ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#246「リトルナイトメア」

 

 

 鳥籠の街(ケージ・シティ)を出た。

 出たと言っていいのか分からないけど、気がついたら境界を越えていた。

 

「……自分の〈領域(レルム)〉に、複数の異界を作ってるのか?」

 

 クロウタドリたちに教えられた大通り。

 ほんの一秒前まで、俺はテクテクあそこを歩いていた。

 大通りの先にあると聞いた『クイーンダム』を目指して、たしかに前方にそれらしい街影を確認もしていた。

 

 けど歩いている途中で、一向に近づけている感覚が無かった。

 なので今しがたは、走ったり跳んだり、逆に後退してみたりを試していたところだった。

 

 そしたら、いきなり〝ペラリ〟って紙のめくれるような音がしたかと思うと、突然景色が変わった。

 

 今度は一転して屋内。

 洋館のエントランスらしき場所にいる。

 タイル調の床に、真っ赤な絨毯。

 壁に飾られた絵画は多すぎて、まるで美術館のようだ。

 上階に上がれる階段は、左右両方から曲線を描いている。

 

 十九世紀イギリス、ヴィクトリア朝。

 

 内装のイメージは、何となくそんな感じだ。

 ……よく分からないが、ここが『クイーンダム』という理解で良いんだろうか?

 

「って、堂々と書かれてるな」

 

 〝ミステリーハウス・クイーンダムへようこそ!〟

 

 後ろに振り返ったら、子どもが書いたと思しい歓迎のメッセージが落書きされていた。

 エントランスなのに玄関が無い。

 あるのは壁だけ。

 

「そういえば窓も……あるのは偽物だけか。なるほど」

 

 窓風の壁紙はある。

 が、もちろん外は見えない。

 

「ふぅむ」

 

 境界を跨いだ自覚なんて無かった。

 それなのに、いきなり屋内にご招待ってのは、結構驚かされるものがある。

 クイーンダムなんて名前から、てっきり国をイメージしていたのは大きな間違いだったんだろうか?

 

「ミステリーハウス。謎の家。謎めいた家。なんだか、殺人事件でも起こりそうな名前だけど」

 

 たしか『ミステリーハウス』は、遊園地によくあるお化け屋敷だとか、ミラーハウスだとかを意味するんじゃなかったか?

 字面の印象を素直に受け取るのなら、ミステリ小説の舞台って線もありえそうだが。

 

「過去に殺人事件が起こった幽霊屋敷。怪奇現象が確認できる曰くつきの邸宅。さながらそんな雰囲気でもある……」

 

 不気味でおどろおどろしい。

 が、まるっきりゴーストハウスってワケでもない。

 内装は管理が行き届いているし、繊細な人間じゃなければ不気味に感じたりはしないだろう。

 クイーンダムとも名前に付いているので、単なる幽霊屋敷じゃないのは容易に想像し得るが。

 ひとまずこの場で確認できる事実として、

 

「もしかすると、屋内しか無い空間クサイか……?」

 

 玄関扉と窓が無いのは、そんな可能性を示唆している。

 無論、他の部屋の確認もしないと断定はできない。

 が、境界を跨いだ瞬間に問答無用でミステリーハウスの中ってのは、逆に言えば〝この家の外こそ境界である〟って考え方も不可能じゃない。

 というか、むしろそちらの方が自然だ。

 

「なるほどな」

 

 ハハァ、と顎に手を添えひとり頷く。

 黒詩の魔女の〈領域〉は、なかなかユニークな異界法則を持っているようだ。

 大通りから見えていた街の影は、嘘、幻、錯覚だった可能性が高い。

 恐らくはあの〝ペラリ〟が境界転移の条件だったのだろうが、そうなるとだ。

 

「これは複数の異界を作ってるっていうより、最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って考えた方がいいのかもしれないな」

 

 たとえば、スゴロクのような。

 最初のステージ、次のステージ、次の次のステージと言った感じで。

 ひとつのボードの上に、複数のエリアがあると考えれば納得はいく。

 恐らく、この洋館でもあの〝ペラリ〟を聞くコトが出来れば、

 

鳥籠の街(ケージ・シティ)に戻れもするし、別のロケーションに転移もできる、か?」

 

 ペラリを聞く条件が不明だけど、とりあえず現状はそう仮説を立てておこう。

 

「しかし、何にせよ助かった」

 

 胸いっぱいに息を吸うと、ほのかに食べ物の香りがする。

 良い匂いだ。

 焼き菓子かな?

 とてもいい。ハイカロリーはサバイバルでは天の救いそのもの。

 そろそろ腹も減って、喉も乾いて来ていた頃合だった。

 幽霊屋敷かもしれなくても、何か栄養補給できる物があるなら文明圏万歳。

 屋内探索にも俄然、やる気が漲って来る。

 

 黒詩の魔女の捜索は、まずは腹ごしらえをしてからにしよう。

 

(餓死した場合でも、俺は秘紋で復活できるけど)

 

 あんなもん、一回経験しただけで充分過ぎる。

 その気になればいつでも脱出できるんだし、無理する必要は無い。

 LET'S GO 家探し。

 こういうとき、死霊術は本当に便利である。

 すぐに食糧のある部屋を見つけられた。

 

 キッチンだ。

 

 エントランスから右に出て奥。

 廊下を渡ると、すぐに台所があった。

 思った通り、焼かれたばかりのお菓子──パイやクッキー、ビスケットが置かれている。

 床下には氷室もあった。

 中を開けると、飲み物は無かったものの瑞々しいフルーツ、冬橘や秋桜葡萄が保管されていた。北の味覚と秋の味覚。

 

 料理人はいないらしい。

 

「一応、銀貨を置いておくぜ?」

 

 盗み食いではないと主張するため、お菓子が置かれているテーブルに銀貨を三枚ほど乗せておく。

 誰かがいれば許可も取りたかったが、いないんなら仕方がない。

 異界の食べ物を口にするのは、少々迂闊な気もしないでもないけれど、黒詩の魔女の〈領域〉は冥界や黄泉の国とは違う。

 

 死者の霊が少しもいないのがその証。

 

 食べてもマズイ事態にはならないだろう。

 そう思って、クッキーや果物を齧った。

 

「うん。普通に美味いな……って、あれ?」

 

 異変発生。

 俺は甘味を食す手を停止させた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「……うわ。マジか。そういうルールか」

 

 不思議の国のアリス(Alice in Wonderland)

 あの童話は主人公のアリスがお菓子を食べると、体が大きくなったり小さくなったりしたはずだよな。

 

 それと似た現象が、たったいま俺の周囲で起こった。

 

 ただし()で。

 

「デカすぎんだろ」

 

 俺以外のすべてが、巨大化。

 台所は完全に巨人の世界に様変わり。

 もっとも、渾天儀世界の巨人の規格と照らし合わせてみても、この大きさはとんでもない。

 

 テーブルは山に。

 クッキーはUFOに。

 フルーツは隕石に。

 

 ミステリーハウス全体が、ありえないほど大きくなってしまった。

 しかも、これは何だ?

 

 

 ド シ ン !

 

 ド シ ン !

 

 ド シ ン !

 

 ド シ ン !

 

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 さっきまでは人っこひとり居らず、大変物静かな家の中だったのに。

 明らかにヤバいサイズの何かが近づいて来ていた。

 今の俺の小ささじゃ、この家の住人は巨龍に相当する大きさになるはず。

 

 物理法則をここまで無視する異界は、初めてだ。

 

 警戒し、森羅斬伐をしっかり握り締める。

 

 

 バ タ ン ッ !

 

 

 ドアが開けられた。

 風圧だけで吹き飛ぶかと思った。

 間一髪、テーブルの足の裏に飛び込んで突風をやり過ごす。

 

 

「あらあら。あらあら。隠れてしまったの?」

 

 

 そんな俺に、キッチンに入ってきた()()が間違いなく声をかけてきた。

 白い靴。白い足。白いフリル。

 ベアトリクスとは奇妙なほどに反転した白と黒。

 

 黒詩の魔女が、すぐそこにいる。

 

 

「ねぇ、姿を見せてくださらない? 久しぶりのお客さま。迷子のお客さま。恥ずかしがりのお客さま。食いしん坊のお客さま。ようこそ私のミステリーハウス・クイーンダムへ。きっと来てくださると思っていたわ。ケージシティでは、ご挨拶できなくてごめんなさい」

「!」

 

 

 バレている。

 俺が鳥籠の街であの一部始終を見ていたコトを、この少女は完全に把握している。

 声の誘いに乗り、姿を現すべきかどうか。

 俺は逡巡した。

 

 なぜなら、少女の足の後ろには他にも()()()いるからだ。

 

 人ではないモノ。

 まだ足しか見えていないのに、一目で危険な怪物だと分かる。

 醜く、奇怪で、獰猛な四体。

 人型の足もあれば、獣の足もあり、翼竜のような足もある。

 

 コイツらがさっきの足音の正体だ。

 

 そのうえ、怪物たちは無数の亡者にたかられていた。

 ドアが開いた瞬間に、一気に死者の怨嗟が俺の眼には映った。

 怪物たちはそれを、恐ろしい手で掴み取っては、ムシャムシャ噛み砕いたりズルズル啜っている。

 

(霊体を喰うのか……!)

 

 黒詩の魔女、ヴァシリーサも気がついた。

 

 

「まぁ。珍しい瞳を持っているのね? この子たちのせいで、怖がらせてしまったかしら? だけど心配はしないで? この子たちがやっつけたのは、悪い大人だけ。私たちのお友だちを傷つける悪いイジメっ子だけだから、良い子なら何にも心配は要らないの!」

 

 

 うふふふふ。

 少女の笑い声は無邪気で、華のような童女の無垢を感じさせた。

 しかし、それだけに恐怖を刺激する。

 他の誰にも分からなくても、俺だけには分かったからだ。

 

 ドアの向こう側、怪物たちの背中には、今も無数の死者が増え続けている。

 

 廊下の奥、屋敷のあちらこちら。

 染みついた怨念が、ひっきりなしに浮かび上がって渦を巻いていく。

 

白嶺の魔女(ベアトリクス)の鏖殺数と、ほとんど変わらない……!)

 

 そして、()()する。

 ここに来る前、俺は黒詩の魔女に期待を寄せてしまった。

 ベアトリクスやケイティナを知っているから、このヴァシリーサという魔物にも歩み寄りの余地があるんじゃないかと。

 クロウタドリに変えられた子どもたちの様子を見て、そう考えた。

 

 だがそれは!

 

 

「ねぇ? まだ姿を見せてくれないの? そろそろ顔を見て、一緒に自己紹介をしましょう? そしたら、私たちきっと新しいお友だち。素敵なお友だち。仲良しのお友だち。嬉しいわ楽しいわ。──()()()()

 

 

 魔女が声色を変質させる。

 

 

()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(──やっぱり……!)

 

 駆け巡る衝撃は最北の永久凍土よりも冷たい。

 かつて、暗黒の御伽噺と恐れられた『白』の魔女がいた。

 彼女は死と冬の女王であり、子どもへの(やさ)しさから奈落へ堕ちた闇だった。

 

 子ども以外のすべてを、悪魔と認識し殺害する魔物だった。

 

 では、もう片方の暗黒の御伽噺。

 白に並ぶ『黒』を冠するモノは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──ああ、やっぱり()()なのね」

 

 

 テーブルの下を、黒山羊の顔が覗き込んだ。

 

 

 

 

────────────

tips:ミステリーハウス・クイーンダム

 

 怪奇屋敷・魔女王国。

 お屋敷の中でのみ完結し、同時に破綻する。

 不可思議なコトだけが起こる場所。

 黒詩の魔女の〈領域〉中枢にある異界エリア。

 そこにある食べ物は、上下左右を反転させたり、縮尺をオカシクしたりする。

 長くさまよえばさまようほどオカシイものが増え続けるので、最終的には何がオカシクなっているのか分からなくなってしまう。

 「遊びましょう? 踊りましょう? ここには現実なんて何も無いわ!」

 

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