ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#254「地底下界の切れ端」

 

 

「そこまでよッ!」

「ッ──!」

 

 叫びが、俺を弾き飛ばした。

 

 本の世界。

 切り分けられた魂。

 日記という形で断片化された黒詩の魔女の記憶。

 それは魔物へと転じる原因。

 過去の出来事。

 

 声は痛みに満ち、ヴァシリーサは『フラグメント』を抱き隠しながら震えていた。

 

 部屋は寝室。

 ミステリーハウス・クイーンダム。

 しかし、体の大きさ──否、屋敷の大きさは普通に戻り、縮尺もすべて通常に戻っていた。

 紙面の中から弾き出された俺は、気づけば床に顔面を押し付けられている。

 

 バーバ・ヤーガ。

 ジャバウォック。

 グレイマルキン。

 

 縮尺など関係なく、見るもおぞましい姿をした魔物と怪物たち。

 四体の下僕(サーヴァント)が、捕らえた獲物をご主人様に差し出すように俺を抑え付けていた。

 全身の身動きがすぐには取れない。

 ものすごい力と重さ。

 だが、それよりも──

 

「よく、も──よく、も!」

「っ、()()! ()()()()()……!」

 

 心を掻き乱されているのは、ヴァシリーサだけじゃない。

 フラグメントに見せられた一部始終。

 あの出来事が、過去、本当にこの女の子の()()だったと云うのなら……!

 

(ベアトリクス……!)

 

 無関係ではないはずだ。

 偶然の一致と片付けるには、あまりに符号する点が多すぎる。

 疫病に沈んだ町。

 蘇るのは、必然アレクサンドロの言葉。

 

 ──白嶺の魔女。

 

 其れは発生年数五千年を超える極大の魔。

 子ども攫い。子喰らい。

 自らが人間だった時、原因不明の疫病によって子どもを喪ったとされる母親たちの怨霊。

 死を弄ぶ有角。

 同じような境遇の死霊群体。

 人から転じた魔。

 彷徨い歩く死。

 

 ──ヤツもまた、デーヴァリングの生贄を捧げられ、この数千年間、ずっと消息が分からないままだった。オレの家族と故郷を、台無しにして以来な──!

 

 忘れられるはずがない。

 忘れていいとも思わない。

 

()()が偶然ではなく、必然だったって言うのか?)

 

 目の前の幼気な少女も。

 在りし日の彼女たちでさえも。

 フラグメントの記録が正しければ、何もかも恣意的な企みによる被害者。

 第八の原棲魔、有角神グラマティカだと……?

 

(──あんな、あんなヤツが……!?)

 

 この世にはいたのか。

 クソ野郎。

 クソ野郎。

 腐れド畜生と呼んでもまだ足りない。

 鯨飲濁流や鉄鎖流狼にも並び、俺の中の宿敵リストに完全に名前が加わる。

 許せるはずがあるか。

 生かしておいていいはずがあるか!?

 

 込み上げて来るのは怒り、怒り、怒り。

 

 深い悲しみ。

 

 ヴァシリーサが泣きそうな声で俺を睨んでいる。

 心の奥底、忘れていたかった記憶。

 少女の無垢な秘密に、無遠慮に踏み込んでしまった俺を。

 誘い入れたのは『断片化された自分(フラグメント・ヴァシリーサ)』だったとしても、絶対に許せないという眼で。

 ドロリ、と呪詛が吐き出される。

 

「ゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわゆるさないわ」

 

 溢れ落ちる涙に、俺も涙が流れる。

 届けなければならない言葉。

 伝えてあげなければならない言葉。

 そんなものは探すまでもなく、いくらでもあるはずなのに。

 胸に想いが詰まって、すぐには出せない。

 

「ッ、待て……待ってくれ……!」

 

 だから声も、届かなかった。

 ヴァシリーサは本を抱えたまま、顔を俯かせて、全身を震わせて、

 

「──誰も、見ちゃいけないのよ? 誰も、知ってしまってはいけないの。私の秘密。魔女の秘密。女の子の秘密。むりやり暴くなんてサイテーだわ。サイテーのイジメっ子だわ。せっかくの楽しい鬼ごっこ。せっかく久しぶりの隠れんぼ。あともうちょっとで貴方の勝ちだったかもしれないのに……おあいにくさまもう残念ねッ!?」

 

 遊びはおしまい。

 ルールはおしまい。

 マナー違反の乱暴者には魔女の鉄槌。

 バーバ・ヤーガの醜い両手が、首を絞めた。

 

「ッ、ぐぁ……頼む! 待ってくれ! 俺はキミの──キミのおかッ……!」

「もう何も言えないわ! 私も何も聞かないわ! 貴方みたいなイジメっ子、大っ嫌いッ!!」

「────!」

 

 こちらの言葉は、強制的に棄却された。

 声を発しようとしても音を広げられず、どんなに口を開いても喉奥から漏れ出るのはか細い息だけ。

 魔女の異界で〝ことば〟を許されていいのは、あくまでも女王だけだとでも言うように。

 他の雑音は不要だと。

 双子の片割れの鬼婆が、ポケットから道具を取り出し、上唇と下唇を縫合した。

 

「────!!」

「お似合いね! でも口を閉じたからって許してはあげないわ!」

 

 ヴァシリーサはダンッ! と右の踵を踏み鳴らした。

 直後、俺とヴァシリーサとの間に『穴』が出現する。

 床に空いた黒々しい丸穴。

 一目で理解する。

 

(ッ、冥府の気配……!)

 

「それは底無しの穴! 『地底下界の切れ端』! カットエンド・ボトム! 邪魔者除け者要らない子! ぜんぶぜんぶ投げ込まれて、最後に行き着く終着点! でも大丈夫! みんなみんな、要らなくなったから捨てるんだから! ゴミってそういうものよね!」

 

 ボキリ!

 

 バーバ・ヤーガが俺の首を折った。

 そしてそのまま、穴の縁にドサリと落とし、ジャバウォックが蹴りつける。

 

 意識の瞬断。

 

 再生は即時に始まったが、体は地底下界の切れ端(カットエンド・ボトム)に放り込まれ。

 グレイマルキンが森羅斬伐も一緒に、上から放り込んだ。

 落下。落下。落下。何処まで行くのか分からない落下。

 

「さようなら! そこでは二度と、おはようは来ないわ!」

 

 最後に聞こえたのは、そんな声。

 穴はすぐに閉じられ何も見えなくなる。

 おかしいな。

 真っ暗闇なんて、俺には関係ないはずなのに。

 

(──ああ、そうか。目蓋、を……っ)

 

 閉じてしまった。

 何故なら、これが地底下界の異界法則。

 落ちた瞬間。

 入った瞬間。

 そこにあるのは〝世界から棄てられたモノ〟だけ。

 第一級に分類される〈領域(レルム)〉、すなわち神話世界の理として。

 

 棄てられ、役目を失ったモノには、安らかなる眠りのみが与えられる。

 

 ここでは目を覚まそうとする意思。

 何かをしなくてはと身を起こす意志。

 頑張ろうとする気力や、ふと湧き上がりかけた感情の小さな波すらも抑制されて、ただ静かな闇だけが残る。

 

 地底下界とは、神代、現世と地続きだった冥府の別名。

 

 たとえ切れ端でも、巨大彗星衝突以前に世界を席巻していた強権を以って。

 俺は、意識を奪われる。

 秘紋もまた、抵抗虚しく、肉体の再生だけ終えて眠りにつく。

 

 黒詩の魔女(ヴァシリーサ)がどうして、地底下界に繋がる穴を所持しているのか。

 いや、そもそも、黒詩の魔女(ヴァシリーサ)異界の最厄地(エル・セーレン)にいるのは、()()()なのか? とか。

 

 疑問はいろいろ浮かび上がったし、他にも気になる謎が残っていたけども。

 

 思考が殺される。

 情動が殺される。

 意気が殺される。

 

 停止。静止。仮死。

 

 俺はそこから、何もするコトが出来なくなってしまった。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

「……」

 

 イジメっ子がいなくなった後、ヴァシリーサはしばらくのあいだ消えた穴のあたりを見下ろしていた。

 

 地底下界の切れ端、カットエンド・ボトム。

 

 切れ端とはいえ、本物の神話領域である以上、ヴァシリーサでも扱いには苦労する。

 自分の〈領域〉の内側だからこそ、ヴェールを被せて見えないように隠すコトができるが、本質的には消せていない。

 

 あくまでもヴァシリーサの能力が、たまたま現実を否定する方向に特化しているがために嘘が成立しているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ヴェールを剥がせば、たちまち『穴』が現れて危険なのだ。

 

 自分の〈領域〉に一時的に綻びを生むコトにも繋がるし、すぐに閉じても隙を作ってしまう事実は変わらない。

 現にまた、新たに。

 遠くの方から、幾つかの花火。

 ランプヘッド・シティウォッチから、警報の合図が飛んで来る。

 

 その色は紫。

 

「……ヴィクター」

 

 悪い大人。

 ヴァシリーサの世界へ、もう何度も攻撃を仕掛けて来ている。

 とても賢くて、とても幼くて。

 そしてとても、おぞましい青年。

 

「クイーンダムにいくら青黴色怪人(カリプト)を入り込ませても、とっくに無駄だって分かってるはずなのに……」

 

 帝都市長は諦めない。

 エル・セーレンの王は諦めない。

 しかも、攻撃は日に日に大きく、激しく勢いを増している。

 その周りに、怪しい影もチラチラホラホラ。

 お友だちを助けられるのは、ヴァシリーサだけだ。

 

 ……泣いている暇は無い。

 

「やっつけなきゃ」

 

 そう。やっつけなければいけないのだ。

 ヴァシリーサは分かっている。

 自分が恐ろしい魔女であるコトを分かっている。

 そんな自分が、本当の意味で恐ろしい存在にならないでいられるのは、子どもたちの味方であるから。

 

 子どもを虐待するひどい親がいるのなら、鍋で煮込まれて殺される夢を見せましょう。

 子どもを汚し、その笑顔を奪う魔法使いがいるのなら、怪奇屋敷にご招待しましょう。

 デップリ太った欲張りの王様のせいで、貧しい子どもたちがいるのなら、王様には自分がご馳走になる夢を見てもらいましょう。

 

 世界はそれを、残酷だ、地獄だ、なんて恐ろしい! と叫ぶのかもしれないけれど。

 子どもたちを守れないのなら、ヴァシリーサに価値など無い。

 

 黒詩の魔女は、つまるところそういう御伽噺だった。

 

 

 

 

────────────

tips:地底下界の切れ端

 

 カットエンド・ボトム。

 〈正史黎明神代〉における冥府『地底下界』の切端。

 真っ暗闇の底無し穴。

 神代において、死は地上の世界での役目を終えた証。

 すなわち、もはや生の意味を失ったモノが辿り着く最後の運命だと考えられた。

 役目が無ければ意味も無い。

 意味が無いものには無しかない。

 冥府へ向かった魂に、あなたはよくがんばりました、もう安らかに眠っていいですよ、と伝える安楽の深淵である。

 ……だが、その性質はいつしか〝遺失廃棄物〟を溜め込むゴミ捨て山と同義になった。

 

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