ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
渾天儀暦6028年12月10日。
ケントが外道鍛冶と遭遇し、先祖と一族の使命を侮辱されていた頃。
青緑色の街灯に照らされていた
アイナノーアは十二都市神を模した自律型蒸気機械古代兵器たちを蹴散らし、ついに最終決戦に臨んでいた。
「ワポルマキナが無尽蔵に量産されてるっぽいなら、その量産ラインをぶっ壊せばいいわよね!」
カッチーン。
額に青筋を浮かべて、アイナノーアは少々キレている。
というのも、
最終決戦に臨む気分なのも無理はない。
だってそのくらいウンザリしている。
右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても。
息つく間もなく引っ切り無しに現れるのは、蜘蛛足多脚の蒸気機械。
搭載している兵器は、どれも対人用ではないのに。
アホみたいにバカスカ攻撃を繰り返されている。
しかも、壊したワポルマキナも時間が経てば回収されて修復されて、まるで終わりの見えないエンドレスバトル。
聖槍のおかげで、身体機能をしばらくの間であれば無補給でも快調に維持できるアイナノーアでなければ、間違いなく死んでいた。
なんたる嫌がらせか!
こうなったらもう工場を襲撃して、何もかもデストロイしてやるしかない。
「ブックァすッ!」
高貴な生まれのプリンセスである立場も忘れて、アイナノーアは少々理性をトバしながら工場の屋根を突き破った。
そして最後に残ったこの工場こそ、
大物は最後に残して撃破するのが、アイナノーアの性質である。
したがって、ついに巨大兵器工場にトドメを刺すべく空より舞い降りたのだった。
「戦乙女アイナちゃん華麗に登場。イカれたワポルマキナは百億万ルーメンでお仕置きよ! ……って、あれ?」
テンションがおかしくなって変な発言をしているのは自覚しつつ、アイナノーアは目を
工場内には、何も無かったからだ。
もぬけのから。
何の機械も置かれていない。
ネジやボルト、オイルの一滴すらだだっ広い床には残っていなくて。
ただ何かが、とても巨大な何かが最近まで置かれていたような跡が、工場内にはあった。
「……どういうコト?」
「教えて欲しいかね?」
「! 誰ッ!」
首を傾げていたアイナノーアに、重低音が届いた。
気づくといつの間にか、工場の中心に異界の門扉が開いている。
ただし、門扉は床ではなく空中に開いていて、そこから出てきたのはローブの老人だった。
──大魔のプレッシャーを放つ老人。
重厚な漆黒のローブ、金と黒の腕輪。
袖や襟元を飾るのは金糸の刺繍。
ローブの裏地は蘇芳色と紅鶸色の中間で、このデザインのローブを着るのは渾天儀世界では一部の魔法使いのみ。
エルダース魔法魔術賢哲学院で、
しかし老人は、もはや人ではない。
宙に浮遊しながら、深紅一色の瞳でアイナノーアを見下ろしている。
その肌は土気色で、生命の瑞々しさや脈動を感じさせない。
「……おじいちゃん。貴方、
「左様」
人から転じた魔、アンデッドの一種。
多くの場合、魔法使いや魔術師が生前の能力を引き継いだまま奈落に堕ちた姿を指す。
生前から魔導に傾倒していたため、高位のアンデッドになるコトが多い。
アイナノーアが持つ聖槍の近くに現れたのに、少しのダメージも覚えていない様子なのがその証である。
「その色、エルダースでせっかく凄い魔法使いだって認められてたのに、人間やめちゃったんだ?」
「左様。我が探究は人の身では成し遂げられぬと悟ったがゆえに、かつては
「……過去形? いまは違うって言いたいの?」
「教えて欲しいかね?」
再度の問い。
アイナノーアは少し考え、「ええ!」と頷いてみた。
「出来れば簡潔にお願いね! 意味深な言い回しとか、私たぶん察してあげられないから!」
「……」
微妙な間が五秒ほど置かれた。
「なるほど。エリンの姫君、聖なる戦乙女。汝はいわゆる──馬鹿、なのだな」
「え」
「では仕方あるまい。よく聞くが良い。我が名──」
「堕ちたる大魔法使い、ゼオメイガス」
「えっ、え? それって、でも……」
「左様。汝も知っていような。我が身、すでに滅びたはず。我が骸、すでに灰燼と帰したはず。我が魂の一片に至るまで、すでに
トライミッド連合王国、最強の英雄。
人界の守護者、刻印騎士団団長。
憤怒の剣、アムニブス・イラ・グラディウス。
英雄はその偉業の内に、ゼオメイガスの名で知られた大魔を討滅した功績を持っている。
他ならぬ自国の英雄の話で、吟遊詩人の歌にもなっているのだ。
アイナノーアが知らないはずはない。
長年影ながら聖槍の担い手として連合王国を守る裏で、自分もグラディウスのように歌の主人公になれたらなー、と夢想したのは一度や二度ではないのだ。
なにせ、アイナノーアはグラディウスが赤ん坊の頃から連合王国の空を飛び回っていたのに、気がついたら国を代表する英雄の位置に、グラディウスが座っていたのである。
ニンゲンの成長って早い。
でも、だからこそ鮮烈で眩しくて。
アイナノーアはグラディウスのファンでもある。
だから、
「──ありえないわ。『堕ちた大魔法使い』は、彼が十六の時に斃されたのよ。それはエルダースの
「ああ、左様。ゆえに結論はひとつだけよ。我が身、舞い戻った。我が骸、取り戻された。我が魂、
流れ星が、
「流れ星……?」
「そして我が身、もはや
「!」
「畢竟、
復讐。
「アムニブス・イラ・グラディウスに昏き死をッ! 憤怒の剣に今一度の痛哭をッ! あの男が何より尊び守らんとする人界のすべて、ことごとく陵辱し穢し尽くしてくれる……ッ!」
「最低ッ!」
白雷・閃光。
アイナノーアは戦闘を開始した。
空中に浮遊するゼオメイガスに向かって、三叉槍を向けて突っ込む。
大魔であろうと魔物。
聖槍に直接攻撃されれば、グラディウスを呼ぶまでもなく討滅可能。
復活した理由はよく分からなかったが、どうあれ退治すべき敵である。
白き雷、束ねて纏って。
「二回も死んじゃったクセに、迷って出てきちゃダメ!」
「迷うに足る想いがあるのだ。汲めども汲めども、尽き果てぬ呪いがあるのだ」
「言い訳なんて聞かないわ!」
ゼオメイガスが開けたままの門扉に戻り、アイナノーアの攻撃から逃げた。
今度は一転して、さっきまでと立ち位置が逆転する。
どうやら空間移動を戦闘に織り交ぜるタイプらしい。
蘇芳と紅鶸、黒い煙状の門扉。
水に溶かした絵の具のようなマーブル模様から、老人は
門扉の特徴は解錠した存在の性質を表す。
だが、直視すると精神に負荷がかかりそうな深淵的な気配。
ゼオメイガスの門扉は、人から転じた魔とは思えないほど取り留めが無かった。
形あるもの、物質に重きを置かない性質なのだろう。
「賢い人って概念とか形而上とか、そういうの大好きよね。その割に、単純な理由で惑いがちだわ」
「教えて欲しいかね? 我らのようなモノは皆、
「なのに、道を誤ったのね」
「だから、道を選んだのだ」
この
「エル・セーレンの王もまた我らと同じ。この工場にあったモノはいま、ついに動き出した。我は汝の足止め役よ」
「ふーん……? よく分かんないけど、私が女神様のお気に入りだって知った上で引き受けたの? 貴方、魔物なのに」
「聖具あれば、我に勝てるか? 聖槍あれば、我に届くか? その浅慮が汝の命を
「ずいぶん自信ありげだけど、まだ一回も貴方の魔法を見てないわ。私には効かないのが怖くて、だからペラペラお喋りして時間稼ぎかしら」
「────ならば」
ゼオメイガスが、両手を組んで手印を結んだ。
(魔法使いなのに、ボディアクション……?)
それはむしろ、魔術師の
アイナノーアが思わず怪訝になった瞬間だった。
「な──なにそれッ!?」
「「「我が魔道の一端、見せてやろう」」」
ゼオメガイスが増えた。
三人、六人、十二人、二十四人……まばたきする間に工場内の空間を増殖老人が占拠していく。
そして、すべてのゼオメイガスが同時に始めた。
──大魔法使いに相応しき、驚異の詠唱を!
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tips:長老
エルダー。
本来の意味は、〈崩落の轟〉以前の旧世代。
エルダース魔法魔術賢哲学院では、特別な立場の魔法使いをも指す。
魔法界の頂点にして権威であり、列席を認められた者は裏地が蘇芳と紅鶸色の漆黒のローブを着る名誉を与えられる。