ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#251「黒詩の魔女・Ⅰ」

 

 

 昔々あるところに、ヴァシリーサという女の子がいました。

 ヴァシリーサは生まれつき体が弱く、病に伏せりがちな女の子でした。

 

 元気な日は家の庭先で、お花を摘んで花冠を作って遊ぶコトもありましたが。

 

 一年のおおよそは、ベッドの上で大人しく過ごしていなければならない子でした。

 

 同じ年頃の子がお外で、たくさん駆け回ってふざけて遊んでいるあいだも。

 ヴァシリーサはお家の中で、ひとりジッとして。

 窓の向こうのとても楽しそうな声や姿に、羨ましさを覚えるだけでした。

 

 仕方がありません。

 

 ヴァシリーサは体が弱くて、他の子と同じように走ったり跳び回ったりしたら、たちまち高熱が出て大変なコトに。

 大好きなお母さんにも、たくさん心配をかけてしまいます。

 ひょっとしたら、死んじゃうかもしれないくらい病弱な女の子だったのです。

 

 ですから、ヴァシリーサのお母さんはとっても心配性でした。

 

 かわいい我が子。

 いとしい娘。

 大切で大好きで、命よりも大切な宝物。

 

 そんな子に何かあったらと思うと、お母さんは居ても立っても居られなくなって、ちょっとヒステリックなくらい大慌て。

 

 娘の部屋のあちこちには、〝はやく元気になりますように〟とお願い事を込めたお守りが、いつも飾られていました。

 特に、伝説の鳥『カラドリウス』のお守りは、一番多かったです。

 

 カラドリウスは白い鳥です。

 

 病気の人の枕元に現れては、病を吸い取って人を元気にしてくれます。

 その昔、国の王様を助けてくれたという伝説がありました。

 だから、この鳥は見ただけで病が薄まるだとか。

 糞を飲んだら不老長寿になれるだとか。

 

 ちょっと眉唾物な尾鰭もついて、迷信みたいにもなっていましたけど。

 

 ヴァシリーサたちが暮らしていた町では、もう何年も何十年も、いいえ。

 何百年も、カラドリウスのお話が信じられていたのです。

 

 お母さんは言いました。

 

 ──いつかきっと、貴方のところにもカラドリウスが来てくれるわ。

 

 我が子の健康を祈って、ヴァシリーサの枕元に白い鳥の人形を置いて。

 たまに、本物の鳥のエサまで置いてみたりして。

 心配性だけど、とっても優しいお母さんでした。

 

 ヴァシリーサはお母さんが大好きです。

 

 でも、カラドリウスは好きじゃありませんでした。

 

 物心ついた時には、常に自分のそばにあった白い鳥のお守り。

 お母さんやお医者さん、お薬屋さんはずっと言います。

 

 きっと快くなる。カラドリウスがきっと助けに来てくれる。

 

 なら、どうしてヴァシリーサはまだ治らないのでしょう?

 どうして十歳を過ぎても、お外で遊べないのでしょう?

 カラドリウスなんて本当は、どこにもいない〝ただの気休め〟だからではありませんか?

 

 みんなみんな、私に嘘を吐いている。

 

 だけどそれは、優しい嘘であるコトも、ヴァシリーサはちゃんと分かっていました。

 病気が治らないと思って毎日を過ごすより、いつか必ず治ると思って生きていた方が、人生とてもハッピーで生産的です。

 

 カラドリウスは好きにはなれませんでしたが。

 

 優しい嘘で、いつも自分を励ましてくれる人たち。

 お母さん、お医者さん、お薬屋さん。

 そういう身の回りの善意に対しては、ヴァシリーサも素直に〝ありがとう〟と思っていました。

 

 ただ、やっぱりどうしてもカラドリウスは苦手です。

 

 ヴァシリーサは時々、ベッドの近くにある窓辺から、お母さんが用意したエサをこっそり庭に投げ込んだりしていました。

 どうせカラドリウスなんて来ないのだから、エサが置いてあっても仕方がありません。

 家の中に、虫やネズミが寄って来ても困ります。

 

 お母さんには見つからないように、こっそりポーイ!

 

 すると、ある時から庭や窓辺に、真っ黒な鳥が飛んでくるようになりました。

 もちろん伝説の白い鳥(カラドリウス)ではありません。

 

 普通の、クロウタドリです。

 

 鳴き声の美しさを、歌のようだと褒められる可愛い鳥です。

 耳心地いい旋律と、愛らしさたっぷりにチョンチョン歩く姿。

 ヴァシリーサは気がつくと、すぐにクロウタドリたちとお友だちになっていました。

 

 ベッドの上で大人しく過ごすのは、辛いコトばかりではありません。

 

 体の弱いヴァシリーサを憐んで、お母さんはいつも退屈しのぎのご本を買い与えてくれました。

 ヴァシリーサも、物語を読むのが好きでした。

 

 童話、童謡、御伽噺。

 

 お気に入りは、ちょっとホラーでスプラッターな怖いやつ。

 刺激の少ない病床生活では、空想がお友だちです。

 ひとりで遊ぶ方法に関して言えば、ヴァシリーサはその道のプロと言っても過言ではありませんでした。

 

 だから、その日もご本を読んで、ヴァシリーサは夢の世界に羽ばたいていたのです。

 

 白い紙と黒いインク。

 繊細で柔らかで、時に大胆な筆致に挿絵。

 情景を思い浮かべて。

 感情を移入して。

 クロウタドリの鳴き声が、そこにフッと舞い降りて。

 愛らしい鳥が、歌を添えてくれて。

 

 なんでもない日常に、ちょっとだけ色が加わって。

 

 ──癒しのひとときでした。

 

 安らかな、憩いの時でした。

 

 生まれてからこれまで、人生で一番好きな時間はなに? と尋ねられたら。

 ヴァシリーサは迷わず、あの時ああして過ごしていた時間を答えるでしょう。

 

 理由を言葉にまとめるのは難しいです。

 

 だけど人って、生きていたら時々、無性に穏やかなものに安らぎを憶えるコトがありませんか?

 

 窓から差し込む木漏れ日。

 草をくすぐる春先の風。

 暖炉の前のチーズフォンデュ。

 お母さんからのお休みのキス。

 

 そういったものと同じくらい、ヴァシリーサには好ましい時間になったのです。

 

 ひとりぼっちではあったかもしれませんが。

 

 穏やかで優しく、何より満ち足りていた暖かな時間。

 

 もちろん、秘密は長くは続かなくて。

 クロウタドリを見つけたお母さんが、最初、あまりにも不吉だと言って追い払おうとするトラブルもありましたが。

 ヴァシリーサは頑張って説得して、黒い鳥たちとの友情をなんとか守り抜きました。

 

 お母さんも最後には、娘の気持ちを尊重してクロウタドリ用のエサ箱なども作ってくれて。

 一緒に窓辺に置いて、親子で鳥の歌声に耳を澄ませるだけの日もありました。

 

 しばらくのあいだ、ヴァシリーサはそうして楽しい日々を過ごしました。

 それまでの生活より、ちょっぴりだけ楽しいコトが増えた日々でした。

 

 ──思えばそれは、神様がヴァシリーサに与えてくれた最後の幸福だったのかもしれません。

 

 切っ掛けは町で疫病が流行り始めたコトです。

 

 原因不明。

 治療法不明。

 不治の病。

 

 その疫病は一度罹ってしまうと、全身から徐々に徐々に血が失われていき、どこも傷はないのに失血死してしまう病気でした。

 

 初期症状はただの貧血です。

 

 でもそれが、だんだん頻度を増やして、症状も重くしていきます。

 人々の肌は白くなり、どんなに健康的な食事や生活を心がけても、日を経るごとに疫病の感染者は増大し。

 

 白き死が、町の人々に恐怖を与えました。

 

 ヴァシリーサの家は、昔から病気の子が住んでいると有名だったため、一部の心無い人々がこんなコトを言いました。

 

 ──ひょっとして、あの家の子どもが疫病の原因なんじゃないか?

 ──疫病の原因じゃなくても、あの家があるせいで疫病が引き寄せられたんじゃないか?

 ──黒い鳥が、よくあの家の庭にやって来ているのを見たコトがあるぞ。

 

 不吉だ!

 疫病神だ!

 さっさと町から出ていけ!

 

 当然、ヴァシリーサと疫病には何の関係もありません。

 しかし町の人たちは、昔からとても迷信深かったので、カラドリウスとは逆の真っ黒な鳥を愛でるヴァシリーサたちに、よくない想いを向けてしまったのです。

 

 何も知らないヴァシリーサが、ある日、いつものように窓辺でクロウタドリにエサをあげようとすると。

 

「え──ひっ!」

 

 エサ箱のなかに、首を捥がれたクロウタドリが入っていました。

 ショックのあまり、すぐには何が起きているのか理解できませんでした。

 だけど、それがひどく残酷な事実だとは、真っ赤に濡れたエサ箱が語ってくれて。

 

 青ざめるヴァシリーサが固まっていると、庭にいた男の子たち──勝手に入り込んでいました──が、

 

「見ろあの顔! なんて白さだ!」

「おっかないな!」

「ウェェッ、気持ちワル!」

「やっぱり病気の元は、あの子に違いない!」

「そのうち鳥と同じように、やっつけてやるからな!」

 

 ヴァシリーサに向かって、あまりにヒドすぎる言葉を言い放ちました。

 事態に気がついたお母さんが、すぐに男の子たちを追い払いましたが……傷ついた心は治りません。

 

 生まれつき病弱であるコトが。

 他の人よりも肌が真白いコトが。

 クロウタドリに癒しを憶えていたコトが。

 

 こんなにも、責められなければならない罪だったのでしょうか。

 

「お母さん……私は、悪い子だったの……?」

「ヴァシリーサ……!」

 

 涙を流す娘に、お母さんは「いいえ!」と叫びました。

 強く抱き締めて、「そんなはずあるワケないわ!」と叫びました。

 悪いのはヴァシリーサではありません。

 悪いのはすべて、ヴァシリーサを苦しめる何もかもたちです。

 

「あの男の子たちは、イジメっ子なの」

「イジメっ子……?」

「そうよ。嫌な子で、とっても愚かな子たちだわ」

 

 心無い言葉。

 残酷な所業。

 これ以上そんなもので、愛する我が子が気を病んでしまわないように。

 お母さんは娘に言い聞かせました。

 

 ヴァシリーサは、イジメっ子が大嫌いになりました。

 

 

 

 

────────────

tips:謎の疫病

 

 人間の体から、徐々に徐々に血を失わせる奇病。

 ただの貧血と思わせ油断を誘い、気がついた時には失血死。

 血の気の失せた遺体を見て、人々は太古の伝承になぞらえ『白き死』と恐れた。

 

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