ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#258「女怪襲来」

 

 

 カリオンから背を向けて、ベロニカは再び墓所の奥へと足を運んだ。

 

(さっきは石室を確認できなかったからな)

 

 遺体が有るのか、それとも無いのか。

 すでに状況証拠的に、無さそうな予感がビンビンして来ていたが、確認は必要だった。

 ベロニカは石室へ、注意しながら足を入れる。

 

 エル・ヌメノスの尼僧の墓所に、さすがに遺跡生物やら遺跡法則やらが入り込んでいるとは思わない。

 だが、世界改変の大権を守るためなら、どんな罠が仕掛けられていても不思議は無い。

 

 慎重に様子を(あらた)める。

 すると、

 

「チッ」

 

 程なく、破壊された罠の痕跡を確認した。

 石室の中央には神聖な意匠の棺が置かれていたが、蓋は開けられ中身も空っぽである。

 周辺には、侵入者撃退用と思しき青銅巨人(タロス)の残骸が転がっていた。

 神話生物を警備(ガード)に使うとはさすが。

 

 とはいえ、遺体はすでに何者かに持ちだされた後だ。

 

「足跡はひとつ、か」

 

 石室の中は埃っぽい。

 そのため、何者かの痕跡は明確に残されたまま。

 

 小さな足である。

 

 少なくとも、成人したニンゲン男性の足跡ではない。

 歩幅からして、ハーフリングでもないだろう。

 少女。それもかなり、童女に近い者の足跡だと推測できた。

 自分自身の少女時代と、フェリシアの幼い日の記憶を元にしているのでほぼ間違いない。

 

 だがとても興味深かった。

 

 石室の前には、カリオンのものを含めた足跡が複数あった。

 半分以上はデモゴルゴンの足跡だとしても、モニュメントの近くにはそれ以外にも何かを引きずったような跡があったし、ここへ誰かが──あるいは何かが──何度か訪れているのは間違いない。

 

 状況を整理しよう。

 

 ①この墓所遺跡で、カリオンは黄金の像(ダフネ)を守る傍ら、墓所遺跡自体も守っていたと考えられる。

 

(理由は、私が来る前にすでにデモゴルゴンどもと戦っていたからだ)

 

 戦っていた場所も、像を安置していたモニュメントの裏手ではなく、最奥の石室の前。

 本物の騎士、カリオンのことだ。

 神聖な墓所を勝手に間借りしているのを負目に感じ、無意識下でその手の行動を取っているんだとしても不思議はない。

 ダフネの安息を乱す存在は、何であろうと許さない鋼鉄の意思も感じられる。

 次に、

 

 ②カリオンはヴァシリーサなる女の情報提供によって、この墓所遺跡へ移動してきた可能性が高い。

 

(なら、遺体を持ち出した足跡の正体は、ヴァシリーサか?)

 

 小さな足のヴァシリーサ。

 今のところ符合しているのは、女であるという性別だけだが。

 とりあえず、これは容疑者と仮定しておいて問題ないだろう。

 

 カリオンに尼僧の墓所を利用するよう提案したのがヴァシリーサで合っていれば、ヴァシリーサは確実にベロニカたちが求める重要な情報を握っている。

 

 加えて、墓所を守っているはずのカリオンが、石室に不審な誰かを通したとは思えない。

 

 〝親切なヴァシリーサ嬢〟との記述もある。

 

 カリオンはヴァシリーサを、どうぞどうぞと通したのではなかろうか?

 なので、ベロニカが次に追跡すべき相手は、何にせよこのヴァシリーサで決定だ。

 

 最重要手掛かりである。

 

 問題はカリオンの手帳にも、まったくヴァシリーサの行方が書かれていなかった点だが、それはこれから頑張って見つける他ない。

 

 その一方で、

 

 ③カリオンの手帳には、ゴルディアにおける生存者はカリオンひとりだけと書かれていたのに、なぜデモゴルゴンなどが発生しているのか?

 

(コイツが無視しづらい謎だ……)

 

 ゴルディアは異界である。

 黄金化の法則を敷かれた都市規模の異界。

 邪神の呪いがあれだけベッタリこびりついている以上、第八の法則が自然に紛れ込む余地など考えにくかった。

 カリオンや尼僧の墓所のせいで異界に綻びがあるのだとしても、神性起因の異界内で下等な魔物が湧くはずない。

 仮に湧いたにしても、何で黄金化せぬまま墓所内に来られる?

 

(あの数のデモゴルゴンがゴルディアにいたのは……不自然だ)

 

 ならばそれは、第三者の存在を暗示してはいないか──?

 

 ベロニカ、カリオン、今もゴルディアにいるかどうかは分からないヴァシリーサは除いて。

 

「……まさか」

 

 褪せた赤髪の女(スカーレッド)の精神が、スッと温度を下げた瞬間だった。

 

 

「「「GAaaaaaaaaaaッ!!」」」

「ッ」

 

 

 耳障りな魔物の声が、モニュメントの方角から聞こえた。

 柱の影に隠れながら、出来る限り急いでカリオンたちの場所に戻る。

 咄嗟に身を隠す選択をしたのは、予感の的中を察していたからかもしれない。

 

 地下貯水施設の天井を支える、一番外側の柱。

 

 ベロニカがそこに到着すると、モニュメントの向こう側ではおびただしい数のデモゴルゴンが犇き合っていた。

 五十、七十、百、百五十……推定二百体以上。

 奇怪で醜悪な、グロテスクとすら表現できる異形の魔物たちが、異常な数集まっている。

 

 そして。

 

(…………ッッッ!!)

 

 重圧。

 重圧重圧重圧。

 重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧重圧。

 

 ()()()()()

 

 出現するのは異界の門扉。

 目や触手や角や爪や、翼や舌や肉や牙や、様々な動物的特徴を持った不快なデザインの門扉が開かれる。

 

 黄金の像を背後に、カリオンはすでに剣を抜いて構えているが、門扉の内側からカツン!

 

 カツン! と。

 

 ヒールを鳴らす()()()()が現れた直後、ついにプレッシャーに耐えきれずにガクンと膝を着いた。

 四つん這いになり、ボロボロの剣がカラカラと音を立てて滑り転がる。

 ベロニカが耐えられたのは、前にもこれを体験していたからだった。

 

「──イヤね」

 

 女が声を発した。

 女のカタチをしているだけで、とっくに女ではない化け物が。

 同性から見れば、不快なほどに()()()()艶のある声で。

 男どもからすれば、思わず耳を澄ましてしまうのであろう()()()()()を使って。

 

「何かと思えば、ただのクズ?」

 

 明らかに、カリオンを嘲った。

 高慢も露わに、カリオンを罵った。

 支配下であろうデモゴルゴンどもにすら軽蔑した顔で、

 

「オマエたち、こんなザコに(かかずら)わされたって言うの? ──うんざりだわ。誰でもいいから死んで」

「「「GAaaaッ!」」」

「よくできました。フン」

 

 自死を強制する。

 素直に従うデモゴルゴンもデモゴルゴンだが、一気に香る血臭に異様な雰囲気が立ち込める。

 

 大魔は、くすんだ金色の古代衣装に身を包んでいた。

 

 その眼は西陽を浴びて、なお赤く輝き。

 背は高く髪も長く、耳も長いエルフの女。

 最初は誰もがそう勘違いしかける。

 然れど、頭部から豊髪に紛れて伸びているのは、複数の黄色い触手。

 根本の部分は黄緑色のグラデーションもあり、蛇女怪(メドゥーサ)にも似た異形の特徴は人外を意味する魔性の証。

 刻印騎士団ならば見誤るはずもない。

 

 〈目録〉に記されし大魔の忌み名は──そう。

 

(……『黄衣の女怪』ッッ!!)

 

 ベロニカの人生を狂わせた怨敵。

 フェリシアの故郷を滅ぼした不倶戴天の大敵。

 

 邪視の能力を持つ化け物が、すぐそこにいる。

 

 よって──

 

()()()()、群青卿)

 

 ベロニカの行動指針は、この瞬間にすべての前提を放り出した。

 作戦行動は中止され、優先されるべき目標は上書かれ。

 他の何をも差し置いて実行されるのは、黄衣の女怪への攻撃ただひとつ。

 

 タバコを咥え火をつけ、柱の影から紫煙を吐いて呪文を詠唱。

 

「──“煙があればすぐに炎が襲い来る(デー・フモー・アド・フラッマム)”」

「なに? 誰かいるの?」

 

 返答は、タバコの紫煙から発生させた大火で以って行った。

 

「! ゴミクズども!」

「「「GAAaaaaaaaaaaッ!!」」」

 

 黄衣の女怪はデモゴルゴンを使い、肉の盾によって大火を防いだ。

 だが想定通り。

 今の魔法は火災の恐さを知らしめる警句系呪文。

 煙は何も燃やしはしないが、炎は何でも焼き尽くす。

 ゆえに煙を侮るなと、炎使いの魔法使いなら誰でも識る呪文の使い方だ。

 大魔に通じる技じゃない。

 

 しかし、大火並の煙を伴うために視界は大きく制限される。

 

 煙が充分に広がったのを確認して、ベロニカは柱から身を出した。

 

「よぉ、アバズレ。私を覚えているか?」

「けホッ、ケホッ! このっ、誰よこのクソ女! 物陰からいきなり火を放つなんて、常識ってものが無いんじゃないの!?」

「マトモなフリなんかするなよ。オマエがこの程度の小火(ボヤ)で、動揺するはずがないだろうが」

「はぁぁ? いったいどこの放火魔だか知らないけれど、姿も見せないままずいぶん知ったような口を利くじゃない」

「当然だ。オマエのコトは、よく知っているからな」

「ふぅん? さては退治屋? イヤだわ。ワタシってばとことんツイてない。どうせなら若い男の子だったらいいのに、こんなオバサンだなんて」

「ハッ! よせよ、人間をやめてまで若作りに勤しんでるクソババアには負けるさ」

「────あ?」

 

 煽ると、デモゴルゴンの爪と牙が煙を突いてベロニカに攻撃を繰り出す。

 しかしそれは、ベロニカが作り出した蜃気楼による偽物の影。

 煙の内側で大きく距離を取りながら、魔物の意識を撹乱できているコトを確信しベロニカは嗤った。

 

「図星を突かれて、もう地金を晒すのか? どんだけ厚化粧をしても、元の造形が悪ければどうしようもないか!」

「口の悪い女ね……そういうアンタは、どんだけ上等なお顔なの? 隠れてばかりで、よっぽど自信が無いのかしら」

「あー、頭から犀象(リノクロプス)の鼻みたいなバナナが生えてるヤツに比べれば、ギリ上か?」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 殺すわ」

 

 黄衣の女怪は煽り耐性が低い。

 デモゴルゴンたちが一斉に煙の中へ雪崩込んで来た。

 ベロニカは蹲っていたカリオンを蹴り飛ばし、モニュメントの裏側に退避させる。

 カリオンは黄金の像(ダフネ)を守るため、手を伸ばして暴れ始めたが、その役目は仕方がないのでベロニカが代わりを努めた。

 

 “煙があればすぐに炎が襲い来る(デー・フモー・アド・フラッマム)

 

「わざわざ煙の内側に入ってくれて、大助かりだ!」

「「「GAAAaaaaaッ!?」」」

 

 火気満ちる煙は導火の処刑場。

 

 ──“最も大いなる火(マクシムス・イグニス)

 

 魔法で創り出した事象は、詠唱者の意図した通りの効果を第一義とする。

 自分や仲間をも巻き込むような大爆炎でも、呪文を唱えた魔法使いが敵だけを攻撃するつもりであるならば、フレンドリーファイアは起こらない。

 

 百体以上のデモゴルゴンが、一気に焼却され消滅した。

 

 轟然と燃え上がる炎と煤煙。

 未だベロニカの姿を確認できない黄衣の女怪は、ついに静かに表情を変える。

 目の前の生意気な人間を、取るに足りない小さな埃カスではなくて。

 少しは嬲りがいのある、蟻程度に認識を是正して。

 

 女怪は口角を歪めた。

 

「いま、そのクズを守ったわね?」

「……あん?」

「誤魔化しても無駄よ。煙で上手く隠したつもりでしょうけど、ワタシの眼は壁越しでもシルエットくらいは視通せるのよ? しかも、なぁにさっきの?」

 

 アンタ、今まったく無意味な行動をしたわね。

 

「黄金なんて、ここでは腐るほど転がっているのに、わざわざ傷つけられないよう庇うように立ち回ったでしょ?」

「……」

「ぷぷぷぷぷ! バッカッじゃないの!? ()()()()()()!? ()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! あー、おっかしい。アンタってさては、アクセサリーに名前とかつけちゃうイタいタイプなんでしょ」

「────」

「滑稽ね。でもワタシ、そういう女のアクセサリーを壊すの、結構オモシロくて好きなのよね。物に愛着とか、ホント、馬鹿馬鹿しくて笑うしかないもの。あ、そうだ。見る? ()()

 

 ドサァッ!

 

 女怪の背後に、デモゴルゴンが門扉から黄金の小山を転がした。

 どれもゴルディアで、元は人間だったと思しい像だった。

 そのひとつに、女怪は踵を乗せてボキリ!

 ちょうど首の位置を踏み砕いて、

 

「フン。安っぽい黄金。でも、あとでアクセにして売ろうと思ってるの。呪いのアクセサリーってステキでしょ?」

「そうか」

 

 頷いて。

 ベロニカは認めるしかなかった。

 怒りも憎しみも恨みも殺意も。

 自分の中ではとっくに振り切れていると思っていたが、それは間違いだったようだと。

 タバコを咥え直し、少し上を見上げ、紫煙を吐いて間を置いて。

 

「たしかに、オマエの言う通り。ここにあるのはとっくにただの物だ。私の目から見ても、オマエがいま言った以上の価値なんて少しも映っちゃいない」

「あら、分かってるじゃない」

「ああ。でもな? それは私やオマエの腐った目玉を通しているからであって、他のヤツらには違う話さ」

「アハハッ! だから、それが馬鹿だって言ってるのよ!」

「──本当にな。()()()()()()()()()()()()、そこに何かを重ねて勝手な憐憫や哀愁を抱いたりするのは、所詮どこまでも第三者による自分本位な自己満足で……言い換えれば、酔ってるのと変わらない」

「へぇ?」

 

 ベロニカは認める。

 たとえば、葬式などの故人を悼む行いは、一見故人のために行われているような印象を持っているが、死んでしまった故人には何も関係が無い。

 故人は死んで、もう何も思わないし何も感じないからだ。

 古今東西あらゆる葬送儀礼は、遺された生者の心に整理をつけるため行われている。

 

 想い出の詰まった愛着ある品。

 

 そういった物に関する人間の思い入れも、結局、物自体が何かを想うはずもないし、所有者側の勝手な執着心で勝手な独占欲に過ぎない。

 人間はそれをあたかも素晴らしいコトかのように錯覚しているが、極論、単なる思い込みだ。

 酔っ払いの見ている自己中心的な世界と変わらない。

 

「だから、オマエの意見には同意してやる。そのうえで、言わせてもらいたいコトがあるんだが、いいか?」

「フン。なによ? くだらない感情論でも口にしたいワケ?」

「いいや? たしかオマエも、元は人間だったはずだろ?」

 

 黄衣の女怪は人から転じた魔。

 それは〈目録〉にも記されている。

 かつての生前名も、どんな国でどんな職に就いていたかも、この化け物は明確に記録を残しているから。

 

「……それが?」

「いやなに。じゃあ、分かってるはずだと思ってな」

「……イラつく女ね。もったいぶらず、さっさと言いなさいよ」

「そうだな。じゃあ言うが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 愚問か。

 

「だって、そうだよな? ここにある黄金は溶かして潰せば、まだ価値のある装飾品に変われるが……オマエは殺したら、何も残らない化け物だ」

 

 石ころより価値が低い。

 言うと、空気が軋んだ。

 

「……ザコの人間の分際で、本気で出来ると思ってるの?」

「物以下だぞ。何の苦労がある」

 

 炎と、魔物と。

 双方の殺意が高まった。

 どちらもともに、相手がどうしてこの場にいるのか疑問はあったが、殺意の方が優先された。

 

 消滅したデモゴルゴンが、黄衣の女怪の背中からウジャウジャと三百体以上補充される。

 

 渦巻く火炎流が、歴戦の女騎士の手に斧槍の軍旗を召喚した。

 

 

 

────────────

tips:ベロニカの得意魔法

 

 “銀朱の火(ヴァーミス)

 水銀と硫黄から造られた人口染料に由来する、消えにくく毒気を孕んだ火を熾す。延焼、火傷、毒性の概念付与も伴う。

 

 “煙があればすぐに炎が襲い来る(デー・フモー・アド・フラッマム)

 少量でも煙さえあれば大火を熾し、一気呵成に敵を焼き尽くす。不意打ち、撹乱、速攻を企図して使う。

 

 “最も大いなる火(マクシムス・イグニス)

 通常の“(イグニス)”の強化版で、自爆も恐れない範囲攻撃の時に使う。火龍の〈領域〉の再現。

 

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