ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
渾天儀暦6028年12月10日。
ベロニカが黄衣の女怪と戦端を開いた紅蓮の夕刻。
探索と潜入を開始して二日目。
ケントはおぞましき真実と直面していた。
「……なん、ですか……これ」
そこは、錬金術師の
表では青黴色の怪人たちが、軍を模しての練兵を行っている。
基地内に潜入したケントは、慎重に探索を行い、カリプトたちに見つからないまま粗方の調査を終えていた。
基地はやはりカリプトを動員した怪人軍団施設となっており、すべてのカリプトには
正確には人為的に寄生させられていて、知性の無いカリプトが統制された組織活動を行えているのは、
が、この
禁止薬物による強制依存。
……より正しくは、禁止薬物で廃人化した人間の複製脳を
施設内にあった書類から、ヴィクター・C・グレムリンが帝都市長を示すコトも分かった。
つまり、エル・セーレンの支配者はとんでもなく常軌を逸したヒトデナシだと、ケントはすでに把握している。
調べれば調べるほどに、克明に浮かび上がるのは狂気の人物像。
ヴィクター・C・グレムリン。
労働者階級出身の技術者。自律人形師。自律機械整備士。蒸気技術発明家。新時代文明のパイオニア。蒸気文明の父。アロガンテ名誉市民。国家錬金術師。兵器開発局局長。ドクター・ワポルマキナ。
経歴は凄まじかった。
肩書きの数が栄転の証左だった。
古代アークデン・メガロポリスでは、新進気鋭の
基地内の壁にかけられた新聞やポスター、賞の額縁。
兵器開発にも関わっていたため軍内部での立場も相当なものだったようで、アロガンテ(エンパイアの旧名)市内では、誰もがヴィクターに敬意を払っていたのだと数々の物的証拠が物語っていた。
新聞のなかには、ヴィクターが多くの人間に囲まれて握手を求められたという記事まであった。
──それなのに。
「なにが、カルメンタリス教の女神に呪われたですか……!」
狂っている。
ヴィクター・C・グレムリンは間違いなく狂っている。
いま、ケントの目前に広がる光景は〝おぞましさ〟の極限だった。
胎児。
人間の胎児が、瓶に詰められて浮かんでいる。
瓶は壁一面に並べられていて、奥に行けば行くほど徐々に大きさを増していき。
それと比例して、中に入れられている子どもも大きく成長。
窮屈そうに身体を丸めている。
しかしそれは、徐々に
「ッッッ」
それぞれの瓶のラベルには、〝C細胞移植の成功サンプル〟と明記してあった。
ご丁寧に、実験の事細かな研究ノートまで残されていて。
エルフ、ドワーフ、ニンゲン、その他。
あらゆる人間道の種族を使った、人体実験の観察過程。
だがそれは、真っ赤な嘘。
(この都市で女神に呪われたのは、ただひとり……たったひとりの男だけ!)
エル・セーレンがそも、どうして生まれてしまったのか。
異界の最厄地が、何ゆえに誕生し世界から排斥されざるを得なかったのか。
答えはこれである。こいつがそうだ。
「ヴィクター・C・グレムリン……!」
ミドルネームは、
帝都市長は、自分にかけられた女神の呪いを希釈するため、市民を利用した。
己の細胞を埋め込んで、〝ヴィクター・C・グレムリンという個人〟が魔術的に複数いる状態を作り上げ。
帝都市長という立場と記号を利用し、都市そのものを〝ヴィクター・C・グレムリンの所有物ないしそのもの〟として成立させた。
そうやって呪いの部分だけを、巧妙に都市や市民に押し付けた。
なぜそうしたのか?
女神の呪いは、『理知の剥奪と蛮性の肥大』だったからだ。
新たな碩学、新たな賢者。
ヴィクターはその頭脳を称賛され、数多の名誉を獲得していた偉大な人間だったが、その裏では邪智もまた蠢動させていた。
禁止薬物、
これだけの倫理違反を、躊躇なく実行できてしまう
ケントは無理もないと納得した。
カルメンタリス教の女神が人類に呪いをかけるなど、現代人の感覚からすれば違和感しかない。
しかしそれは、古代、邪智の天才でもあったヴィクターを咎めるために下された神罰だったのだ。
惜しいのは、その神罰が猶予のある優しい罰だったコト。
邪智の天才でも、ヴィクターもまた人間。
カルメンタリス教の女神は、罰を下す相手にすら慈悲の心で改悛の機会を与えてしまった。
それを、ヴィクターは利用した!
恐らくは束の間だったろう猶予で、おぞましき人間は見事に呪いの致命性を排除してしまった。
よく思考に、靄がかかるという表現がされる。
銀色の霧の正体は、
ヴィクターが呪いをアロガンテに代替わりさせた時、『理知の剥奪と蛮性の肥大』が靄──銀色の霧という形で世界に顕在化した。
これにより、魔術的な連結を避けられなかった
結果、古代
巨大彗星衝突によって如何に〈壊れた渾天儀世界〉であろうとも、そこまでの急変は絶対的に許されなかった。
世界は可能な限り矛盾を直すため、
この際、世界に在ってはならない
〝──僕の考えでは、現世に残ったのは逆に『エル・セーレン』を元にして用意された『
「ふざっ、ふざけるなよ……!?」
ケントはノートをグシャリ握り潰した。
ノートに書かれている文言は、到底受け入れられる話ではない。
帝都市長ヴィクター・カリプト・グレムリンは、もしこの話が真実だった場合、すべての西方大陸人の敵だ。
市民を、超大国を、己ひとつの都合のために最厄地に変えた極悪人。
後世のすべてを、土台から引っ繰り返しかねない異端。
あいにくカルメンタリス教の女神が、ヴィクターに呪いをかけると決めた決定的な情報こそ残されていなかったが、そんなもの!
(目の前に広がる、これだけの惨状を理解してしまえば……!)
どうでもいい。
だって、どう考えても呪われて然るべきだ。
罰せられて当然の男だ。
ヴィクター・カリプト・グレムリンは、この世に存在していい人間じゃない……!
ノートに書かれた文言、どこまでも他人事のように語る書き振りにすら吐き気がする。
戦慄するケントは、グッ、と呻かずにはいられなかった。
──そこに。
「どうやら、いろいろ気がついてしまったようじゃのぅ?」
「誰です!!」
声が、した。
老爺の声が。
勢いよく振り返ると、
「ヴィクターにはまいったのぅ。他人に見られて困る記録は、きちんと隠すか抹消しておくべきじゃというのに。長年の孤独の弊害かのぅ? 証拠を見られてしまったようじゃなぁ」
「……誰です、と聞きましたよ」
「おお? フッフッフ、すまんすまん。しかし答えねば分からんのかのぅ? 儂はこれでも、かなり分かりやすい
「……魔物、ですか」
「然り」
研究室に、単眼の老人がいた。
巨躯の老人でもある。
エメラルド色のコートを身に纏い、側頭部からツノを生やした老人。
──大魔のプレッシャー。
ケントは双剣を抜き、ささくれ立った精神状態のままいつでも事を起こせるよう戦闘態勢に入る。
その体勢の些細な変化に、
「恐や恐や。こんな老いぼれに、ずいぶん剣呑じゃのぅ」
「門扉を開けて現れましたね。つまり貴方は、ヴィクター・カリプト・グレムリンと繋がりがある」
「ふぅむ。頭も回る。まいったのぅ。これではあまり、無駄な口を叩けないではないか」
「侵入者である僕を、殺しにでも来ましたか」
「正解じゃ。いやはや、見つけるのに苦労したぞ? ちょこまかとネズミのように隠れおって。こんな仕事、儂の専門外なんじゃがのぅ。まぁ、ヴィクターはかわいい弟子のようなものじゃ。あやつの成長を邪魔されては、儂としても堪らん」
単眼の大魔が、コートの
青黴色の異形の大剣。
カリプトの胴体を肩と腕周りだけ残して団子のように突き刺し連ねた、人骨ベースの剣だった。
ケントには一目で分かった。
「……魔剣」
「うむうむ。銘は、『青黴人骨呪腕ノ剣』と云ったところじゃ。ネーミングセンスには、ちと欠けるかのぅ?」
「外道め……」
「外道? 何故じゃ? カリプトが元は人間道の種族じゃからか? しかし今は、見ての通り人間かどうかも怪しい様なのじゃぞ?」
怪物的な人間を、いくら材料に剣を拵えたところで。
「それは理知ある人間にとっては、むしろ善行に値するのではないかのぅ? え? 若き護剣士よ」
「!!」
素性を言い当てられ、ケントはつい動揺した。
その隙を、大魔はニタリと目玉を歪めながら魔剣を突き入れて来た。
「隙ありぃぃぃぃぃぃッ!!」
剣にされたカリプトの腕が、一斉にケントに向かって蠢く。
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tips:銀色の霧
その正体は、カルメンタリス教の女神がヴィクター・カリプト・グレムリンにかけた呪いが物質化したもの。
人間が人間的な生活を実現するにあたって、およそ不可欠とされる理知の光を剥奪し、内に眠っている蛮性を醜く肥大化させる。
邪智の天才がこれ以上、誤った文明を育まないようにと女神は罰を下した。
思考に靄をかけ、『何も分からない、何も見えない、何も出来ない』を強制する知性廃絶の神罰。
言い換えれば、対文明絶滅攻撃であり、傲慢の都エル・セーレンはこれが物質として蔓延してしまったために誕生した。