ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
渾天儀暦6028年12月10日。
メランが
強欲の都ゴルディア。
目につくものはすべて、黄金に塗り固められた商業都市。
ベロニカはそこで、ようやく
「……これは」
元は貯水池だったのだろうか。
都市の外れ。
手帳の内容に従い黄金化した水路を辿った先に、水の干上がった空っぽの溜池がある。
溜池は黄金化していない。
日光を浴びて輝くのは、石で出来た先史時代の遺跡だ。
ところどころ苔が生え、緑も茂っている。
土も草も、何ひとつとして邪神の呪いは受けていない。
鳥の鳴き声まで聞こえて来る。
「フン……」
ベロニカは自分でも意外に思いながら、安堵の気持ちを自覚した。
当たり前のような光景だが、何もかもが当たり前ではない場所で普通のものを確認すると、人は心に安らぎを覚えるものらしい。
あるいは、ゴルディアに囚われ初めて食事を取れそうな予感に、単純にホッとしているのか。
しかし、渇水状態の溜池も、すべてが
黄金と黄金でない物との境界線。
ベロニカはここまで、水路が黄金化しているのを良いことに、水面上を歩いて移動して来た。
いま、その足場は不自然な盛り上がりを作り上げ、波の形に傾斜している。
まるで、溜池の中心に何かが現れたがために、それまでそこにあった
「チッ……まるでも何も、これはそういうコトだろうが」
鈍化している思考に舌打ちする。
懐に入れてある例の手帳にも、合わせて舌打ちを重ねた。
エル・ヌメノスの尼僧の墓所。
世界神に仕えた巫女の遺体。
封印が施されていると云う話ではあった。
秘文字の奇蹟。世界改変の大権とやらを、悪しき願いに使われないようにと。
ならば、これはその結果だろう。
悪しきモノ、呪しきモノを遠ざけ、中にある聖なるモノを守っている。
降りると、ご丁寧にアーチ型のモニュメントや神像まで出迎えてくれた。
溜池──というか尼僧の墓所は奥行きがあり、どうやらさらに進める。
見た様子だと、ゴルディアの地下貯水施設に、ちょうど運よく綺麗に収まる形で出現したのだろう。
ベロニカは手近な位置にいた鳥を仕留めると、手早く栄養補給を済ませて探索を開始した。
ここにあの男、群青卿が探している遺体があれば、それはエル・セーレンでの目的達成を意味する。
ウェスタルシア王国から突きつけられている制限時間の件もある。
異界法則によって時間感覚にズレが起きていなければ、今日は四日目。
期限である十日目にはまだまだ余裕があるが、考えようによっては残り半分ちょっとしか余裕が無いとも言える。
初日以来、群青卿は英雄奥義を使っていない。
アイナノーアやケントの安否も依然として不明なままだ。
今のところベロニカは黄金スライム以外に厄介な敵と遭遇していないが、ここから何事もなくすんなり旅の目的をクリアできるなら大いに万々歳。
合流さえ叶えば、四人全員で即脱出に移れる。
要するに、アガリだ。
最厄地にしては案外、拍子抜けな感想かもしれない。
が、エル・セーレンは〈目録〉にも
その由縁は、カルメンタリス教の女神に呪われた云々もあるが、
・一度入り込んだら外に出られない。
・入ったら入ったで、クソみたいな
この二点を体感しただけで、うんざりするほどに充分すぎた。
酒も尽きてしまったため、ベロニカはさっさと家に帰りたい気分で一杯なのである。
それはそれとして。
「チッ……」
尼僧の墓所と思しき場所を発見したのに、どうして空に
初日の英雄奥義のおかげで、空であれば意思伝達が可能(異界法則に阻害されない)だと分かっているのに、どうしてまだ合流のための行動を取らないのか?
ベロニカが渋面を作りながら探索を続行するのは、ひとえに例の手帳のせいだった。
足跡。
それも複数。
「クソったれが……」
商館で手に入れた聖骸布と手帳。
そのおかげで、ベロニカはゴルディアに生存者がいるのを確信している。
その生存者が、エル・ヌメノスの尼僧の墓所に、商人の一人娘──恐らくはすでに黄金化している──を安置しているはずなのも手帳のおかげで分かっている。
騎士崩れの雇われ用心棒。
ゴルディアにありて、なぜか黄金化していない謎の生存者。
手帳の内容から男だと推測を立てているが、ベロニカたちに先んじて尼僧の墓所に辿り着いているモノがいる以上、遺体が墓所に残っているかは怪しいと言わざるを得ない。
手帳の持ち主は、明確に〝エル・ヌメノス様の巫女様のお墓〟と書いているのだ。
遺体が秘文字であり世界改変の大権。
どんな願いも叶えられる流れ星だと、知らないとは思えない。
宝箱を前にして、何もせず放置するだけの人間なんているか?
人間に限らずとも、大抵の存在は宝箱を開けようとするはずだ。
ゆえに、ベロニカは即断を避けている。
早合点でもして駆けつけた群青卿に、「遺体、無いじゃん」などと言われてみろ。
ベロニカは不要な屈辱を味わうハメになるからだ。
そして、案の定だった。
墓所の床には複数の足跡。
それだけじゃなく、何かを引きずったような跡や、内と外とを何度も往復したような跡もあった。
古い跡もあれば、比較的真新しい跡もある。
この時点で、遺体の所在はだいぶ怪しくなった。
それでも、最後まで確認しないワケにはいかない。
「“
薄暗い空間のため、火を灯して奥を照らす。
背後は日が射し込んでいるおかげで明るいが、奥は奥に行くほど暗い。
天井は高かった。
中は神殿のような造りで、太くて大きい円筒形の柱が幾本も聳え立っている。
地下神殿という言葉が、ベロニカでなくても自然に胸の内に浮かぶはずだ。
そうしていると、やがてベロニカの耳には。
「あん……?」
とても聞き慣れた、嫌になるほど見知った激しい音が聞こえて来た。
──ガキンッ! ガキンッ!
──Gaaaaッ!
──ズザザザザザザッ!!
剣戟。
刃と刃のぶつかり合い。
獣のような唸り声。
舞い散る火の粉に
命を懸けた争いの気配。
影はすぐに見つかった。
「──────」
遅れて、ベロニカは咥えていたタバコが、地面に落ちているのに気がつく。
遺跡の最奥。
一際大きな石室の前。
そこには、騎士と魔物がいた。
前者は全身鎧の襤褸布纏い。
とても古びた装備を身につけていて、振るっている剣もボロボロ。
左腕に壊れかけのラウンドシールドを装着していて、右手に壊れかけのロングソードを持って戦っている謎の騎士。
恐らくは手帳の主だ。
一方で後者は、十体以上の
複数のツノが全身から生えたモノ。
多脚多頭の蜘蛛や蛞蝓を思わせるモノ。
ヌルヌルテカテカとピンク色に光る臓物をさらけ出すモノ。
その姿は、魔物の中でも取り立てて凶暴で厄介だとされる〝名無し〟たちを示す。
分類不明。
固有の変異。
けれども、大魔ほどの脅威ではないため大雑把に『デモゴルゴン』の呼び名で括られる。
「……そうか」
そうか、と。
ベロニカはタバコを踵で潰し、戦いの場へ近づいて行った。
歩いて、堂々と、いっそ無防備とすら思われかねない自然体で。
そんな闖入者の登場に、さっそく
「“
「GAaaa!!??」
燃やした。
塵すら残らぬよう消えぬ炎で。
途端、他のデモゴルゴンたちも一斉にベロニカに気がつく。
襤褸騎士も気がついたが、戸惑った様子を見せるばかりで声は発しない。
警戒しているのか。
それとも声を発せないのか。
どちらにせよ、どうでも良かった。
「私はな。化け物のなかでも、オマエたちデモゴルゴンだけは、見つけた片端から一匹残らずブチ殺すと決めている。ああ、他の何を差し置いてでもだ」
くたばるがいい。塵どもめ。
────────────
tips:襤褸騎士
推定強欲の都ゴルディアで唯一の生存者で、襤褸布を纏った全身鎧騎士。
ベロニカが商館で拾った手帳の主だと考えられる。
手帳の内容に従えば、元は騎士崩れの雇われ用心棒のようだが、普通の人間だとすればどうして未だゴルディアで生き延びているのか。
エル・ヌメノスの尼僧の墓所でデモゴルゴンと戦っているのは、何故なのだろうか?
騎士甲冑は黙して語らない。