ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
白き死によって、町が大変なコトになっていきます。
疫病は大勢の人々を苦しめて、ジワジワと恐怖を広げていきました。
日に日に白くなっていく自分たちの肌色。
血が失われていくせいで、人々はどんどんオカシクなっていきます。
頭がボォっとして、集中力が足りなくなって、余裕が失われて、大の大人すら倒れて。
弱いもの、小さいもの、貧しいもの。
お年寄り、子ども、浮浪者、孤児。
疫病は容赦なく、順番に命を摘み取っていきました。
町はカラドリウスの来臨を望み、なのに、伝説の白き鳥は一向に現れませんでした。
ヴァシリーサにとっては、生まれてからずっと当たり前だった常識です。
それがついに、町の人々にも事実として伝わっていきました。
ヴァシリーサを罵り、心ない言葉を投げかけて来た人々も、次第にそんな余裕は無くなって。
もう誰も助からない。
ならせめて、安らかに眠るように息を引き取ろうと、多くの人に諦めが蔓延しました。
不思議な話でした。
ヴァシリーサはそれまで、どんなに病気が治らないと分かっていても、ささやかな幸せを見つけて楽しく生きる努力をして来ました。
町の人たちと接する機会は多くはありませんでしたが、少なくともお医者さん、お薬屋さん、彼らもまたいつだって悲観的な言葉を言いませんでした。
それはヴァシリーサの前
──だとしても、諦めるなんて!
疫病に差別はありません。
ヴァシリーサもお母さんも、当然、疫病に罹りました。
それでも、昔から病気というものに長く付き合い続けてきた二人は、他の人たちのようには諦めませんでした。
誰が諦めたりなんかするものかと、町のお役人に造血剤の支給を求めたり、出来る限り栄養のあるものを食べたり、そういった延命手段を続けました。
……もっとも、主に頑張ったのはお母さんの方で。
病弱なヴァシリーサに出来たのは、帰って来たお母さんを笑顔で迎えるくらいなものでしたが。
それでも、一緒に前向きな話をして、「市場がガラガラなおかげで、今日はこんなに栄養のあるものを買って来られたわ」「じゃあ、シチューを作れるね」とか。
そういう何気ない会話があるおかげで、二人は絶望を遠ざけていられたのです。
……けれど。
……だけれども。
世の無情は、どうしてなのでしょう?
先に倒れたのは、お母さんの方でした。
ヴァシリーサを守るために、お母さんは頑張りすぎていたのです。
彼女は自分よりも、娘を優先して食事や薬を与え、自分の分すらヴァシリーサに使っていました。
そのせいで、病弱なはずのヴァシリーサがまだ起き上がって歩ける体力が残っているのに、お母さんにはその体力が無い。
床を這いずり、娘のため新しい食事や薬を取ってこようと、玄関まで動く姿。
「お母さん……!」
ヴァシリーサは、決めました。
今度は自分が、お母さんを助ける番だと決めました。
「待ってて。私が、お母さんの代わりに食べ物とお薬をもらってくるから……!」
「っ、待っ、て……だめ……」
それは生まれて初めての、言いつけ破りです。
お外に出るなんて、久しぶりすぎて何があるのか分かりませんでした。
家の庭以外の場所に、たったひとりで歩いていくのも初めてなので、勇気を振り絞って頑張りました。
歩いている途中、案の定、息が切れ始め。
非力な足の筋肉が、ジンジンと燃えるように悲鳴をあげて。
血が足りていないのはヴァシリーサも同じなので、立ちくらみと眩暈が、視界すらボヤけさせてダメかと思いました。
お薬屋さんに辿り着けたのは、間違いなく奇跡です。
思えばヴァシリーサは、町の市場に行ったコトがありません。
それでどうして、食べ物を取って来るなんて言ってしまったのか。
お母さんに無駄な心配をかけるだけだったのに、なんてバカだったんだろうと後悔しました。
それでも、お薬屋さんでお薬だけは貰って帰れる。
本当は食べ物も欲しかったけど、お薬があればお母さんもまた少しは元気に戻れるはず。
ヴァシリーサは、中にはきっと顔見知りのお薬屋さんが居るものと思って、なんとか重い扉を開けました。
「……あれ……?」
中には誰もいませんでした。
お薬屋さんのお店は、泥棒に入られたみたいにメチャクチャで。
物々しい様子に、ヴァシリーサは怯えながらも恐る恐る店内に入ります。
「お薬……ありませんか……?」
返答もありません。
なので、本当はダメだと思いつつも、ヴァシリーサはお母さんのため、勝手にお薬を探しました。
お薬屋さんのお薬なのですから、棚にある物なら何でも体にいいはずです。
そうして、苦労して、ようやくひとつだけお薬を見つけられました。
瓶に貼られたラベルは、この時のヴァシリーサには難しい言葉が使われていたので読めませんでしたが、きっとお母さんを助ける薬だと思いました。
それを大事に両手で抱えて、元来た道を「ハァハァ」苦しくなりながら戻っていくと、
「オラっ! さっさと寄越しやがれ!」
「クソガキが! 死に損ないの蛆虫どもが!」
「や、やめ、て……!」
「これは、私たちの……!」
「お姉ちゃんをイジメるな!」
路地の片隅で、子どもをイジメる大人がいました。
子どもたちが持っている物を、無理やり奪おうとしているみたいでした。
暴力を振るわれているのは、ヴァシリーサと同じくらいの女の子と男の子です。
姉弟でしょうか。
大人は五人もいて、彼らは姉弟が持っている片手の半分ほどもないパンを、取り上げてしまいます。
なんて、意地悪な人たちなのでしょう。
いえ、彼らは本当に同じ
「ゴハッ!?」
「ウッ!」
「へっへっへ、ようやく大人しくなりやがったか」
「手こずらせやがって」
「どうせテメェらガキは俺たちより早く死ぬんだ」
「このパンはオメェらが食ったって仕方ねえだろうが!」
「……って、あん? もしかして殺しちまったか?」
「うっせ! 気にすんな!」
彼らは姉弟を、殺してしまったのです。
ヴァシリーサの目の前で、狂獣のような暴力と暴言。
目と目が合いました。
マズイ、と分かりました。
でも遅かったのです。
「──おい。そこのオマエ、何を持ってやがる?」
「それは薬か?」
「薬だな! 薬に決まってやがる!」
「寄越せェッ!」
ヴァシリーサは、抵抗など出来ずに薬を奪われました。
悪い大人たちが、ちょっと手を伸ばして薬の瓶を引っ張っただけで、ヴァシリーサは呆気なく地面に倒されてしまいました。
「あ? なんだこのガキ……」
「チッ、もう死にかけじゃねぇか」
「ラッキーだったな」
「よし。他にも奪えそうなヤツらがいねぇか探すぞ」
ゾロゾロ、ゾロゾロ。
去っていく背中を、ヴァシリーサは睨むコトも出来ません。
涙で視界が滲んで、何も見えなかったのです。
悔しくて悔しくて、世の中にはどうしてこんなヒドいコトがあるんだろう?
どうして私の人生は、奪われてばかりなのだろう?
世界を初めて、呪い始めていました。
体力は残っていません。
結局、何も得るものがないまま、ヴァシリーサは地面を這います。
涙でグチャグチャになりながら、泥で汚れながら。
それでも、お家には大好きなお母さんが待っていて、勝手に家を飛び出してしまったコトを謝らないといけません。
ごめんなさい。ごめんなさい。バカな娘でごめんなさい。
「お母さん……お母さん……!」
家は、あまりにも遠すぎました。
ヴァシリーサの力ではもう、決して帰れない距離でした。
病気でさえなければ、少し先の角を曲がればいいだけなのに。
病、病、病、病、病。
敵はずっと、ヴァシリーサの未来を阻みます。
──その時でした。
「ほう。まだ諦めないのですか? その強情、なかなか快いですね」
地を這うヴァシリーサの前に、
巨大な牛馬に跨り、自身もまた巨大な王冠角を生やした男のヒト。
足の長いおじさん。
彼は言いました。
牛馬の背中に、ひとつの頭蓋骨とひとつの生首をぶら下げながら、言いました。
「
然すれば。
「この惨状を生み出した
悪い話ではありませんね。
男は生首を、黒い山羊の生首を、角の生えた黒山羊の生首を。
動けないヴァシリーサに、スッと近づけました。
黒山羊の瞳がギョロリと動いて、ヴァシリーサを笑いました。
……いえ。
ヴァシリーサが、笑ったのでしょうか?
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tips:カラドリウス
伝説の鳥。
病を癒すと信じられる。
しかしその正体は──