ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#256「襤褸騎士カリオン・Ⅰ」

 

 

 デモゴルゴンたちの焼却は、すぐに終わった。

 墓所内に渦巻いた炎は、瞬く間に有象無象の魔物どもを焼き殺し、断末魔も残さない。

 刻印騎士団〈炎の隊〉の隊長であれば、この程度は実に容易な話だった。

 

(まぁ、場所のおかげか)

 

 それにしても簡単すぎたのだが。

 

「それで?」

「…………」

 

 残ったのは、元の薄闇を取り戻した石の遺跡。

 ベロニカはデモゴルゴンを殺すため引き上げた戦いのボルテージを、緩めることなく襤褸騎士を見る。

 

 見れば見るほど、粗悪な質の全身鎧。

 

 どこもかしこも傷だらけで錆だらけで。

 薄汚れた襤褸布など、いっそ纏わない方が少しはマシな格好に見える。

 そんな襤褸騎士は、ベロニカが戦闘に乱入しデモゴルゴンを横取りするあいだ。

 こうして二人真向かい合う状況になっても、一貫して無言のままだった。

 

「私はベロニカ。ベロニカ・レッドフィールドだ」

「…………」

「言葉は通じているな? 悪いがオマエの持ち物だっただろう手帳を軽く読ませてもらった」

 

 古エルノス語で話しかけながら、ベロニカは返答を待ってしばし黙る。

 相手が魔物ではないのは一目で分かった。

 見た目からして、仮に魔物だったなら正体は生ける鎧(リビングアーマー)不死者(アンデッド)か。

 何にせよ、人から転じた魔であっただろう。

 

 しかし、そうだとすれば先ほどのデモゴルゴンどもと同様、墓所内ではかなりの無理をしているはずだ。

 

 墓所はゴルディアの呪い、すなわち邪神の黄金化を見事に跳ね除けている。

 封印は一部破られているのか。

 あるいは、エル・セーレンに呑み込まれた際に不具合でも発生したのか。

 ベロニカ含めて〝侵入者〟の存在を許してしまっているが、デモゴルゴンにはかなりの不調を与えていた様子だった。

 

 恐らく他の魔物でも、等しくダメージを与えられるはずだ。

 

 その一方で、ベロニカはこれと言って特別な不快感などは覚えていない。

 襤褸騎士にもそんな様子は無い。

 つまりコイツは魔物ではないと判断を下して。

 

「オイ。聞こえているだろう。名乗れ」

「…………」

「喋れないのか?」

 

 ベロニカは眉根を寄せた。

 襤褸騎士は言葉を返さない。

 手帳を読んだと伝えたのに、何らのリアクションも無い。

 

「オマエ、このゴルディアの生存者で合っているな? 私は外からやって来た」

「…………」

「外というのは、つまりエル・セーレンの外からだ。古代人には分からないかもしれないが、この白いマントは刻印騎士団……魔物退治の専門家の証拠だ」

「…………」

「……言葉が通じているならヘルムを取れ」

 

 相手が魔物ではなく、人間でもない可能性が高くなって来た。

 さてはゴーレムの類か? と怪訝に思いつつ。

 ベロニカは油断せず、脅しの意味も込めて火の玉を浮かべる。

 すると、そこでようやく襤褸騎士が反応した。

 ただしヘルムを取ろうとするのではなくて、剣を鞘に収めて明るい方角への移動。

 アーチ型のモニュメントや神像があった場所に向かい始める。

 

「……オイ」

「…………」

 

 声をかけるが、無言なのは変わらない。

 しかし「付いて来い」と言われた気がして、ベロニカは後を追いかけた。

 来た道を真っ直ぐ戻るだけなので罠などの心配はない。

 こうなったら無理やり、背後からヘルムを奪ってしまおうか?

 隙のある背中にピクリと手が動きそうになったが、さすがに警戒心が勝った。

 

 陽の光の当たる溜池の底。

 

 苔むした石床を踏んで、襤褸騎士がモニュメントの台座に登っていく。

 怪訝に思いながら、ベロニカはしばらくその様子を見守った。

 程なくして。

 襤褸騎士がモニュメントの裏側から、二つの物を取り出して来たのが分かった。

 

「それは……」

 

 黄金の像と、一冊の手帳。

 行きの時は裏側まできちんと確認しなかったので、ベロニカは気が付かなかった。

 

 襤褸騎士はまず黄金の──()()()()を丁寧に持ち運んで、暖かな日向の部分へそっと置く。

 

 それから、周囲にあった枯葉を少々行儀悪く足で払うと、そこらへんに生えていた小さな花を毟り、像の足元へ静かに添えた。

 一歩離れ、最後に像の全体を確認し、襤褸騎士は納得が行ったのか。

 スタスタと近付いて来て、脇に挟んでいた手帳をベロニカへ差し出す。

 

 商館にあった手帳と同じデザイン。

 

「私に読めと?」

「…………」

 

 相変わらず言葉もなければ首肯も無い。

 だが、意思はたしかに感じられた。

 受け取ると、襤褸騎士はクルリと背中を向けて像の方へ戻る。

 像の前で棒立ちになり、不動の体勢になる。

 

 意図が読めない。

 

 だが、どうあれ読むしかないだろう。

 

 エル・セーレンで初めて接触する現地人が、敵対的な種族でないのは助かったものの。

 会話によるコミュニケーションには、多少難があるようだから。

 

(面倒だが最大限、こちら側が意思を汲み取ってやるほか無いか……)

 

 襤褸騎士がベロニカへ、何か伝えたい事柄があるのは間違いない。

 

「……フン。どうせ一冊は、勝手に読んじまった後だしな」

 

 二冊目は許可を与えられた。

 読んでいいなら、そりゃ読ませてもらうだけだと。

 ベロニカはモニュメントの台座に腰掛け、望まれた通りに表紙を捲った。

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 はじめに、私の名前はカリオンです。

 いつの日か誰かに、これを読んでもらえるコトを祈って筆を執っています。

 

 カリオンと聞くと、あの恐ろしい巨大な触手の怪物。

 

 硝子の白鳥に退治された伝説の存在と、同じ名前じゃないかと驚く方もいるでしょう。

 およそ人につけられていい名前ではありません。

 

 なので、中には一行目の時点で偽名だと疑われた方もいるかもしれませんが、残念ながらこれは私の本名なのです。

 

 生まれついての呪いがため、私は『触手の相』を持っています。

 

 もしこれを読んでいる貴方が、私からこの手帳を手渡されたのなら。

 

 申し訳ございません。

 

 言葉も喋らず、顔も見せず、ただ無言のままに無礼を働いているだろう私を、どうかお許しください。

 

 私は喋れないのです。

 私の顔は、人間のそれではないのです。

 

 触手です。

 

 いいえ、そう遠くない未来では、きっと全身が触手に変化してしまっているでしょうか……

 それとともに人間らしさも、何処まで薄れてしまっているか分かったものではありません。

 

 とにもかくにも、全身を鎧で覆っていなければ、まともに人前で姿など晒せない極めて醜怪な姿をしています。

 

 お見苦しい話で大変恐縮です。

 

 ですがカリオンという名の由縁は、これで分かっていただけたでしょうか?

 異形として生まれた私は、実の両親からも忌み子と疎まれ、あの巨大触手と同じ名をつけられるほどに愛されてはおりませんでした。

 

 異国とはいえ、国を滅ぼした怪物と同じ名前です。

 

 そんな名前を息子につけるなんて、私はどれだけ両親の不興を買ったのでしょう?

 しかし、それも仕方がないのです。

 

 我が家系は代々『騎士』を輩出して来た奉国の徒。

 

 王の命に従って国を守り、恐るべき怪物や魔物から弱き人々を助け、『騎士道』を栄誉としてきた名家。

 そんな由緒正しき家門から異形の騎士など、ましてや触手顔の騎士など現れようものなら……

 

 どんな昔話や御伽話を漁ったって見つからないスキャンダルです。

 

 なので、私は肉親の情けで、成人するまでは彼らに養ってもらえましたが、成人してからはすぐに家を放り出されました。

 

 家名も名乗るのは許されないのです。

 万が一家名を名乗ったならば、その時は醜聞になるため怪物退治の名目で追っ手を放つと、追放された際に宣言されています。

 

 ですから私のコトは、ただのカリオンと呼んでいただければ幸いです。

 

 もちろん、まともな教育は受けていないため、ところどころで間違った記述があるかもございませんが、そこは平にご容赦を。

 騎士のような格好をしているかもしれませんが、私は本当の騎士ではありません。

 

 ただ騎士の真似事をしているだけの、滑稽なフリークスです。

 

 身につけている物も、きっと粗末なはずです。

 使い古された中古品や、ゴミ捨て場から拾った物を直して使っている物ですから。

 私を見てご気分を害されていたら、大変申し訳ないです。

 ひょっとしたら変な匂いもするかもなので、鼻を摘んでどこかへ行ってしまいたくなってはいませんか?

 

 それでも。

 

 無理を承知でお願い申し上げます。

 貴方がもしここまでの文章を読んで、それでもまだ先を読もうと思ってくださっているのなら。

 

 どうか、どうか知って欲しいのです。

 

 もうこの街のどこにも、生きた人間は一人もいないのかもしれませんが。

 強欲の咎に罰を下されて、如何に黄金に沈んだ罪深き街であろうとも。

 誰も彼もが、許されざる愚者だったのではありません。

 救われるべきお方がおりました。

 救われなければならなかったのに、どうしても救われなかったお方が最低でもここに一人。

 

 お嬢様です。

 

 ダフネお嬢様。

 

 いまや物言わぬ石塊にも等しい冷たきお身体で、私はそれを日向に置いて温めてあげるくらいしか出来ませんが。

 いつの日か私ではない誰かが、きっとダフネお嬢様を相応しき場所へ送ってくださると信じています。

 

 こんな呪われた最厄の地ではなく!

 

 エル・セーレン最後にして唯一の希望の地、『ラスト・ホープ』へ……!

 

 

 

────────────

tips:カリオン

 

 古代西方大陸で幾つかの小国を滅ぼした巨大な触手の怪物。

 硝子の白鳥と呼ばれる魔法使いに退治された。

 その伝説は民間伝承となり、現代では忘れ去られた部分も多い。

 襤褸騎士は触手の相の呪い──『忌まわしき涜神の呪業』を授かったがために、この怪物と同じ名前をつけられている。

 

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