ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#247「伝承融合・童謡化」

 

 

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “力自慢の人喰い婆さん”

 “悪い子捕まえて鍋でコトコト”

 “嫌な子捕まえて家禽絞め”

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “喧嘩ばかりの双子の鬼婆”

 “仲が良いのはご馳走の前だけ”

 “大鉈振り翳して一緒に舌なめずり”

 

「ったく、なんつぅ歌詞だ……!」

「悪 ぃ 子は いねェが?」

「いた。いたいた。ここ に いた!」

「っ、ぶな……!」

 

 振り落とされる大鉈を、寸前で躱す。

 血脂だらけの出刃包丁を、全力疾走で避ける。

 本気で走らなければ回避は出来ない。

 単純だが、これは凄まじいピンチだ。

 

 敵は怪獣サイズ。

 一方でこちらは、逃げ惑う一般市民サイズ。

 

 これが特撮だったら、間違いなくモブ死は避けられない。

 アメコミのスーパーヒーロー映画だったら、まだワンチャンはあるけど。

 あいにくジャンルは、ダークファンタジーでサバイバルホラー。

 俺はいま、魔女の館で小さくなった悪夢(リトルナイトメア)を体験中だった。

 

 廊下を走る俺を、後ろから二体の鬼婆がドタドタ足音を立てて捕まえようとする。

 血走った目をギラギラさせて、荒く息を吐いている。

 

「まったく勘弁しろよな!」

「ちょ こまか 動くな悪ぃ 子め!」

「シチゥゥゥゥゥゥゥに シテあげるよ!」

「ふざけんなクソババア!」

 

 ダ ン ッ !

 ダ ダ ン ッ !

 

 連続する刃の振り落としは、まるで天から恒星サイズの断頭台(ギロチン)が降って来るみたいだった。

 だが、そんな物理的脅威よりも何より、俺は鬼婆どもの外見の方がよっぽど恐ろしくて堪らない。

 

(なまじ人型であるぶん、余計に鳥肌が抑えられん……!)

 

 腰が曲がった鷲鼻の老婆姉妹。

 その全身は、不自然に歪んだ筋肉質なモノで、しわくちゃの肌とビキビキに脈打つ青太い血管。

 異様に隆起した肩と、男みたいにたくましい両腕。

 不潔で汚らしい黄色の牙。

 

 『双子の鬼婆バーバ・ヤーガ』?

 

 それは渾天儀世界で、子どもを怖がらせる童謡の題名。

 鬼婆といえば、バーバとヤーガ。

 それくらいの認知度を持つ()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 〈目録〉にこそ載ってはいないものの、魔物の情報をまとめた研究書物なんかじゃ、必ずと言っていいほど鬼婆の項目で代表例に挙げられている。

 

 その能力は、圧倒的フィジカル!

 

「“弩砲(バッリストラ)”ッ!」

「「効 か な い ね ェ ッ !!」」

 

 力自慢の人喰い婆さんは、竜種すら屠る一撃を受けてもビクリともしない。

 かすり傷も負わず、砲弾として発射された巨人の銛を、素肌で弾いてみせた。

 分厚い筋肉の鎧が、醜悪な老婆たちを守っている。

 

「チィ……! だったらこうだ!」

 

 振り向きざまに弩砲を撃つのを止めて、大木創生。

 ニドアの林の妖木を創り出し、バーバ・ヤーガの足を縛り付ける。

 鉄鎖流狼を拘束し、脱出不可能にまで追い込んだ魔法だ。

 相手は巨大で俺は小さいけれど、そう簡単には無効化できまい。

 そう思い呪文を唱えるも、

 

「足ヲ 止めよう っての かい!?」

「ナマイキ だネェッ!」

「クソだめか! 草の結び罠にもなりやしねぇ!」

 

 バーバ・ヤーガはブチブチブチブチィッ! と。

 音を鳴らして強引に突破して来た。

 大鉈が再び、大きく振りかざされる。

 

「“氷床棚氷(メグレズ)の盾”ッ!!」

「「ぬ わ っ ァ にィ……!?」」

 

 咄嗟に第四冬至・銀盤の霊亀を堅壁として召喚。

 死霊術のパワーアップによって、俺は七つの冬至(セプタ・ユトラ)の獣神たちを器物に憑依させ、そのカタチを取らせるコトも出来るようになった。

 廊下の真ん中に、氷の壁が一気に天井へ伸びる。

 だが、それを以ってしても……!

 

(ようやく互角!?)

 

「この! このッ! このォォォ !」

「なんだい なんだィ 鬱陶しい壁だねェ!」

 

 “氷床棚氷(メグレズ)の盾”が天井へ伸び切る前に、老婆たちのパンチやキックが氷の成長を妨害していた。

 

 この膂力。

 このフィジカル。

 

 偽物(フェイク)複製(コピー)幻像(ミラージュ)の類いだとは決して思えない。

 

 黒詩の魔女は、ベアトリスが七獣神を支配下に置いていたのと同様に、間違いなく本物の『バーバ・ヤーガ』を支配している!

 

「しかも、強化してるな!?」

 

 双子の鬼婆の地力だけで、北方大陸(グランシャリオ)の冬の化身と互角なはずはない。

 黒詩の魔女は絶対に何らかのゲタを履かせている。

 考えられるのは、今もキッチンから聞こえてくる()()だ。

 

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “力自慢の人喰い婆さん”

 “悪い子捕まえて鍋でコトコト”

 “嫌な子捕まえて家禽絞め”

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “喧嘩ばかりの双子の鬼婆”

 “仲が良いのはご馳走の前だけ”

 “大鉈振り翳して一緒に舌なめずり”

 

 歌詞は詩。

 つまり、詠唱。

 魔女の言霊を受けて呪いは強化され、童話や童謡、御伽噺といった伝承から、恐怖が集まり存在力を増大。

 

 伝承融合・童謡化。

 

(黒詩の忌み名は、残酷童話の具現化と支配が由縁なのか──!)

 

 バーバ・ヤーガだけでは俺を捕まえられないと悟ったのか、そのときキッチンから聞こえてくる歌が違うものに変わる。

 

 “ジャバウォックジャバウォック”

 “首の長いハゲタカお化け”

 “火事の煙と毒の霧”

 “燻る火の舌狂った目玉”

 “ジャバウォックジャバウォック”

 “鉤爪ヌルヌル嘴ギラギラ”

 “両腕爛れ落ちて伽藍の翼”

 “二本足のクチバシお化け”

 

 氷床棚氷(メグレズ)の堅壁に、毒炎が穴を開けた。

 

 赤茶色の火炎流。

 煙交じりの熱線。

 バーバ・ヤーガを押しのけ顔を覗かせるのは、ハゲタカとケツァルコアトルスを融合させ、全身を火で炙り、両翼を根元から切り落としたとしか思えない痛々しい化け物。

 

「『燻り狂い火ジャバウォック』……!」

 

 バーバ・ヤーガが仮に身長三メートルだとすれば、コイツはだいたい目測五メートルほど。

 足と胴と首と顔だけ。

 ボロ布を纏った正体不明の存在で、異様に大きな頭部とクチバシが特徴的だ。

 内側から焼け爛れた膚もそうだが、見る者に忌避感を抱かせる痛々しい姿が目を背けさせる。

 

 しかし、火事の煙と毒の霧。

 

 燻り狂い火とは、まさに毒炎に他ならない。

 ジャバウォックの童謡にも、モデルとなった魔物や怪物の存在が幾つかあるとされている。

 あいにく、その幾つかが絞り切れる証拠は歴史の何処かで紛失され、今では〝正体不明〟ってのが逆にジャバウォックの正体だなんて言説もある始末。

 

 黒詩の魔女は、まさかその本家本元(オリジナル)を支配下に置いているのか?

 

「“雪渓氷瀑(メラク)の檻柩”!」

「killkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkill」

 

 信じられない鳴き声だった。

 第二冬至・白緑の蛇を、鉄の処女(アイアン・メイデン)状の檻にして召喚しジャバウォックを閉じ込めたが、内側から大量の毒炎がものすごい勢いで爆ぜ狂っている。

 廊下のこちら側にも火の粉が届き始めたため、急いで逃げた。

 

 燻り狂い火は普通の火炎じゃない。

 

 絶対に酷い状態異常を与える火炎だ。

 少しの煙も吸いたくなかった。

 そんな俺の耳に、今度はまたしても別の歌が聞こえてくる。

 

「ったく! マジで問答無用だな……!」

 

 一度でも〝子どもじゃない〟と認識されてしまったが最後、話の通じる気配はまったく無い。

 キッチンから出る際にも、こちらからの声掛けには一切応じず、「鬼ごっこをしましょう? 隠れんぼをしましょう? 懲らしめてあげるわ」とすぐに歌い始めてしまったし。

 認めたくはないけども、

 

(ベアトリクスも、きっとこういう感じだったんだろうな……!)

 

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “灰をかぶったやんちゃな猫ちゃん”

 “すばしっこいから足跡だけ”

 “魔女のお使い何でもござれ”

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “音も置き忘れてうっかり屋さん”

 “飼い慣らせるのは魔女だけなんだって”

 “優秀で忠実なブサイク猫ちゃん”

 

「ニャヤァァァァァァァァァァァァァオッ!」

 

 直後、音すら越えて灰色の影が俺を飛び越して行った。

 そして、廊下に響き渡るズザザザザザザッ! という爪音。

 急ブレーキをかけた『魔女の飼い猫グレイマルキン』が、ついにバーバ・ヤーガやジャバウォックに先んじて俺の行く手を遮る。

 

 スピード特化の怪猫。

 

 コイツは明確に怪物である。

 ただし、〈第八円環帯(ハーディーンス・リングベルト)〉神話由来。

 魔物たちの故郷である第八世界神話からやって来ている。

 黄色い目とナメクジ状のツノ。

 美獣ノタルスカヤマネコとは比べ物にならない不細工だ。

 

「リュディガーがオマエの仲間の毛皮を使って、コートにしてたっけなぁ!」

「ニャヤァァァァァァァァァァァァァァオッ!」

「“樹霜木華(フェクダ)の槍”!」

 

 第三冬至・水晶鹿角の玲瓏なる枝角を以って、突っ込んで来たグレイマルキンを無数の槍衾で迎え撃つ。

 スピード特化の怪猫は、そのスピードゆえに自滅を免れない。

 

 グレイマルキンが槍衾に刺し貫かれて、悲鳴をあげた。

 

 

「あら。やられちゃったわ。なんて可哀想な猫ちゃん。大丈夫よ? すぐに元通りだから」

「なに?」

 

 

 声が再び、キッチンから詩を歌う。

 

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “灰をかぶったやんちゃな猫ちゃん”

 “すばしっこいから足跡だけ”

 “魔女のお使い何でもござれ”

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “音も置き忘れてうっかり屋さん”

 “飼い慣らせるのは魔女だけなんだって”

 “優秀で忠実なブサイク猫ちゃん”

 

 その途端、詠唱と共にグレイマルキンの死体が黒色の粘液になり、槍衾からドロドロと溶けたかと思うと、すぐに形を取り戻して先ほどまでの姿になった。

 

「ニャヤァァァァァァァァァァァァァァ……」

「……無限復活じゃないよな?」

 

 黒詩の忌み名。

 由縁の謎はもう少しありそうだった。

 

(参ったな……)

 

 俺の目的は、エル・セーレンにあるはずの尼僧の墓所だ。

 黒詩の魔女の〈領域(レルム)〉がめちゃくちゃデカい以上、目当ての物はこの異界の中にあってもおかしくない。

 

 森羅斬伐を使えば、脱出も撃退も一手で容易に叶えられる。

 

「でも、できれば異界の主から、直接情報を聞き出したいんだよな……」

 

 まだ俺が魔女の力を使っているとは勘づかれていないので、黒詩の魔女ヴァシリーサは白嶺の魔女ベアトリクスの力に制限を行っていない。

 魔物としての発生時期がどっちも同じ頃だから、昔は対等な格で〈領域合戦〉も可能だっただろう。

 

 残念ながら、今はもう黒詩の魔女の方が格上だ。

 

 差は僅差だけど、気づかれた瞬間に死霊術も使えなくなるかもしれない。

 そうなってくると、俺は本格的に森羅斬伐頼りになって来るが。

 

「──ま、それでもいいか」

 

 魔術と〈遺風残香(レリック)〉と英雄奥義だけで、黒詩の魔女を上回れるなら。

 それはアイツ──鯨飲濁流を上回れる証拠でもある。

 

「鬼ごっこも隠れんぼも、お望み通り付き合ってやるよ」

「あら。へぇ。そうなの。その強がりがどこまで続くのか、いいわ。試してあげる!」

 

 声は遠距離から。

 恐ろしき童謡を指嗾(しそう)した。

 

 バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガジャバウォックジャバウォックグレイマルキングレイマルキン。

 

「……おっと」

 

 数が増えるとは聞いてない。

 

 

 

 

────────────

tips:黒詩の魔女の下僕

 

 双子の鬼婆バーバ・ヤーガ

 →物理特化の人喰い魔物。

 燻り狂い火ジャバウォック

 →状態異常特化の正体不明。

 魔女の飼い猫グレイマルキン

 →敏捷特化の怪猫。

 燈光頭の警備兵ランプヘッド・シティウォッチ

 →監視特化の青銅器おじさん。

 

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