ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#248「紙の虜囚」

 

 

 ミステリーハウス・クイーンダムは、想像以上に怪奇的だった。

 

 ・走っても走っても永遠に渡れない廊下。

 ・登ったと思ったら、何故か下に降りている階段。

 

 あべこべのルールが発動していると見抜いて、敢えて逆の行動を取ったら今度は元通りに。

 ただし、

 

 ・ジャンプをしたら天井まで跳んでしまうリビング。

 ・前回りをしたら壁にぶつかるまで回転が止められない。

 

 すべての行動が過剰になるルールが発動したりもした。

 どれも見抜いてしまえばシンプルだけど、それゆえに強力で地味に厄介な異界法則の数々。

 

 ウジャウジャと湧き続ける(ポップする)童謡の〝恐怖たち〟を相手取りながら、それらを攻略するのはかなりの難題と言わざるを得なかった。

 

 しかしながら、俺はおよそ三時間ほどかけて、ようやく追っ手を撒くコトに成功した。

 

「……よし!」

 

 よしよしよしよしよしよしよしよし!

 あーもう! 本当に疲れたぞコノヤロウ!?

 たった三時間とはいえ、今の俺は蟻みたいなもの。

 家屋内を移動するだけでも、縮尺が変化してしまえば超々距離を冒険するのと変わらない。

 敵は終末の巨龍並にデカく見えるし、そんなのが二桁を超えて追いかけ回して来たら、もうやってられない。

 

 キッチンで食べたお菓子と果物。

 

 ちゃんとお代は置いておいたのに、とんだ代償を取られてしまった。

 摂取できた栄養とカロリーと、まったく釣り合いが取れない。

 それ以上の運動量だ。

 

「……全身汗だくだし、余計に腹が減っちまった……」

 

 取り急ぎ、屋敷の縮尺を最初の状態に戻さなければ。

 このままでは早晩、過労死しかねない。

 まったく困った。

 

「──だけど」

 

 ふぅ、と息を吐いて。

 潜り込んだ部屋の様子を確認する。

 ここは一階のエントランスから左に曲がって、洗濯室の通気孔からダクトをよじのぼって辿り着いた二階の一室。

 お屋敷の主人や、その家族が暮らす貴族の生活居住空間と思しい談話室(コモンルーム)である。

 ダクトに蜘蛛と鼠がいた時は心底ビビったけど、蜘蛛や鼠まで普通の生き物じゃないなんて展開が無くて本当に良かった。

 

(ジャバウォックのクチバシも、通気孔に突っ込むにはデカすぎたみたいだし)

 

 ダクトは色んな部屋に繋がっていた。

 鬼ごっこ、隠れんぼと言うからには、俺がどこの部屋に移動したかを探り当てるまで、アイツらも真面目に屋敷の中を捜索するだろう。

 

 おかげでようやく、マトモな探索タイムを始められそうだぜ。

 

「……さて」

 

 今現在の俺は、黒詩の魔女に〝悪い大人〟ないし〝イジメっ子〟と認識されてしまっている。

 この状況では、俺がいくら対話を訴えたところで大魔の破綻した精神に声は届けられない。

 

 もちろん、俺には森羅斬伐があるワケだから。

 

 強引な手段を用いて、荒っぽく対話を望めば強制的に話し合いのテーブルに着かせるのも無理ではないだろう。

 ただしその場合、黒詩の魔女の敵意は完全に固定化され、こちらが望んだ回答は絶対に得られない。

 

 ベアトリクスが()()に、子どもの居場所を聞かれて素直に教えるワケがないのと同じだ。

 

 魔物は死を恐れない。

 というか、もうとっくに生き物ではないから、生存本能なんか持ち合わせちゃいない。

 自身の存在が脅かされても、存続する事実よりも譲れぬ呪いをこそ優先する。

 

 在るのはただ、絶対的なひとつの想念。

 

 決して譲れぬ想いだけだ。

 黒詩の魔女も同じだろう。

 クロウタドリ(子ども)には優しくても、そうではないモノには容赦しない。

 

 尼僧の墓所の在り処を訊ねてみても、嘘を吐かれるか真実を誤魔化されるか、あるいは逆に率先してこちらの願いを台無しにしようと動き出すか。

 何にせよ、俺にとって喜ばしいリアクションは返って来ないだろう。

 

 これだけデタラメな異界法則を編み出せる魔女だ。

 

 黒詩の魔女に本気で探し物を隠されたら、相当に困ったコトになる。

 では、どうやって()()ではなく()()()()()()に話をつけるかだが。

 

(この怪奇屋敷・魔女王国(ミステリーハウス・クイーンダム)のどっかに、子どもたちがいるはずだよな?)

 

 鳥籠の街(ケージシティ)から連行された男の子を覚えている。

 あれはクロウタドリたちの証言から、〝ルールを破った時に必ず訪れる罰則〟のようだった。

 クロウタドリたちは〝クイーンダム〟に連れて行かれるとも言っていたし、すでに連行されてしまっている子どもたちを見つけて、説得役を引き受けてもらうのはどうだろうか?

 

 アレクサンドロとの戦いのなかでも、ベアトリクスは俺が足を刺せば我を取り戻した。

 

 子どもを仲介に、上手いこと穏便な関係を築きたい。

 一歩間違ったら、ドラゴンの逆鱗に触れる可能性も高いだろうけれど……

 

「……」

 

 少し、気になっている事実があった。

 黒詩の魔女と四体の下僕。

 今も、死界の王の加護は台所で浮かび上がらせた死者たちの怨嗟を、階下からこの耳に届けているが。

 

「あの子に集ろうとする死霊は、一体もいなかった」

 

 死霊はすべて、下僕たちに群がっていた。

 あれは何を意味する光景だったのだろうか?

 黒詩の魔女本人は、もしかして一人も殺していない?

 

 暗黒の御伽噺と恐れられ、〈目録〉に禁忌と登録され、白嶺の魔女に肩を並べる大魔が?

 

 実のところ、誰も殺していない?

 

 そんな話があり得るのだろうか?

 だが仮にそうだとすれば、俺が知っている黒詩の魔女の逸話。

 

 攫った子どもの親を鍋で煮込み殺しただとか。

 闇祓いの魔法使いを廃人化しただとか。

 どこかの王様を家畜に変えて、国民に振る舞わせただとか。

 

 その手の恐怖譚と、辻褄が合わなくなる。

 

「でもさっきも、俺を殺すんじゃなくて懲らしめるって言ったしな」

 

 案外、俺が大人しく()()()()()()()()

 その後でだったら、穏便に会話が出来たりするのだろうか?

 もちろん、確証も無いのに命を危険に投げ出すなんて、そんなのは暴挙でしかないから、

 

「今はひとまず、子どもたちの捜索を優先しよう」

 

 談話室の床を慎重に走り、物陰に隠れながら探索を開始する。

 ふむ。どうやらこの談話室には、絵画だけじゃなくて写真も飾っているのか。

 箪笥の上に、綺麗な写真立てが置かれている。

 

「──は?」

 

 ()()

 思わず普通にスルーしそうになって、二度見しながら立ち止まった。

 渾天儀世界に、カメラは無い。

 なのに、どうして写真なんてモノが飾られている?

 

 仮に発明されたのだとしても、どうしてそれが古代に発生した魔物の〈領域〉にある?

 

「ありえないコトがありえる異界だっつっても、限度はあるよな」

 

 だったら、答えは簡単だ。

 箪笥の上に登り、写真立てだと思った物の近くへ歩み寄る。

 すると、そこに置かれていたのは、そもそもが()()()()()()()

 

「わ! ビックリした! え、お兄さんだれ?」

「……どうなってるんだ?」

 

 偶然にも、昨夜連行された男の子。

 それが、一枚の紙。

 ペラペラの平面上に、あまりに精巧な絵として描かれていた。

 

 精巧すぎてリアルで、写真としか思えない。

 

 中で被写体が動いているから、動画とも言える。

 だけどこれは、正確に言い表すのなら映像ではないし絵でもない。

 

「オマエたち、どうやってその中に入った?」

「分からないよ! ヴァシリーサちゃんに入れられたんだ!」

「僕たち、ルールを破っちゃったからね!」

「お兄さんは、そうじゃないの?」

「バカ! 私たちみたいに紙の()にいないんだから、当たり前でしょ!」

 

 クラクラ、クラクラ。

 自分の正気を疑いたくなる。

 鳥籠の街(ケージシティ)から連行された子どもたちは、紙の中の虜囚だった。

 この場合、()なのか()なのか。

 

 人によって、判断は微妙に変わるかもしれなかったが……

 

 

 

 

 

────────────

tips:紙の虜囚

 

 黒詩の魔女に攫われた子どもたちが、ケージシティからミステリーハウス・クイーンダムに連れていかれた際に味わう運命。

 クロウタドリから人間の姿に戻れはしたけど、平面世界に囚われる。

 「ルールを守れないお友だちには、厳しい場所での生活をしてもらうわ!」

 

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