ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
“バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”
“力自慢の人喰い婆さん”
“悪い子捕まえて鍋でコトコト”
“嫌な子捕まえて家禽絞め”
“バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”
“喧嘩ばかりの双子の鬼婆”
“仲が良いのはご馳走の前だけ”
“大鉈振り翳して一緒に舌なめずり”
「ったく、なんつぅ歌詞だ……!」
「悪 ぃ 子は いねェが?」
「いた。いたいた。ここ に いた!」
「っ、ぶな……!」
振り落とされる大鉈を、寸前で躱す。
血脂だらけの出刃包丁を、全力疾走で避ける。
本気で走らなければ回避は出来ない。
単純だが、これは凄まじいピンチだ。
敵は怪獣サイズ。
一方でこちらは、逃げ惑う一般市民サイズ。
これが特撮だったら、間違いなくモブ死は避けられない。
アメコミのスーパーヒーロー映画だったら、まだワンチャンはあるけど。
あいにくジャンルは、ダークファンタジーでサバイバルホラー。
俺はいま、魔女の館で
廊下を走る俺を、後ろから二体の鬼婆がドタドタ足音を立てて捕まえようとする。
血走った目をギラギラさせて、荒く息を吐いている。
「まったく勘弁しろよな!」
「ちょ こまか 動くな悪ぃ 子め!」
「シチゥゥゥゥゥゥゥに シテあげるよ!」
「ふざけんなクソババア!」
ダ ン ッ !
ダ ダ ン ッ !
連続する刃の振り落としは、まるで天から恒星サイズの
だが、そんな物理的脅威よりも何より、俺は鬼婆どもの外見の方がよっぽど恐ろしくて堪らない。
(なまじ人型であるぶん、余計に鳥肌が抑えられん……!)
腰が曲がった鷲鼻の老婆姉妹。
その全身は、不自然に歪んだ筋肉質なモノで、しわくちゃの肌とビキビキに脈打つ青太い血管。
異様に隆起した肩と、男みたいにたくましい両腕。
不潔で汚らしい黄色の牙。
『双子の鬼婆バーバ・ヤーガ』?
それは渾天儀世界で、子どもを怖がらせる童謡の題名。
鬼婆といえば、バーバとヤーガ。
それくらいの認知度を持つ
〈目録〉にこそ載ってはいないものの、魔物の情報をまとめた研究書物なんかじゃ、必ずと言っていいほど鬼婆の項目で代表例に挙げられている。
その能力は、圧倒的フィジカル!
「“
「「効 か な い ね ェ ッ !!」」
力自慢の人喰い婆さんは、竜種すら屠る一撃を受けてもビクリともしない。
かすり傷も負わず、砲弾として発射された巨人の銛を、素肌で弾いてみせた。
分厚い筋肉の鎧が、醜悪な老婆たちを守っている。
「チィ……! だったらこうだ!」
振り向きざまに弩砲を撃つのを止めて、大木創生。
ニドアの林の妖木を創り出し、バーバ・ヤーガの足を縛り付ける。
鉄鎖流狼を拘束し、脱出不可能にまで追い込んだ魔法だ。
相手は巨大で俺は小さいけれど、そう簡単には無効化できまい。
そう思い呪文を唱えるも、
「足ヲ 止めよう っての かい!?」
「ナマイキ だネェッ!」
「クソだめか! 草の結び罠にもなりやしねぇ!」
バーバ・ヤーガはブチブチブチブチィッ! と。
音を鳴らして強引に突破して来た。
大鉈が再び、大きく振りかざされる。
「“
「「ぬ わ っ ァ にィ……!?」」
咄嗟に第四冬至・銀盤の霊亀を堅壁として召喚。
死霊術のパワーアップによって、俺は
廊下の真ん中に、氷の壁が一気に天井へ伸びる。
だが、それを以ってしても……!
(ようやく互角!?)
「この! このッ! このォォォ !」
「なんだい なんだィ 鬱陶しい壁だねェ!」
“
この膂力。
このフィジカル。
黒詩の魔女は、ベアトリスが七獣神を支配下に置いていたのと同様に、間違いなく本物の『バーバ・ヤーガ』を支配している!
「しかも、強化してるな!?」
双子の鬼婆の地力だけで、
黒詩の魔女は絶対に何らかのゲタを履かせている。
考えられるのは、今もキッチンから聞こえてくる
“バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”
“力自慢の人喰い婆さん”
“悪い子捕まえて鍋でコトコト”
“嫌な子捕まえて家禽絞め”
“バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”
“喧嘩ばかりの双子の鬼婆”
“仲が良いのはご馳走の前だけ”
“大鉈振り翳して一緒に舌なめずり”
歌詞は詩。
つまり、詠唱。
魔女の言霊を受けて呪いは強化され、童話や童謡、御伽噺といった伝承から、恐怖が集まり存在力を増大。
伝承融合・童謡化。
(黒詩の忌み名は、残酷童話の具現化と支配が由縁なのか──!)
バーバ・ヤーガだけでは俺を捕まえられないと悟ったのか、そのときキッチンから聞こえてくる歌が違うものに変わる。
“ジャバウォックジャバウォック”
“首の長いハゲタカお化け”
“火事の煙と毒の霧”
“燻る火の舌狂った目玉”
“ジャバウォックジャバウォック”
“鉤爪ヌルヌル嘴ギラギラ”
“両腕爛れ落ちて伽藍の翼”
“二本足のクチバシお化け”
赤茶色の火炎流。
煙交じりの熱線。
バーバ・ヤーガを押しのけ顔を覗かせるのは、ハゲタカとケツァルコアトルスを融合させ、全身を火で炙り、両翼を根元から切り落としたとしか思えない痛々しい化け物。
「『燻り狂い火ジャバウォック』……!」
バーバ・ヤーガが仮に身長三メートルだとすれば、コイツはだいたい目測五メートルほど。
足と胴と首と顔だけ。
ボロ布を纏った正体不明の存在で、異様に大きな頭部とクチバシが特徴的だ。
内側から焼け爛れた膚もそうだが、見る者に忌避感を抱かせる痛々しい姿が目を背けさせる。
しかし、火事の煙と毒の霧。
燻り狂い火とは、まさに毒炎に他ならない。
ジャバウォックの童謡にも、モデルとなった魔物や怪物の存在が幾つかあるとされている。
あいにく、その幾つかが絞り切れる証拠は歴史の何処かで紛失され、今では〝正体不明〟ってのが逆にジャバウォックの正体だなんて言説もある始末。
黒詩の魔女は、まさかその
「“
「killkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkillkill」
信じられない鳴き声だった。
第二冬至・白緑の蛇を、
廊下のこちら側にも火の粉が届き始めたため、急いで逃げた。
燻り狂い火は普通の火炎じゃない。
絶対に酷い状態異常を与える火炎だ。
少しの煙も吸いたくなかった。
そんな俺の耳に、今度はまたしても別の歌が聞こえてくる。
「ったく! マジで問答無用だな……!」
一度でも〝子どもじゃない〟と認識されてしまったが最後、話の通じる気配はまったく無い。
キッチンから出る際にも、こちらからの声掛けには一切応じず、「鬼ごっこをしましょう? 隠れんぼをしましょう? 懲らしめてあげるわ」とすぐに歌い始めてしまったし。
認めたくはないけども、
(ベアトリクスも、きっとこういう感じだったんだろうな……!)
“グレイマルキングレイマルキン”
“灰をかぶったやんちゃな猫ちゃん”
“すばしっこいから足跡だけ”
“魔女のお使い何でもござれ”
“グレイマルキングレイマルキン”
“音も置き忘れてうっかり屋さん”
“飼い慣らせるのは魔女だけなんだって”
“優秀で忠実なブサイク猫ちゃん”
「ニャヤァァァァァァァァァァァァァオッ!」
直後、音すら越えて灰色の影が俺を飛び越して行った。
そして、廊下に響き渡るズザザザザザザッ! という爪音。
急ブレーキをかけた『魔女の飼い猫グレイマルキン』が、ついにバーバ・ヤーガやジャバウォックに先んじて俺の行く手を遮る。
スピード特化の怪猫。
コイツは明確に怪物である。
ただし、〈
魔物たちの故郷である第八世界神話からやって来ている。
黄色い目とナメクジ状のツノ。
美獣ノタルスカヤマネコとは比べ物にならない不細工だ。
「リュディガーがオマエの仲間の毛皮を使って、コートにしてたっけなぁ!」
「ニャヤァァァァァァァァァァァァァァオッ!」
「“
第三冬至・水晶鹿角の玲瓏なる枝角を以って、突っ込んで来たグレイマルキンを無数の槍衾で迎え撃つ。
スピード特化の怪猫は、そのスピードゆえに自滅を免れない。
グレイマルキンが槍衾に刺し貫かれて、悲鳴をあげた。
「あら。やられちゃったわ。なんて可哀想な猫ちゃん。大丈夫よ? すぐに元通りだから」
「なに?」
声が再び、キッチンから詩を歌う。
“グレイマルキングレイマルキン”
“灰をかぶったやんちゃな猫ちゃん”
“すばしっこいから足跡だけ”
“魔女のお使い何でもござれ”
“グレイマルキングレイマルキン”
“音も置き忘れてうっかり屋さん”
“飼い慣らせるのは魔女だけなんだって”
“優秀で忠実なブサイク猫ちゃん”
その途端、詠唱と共にグレイマルキンの死体が黒色の粘液になり、槍衾からドロドロと溶けたかと思うと、すぐに形を取り戻して先ほどまでの姿になった。
「ニャヤァァァァァァァァァァァァァァ……」
「……無限復活じゃないよな?」
黒詩の忌み名。
由縁の謎はもう少しありそうだった。
(参ったな……)
俺の目的は、エル・セーレンにあるはずの尼僧の墓所だ。
黒詩の魔女の〈
森羅斬伐を使えば、脱出も撃退も一手で容易に叶えられる。
「でも、できれば異界の主から、直接情報を聞き出したいんだよな……」
まだ俺が魔女の力を使っているとは勘づかれていないので、黒詩の魔女ヴァシリーサは白嶺の魔女ベアトリクスの力に制限を行っていない。
魔物としての発生時期がどっちも同じ頃だから、昔は対等な格で〈領域合戦〉も可能だっただろう。
残念ながら、今はもう黒詩の魔女の方が格上だ。
差は僅差だけど、気づかれた瞬間に死霊術も使えなくなるかもしれない。
そうなってくると、俺は本格的に森羅斬伐頼りになって来るが。
「──ま、それでもいいか」
魔術と〈
それはアイツ──鯨飲濁流を上回れる証拠でもある。
「鬼ごっこも隠れんぼも、お望み通り付き合ってやるよ」
「あら。へぇ。そうなの。その強がりがどこまで続くのか、いいわ。試してあげる!」
声は遠距離から。
恐ろしき童謡を
バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガジャバウォックジャバウォックグレイマルキングレイマルキン。
「……おっと」
数が増えるとは聞いてない。
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tips:黒詩の魔女の下僕
双子の鬼婆バーバ・ヤーガ
→物理特化の人喰い魔物。
燻り狂い火ジャバウォック
→状態異常特化の正体不明。
魔女の飼い猫グレイマルキン
→敏捷特化の怪猫。
燈光頭の警備兵ランプヘッド・シティウォッチ
→監視特化の青銅器おじさん。