ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
黄金スライムによる包囲網を、何とか脱出できた。
夜を通して強欲の都ゴルディアを駆け回り、脹ら脛や太ももにひどい疲労を感じるものの、汗をたくさんかいたおかげでアルコールも抜けていった。
「どうだ!」
朝日を浴びて煌めく雫。
頬を伝って顎から滴り落ちるそれに、ベロニカは肩を震わして。
「見たかバカどもが!」
忌々しさタップリに、勝利の呪詛を吐いた。
加齢による衰えなど認めたくはない。
しかし今年で、四十になるベロニカ・レッドフィールド。
魔法使いは尋常人に比べて肉体が頑健だと言われているが、どうしたって若かった頃と今とを比べてしまう。
その度に呪詛を吐いて勝利を吠える。
伊達に第一線でカラダを張っていない。
黄金スライムは熱に弱く、炎を噴射すればドロドロ融解して動きが鈍くなった。
その弱点を見破り、活路を見出して走り抜けたこの十二時間(推定)。
押し寄せる津波のような黄金スライムたちに、ベロニカはついに足で勝利を収めた。
意地と気合いと根性と殺意。
その勝利だった。
黄金に固まった市場の一角。
潜り込んだのは大きな商館で、まったく気の休まらない金ピカ空間。
とはいえ、今のベロニカには背もたれのある椅子さえあれば何でも良い。
ドカッ!
と手近にあった黄金椅子に腰を下ろして、スキットルをゴクゴク煽る。
中身は酒ではなく水である。
年がら年中アルコール漬けと思われているベロニカだが、これでも歴戦の職業戦士。
最低限の備えはきちんとしているし、その時その場で何を優先すべきかの線引きくらいは出来た。
「……っ、はァ……」
唇の端から少量の水が溢れ落ちる。
落ちた水は、床に触れた瞬間に黄金化した。
その様子を改めて観察しながら、ベロニカは思う。
──この都の黄金は、明らかに呪いを発動する対象を選別している。
「しかも、条件は二種類ある……」
走っている際に気がついた。
思えば最初に、ゴルディアに立っていた時。
あの時点で気がつくべきだったが、あの時はまだ酒が入っていたから仕方がない。
酒はあらゆる免罪符になり得る。カルメンタリス教の坊主どもも、酒を信仰した方がいいだろう。おっと、まだ酒が残っているか?
背もたれにダラリと身を預けながら、天井を見上げる。
まず、ひとつ。
黄金にして強欲の都。
ゴルディアでは二種類の黄金が存在している。
「そう。動くヤツと、動かないヤツだ……」
動くヤツとは、言うまでもなく黄金スライムを指す。
アレが生き物かどうかは現状不明と言わざるを得ないが、少なくとも自律的に行動し、明確な行動目的を持ってベロニカを襲って来たのはパンパンになった足の筋肉が証明している。
つまり、〝黄金(可動)〟である。
翻って、動かないヤツというのはそのまんまを意味する。
いまこうしてベロニカが腰掛けている椅子然り、息を潜めさせてもらっている商館然り。
ゴルディアにある〝都市だった物〟の変わり果ててしまった姿。
路面、建屋、街路樹、露店、品物、人間。
総じて
要するに、〝黄金(不動)〟である。
「ァァ……前者は直接触られた場合にだけ、呪いが発動する……」
黄金スライムが触れた物。
通り過ぎた跡などをたしかに確認したが、これはまず間違いなかった。
アレに触れられ、一滴でも黄金が付着すれば、その端から黄金の粘液が大量に分泌され、全身が瞬く間に黄金で覆われ尽くしてしまう。
その結果、生き物は呼吸や身動きが不可能になって、生きたままオブジェ化。
すでに黄金化している物でも関係ない。
有機物無機物問わず、アレは動くものに反応して追ってくる。
追いつかれたものは悲惨だ。
巻き込まれたものも無惨だ。
黄金のコーティングは何度でも上書きされ、回数を重ねるごとに分厚い黄金のオブジェが出来上がる。
走っている最中、ベロニカは何度もその痕跡を見た。
もはや、黄金の
「……んで、後者はあのクソに比べるとかなりマシか……」
つい先ほど、床に落ちた水が良い例だった。
直接触れられなければ、問題が無いのは前者と同じ。
ベロニカはいま服や靴、マント越しに黄金椅子に触れてしまっているが。
この状態で呪いが衣服や靴に発動しない原因は、
すなわち、体温。
生命の証である熱の有無。
ベロニカの装備は耐火性や耐熱性に優れた特注品だ。
ゆえに必然、高い防護力を持っていて、内側の体温などめったに表には伝わらない。
火鼠の皮衣が素材になっている。
よって、スキットルから一度ベロニカの口に含まれ、上昇した体温をダイレクトに受け取った水は、唇から溢れた際には少々ぬるくなっていた。
服や靴、マントなどよりも遥かに水の方が体温を感じさせたのだろう。
①黄金(可動)は、動くものを対象に触れたものすべてを黄金化させる。
②黄金(不動)は、生きている(熱・体温のある)ものを対象に触れたものをすべてを黄金化させる。
「ゴルディアの異界法則は、一先ずこんなところか……」
おちおちタバコも気軽に吸えない。
死に腐るがいい邪神め、と呪詛を吐く。
──それからしばらく、息を整える時間を置いて。
「フン」
ベロニカは商館内で、何か使えそうな物がないか探してみた。
何もかもが黄金化している異界でも、ベロニカのように黄金化を免れている物が少しはあるかもしれない。
夜を徹して走りまくりだったため、エネルギー補給を急ぎたいのもあった。
あいにく、商館内にはこれといって食べられそうなものは何も無かったが……
「ほう?」
上階にあった一室。
書斎と思しき空間で、面白い物を発見できた。
「コイツは、聖骸布か?」
赤色の布。
仄かに芳る死臭。
それは書斎のデスクで、ひとりの人間だったモノにそっと被せられていた。
聖骸布とは、カルメンタリス教において『聖人』と認められた者の遺体を包む布である。
聖剣、聖槍、聖弓などなど。
至高の聖具の担い手に選ばれ、聖なる生涯を全うした人間にのみ編まれる秘宝匠製の布で、その死後が安らかであるコトを祈って葬送儀礼に用いられる。
黄金に染まった商館内で、これだけが唯一呪いを受けていない。
「エル・セーレンに女神の恩寵か。まぁ、ここはゴルディアだからな。別の異界と区分するにしても、さてはよほどの聖人君子だったのか?」
黄金の死体は何も語らない。
あのスライムによって、恐らく三回以上は上塗りされてしまったのだろう。
元の人間がどんな顔をしていたのか。
ベロニカの目には、辛うじて初老の男のように判別できるだけだった。
だがこの聖骸布のおかげで、さらに確定した事実がある。
邪神による黄金の呪い。
カルメンタリス教の女神はこれを、魔的なモノだとジャッジしている。
そして、
「面白いな。
黄金化してしまった初老の男を、
ゴルディアで生き残るなら、死者に聖骸布を被せるのではなく。
自分自身で聖骸布を持ち歩いていた方が、遥かに生存確率を上げると分かっていただろうに。
「──それとも、女神の聖なる恩寵なんかオマエには要らなかったのか?」
だとすれば、その正体は何だ。
人か魔か。聖か邪か。善か悪か。
ゴルディアは強欲を罰せられ、邪神に祟られた伝説の都だ。
邪神が未だゴルディアを歩き回っている可能性はゼロである。
いればベロニカはとっくに捕捉され殺されている。
古い神話、外なる伝承に曰く、黄金の邪神には視ただけで万物を黄金に変える権能があったと云う。
それに、自分の手でこれだけ静かな世界を作り上げておいて、たったひとりにだけ聖骸布を被せるような
では、生存者がいるのか?
そいつは今も、ゴルディアで生き残っているのか?
「──っと。待て、何だ?」
ベロニカが思索に沈みかけた時、聖骸布の隙間から一冊の本が見えた。
聖骸布の下側にあったため、初見では気がつけなかった。
本は聖骸布に、包まれている。
「……」
恐る恐る抜き取って、中を開いてみた。
古びた手帳だ。
とても古くなっていて、慎重に扱わないと紙がボロボロ崩れてしまう。
書かれている文字は、古エルノス語だった。
内容は日記のようで、最初は遺体の所持品なのかと思ったが、読んでいくと違うのが分かる。
「持ち主は雇われの用心棒、だったのか?」
商館の護衛を仕事にしていた騎士崩れの男。
学が無かったのか、誤字や脱字がひどく文法もところどころ間違っている。
しかし、絶対的に無視できない文言。
それが、終わりの方のページに記されていた。
〝私は、あの祠のような墓所に、お嬢様を横たえようと思う〟
それは突然このゴルディアに現れ、今でも尋常の景色を保ち続ける唯一の場所。
石が石として、草木が草木として、鳥や虫が、あるがままにあれる場所。
「〝エル・ヌメノス様の巫女様のお墓であれば〟……!?」
クソがッ!
ベロニカは毒吐いた。
よりにもよって、自分があの男の目的に真っ先にリーチをかけるのかと。
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tips:謎の手帳
強欲の都ゴルディアで見つかった古びた手帳。
カルメンタリス教の聖骸布に包まれていた。
持ち主は誰かに発見されるコトを企図していたのだろうか?