ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#260「護剣士の驕り」

 

 

 魔剣の刺突を、回避するのは簡単だった。

 単眼の大魔は三メートル以上はありそうな大きさであり、手に握る異形の大剣もまた、それに見合った長さを誇っていたが、言い換えれば恐ろしいのは大きさや重さ、見た目の異常さばかりであり。

 その一撃は、あまりにも素人すぎた。

 よって、

 

「──斬ッ!」

「ぬぅ?」

 

 双剣によるカウンター。

 刃から放出される流水と霙の軌跡を以って、縦に二重の斬撃を叩き込む。

 剣の天才であるケントには、一瞬の交錯で相手の戦闘技巧が分かった。

 

(まったく以ってズブの素人!)

 

 こうして隙を突かれてなお、容易に対処が可能なほどに大魔の剣才は無きに等しい。

 動揺したケントだったが、敵が真面目に剣で戦うつもりなら、充分に勝機があると即応も可能だった。

 

 が、

 

「掻き毟れぃ呪腕ども」

 

 ギギギギギギギギッ!!

 魔剣に串刺しにされたカリプトたちの腕が、ムカデの足のように蠢き虚空を爪で引っ掻く。

 すると、ケントの放った斬撃は引っ掻き傷によって出現した銀色の霧に吸い込まれ、どこかへと消滅してしまった。

 

「なかなか面白い手品じゃろう?」

「……それが、その魔剣の性能ですか」

「こんなコトもできるぞ?」

 

 好々爺を気取る不愉快な声音。

 大魔の顔には目だけがあって口が無い。

 なのに何処かから発せられる肉声。

 

「“(フォルティード)”!」

「ッ」

 

 腕が、膨らんだ。

 無論、魔剣のカリプトたちの腕だ。

 血を失って干からびた状態に近かったのに、魔法が使われた途端、凶悪な逞しさを得ている。

 ケントはもちろん知っていた。

 

 魔剣の定義とは、

 

(聖剣が魔なるモノを討ち払い、魔の法則を掻き消す人界守護の鋼鉄なら、魔剣は魔なるモノを引き寄せ、魔の法則を溜め込む魔界礼賛の鋼鉄……)

 

 つまるところ、魔剣には魔力と魔法を蓄積する機能がある。

 担い手が魔力を持っていなくても、魔剣さえ持っていれば魔法使いになれるのだ。

 使える魔法は魔剣が過去に刃に写した呪文だけになるが、護剣士であるケントはもちろん凄さを知っている。

 

 あいにく、今回は魔剣の使用者が魔物であるため、魔剣の機能で魔法を使えたのか魔物自体が魔法を使ったのか。

 

 傍目には分からなかったが、流れからして魔剣の性能だろう。

 

「腕を膨らませて、それが何なんです?」

「強くてカッコいいじゃろうがいっ!」

「!?」

 

 ブ ン ッ !

 単純なヒット面積が増し、当たった際のダメージも増加していた。

 地味な魔法だったが、たしかに強い。

 ケントは後ろへ跳躍して、宙返りの要領で大剣の大振りを躱す。

 

「ツバクラメのように身軽じゃのぅ。すんなりとは死んでくれんのか」

「冗談でしょう。その程度の剣で、僕に勝てるとでも?」

「たしかに、儂は剣士でもなければ戦士でもない。ただの老いぼれじゃ。護剣士相手には、分が悪すぎるかのぅ……」

 

 残念そうに肩を落とし、「まいったまいった」と呟く魔物に。

 ケントは油断せず正眼を構えた。

 元より敵は第八の係累。

 魔剣に頼らずとも魔法を使える化け物。

 大魔ならばそれ相応の破綻した精神を持っているはずで、そこから繰り出される異界景色は決して軽視していい脅威じゃない。

 

 白嶺の魔女には白髏の夜があったと云う。

 

(コイツはいったい、何だ……?)

 

 単眼で巨躯の老爺の大魔。

 特徴は充分に個性的だ。

 だが絞り切れない。

 〈目録〉には単眼の特徴を持った禁忌の魔物が、複数載っている。

 

 魔物へ転じた単眼巨人(キュクロプス)

 第八の原棲魔『死に目』のバロール。

 深海の隻眼ゲイザークラーケン。

 

(海魔じゃなさそうですし、ゲイザークラーケンは無いにしても……!)

 

 他にも候補がありすぎて、ケントは絞り切れない。

 ひょっとしたら、〈目録〉には未登録の大魔である可能性もある。

 ならば、

 

(ここは……速攻ッ!)

 

「ぬ?」

「斬ッ!」

 

 ケントは短期決戦を決断した。

 敵の正体が分からないのなら、敵が本気を出す前に霊核を断つしかない。

 大魔の魔法は異界を創造し得る。

 相手にとって都合のいい〈領域〉を展開される前に、斬って勝利するのだ。

 

 ケントにはそれが出来る。自信もある。

 

「掻き毟れぃ呪腕ども」

 

 初撃が打ち消されるのは計算の内。

 流水も霙も、敢えて目眩しのために大振りを放った。

 

 右に握る清冽剣アリア。

 左に握る凛冽剣オルトゥナ。

 

 冷たく澄んだ流水の刃も。

 骨を刺すような霙の刃も。

 

 どちらもともに、神話世界ロスランカリーヴァにて龍殺しを成した英雄が握っていた神剣。

 英雄の名は剣舞術の使い手(ブレイドダンサー)、ローエングリン。

 水神と人の子、すなわち半神の剣士であり、数年前までは英雄現象だった。

 斃したのは当代のウェスタルシア王ベルーガと、その無二の親友である近衛、そしてケント。

 多くの〈神代探訪〉の助けも借りて、複数人がかりでなければ決して勝てなかった神話の住人。

 

 勝ち取った双剣は、魔剣にも劣らぬ最高峰の業物である。

 

(英雄奥義こそ使えない僕だけど……!)

 

 陽動に使った初撃に紛れ、素早い身のこなしで魔物の懐に潜り込み──

 

「ぬぅ!?」

「遅いッ!!」

 

 下からの二重斬り上げ。

 神気解放しての逆袈裟断ち。

 

 清冽剣アリアで斬られたモノは、龍の鱗すら斬り裂く水流の刃で滑らかに身を両断され。

 凛冽剣オルトゥナで斬られたモノは、鋭く尖った氷の破片にザクザクと傷口を抉られる。

 

「グッ、ガハァッ……!!??」

「──『凍気過酷・冬の泉』」

 

 単眼の大魔は胴を斜めに裂かれ、心臓(霊核)まで損傷した。

 これぞ、ケント・トバルカインが剣の天才と呼ばれる(よし)

 神話の英雄が成した絶技であろうとも、それが剣技であるならば完全に模倣する。

 

「お、おの、れ……」

 

 大魔は魔剣を落とし倒れた。

 仰向けにドサリと身を崩し。

 残心を以って、ケントはその姿を見下ろし。

 

「……僕に剣で挑んだ。それがオマエの敗因です」

 

 消滅の始まり。

 確かな手応えと勝利の実感に、ホッと息を吐いた。

 

 

 

「なんての?」

「な──」

 

 

 

 そのとき、大魔が腹から炎を噴いた。

 否、それは炎ではなかった。

 ドロドロに煮立ったマグマがごとき赤い鉄。

 溶けた鉄の塊を、酸を吐くように大魔はぶっかけて来た。

 

「ッッッ……!」

「おっと。今のでも死んでくれんのか? やれやれ、しぶといのぅ」

 

 咄嗟に水と霙を放ち、防御したがしきれなかった。

 左腕に鉄がかかり、肌と肉が焼け爛れる。

 ブシュゥゥゥゥウッ!

 モワモワと立ち込める水蒸気。

 護剣士の意地で得物こそ落とさなかったが、ケントは愕然として大魔から離れた。

 

「そんな……嘘だ。たしかに消滅しかけていたはずだ!」

「愚か愚か。増上増上。若造ゆえの思い上がり。自分の目で見る世界こそが唯一絶対の真実とでも思っておるのか? クッカッカッカッ! カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ!」

 

 笑 止 千 万 ッ!

 

「!?」

「己が素性を言い当てられておいて、どうして儂がうぬの祝福を知らぬと? 護剣士ならば剣神に(ゆかり)あるのは必然! トバルカインの末裔よ。儂はただその()を見たかっただけじゃ。刃渡り、剣身の比重、意匠の精緻さ。儂は鍛冶(かぬち)じゃからなァ? それを見るためならば、代わりの心臓程度、百は用意するわいッ!」

 

 名乗りがまだじゃったのぅ?

 

「儂の名は()()()()。聖剣のルーブルと言えば、当代でも聞こえは良いか?」

「──! 馬鹿な……!」

 

 それは、古代の秘宝匠。

 日輪剣カエロラムを鍛った伝説の剣匠と、同じ名前だった。

 だが護剣士にとっては、それ以上に重要な意味を持っていて……!

 

「ルーブルは始祖トバルカインの高弟だ……魔物に堕ちるワケがない!」

「じゃが、うぬら護剣士は何ゆえ生まれたのじゃ? 何ゆえ護剣の宿命など自らに課したのじゃ? 世の安寧のためなど笑わせてくれるなよ?」

「ッ……」 

「そうじゃ。儂じゃ。兄弟子弟弟子、さんざん殺してついには破門された高弟殺し」

 

 大魔『外道鍛冶(げどうかぬち)

 

「我が師トバルカインは、儂の仕事を世から抹消するため、護剣などという小綺麗な御名目まで立てて後始末を始めたのじゃ。子々孫々にまで、面倒かつ迷惑でしかない掟を残してのぅ! 縁とは奇妙なモノじゃなァ!?」

 

 まさか悠久の時の彼方で、異界の最厄地などで運命が重なるとは。

 単眼はコートの袷を開いて、胴体を晒した。

 そこには、大きく歪んだ口があった。

 中身は溶鉱炉のような口。

 ドロドロに溶けた鉄を舌で転がしながら、ヨダレのように床に垂らして。

 

「久方ぶりに、護剣士の骨剣でも鍛とうかの」

「なん、だと……!?」

「剣ばかりじゃと飽きて来るんじゃが、やはり師には敬意を払っておくべきじゃろうし……しかし素材に不安が残るのぅ? 生意気な若造じゃ。三流の腕にしか馴染まぬかもしれぬ」

「…………オマエッ!」

 

 すでにケントを殺した後の使い道まで検討し始めた発言に、怒りが滲む。

 プライドが傷つけられ、大きく顔も歪んだ。

 負傷した左腕がもたらす痛みなどよりも、先祖をバカにされた発言。

 過去にも護剣士を殺して、尊厳を傷つけたかのような発言。

 聞き捨てならなかった。

 見過ごしていい侮辱ではなかった。

 

 だがどうする?

 

(霊核を百個も用意した、だって──?)

 

 そんなふざけた真似が、目の前の魔物には可能だと言うのか。

 片腕を封じられたケントに、まだまだ余裕を晒す魔物を殺せるチャンスが残されているのか。

 増上。思い上がり。生意気?

 

(油断はしてなかった……けど!)

 

 そう思い込んで速攻に訴え出てしまったのが、増上であり思い上がりであり油断の証か。

 自覚していなかった驕りに、ケントは脂汗を流して打開策を探した。

 

 

 

 

 

────────────

tips:護剣士Ⅱ

 

 昔、偉大な鍛冶師がいた。

 鍛冶師にはたくさんの高弟がいた。

 高弟の中には秘宝匠も現れた。

 ある時、高弟のひとりが他の高弟を殺した。

 殺して、剣にして鍛った。

 「よき職人の腕や骨を用いれば、より優れた作品が拵えられると思ったのです」

 偉大な鍛冶師はその高弟(魔物)を破門し、以降の生涯を護剣に捧げた。

 世にあの魔物の鍛った剣が散逸しないよう、また、いつかあの魔物を誅戮し得る剣士を見つけ、すべての鍛冶師の誇りに懸けて外道の理念を否定するため。

 

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