ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#257「襤褸騎士カリオン・Ⅱ」

 

 

 そこから先は、ほとんど結末の見えた悲劇でしかなかった。

 

 『忌まわしき涜神の呪業』

 

 神々の息吹(ゴッドブレス)の一種であり、『尽きせぬ黄金の呪業』や『飽くなき名声の呪業』にも並んで、人間を必ず破滅させると云われる天からの贈り物。

 

 襤褸騎士カリオンはそれを授かり、『触手の相』──顔面が触手の忌み子として、この世に生を受けてしまった……

 

(異形の忌み子を肉親は受け入れられず)

 

 いいや、人界の何処に行っても、カリオンを受け入れてくれる誰かなんて現れず。

 迫害されて、追放されて、攻撃されて、騙されて。

 言葉を話せないカリオンは、誰とも関われず、誰とも交われず、誰にも愛されずに各地を放浪した。

 

 孤独な人生だった。

 

 廃品も同然の全身鎧に身を包み。

 襤褸も同然の外套を身に巻いて。

 当のカリオン自身は、誰より幼き日に憧れた『騎士』足らんと善を尊び悪を憎んでいても。

 

 人々はカリオンの顔が醜怪な異形であると分かった途端、石を投げてカリオンを罵った。

 

 時には助けたはずの誰かさえ、触れるなバケモノ! とカリオンを恐れ。

 辛い日々をとても長く送ったと、手帳には短く記されていた。

 

 そんなある日に。

 

(心優しい令嬢、ダフネお嬢様がカリオンに手を差し伸べた)

 

 切っ掛けは些細なもの。

 町外れの馬車道で盗賊に襲われていた商業団。

 ダフネが乗っていた馬車は、卑劣な罠によって横転してしまう。

 下劣な笑みを浮かべて近寄るならず者たち。

 哀れなダフネは、慰みものにされるか人買いに売られるか。

 

 そこを、たまたま通りかかったカリオンが素顔を晒して、盗賊たちを簡単に追い払った。

 

 ──ひぇぇぇぇぇぇぇっ!!

 ──呪われるぅぅぅぅっ!!

 ──バッ、バケモノだぁッ!!

 

 盗賊が去ったのを確認したカリオンは、そうしてすぐに小汚いヘルムを被り直して、馬車道から立ち去るはずだった。

 

 どうせカリオンがダフネに近寄っても、相手は年若い女性。

 フリークスがいくら騎士の真似事をしたところで、声をかけでもしたら悲鳴を上げられ、またひどい言葉を吐かれるだけなのが分かっていたから。

 

 ──私は所詮、紛い物の騎士……

 

 実家では騎士叙勲(アコレード)も許されず。

 本物の騎士ではないのだから、人助けが終わったならすぐに立ち去るのみだと。

 カリオンが偶然ダフネを助けられたのも、事件がたまたま町外れで起きていたから。

 町の中に入れないカリオンが、町の中へ消えていく人間に希望を持つのは、無駄でしかない。

 だから、何も言わずすぐに立ち去ろうとした。

 

 この時のカリオンは、そのくらい自分の人生を諦めてもいたのだ。

 

 しかし。

 

 ──勇敢な騎士様。どうかお顔を隠さず、私にお礼のキスをさせていただけませんか?

 ──……はい?

 

 奇特な令嬢。

 あるいは世間知らず過ぎて、純新無垢だった令嬢。

 ダフネは箱入り過ぎたのか、まったく擦れた心を持っておらず優しさの塊だった。

 カリオンの顔を見ても目を丸くして驚くだけで、「まぁ、困ったわ。どこが頬っぺたなのかしら?」と困惑するだけ。

 

 一目見れば、誰もが恐れおののき嫌悪を滲ませて、近寄るなバケモノと叫ぶはずの醜怪な『触手の相』を。

 

 その令嬢はまったく忌まわしく思わなかった様子で、本当にカリオンの()へ感謝の口付けを行ってみせた。

 誰かに優しくされるのも、異性に口付けされるのも初めて。

 照れて慌てて、驚いて、カリオンは腰を抜かして。

 

 だというのに。

 

 ──騎士様と呼ぶのはやめてください……?

 ──そ、そうです。私は本当の騎士ではありません。

 ──? 私を助けてくれたのに?

 ──あ、あんなものは真の騎士の働きではありません! 私は高貴なるお方から、剣で肩だって叩かれてはいないのですから……!

 ──? じゃあ、私が貴方の肩を剣で叩けばいいのかしら?

 ──え、は?

 ──うん。名案だわ。そしたら、騎士様って呼んでもいいのよね?

 ──ちょ、そんな……ええ……?

 

 孤独な男の哀れな心を、優しく解きほぐしたのは少女の純心。

 紛い物の騎士はその日、本物の騎士に変えられて。

 カリオンはダフネだけの、永遠の騎士であるコトを誓った。

 

 ──それはひょっとすると、呪業によって人間性の喪失が確定しているカリオンには、いっそ与えられるべきではない望外の倖せだったかもしれない。

 

 幸福の味を知らなければ、失う絶望を知らずに済む。

 

 然れど、暖かなものは充分に与えられてしまった。

 男が感謝と忠誠を捧げたのは、あまりにも当然の流れで。

 襤褸騎士カリオンは、以降、ダフネの騎士として町の中にも居場所を得た。

 

 その過去を。

 

 夢のような、本当に素晴らしい毎日だったと、カリオンは手帳にも記し。

 感動の震えが、筆跡にも滲み表れていた。

 本当に嬉しかったのだと、読んでいて伝わった。

 

 が、幸福は長くは続かなかった。

 

 ダフネの父親が所属していた商業団は、強欲に取り憑かれてしまった。

 どれだけ金を稼いでも、どれだけ富を築き上げても満ち足りず。

 他者と己とを比べて、より優越の味を競い合っては浅ましき欲望に溺れていき。

 

 その暴走は都市規模で膨れ上がって、邪教をも作り上げッ!

 

 古き神話、外なる伝承、邪なる女神が統べる黄金の楽土に、誰も彼もが恋い焦がれるようになった。

 一種の熱狂感染(ファナティック)

 無論、なかには欲望に取り憑かれず、平静を保つ者たちもいた。

 

 しかし、太古の神性は化身(アバター)となりて地上に来臨し。

 

 強欲に淀んだグリーディア──ゴルディアの旧名──へ、

 

 ──そうかそうか。そんなに黄金()が欲しかったのか? そのために生贄(エルフ)を捧げたのか? ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハ! いいぜ、くれてやる。さぞや重みがあるんだろうな? オマエたちの命で出来た黄金はッ!

 

 激怒を以って、罰を下した。

 つかの間の一時顕現。

 しかしあまりに圧倒的な、神威の炸裂。

 

 強欲に目が眩んだ愚か者たちは、邪神がその神話上においてエルフの庇護者であった点を軽んじてしまった。

 自分たちの欲望を叶えて欲しいがためだけに、女神の逆鱗に軽率に触れてしまったのだ。

 

 黄金の女神の権能は、グリーディアを一瞬で黄金に変え、カリオンだけがその呪いから逃れられた。

 

 すべては唐突な、ある日の出来事。

 

 ──なっ、はぁ……?

 

 カリオンは知らなかった。

 忌まわしき涜神の呪業とは、ただ人間の肉体を触手の怪物に変える神々の息吹(ゴッドブレス)ではなかったのである。

 

 どんな祝福もどんな呪いも、表と裏は一体の紙一重。

 

 涜神の二文字は、あらゆる神の権能に対して抵抗(レジスト)を可能にさせた。

 カリオンは黄金郷に変わってしまったグリーディアで、守ると誓ったはずの少女──この頃には成長し立派な淑女になっていたダフネの、変わり果てた姿と対面するコトになった。

 

 ──あ、ああッ! ああああああああぁぁぁぁぁ……!?!?

 

 その絶望を、何と喩えよう?

 失われる時が来るのであれば、それはカリオン自身の人間性が、完全に喪失された時に他ならないと考えていた。

 日に日に思考が単純化し、下等な本能だけが行動の指針になる絶望と恐怖。

 願わくば最期の時は、敬愛するダフネお嬢様に迷惑をかけないよう、ひっそり静かに行方を眩まして息絶えようと。

 カリオンはそう考え、「まだ大丈夫」「明日も大丈夫」と、本当の限界を迎えるギリギリまで()()を引き伸ばし続けて来たのに。

 

 なのにそれが、愚か者たちの暴挙によって理不尽な神罰を招き寄せ、およそ考え得る限り最悪な形でカリオンの倖せを台無しにしてしまった。

 

 自分がまだ自分である内は、必ず守ると誓ったはずのお嬢様を。

 

 カリオンは何も出来ずに、みすみす黄金化させてしまったのだ。

 ただの雇われ。

 ただの用心棒。

 豪商の一人娘が、気まぐれに拾い上げた野良の襤褸騎士。

 地位も立場も何も持たなかったカリオンに、グリーディアの暴走を止められたはずなかったんだとしても。

 

 せめてダフネを、町から連れ出すくらいの策は為せたのではないか?

 

 涜神の呪業を、何か他人にも適用するような魔術の技を事前に探しておけば……

 

 どうしてあれだけ時間があったのに、自分の呪いをきちんと調べようとはしなかったのか……!

 

 後悔は先に立たない。

 

 ──私は壊れました。

 ──決定的な何かに、穴が空いて底が抜けてしまった。

 ──この手帳に何かを書き込めるのも、恐らく残りわずかな月日だけでしょう。

 

 手帳の後半。

 カリオンの筆跡は赤子の落書きのように歪み始め、読むのにかなりの苦労も求められた。

 だが決して、読めない言葉ではなかった。

 

 誰かに必ず、意志を伝える。

 

 その執念が、カリオンに最後の忠誠を尽くさせ、メッセージを綴ったのだ。

 

 カリオンは最後にこう書き残している。

 

 ──私は終わりました。

 

「もはやこの像が誰だったのかさえ、思い出せません」

 

 とても大切で、とても大事で、掛け替えのないものだったのは分かるのですが。

 どうして大切だったのか、どうして大事だったのか?

 肝心な部分が硝子玉のように砕けて割れてしまって。

 この手帳に筆を乗せる意味も、今では毎回はじめから読み直さないと取り戻せません。

 

 読み直して記憶を取り戻しても、読んでいる途中で頭の方から結局は抜け落ちていってしまって、私は私のすべてを二度と完全には修復できなくなりました。

 

「それでも」

 

 胸に残る暖かな希望の残滓が。

 後悔と謝罪と失望に溺れる、かつて私だったモノの心にも。

 下等で奇怪な触手(カイブツ)の脳髄にも、たったひとつだけ最後の命令を刻んでくれたみたいですから。

 

「どうか、これを読んでいる貴方。貴方が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 お伝えします。

 エル・セーレンには現世への帰還を可能にする理想郷。

 最後にして唯一の希望の地、『ラスト・ホープ』があるそうです。

 

 エル・セーレンが生まれた日。

 

 グリーディアはすでに黄金の女神から呪われていたため、あの都から大波のように押し寄せた聖域の女神の呪いには侵食されずに済みました。

 

 ですが、元は同じ巨帯を成した構成都市の一欠片です。

 

 彼の蒸気帝都(エンパイア)が異界となり、現世から弾き出されてしまったあの時から。

 あの都と結びつく巨帯構成都市(メガロポリス)はともに──例外なく、外の人々が云う最厄地の内側に閉じ込めれてしまいました。

 

 時が流れて、様々なものが吸い込まれては積み重なって。

 

 今ではここは、此岸なのか彼岸なのか。

 それさえも曖昧な、よく分からない場所になってしまいましたが。

 

 ……親切なヴァシリーサ嬢に礼を。

 

 エル・ヌメノス様の巫女様のお墓を、勝手に使ってしまうなんて。

 私では思いつきさえしなかった。

 もしも渾天儀教徒の方に知られたなら、ひどく怒られてしまう〝罰当たり〟だとは分かっています。

 ですがここであれば、きっと──────も安らげるでしょうから。

 

「私はここで、この手帳と黄金の像とともに()()を待ちます」

 

 私では無理だった。

 私では不可能だった。

 だけど貴方なら。

 こんな私の最後の祈りを、辛抱強くここまで読んでくださった貴方なら。

 

 愚かな偽りの騎士に代わって。

 

 この地上で最も尊い貴婦人を、必ずや現世(うつしよ)へ連れ帰ってくださると信じています。

 

「………………」

 

 手帳を読み終わり、ベロニカはパタンと表紙を閉じた。

 気づけば日は夕刻に傾き、襤褸騎士はなおも黄金の像の前で直立している。

 ベロニカに二冊目の手帳を渡してから、少したりとも変わらぬ姿勢のままで。

 

「オマエはそうやって、ずっとその像を守ってきたのか」

「…………」

「オマエはそうやって、ずっと誰かが来るまで待ち続けていたのか」

「…………」

「紛い物の自分には無理だと諦めたのか?」

「…………」

「馬鹿じゃないのか?」

「…………」

 

 端的な罵倒にも、襤褸騎士は応答しない。

 ベロニカはますます腹が立った。

 この元人間は、自分が今こうして立っている場所が、エル・ヌメノスの尼僧の墓所だと知っていても。

 それが遺体=秘文字の奇蹟=世界改変の大権とは結びつけられなかったのだろう。

 

 あまり世情に聡い身の上とは言えなかったようだし、自身でも己の無知を後悔しているのはよく分かった。

 

 最後にいきなり出てきたヴァシリーサなる女が、もしかすると敢えて意図的に情報を伏せた可能性もある。

 断定はできないが、カリオンの書きっぷりからして墓所を利用するよう提案したのはこの女だと推察できるからだ。

 

 しかし、だとしても。

 

()()()()()()()

「…………」

「刻印騎士ベロニカ・レッドフィールドが認めよう」

 

 オマエは本物だ。

 

「本物の騎士だ」

 

 だからこそ、腹立たしかった。

 

 カリオンの願いは、黄金像化してしまったダフネを現世へ戻すコト。

 黄金の女神にしろカルメンタリス教の女神にしろ、呪い満ち溢れるエル・セーレンではなく、穏やかな安らぎの地で敬愛する主人の身を横たえるため。

 

 ラスト・ホープなどと云う怪しげな希望を根拠に、いつか現れる〝本物の騎士〟を待ち続けた。

 

 紛い物に過ぎない自分とは違って、本物の騎士道の体現者であれば、必ず想いに応えてくれるはずだと祈り。

 世の理不尽も、人の残酷さも、誰より思い知っていたはずの身で記憶まで託し。

 

「……クソ」

 

 けれど、それを受け取ったのはベロニカ。

 カリオンが理想とする本物の騎士像からしてみれば、あまりにお粗末としか言えない不良騎士だった。

 

 事実。

 

 ベロニカは手帳を読み終わっても、黄金の像をどうこうする気などまったく起きていない。

 重いし嵩張るし、すでに死んでしまった人間に同情心は湧いて来るが、所詮は他人である。

 何の義理もないベロニカには、究極、ただの無機物でしかない。

 

 結局、遺体の在り処を指し示す手掛かりは何も書かれていなかったし、ただの星巡りで勝手に期待を寄せられても、応えてやる義務なんてベロニカには無かった。

 

 そもそもベロニカにはベロニカで、急ぎやるべきコトがある。

 異界の最厄地エル・セーレンには、尼僧の遺体を探してやって来た。

 

 それを優先せず、今日会ったばかりの触手男のために貴重な時間を割く余裕なんて、やっぱり何処にもありはしない。

 

 したがって。

 

「悪いな。他を当たれ」 

「…………」

 

 ベロニカは背中を向けた。

 確約できない約束など、下手な希望を吊り下げるようなもの。

 群青卿に頼み込めば、カリオンの願いは簡単に叶えられると分かっていたが。

 合流が確実ではなく、また、どう考えてもこれを最優先すべきとは判断できないのもあって。

 

 ベロニカは踵を返した。

 

 その背中を、カリオンはやはり見もしないと分かった上で。

 

 

 

────────────

tips:忌まわしき涜神の呪業

 

 この呪業を授かった者は、顔が触手の怪物になる。

 そしてやがて、全身が触手に変化する。

 人間性を失い、忌まわしき姿を晒し──同時に、あらゆる神々へ唾を吐く権能拒絶の抵抗力を獲得する。

 

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