ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#252「黒詩の魔女・Ⅱ」

 

 

 白き死によって、町が大変なコトになっていきます。

 疫病は大勢の人々を苦しめて、ジワジワと恐怖を広げていきました。

 

 日に日に白くなっていく自分たちの肌色。

 

 血が失われていくせいで、人々はどんどんオカシクなっていきます。

 頭がボォっとして、集中力が足りなくなって、余裕が失われて、大の大人すら倒れて。

 

 弱いもの、小さいもの、貧しいもの。

 お年寄り、子ども、浮浪者、孤児。

 

 疫病は容赦なく、順番に命を摘み取っていきました。

 町はカラドリウスの来臨を望み、なのに、伝説の白き鳥は一向に現れませんでした。

 

 ヴァシリーサにとっては、生まれてからずっと当たり前だった常識です。

 

 それがついに、町の人々にも事実として伝わっていきました。

 ヴァシリーサを罵り、心ない言葉を投げかけて来た人々も、次第にそんな余裕は無くなって。

 

 もう誰も助からない。

 

 ならせめて、安らかに眠るように息を引き取ろうと、多くの人に諦めが蔓延しました。

 

 不思議な話でした。

 

 ヴァシリーサはそれまで、どんなに病気が治らないと分かっていても、ささやかな幸せを見つけて楽しく生きる努力をして来ました。

 町の人たちと接する機会は多くはありませんでしたが、少なくともお医者さん、お薬屋さん、彼らもまたいつだって悲観的な言葉を言いませんでした。

 

 それはヴァシリーサの前()()、だったのかもしれませんが……

 

 ──だとしても、諦めるなんて!

 

 疫病に差別はありません。

 ヴァシリーサもお母さんも、当然、疫病に罹りました。

 

 それでも、昔から病気というものに長く付き合い続けてきた二人は、他の人たちのようには諦めませんでした。

 誰が諦めたりなんかするものかと、町のお役人に造血剤の支給を求めたり、出来る限り栄養のあるものを食べたり、そういった延命手段を続けました。

 

 ……もっとも、主に頑張ったのはお母さんの方で。

 

 病弱なヴァシリーサに出来たのは、帰って来たお母さんを笑顔で迎えるくらいなものでしたが。

 

 それでも、一緒に前向きな話をして、「市場がガラガラなおかげで、今日はこんなに栄養のあるものを買って来られたわ」「じゃあ、シチューを作れるね」とか。

 そういう何気ない会話があるおかげで、二人は絶望を遠ざけていられたのです。

 

 ……けれど。

 

 ……だけれども。

 

 世の無情は、どうしてなのでしょう?

 先に倒れたのは、お母さんの方でした。

 ヴァシリーサを守るために、お母さんは頑張りすぎていたのです。

 

 彼女は自分よりも、娘を優先して食事や薬を与え、自分の分すらヴァシリーサに使っていました。

 

 そのせいで、病弱なはずのヴァシリーサがまだ起き上がって歩ける体力が残っているのに、お母さんにはその体力が無い。

 

 床を這いずり、娘のため新しい食事や薬を取ってこようと、玄関まで動く姿。

 

「お母さん……!」

 

 ヴァシリーサは、決めました。

 今度は自分が、お母さんを助ける番だと決めました。

 

「待ってて。私が、お母さんの代わりに食べ物とお薬をもらってくるから……!」

「っ、待っ、て……だめ……」

 

 それは生まれて初めての、言いつけ破りです。

 お外に出るなんて、久しぶりすぎて何があるのか分かりませんでした。

 家の庭以外の場所に、たったひとりで歩いていくのも初めてなので、勇気を振り絞って頑張りました。

 

 歩いている途中、案の定、息が切れ始め。

 

 非力な足の筋肉が、ジンジンと燃えるように悲鳴をあげて。

 血が足りていないのはヴァシリーサも同じなので、立ちくらみと眩暈が、視界すらボヤけさせてダメかと思いました。

 

 お薬屋さんに辿り着けたのは、間違いなく奇跡です。

 

 思えばヴァシリーサは、町の市場に行ったコトがありません。

 それでどうして、食べ物を取って来るなんて言ってしまったのか。

 お母さんに無駄な心配をかけるだけだったのに、なんてバカだったんだろうと後悔しました。

 

 それでも、お薬屋さんでお薬だけは貰って帰れる。

 

 本当は食べ物も欲しかったけど、お薬があればお母さんもまた少しは元気に戻れるはず。

 ヴァシリーサは、中にはきっと顔見知りのお薬屋さんが居るものと思って、なんとか重い扉を開けました。

 

「……あれ……?」

 

 中には誰もいませんでした。

 お薬屋さんのお店は、泥棒に入られたみたいにメチャクチャで。

 物々しい様子に、ヴァシリーサは怯えながらも恐る恐る店内に入ります。

 

「お薬……ありませんか……?」

 

 返答もありません。

 なので、本当はダメだと思いつつも、ヴァシリーサはお母さんのため、勝手にお薬を探しました。

 お薬屋さんのお薬なのですから、棚にある物なら何でも体にいいはずです。

 

 そうして、苦労して、ようやくひとつだけお薬を見つけられました。

 

 瓶に貼られたラベルは、この時のヴァシリーサには難しい言葉が使われていたので読めませんでしたが、きっとお母さんを助ける薬だと思いました。

 それを大事に両手で抱えて、元来た道を「ハァハァ」苦しくなりながら戻っていくと、

 

「オラっ! さっさと寄越しやがれ!」

「クソガキが! 死に損ないの蛆虫どもが!」

「や、やめ、て……!」

「これは、私たちの……!」

「お姉ちゃんをイジメるな!」

 

 路地の片隅で、子どもをイジメる大人がいました。

 子どもたちが持っている物を、無理やり奪おうとしているみたいでした。

 暴力を振るわれているのは、ヴァシリーサと同じくらいの女の子と男の子です。

 姉弟でしょうか。

 大人は五人もいて、彼らは姉弟が持っている片手の半分ほどもないパンを、取り上げてしまいます。

 

 なんて、意地悪な人たちなのでしょう。

 

 いえ、彼らは本当に同じ()()ですか?

 

「ゴハッ!?」

「ウッ!」

「へっへっへ、ようやく大人しくなりやがったか」

「手こずらせやがって」

「どうせテメェらガキは俺たちより早く死ぬんだ」

「このパンはオメェらが食ったって仕方ねえだろうが!」

「……って、あん? もしかして殺しちまったか?」

「うっせ! 気にすんな!」

 

 彼らは姉弟を、殺してしまったのです。

 ヴァシリーサの目の前で、狂獣のような暴力と暴言。

 目と目が合いました。

 マズイ、と分かりました。

 

 でも遅かったのです。

 

「──おい。そこのオマエ、何を持ってやがる?」

「それは薬か?」

「薬だな! 薬に決まってやがる!」

「寄越せェッ!」

 

 ヴァシリーサは、抵抗など出来ずに薬を奪われました。

 悪い大人たちが、ちょっと手を伸ばして薬の瓶を引っ張っただけで、ヴァシリーサは呆気なく地面に倒されてしまいました。

 

「あ? なんだこのガキ……」

「チッ、もう死にかけじゃねぇか」

「ラッキーだったな」

「よし。他にも奪えそうなヤツらがいねぇか探すぞ」

 

 ゾロゾロ、ゾロゾロ。

 去っていく背中を、ヴァシリーサは睨むコトも出来ません。

 涙で視界が滲んで、何も見えなかったのです。

 悔しくて悔しくて、世の中にはどうしてこんなヒドいコトがあるんだろう?

 どうして私の人生は、奪われてばかりなのだろう?

 

 世界を初めて、呪い始めていました。

 

 体力は残っていません。

 

 結局、何も得るものがないまま、ヴァシリーサは地面を這います。

 涙でグチャグチャになりながら、泥で汚れながら。

 それでも、お家には大好きなお母さんが待っていて、勝手に家を飛び出してしまったコトを謝らないといけません。

 ごめんなさい。ごめんなさい。バカな娘でごめんなさい。

 

「お母さん……お母さん……!」

 

 家は、あまりにも遠すぎました。

 ヴァシリーサの力ではもう、決して帰れない距離でした。

 病気でさえなければ、少し先の角を曲がればいいだけなのに。

 病、病、病、病、病。

 敵はずっと、ヴァシリーサの未来を阻みます。

 

 ──その時でした。

 

 

 

「ほう。まだ諦めないのですか? その強情、なかなか快いですね」

 

 

 

 地を這うヴァシリーサの前に、()が姿を現したのです。

 巨大な牛馬に跨り、自身もまた巨大な王冠角を生やした男のヒト。

 足の長いおじさん。

 彼は言いました。

 牛馬の背中に、ひとつの頭蓋骨とひとつの生首をぶら下げながら、言いました。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 然すれば。

 

「この惨状を生み出した疫病の白き鳥(カラドリウス)を、容易に縊り殺せますよ?」

 

 悪い話ではありませんね。

 男は生首を、黒い山羊の生首を、角の生えた黒山羊の生首を。

 動けないヴァシリーサに、スッと近づけました。

 

 黒山羊の瞳がギョロリと動いて、ヴァシリーサを笑いました。

 

 ……いえ。

 

 ヴァシリーサが、笑ったのでしょうか?

 

 

────────────

tips:カラドリウス

 

 伝説の鳥。

 病を癒すと信じられる。

 しかしその正体は──

 

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