ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
「うわああああああああああああッ!!??」
ダクトから落下した。
うっかり足が滑った。
「イテテテ……」
途中で斧を壁に引っ掛け、何とか減速に成功はしたが、尻餅をついてしまったので尻が痛い。
ダクトって埃っぽいのかと思っていたけど、意外とツルツルしてる箇所が多くて驚きだ。
それはさておき、またしても三時間くらい使ってようやく見つけられたぞ。
途中でバーバ・ヤーガに見つからなかったら、もっと早く来られたんだけどな……アイツらどんどん捜索範囲を絞って来てやがる。
「ハァ……あれが、『フラグメント』だよな?」
寝室。
天蓋付きのベッドが置かれた貴婦人の部屋で、本が一冊プカプカ浮かんでいる。
メラネルガリアじゃあるまいし、
黒色の
間違いなくコレが、談話室の子どもたちが言っていた『フラグメント』だろう。
疲労のあまり、ついベッドに向かいたくなる足に叱咤を入れて、部屋の真ん中に移動する。
「ハァ……おーい! 聞こえるか!? ちょっと降りて来てくれないか!?」
そう思って、とりあえず大声を出してみる。
今の俺からすると、本はかなりの大きさだから、もしこれが背表紙を撫でなきゃ読ませてくれない類の代物だったら、とんでもない重労働になる。
幸い、『フラグメント』はすんなり床にまで降りて来てくれた。
「おお……助かるよ。もうマジで疲れててさ」
【貴方は誰?】
本が開かれ、真っ白なページに自動的に文字が浮かんだ。
インクが滲むような浮かび上がり方だ。
「しかもセプテントリア語? すごい。めっちゃ気が効いてる」
【
文字が太くなって強調された。
さっさと答えろと言いたいらしい。
普通の
魔女のお手製なのだろうか?
ひとまず会話のためには、レスポンスを送らないとダメだな。
「あー、ちょっと待ってくれ。ウッウン! 俺は、メランズール・ラズワルド・アダマス」
【こんにちは。メランズール・ラズワルド・アダマス。長いわね。愛称を教えて】
「初対面なのに? 結構グイグイ来るタイプなんだな……」
愛称か。
メラン、ラズィ。
どっちを答えよう?
「ラズィだ」
【発音に注意が必要そうね】
「そうでもない。キミに発声機能があるのか知らないけど、もしあって難しかったら、ラズとでも呼んでくれればいい」
【じゃあ、ラズ。貴方はどうしてここにいるのかしら?】
発声機能は無いのか。
淡々と文字列が質問を続けた。
「ん。待った。俺だけ自己紹介して、そっちは自己紹介無しなのか?」
【……】
本は少しの沈黙(沈黙まで表現している)の後、
【私はヴァシリーサ。知らないで声をかけたの?】
「……いいや。知ってたけど、念のための確認をしたかったんだ」
【そう。で、どうしてここにいるのかしら?】
意図的か意図的じゃないか。
表情も声色も分からないのでまったく判断がつかないものの、忌み名の方は名乗らなかった。
俺が知ってると答えたので、次の応答はすごく早かったが。心なしか冷淡な〝そう〟だった気もした。
「キミと話をするために来た」
【私と? それは、どうして?】
「キミが何なのか、イマイチまだ掴み切れてないんだけど、正直ここってなんでもアリみたいな場所だろ? だからいったん、キミの正体が何なのかは考えないで、会話らしい会話が出来るなら何でもいいと思ってキミを探してたんだよ」
【──
フラグメント・ヴァシリーサが、警戒を強めた様子で少し宙に離れかける。
「待ってくれ。俺はイジメっ子じゃない。大人にはなっちまったかもしれないけど、悪い大人ではないと自分では思ってる」
【
「だからさ。だから、聞く耳を持ってくれないキミじゃなくて、こうして話のできる
【私だって、
ハハ、ウケる。
めっちゃおもしろい。
この本、ジョークまで言うのか。
「ありがとう。割と体力が限界に近くてさ。キミに逃げられたら、結構なショックだった」
【話し相手には飢えているわ】
「そうみたいだな。他のキミも同じ?」
【私たちは同期してるから、いま貴方は三人のヴァシリーサと会話している状況よ】
「へぇ、そうなのか」
そいつはすごい。
理性的な会話。
キッチンで童謡を歌っているヴァシリーサと比べたら、信じられないくらいマトモな言葉が返ってくる。
簡潔で明瞭で、夢の中にいるみたいな言い回しも無し。
談話室の子どもたちには、マジでお礼しないとな。
「じゃあありがたく、三人のキミと会話してるつもりで訊ねるんだけど」
【なに?】
「キミたちは、エル・ヌメノスの尼僧の墓所って知ってるか?」
【──────】
「あれ?」
沈黙ではなく、驚愕を表現しているのか?
束の間のラグを置いて、
【知っているわ】
「マジか!」
本はYESと回答した。
高位の魔女ならもしかして? とは思っていたけど、まさか本当にビンゴだったとは……!
(よし。よしよしよしよしよし!)
ガッツポーズ。
「じゃあ続いての質問なんだけど、このエル・セーレンのどっかに、その墓所があるはずなんだ。どこにあるか、知ってたりするか?」
【悪いけど、それは私たち三人とも回答はできないわ】
「え、なんで?」
【そのフレーズに関するエル・セーレンでの記憶は、私たちに切り分けられていないから】
「切り分けられて、いないから……?」
【フラグメントはヴァシリーサの分霊。ヴァシリーサが要らないと判断した自分を、本の形にして切り分けた三つの断片】
【いつでも読み直せるように、いつでも取り戻せるように私たちは在る】
「……それじゃあ、あのヴァシリーサから要らないって判断されなかった記憶は、今もあの子の頭の中にしかない?」
【そうよ】
「なんてこった」
希望の糸だと思って、せっかくこんなに頑張ったのに。
肝心の部分が分からないなんて。
ガッカリしてしまい、ドッと疲れが伸し掛かって来る。
森羅斬伐を杖代わりに、ついへたり込んでしまった。
「……結局、振り出しか」
【ラズ。貴方はどうして、世界神の巫女の墓所を? 何か叶えたい特別なお願い事があるの?】
「いいや。無いよ」
【なら、どうして?】
「大切な彼女の躰を、狙っているかもしれないヤツらがいるんだ」
俺はそれを、この手で守りたいだけ。
「男だからな」
【──そう】
フラグメント・ヴァシリーサは、それから何の沈黙表現や驚愕表現も出さす。
五分くらい無言が続いた頃だろうか。
唐突にページが捲れて、
【ラズがもし
「……手助け?」
【黒詩の魔女の本質。世間から大いなる魔と呼ばれ、いつの間にかこんな物悲しい場所に辿り着いてしまっていた私たちの闇。無垢な心の奥底と、残酷な真実を識る覚悟があるのなら】
魔女と対話するチャンスをあげる。
「なんで、急にそんな……どうやってやるってんだ?」
【言ったでしょう? 私は、日記。記録で、魂】
一見聞く耳を持たないように見える魔女でも、どうしても無視できない言葉というのはある。
呪いを忘失し、虚を突かれるしかない〝根源〟がある。
それを、
【今から貴方に見せてあげる】
「だから、どうやってそん──!?」
項垂れた俺が、怪訝に眉を顰めた直後だった。
本のページがバラバラバラバラバラッ! と勢いよく捲られ、
【その代わり、約束して欲しい。無理をしてる
最後にその一言がダイレクトに脳に届いた。
時が逆転し、空相が歪曲し、魔物の魂が俺を引きずり込む。
──そう、本の世界に。
────────────
tips:フラグメント・ヴァシリーサ
怪奇屋敷・魔女王国に浮遊する三冊の魔導書。
魔導書と言いつつ、呪文も載っていなければ魔法の智慧も載っていない。
あるのは綺麗な真っ白いページだけで、そこに突然、文字が浮かび上がる。
【貴方は誰?】
答えるか否かは、決まって読み手次第。