニイサンモミタワヨネ!」
言い換えれば、ルール違反の罰則はそれしかないらしい。
聞けば聞くほど、不可思議だった。
俺はもっと残酷な現実を想像していたんだが、クロウタドリチルドレンはちっとも魔女を怖がっていない。
それどころか、元の姿に変えられるコト。ここから別の何処かへ連れ出されてしまうコトの方が恐ろしいという様子である。
何処に連れて行かれてしまうのか?
なぜ元の姿に変えられてしまうのか?
その理由を知っている者は、ひとり(一羽)もいなかったものの。
魔女に敷かれたルールを積極的に破りたがっている子は皆無。
(もしかしたら連れて行かれた先で、何かひどい目に遭わされてるのかもしれない……)
その可能性はゼロではない。
でも、こうなってくると俺は、どうしても黒詩の魔女に期待を抱いてしまった。
ベアトリクスとケイティナ以外の魔物で、これまで歩み寄りの余地がある魔物とは出会えていない。
だけど、同じ魔女なら?
ひょっとしなくてもひょっとするかもしれない。
そんな気がした。
黒詩の魔女、ヴァシリーサ。
どのみち俺は、異界の主であるあの子に会う必要がある。
魔女化しない限り、向こうが俺の存在に気がつく可能性は低い。
だったら、魔女化さえしてしまえばすぐに会えるとも思うが、ここはできる限り穏便に初対面を叶えたいとも思う。
これだけの〈大領域〉だ。
黒詩の魔女であれば、エル・ヌメノスの尼僧の墓所の在り処についても、何か情報を持っているかもしれない。
ローラー作戦の成果も、今のところは芳しくないし。
「なぁ、オマエたち」
「ンー?」
「ナァニ? オニイサン!」
「ヴァシリーサちゃんは普段、何処にいるんだ?」
「ア! オニイサンモ、ヴァシリーサチャントオトモダチニナリタイノ?」
「ま、そんなところだ」
「エットネ! コッカラソコノミチヲ、マッスグイクデショ!」
「ソノサキニ、『クイーンダム』ガアルンダッテ!」
「クイーンダム?」
「ヴァシリーサチャンガジョオウサマヲヤッテルトコ!」
「ふむ……」
ベアトリクスも死と冬の女王だった。
であれば、ヴァシリーサちゃんも女王をやっていてもおかしくないか。
夜になればランプヘッドの異形が、再び活動を開始するだろう。
朝日が昇ると、ランプヘッドたちは青銅色の街灯に戻って、眠るように目蓋を閉じていた。
直立不動。
俺が見つかった場合、どんな反応をするかは気になるものの──
「ありがとう。ちょっと行ってみるよ」
「エー! モットオシャベリシタインダケドナ!」
「マタキテクレル?」
「用事が済んで、余裕があったらね」
「ウワ! イマイチシンヨウデキナイヤツダ!」
「ミジカカッタケド、タノシイヒトトキダッタネ!」
「ホカノミンナニモジマンシナクチャ!」
鳥籠塔を降りて、クロウタドリたちに手を振り、騒がしくなってきた街を移動する。
目指すは黒詩の魔女の
睡眠は浅かったが、一晩ジッとしていたので体力は問題ない。
カラダをほぐしがてら、次なる目的地へ歩を進めていった。
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tips:ダークグリム・フェアリーテイルⅡ
暗黒の御伽噺。
古代に発生した魔女の伝説。
白と黒、どちらも残酷童話。
子どもを攫う恐ろしい魔物の物語。
黒衣を纏った白嶺の魔女。
白衣を纏った黒詩の魔女。
忌み名も含めて奇跡的に対照的な二体の大魔は、お互いの存在を意識しつつも、ついぞ出会うコトはなかった云う。